« 今日も猛暑日 | Main | 相変わらず猛暑日 »

2007年08月14日

大声で笑うというのは気持がよいもの

大声で笑うというのは気持ちのいいものだ。

昨夜は久し振りに心から笑った。笑いが納まったあとの心身の爽快感はしばらく忘れていたものだった。笑えるというのは健康であるということだ。

昨日、葉書を投函しにこの近所まで出掛けた途中、新しい木で出来た灯籠を見た。見るとその向かいの家の軒先にも同じものが立ててある。これは、この地方の風習で、新盆の家ではそれを玄関先に立てておくのだ。するとお盆の期間にこの地方名物の「じゃんがら念仏踊り」という男数人のグループが訪れて鉦と太鼓を打ちながら踊り歌い、死者の霊を慰めるのである。これはいわき地方独特のお盆の風習である。一見の価値あり。

その灯籠の建っていた家が、隣り組ではないかと思ったので、恩師にそれを伝えた。しかし、どうやらそうではなかったようである。そしてまだご主人が生きておられた頃のおかしな話を披露してくれた。

その時にもごく近い二軒の家に新盆の灯籠が立っていて、恩師ご夫妻はそのうちの一軒の家を訪れ、香典(¥5,000だったそうである)を差し出し、仏前にお線香を供え、手を合わせたそうである。そして、ふと仏前に飾ってある写真を見るとそれはおばあさんの写真であったそうな。恩師夫妻の亡くなった知人とは男性の筈であった。間違った家に上がり込んだと気づいた2人はまさか「間違えました、先ほどの香典をお返し下さい」とも言えずになんとも割り切れない思いでその家を出たそうである。その家の家族もそれまでに一度も見たことのないご夫妻を迎えて、なんだか腑に落ちない様子だったとか。(^_^) 私はおっとりとした画家のご主人をよく知っているので、それはいかにもありそうな話に思え、腹を抱えて笑ってしまった。

ひとしきり笑ったあと、恩師が「私はここ2,3年は新盆のご挨拶には伺わないようにしているの」と言う。どうしてですか、と尋ねた私に返ってきた答えは「90歳以上生きていて、新盆の家にお邪魔すると亡くなった人達はほとんど私より若いのよ。その私がお悔やみに伺うと、なんだかその家族の恨めしそうな視線を感じるの。あれは嫉妬心ね」 わたしは90歳を超えた女性に嫉妬という構図にまたまた大笑いしてしまったのだった。