« 同僚宅でワインの夕べ | Main | "Eugen Onegin" の四回目 »

2007年11月10日

「村上ラヂオ」で書き残したこと

またまた「村上ラヂオ」の中の一編のエッセイについてだが。書き忘れたことがあったので。

「かなり問題がある」という題のエッセイである (P106~109) 。ちょっと長いけれど引用させていただく。

先日ドイツの新聞社から手紙が来た。人気のあるテレビの公開文芸批評番組で僕のドイツ語訳『国境の南、太陽の西』が取り上げられ、レフラー女子という高名な文芸評論家が「こんなものはこの番組から追放してしまうべきだ。これは文学ではない。文学的ファースト・フードに過ぎない」と述べた。それに対して80歳になる司会者が立ち上がって熱く弁護した(してくれた)。結局レフラー女子は頭に来て、ふん、こんな不愉快な番組になんか金輪際出演するものですかと、12年間努めたレギュラー・コメンテーターの座をサッサと降りてしまった。それについてムラカミさんはどう考えますか、という質問の手紙だった。「だからさ、もともとかなり問題あるんですよ、ほんとの話し」と僕はすべての人々に忠告したいんだけど。

この事件、わたしも良く憶えている。定期的ではなかったけれどDas Literarische QuartettというZDFの番組だった。ブリギッテが好きな番組の一つだったからわたしも時々お相伴して見ていたのである。 Wikipedia で検索をか けたらDas Literarische Quartett - Wikipediaが見つかった。残念ながらドイツ語だけの記事だけれど、この事件のことが簡潔に書いてある。

この番組は四人の文芸評論家による討論番組でその中心人物がMarcel Reich-Ranicki - Wikipediaだった。この人の容貌がちょっと特異なものでいかにもいじわるジジイといったおもむき。そして舌足らずの発音でもたらされる批評は辛らつきわまりないものが多かった。Wikipedia の記事の最初の部分だけを引用しておく。

Das Literarische Quartett war eine Literatursendung des Zweiten Deutschen Fernsehens. Sie wurde vom 25. März 1988 – zunächst im Rahmen des Kulturmagazins „aspekte“ – bis 14. Dezember 2001 ausgestrahlt. Insgesamt wurden 385 Buchtitel besprochen.
„Wir werden über Bücher sprechen, und zwar, wie wir immer sprechen: liebevoll und etwas gemein, gütig und vielleicht ein bisschen bösartig, aber auf jeden Fall sehr klar und deutlich. Denn die Deutlichkeit ist die Höflichkeit der Kritik der Kritiker.“ (Marcel Reich-Ranicki im Literarischen Quartett am 18. März 1993)

Das Literarische Quartett - Wikipedia から2007年11月10日に引用

少々意訳になるが次のような内容である。
「文芸カルテット」はドイツ第二国営放送 (ZDF) で放送された文芸番組である。それは1988年3月25日からー芸術マガジン「アスペクト」の一環としてー2001年12月14日まで続いた。総計では385冊の本について語られている。
「われわれは取り上げられた本についていつも話すように語ろう。いつものようにとは、愛情を持って、されど少し意地悪に、優しく、そしてほんの少し悪意を持ってということだが、しかしながらどちらにしても,とても明快に平明に、ということだ。 Deutlichkeit(明瞭さ、平明さ、あからさまなこと、露骨)にとは批評および批評家における Höflichkeit (礼儀正しさ,丁寧さ)である。(1993年3月18日の番組でMarcel Reich-Ranicki が述べた言葉)

このとき争点になった "Gefährliche Geliebte" (直訳だと:危険な恋人)はわたしもドイツ語訳で読んでいて、たびたび友人に紹介したりプレゼントしたりした本だが、その原作が国境の南、太陽の西 - Wikipediaという標題なのは知らなかった。機会があったら読んでみたい。