ミュンヘン→チェシュメ(トルコ)

6月18日(火)・快晴/最高気温35度

6時45分起床。今日から二週間トルコのチェシュメという海沿いの街に行く。友人がそこにアパートの一部屋を持っていて、それを提供してくれた。トルコはわたしもブリギッテもまだ行ったことのない国、加えて現在はイスタンブールやアンカラなどの大都市で大規模な反政府デモが繰り広げられている。あまり気が進まなかったというのが本心。

しかしすでに数ヶ月前に予定を組んで飛行機の切符やレンタカーなども予約してしまっているのでそれを取り消すのも面倒だ。心当たりの友人に聞いてみるとわれわれの滞在するチェシメはイスタンブールからずいぶん離れているから大丈夫だという。

9時半発の Tram で出発。飛行機はミュンヘン→イスミア
まで約2時間の旅。日本に帰るときのジャンボ機に慣れた眼にはとても可愛い機体に思えた。12時20分に飛び立って間もなく機内食が出た。そのあとウトウトとしたらもう目的地である。今朝のミュンヘンも暑かったがイスミアはそれと同じくらいか。

予約しておいたレンタカーを受け取り90kmをわたしが運転した。車はルノー/クリオ(RENAULT/CLIO)というコンパクトな車でとても運転がしやすかった。

着いてみるとそこは本当に海の側。分譲住宅が固まってあるひとつの村を作っている。検問所もあり治安の点では心配することはなさそうだ。隣家には友人の叔母さん(75歳)が住んでいるという。

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われわれが住むアパートの前に車が着いたとき、たまたま叔母さんを訪ねてきていた彼女の息子さんが迎えてくれた。この人が親切な人でいろいろと世話をしてくれたので大助かり。

いったん落ち着いて荷物をほどいたりしたあと叔母さんに挨拶に行った。会話は自然と英語になったが1時間ほど談笑。そのあと息子さんが近くのお店や素朴なレストランを案内してくれた。お腹も空いていたのでそこで夕食。ケバブが大好きなわたしはとても興味があった。

息子さんはわれわれの料理を注文するところまでやってくれて(メニューがトルコ語だけだからサッパリわからない)引き上げていった。わたしとブリギッテはそのあとゆっくりと料理を堪能。思ったほどしつこくなくてあっさりとした味で仕上げてあった。2人でたらふく食べてお勘定は35000トルコ・リラ(日本円で約1800円)。

住まいにいったん戻り、腹ごなしにと海岸をブラブラと歩いてみた。海からの風はかなりの勢いだった。

6 thoughts on “ミュンヘン→チェシュメ(トルコ)

  1. 良い休暇をお過ごしください! 私は数年前、アラーニャの方に行きましたが、古代ギリシャの遺跡等を見ることもでき、良い旅行が出来ました。

    • ありがとうございます。
      ここからギリシャ領の島にフェリーが出ているそうなので、行ってみようかと思っています。ギリシャはまだ行ったことがないのです。

      • 私が見たのは現在のトルコ領の古代ギリシャ遺跡です。トルコ人のバス添乗員はこれらの遺跡を作ったのはわれらの祖先と言ってました。彼らにしてみればホメーロスもイズミルで生まれたと言われているから彼らの祖先であって、ただ古代ギリシャ語で詩を書いただけ とも言ってましたよ。でもギリシャ人の私の友人にとってはイスタンブールは存在しなくって あるのはコンスタンティノープルだと。良いご旅行を。

        • トルコという国は西と東では文化も民族性もだいぶ違うような印象を受けます。少なくともここチェシメはドイツ、イタリアとあまり違和感がありません。まだ時間がありますので、一日はここから近いところにあるギリシャの島に日帰り旅行を計画しています。

  2. >あまり気が進まなかったというのが本心

    こういう時は出発前は億劫になるけれど、着いてしまえばやっぱり来てよかったと思うもんですよね。

    トルコは東西、世俗主義とイスラムの結節点でたいへん興味引かれる国ですけど、イスタンブール、海浜リゾート、内陸部では相当差があるのではと想像しています。
    海浜リゾート地区でもトルコ社会の一端に触れる実感はありそうですね。

    トルコがエジプトのようなことになることはないでしょうが、EU諸国の民意はトルコEU加盟に反対が本音でしょうから、為政者はデモ抑圧で加盟交渉先延ばしの口実が増えて好都合と言うのが腹の内でしょうね。

    • 旅行前の逡巡というのは母国に帰るときにもありますからね。一般的なものなのでしょう。
      今回滞在したところは確かにトルコのホンの一端という気がします。わたしが考えていたトルコとはもっとアラブ色の強い国でした。

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