再び北へ

11月20日(水)・晴れ→曇り/最高気温8度(函館)

6時半起床。昨夜は夜中に眼が覚めてそれからしばらく眠れなかった。しかし今日は列車の旅だから車内で寝れば良い。7時過ぎに「大戸屋」でしっかり朝食を食べたあと荷物をまとめて9時半の東北新幹線で函館へと向かう。

今回はどうしても函館を見ておきたかった。先週、八戸まで出向いた時にその足を延ばして函館まで行けば良かったのだが、17日には東京に戻っていたかった。こんな柔軟な旅が出来るのは Japan Rail Pass があればこそ。

東京→新青森→函館、という6時間と少しの列車の旅。殆ど眠っていて快適だった。新青森から函館の間の列車「スーパー白鳥」に乗り換えた時にはちょっとした空気の段差を感じた。列車の新旧の違いだけではないような気がする。

時間通りに函館駅に到着。函館駅に着く前から車窓には小雨が張り付いていて函館は小雨模様だ。しかし傘をさすほどでもない。部屋に荷物を置いてからすぐにカメラを持ってホテルを出て路面電車に乗り込んだ。ここの空気はどこかミュンヘンのそれに似ている。

電車の停留所「五稜郭公園前」で下車してしばらく歩いてタワーに登った。この上から見ると五稜郭の全貌が見える。それだけでなくて函館の町が360度に渡って楽しめるのだ。料金は¥840と高いがそれだけのものはある。壁に書かれた資料を見ているうちにいつの間にか外は暗くなっていた。上から見る夜景も噂通りの美しさ。

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すっかり堪能してタワーを下りてもうすっかり暗くなった五稜郭内に入ってみる。しかし街路灯も少なく、あまりにも暗くて箱館奉行所の写真を写しただけで引き上げた。

IMG 7172

路面電車に乗っている時に停まる駅を記憶していったので、距離としてはそれほどのものではないのを確認していた。路面電車のスピードもそれほど出ていなかったし、駅間の距離も短い。そこで帰りはホテルまで歩くことにした。

ホテルの近くの海鮮料理屋で夕食をとったあと部屋に戻った。明日は五稜郭とは反対の方角にある「元町エリア」「ベアエリア」を歩き回る予定。天気予報では明日も小雨が降るようなので傘を持っての散策になりそうだ。

2 thoughts on “再び北へ

  1. 北海道は昔一度行っただけで、飛行機で千歳に着いてしまったので、函館さえ知りません。当時は「内地から来なさった?」なんて言われました。
    鉄道だけで着けてしまうなんて、不思議な感じさえ覚えます。
    津軽の景色を車窓から見れるんでしょうね。

    上から見る五稜郭、きれいですね。
    設計者はどういう形で西洋城塞建築の知識を得たのか知りませんが、仏各地に残る17世紀のヴォバンの城塞に似てますね。
    西洋からすれば時代遅れのものを作ってしまったということかも知れませんが。
    https://www.google.fr/search?site=&tbm=isch&source=hp&biw=850&bih=606&q=vauban+forteresse&oq=vauban+forteresse&gs_l=img.3…0.0.1.176.0.0.0.0.0.0.0.0..0.0….0…1ac..32.img..10.7.440.sqOpoqu_xiw

    • あと数年後には新幹線が箱館まで開通するそうです。
      途中の景色は例によって眠っておりましてまったく記憶にありません。(^_^;)

      パンフレットの書き写しです。

      ———————-
      箱館奉行が、西欧の学問を研究するために設立した学校「函館諸術調所」の教授であった竹田斐三郎は、オランダから入ってくる新しい学問である「蘭学」を学んだ人物で、西洋式帆船を使って日本一周の航海実習を行うなど優れた教育者でもありました。箱館奉行から五稜郭の設計を命じられた竹田斐三郎は、フランス人から贈られた書物を参考にしてヨーロッパの「城郭都市」をモデルとする要塞を考案しました。工事は安政4年(1857)に始まり、7年後の元治元年(1864)には一応完成し、蝦夷地の政治や外交の中心となりました。
      ———————-
      星形の城の起源は16世紀のヨーロッパで盛んに作られたらしく、防御側の銃の死角を少なくする構造として考案されたようです。
      日本人が自力で作ったというところに意味があるのでしょうね。

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