義父が死んだ

10月6日(月)・曇り/最高気温14度

早朝6時過ぎにダイニングキッチンの床の上で寝ていたブリギッテに起こされた。義父のオムツを取り替えるので手伝って欲しいという。昨夜に続いて2度目の経験である。義父の身体を横向きにさせて汚物を拭き取らなくてはならず、義父の身体を横にしたまま支えていなくてはならない。右、左と交換して横にして拭き取ったあとは新しいオムツをさせる。2度目なので少し慣れたが独特の臭気だけは容赦なく襲ってくる。もう、1週間ほども食物を口にしていないのに便というのは出るものだ。今日は一日中その臭気が鼻の周りにまとわりついてそれから逃れられなかった。

9時頃にヘルパーさんが来て全てを手際よく処理していってくれたあとでようやく心が落ち着く。そのあと家庭医の処へ行って「尿瓶」「吸い飲み器」「オムツ」そして夜中に静かに眠れるための薬(これも効くのかどうかは分からない)の処方箋を書いてもらって薬局へ。

同時に花屋さんに立ち寄って鉢植えの花を贈り物用に包装して貰う。このプレゼントは義父の眠る部屋の上の階の夫婦へ。夜中に苦しくて叫ぶ義父の声がきっと聞こえているはずだから昨夜と一昨夜は彼達もきっとよく眠れなかっただろうと思う。そのお詫びの印である。

昼はブリギッテと交代で昼寝をして昨夜の寝不足を取り返す。午後はまた義母に来て貰って義父のベッドわきに座っていてもらう。午後4時頃にまた義父のオムツ交換。そのあとでわたしは薬局に注文していたものを受け取りに。

6時過ぎにヘルパーさんが来てもう一度オムツ交換をし、義父の面倒を見たあとで帰っていった。

夕方7時頃にブリギッテの弟が見舞いに来訪。1時間ほどで帰っていったが義父はかなり弱っていて1人息子が来たこともよく認識していない様子だった。

実は午前中に手続きをして明日から入院させることにした。歩けなくなってから2夜の経験でわれわれ2人の力では介護が難しいということを知ったから。加えて今週の木曜日(10月9日)からブリギッテは職場に戻るからそのあと日中に介護するのはわたし1人となる。これは体力的にもむずかしい。

さまざまなツテを辿って近くの病院に1つ空きがあることが分かり運良くそこへ受け入れてもらうことになった。ここは病気を根治することが目的ではなく痛みを和らげて苦しまずに死を迎えられるようにという治療法だ。Palliative Care というもので日本語に直すと 姑息的治療 という妙な名前だ。癌患者の末期などに入院してもらうようだ。

9時過ぎにもう一度オムツを替えてあげてわたしは下の部屋に就寝。ブリギッテはどうやら今夜が父親との別れだと感じているようでベッドのわきに椅子を置いて眠る。義父の様態を観察していると、わたしも今夜がその時かなと思う。

寝ようかと思ってもう一度義父の様態を見ると上の歯全体がグラグラしているのがわかった。どうやら義父の上の歯は総入れ歯でそれが顔全体が縮んだためにひとりでに外れてしまったらしい。われわれもどうして良いのかわからなかったから知人の医者に電話をしたところ(23時過ぎ)入れ歯は取り外しても良いという事でその通りにした。歯が無くなると人間の顔ってずいぶん印象が変わるものだ。

さて、わたしがパジャマに着替えてベッドに入ったところで父の様子を診ていたブリギッテが「父が死んだ」と知らせに来た。23時25分。

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