「天上の葦」(太田 愛著)を読了

2018年8月12日(日)・快晴/最高気温27度

7時半起床。

昨日の「遠足」でやはり疲れていたのだろうか、夜中に2度ほど眼が覚めた。しかし睡眠時間は足りていて寝起きは気分爽快。

今日はなんの予定もなし。日曜日でもあることだしと身体を休めることにする。

終わりに近づいていたが昨夜は読了できなかった「天上の葦」をお昼頃に読み終えた。この本の著者が伝えたかったことが、ここ数年の日本を見ていると現実味を帯びてくる。

「日本の空気が危うくなっている。いま書いておかないと手遅れになる」という危機感から筆を執った。

という著者の言葉には激しく共感してしまう。

盧溝橋事件の起きた頃からチロチロと燃え始めた「忖度」の炎が太平洋戦争勃発の数年前には、もう誰にも消しようのない大火災になっていた、という著者の視点には共感が持てる。そしてそうなってからは誰もそれを消火することは出来ない。

今の政権のやり方を見ていると日本はその当時に酷似しているように思えてならない。「秘密保護法」、「働き方改革」の成立などはあの当時にも似たような法律が出来ていて、国民はその重大さに気づいていなかった。それを助けたのは新聞・ラジオなどのメディアの政権に対する忖度、迎合だった。

つい先日の「カジノ法案」は新聞、テレビなどで大きく報じられているが、本質的にはどうでもよい法案ではないか。これが他の重大な法案から国民の眼をそらさせる目くらましではないかとわたしには思える。

本当に今のうちに多くの人が現在の異常さを感じて、何らかの対策と行動を起こさないと、また80数年前の繰り返しになるような恐れを感じてしまう。

新聞、ラジが報道の主体であったあの当時と違うのは、現代にはテレビといういまだに強い影響力を持つメディアがあるけれど、ここ数年の推移を見ているともう取り返しのつかないところまで来ているようでテレビに期待は持てない

この小説の最後で活躍するネットの持つポテンシャルだけが少なくとも希望を持てるような気がしている。世界に繋がっているネットをもっと大事に、慎重に使っていく方向を願っている。

ドイツでも「最近の空気が第一次世界大戦前のそれに酷似してきている」という警鐘が鳴らされている。人間は同じ過ちを繰り返すのだろうか。

気持ちの良い抜けるような青空が拡がる今日の午後に、そんなことを考えていた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です