やっと終わった

1月31日(火)・雨/最高気温6度

6時半起床。
午前中はハラハラドキドキの数時間だった。

昨夜演奏会から戻ってきたときのブリギッテの体調は最悪で声も満足に出ない状態。すぐにベッドに入ったのだが夜中に眠れなくて何度も眼が覚めたそうだ。昨日寝る前に今朝はわたしが先に起きてシャワーを浴びるからそれが済むまでゆっくり眠った方が良いと言っておいた。

昨日と同じようにわたしは鴨の薄切りに乗せる生姜のみじん切りと万能ネギの極小小口切りを作ることになっていたのでシャワーのあとその作業を始めた。そこへかなりダメージを受けたような表情でブリギッテが起きてきて「気持ちが悪い〜」と言う。そういっているそばからトイレに飛び込んで嘔吐。

こりゃ大変。彼女がこんな状態だと今日の料理は全てわたしがしなくてはならない。幸い昨日と同じ内容で、側で見ていたから大体の要領は飲み込めている。ババロアとバウムクーヘンは昨日のうちに出来ていたのが幸いだった。

わたしが朝ご飯も食べずにやったのは、まず8時前に車でパン屋へ走りバゲットを4本買う。昨日はもっと遅い時間に行ったら2本しか手に入らなかった。

帰ってきてすぐに鴨の胸肉をローストしたものを薄切りにして皿に刺身のように並べる。それに切っておいた生姜と万能ネギを肉が見えないくらいにかぶせる。

次に冷蔵庫の中に重しを乗せて寝かせておいた鮭の切り身半身を取りだし,これを専用の包丁でかなりの薄切りにして大皿に並べる。

次には春雨を茹で、キュウリの細切り、わかめ、小エビ、プチトマトの四つ切り、豆、と混ぜる。ソースはブリギッテが昨日作って置いた醤油ベース。

豆だが、ブリギッテの勘違いで昨日全て使ってしまっていた。彼女はもう一袋有ると思っていたらしい。そこでわたしがいつかビールのおつまみにしようと冷凍しておいた枝豆を茹でて、豆をとりだした。

そして次はレンズ豆サラダに入れるチーズを5ミリ角に切る。続いてパクチーをみじん切り。

中華料理と同じように、今日の料理はとにかく切る、切る、切るの連続。それも20人分の量を見栄え良く繊細に切らなくてはならないのですごく時間が掛かった。

頑張った甲斐があって全ての作業は予定の11時に全て終了。全て車に積んで雨の中を工房まで運ぶ。この頃にはブリギッテの様態もかなり良くなっていた。

ブリギッテを工房に残してわたしはいったん帰宅。家に着いた途端にお腹が空いて今日の料理の春雨サラダとレンズ豆サラダの取り置きを食べた。かなりおいしい。これならどこへ出しても恥ずかしくない。(笑)

台所を片づけてから今度はベッドカバー、シーツの総取り替え。本来なら3日前の土曜日に替えるサイクルなのだが、忙しくてそれをする時間が無かった。工房から戻ったらすぐにベッドに直行するとブリギッテが言っていたので,新しいシーツ、カバーで休めば気分も良いだろうと思う。それが終わって5分もしないうちに食事が終わったから迎えに来て欲しいという電話。

家に戻ってきたのは2時半過ぎ。わたしもさすがに疲れていて眠かったので彼女は自分のベッドで、わたしはマッサージチェアの上で熟睡。

眼が覚めたのは4時前。それから夜まで気の抜けたような気分で過ごした。それでもやはりお腹は空くもので、夕食は簡単なものをということで納豆とタマネギ入りオムレツを作った。こういう食事が一番おいしい!

ブリギッテは8時半にはベッドへ。本来なら彼女は今晩も友だちとレストランで会ってお話しする予定だったのを断った。

今日で彼女は勤め先の人たちとは完全にお別れというわけで明日からは正真正銘の年金生活者である。

ブリギッテの風邪は峠を越えたか

1月28日(土)・快晴/最高気温6度

6時45分起床。
数日前から寒さも峠を越えて少しずつ暖かくなってきている。夕方に暗くなる時間も一挙に30分ほど短くなったのも嬉しい。インターネットで制御しているシャッターがまだ空が明るいうちに閉まるのでそれに驚いた。ついこの間までは4時半頃にはもう暗くなっていたのに。

ブリギッテの風邪はわたしの眼には相変わらずと写るのだが、彼女に言わせると快方に向かっているらしい。それを裏付ける事があった。

わたしが彼女の様態を確かめたあと、朝食の準備が出来たら起こしに来るからと言って寝室の戸を閉めた。その数秒あとに言い忘れたことがあってもう一度ノックをせずに戸を開けたら彼女、慌てて掛け布団の下になにかを隠した。

わたしはそれが携帯だということにすぐ気がついて思わず笑ってしまった。彼女は今 WhatsApp (ラインのようなもの)にはまっている。まるで親に悪いところを見つかった子供の仕草である。

今日も素晴らしい快晴だったので、11時半頃からウォーキングに出掛けた。1時間ほど歩いて帰宅。気持ちよかった。

昼食はブリギッテが食欲が無いというのでわたし1人でスパゲッティを作って食べる。そのあとマッサージチェアの上でウトウトとする。しっかりとは眠れなかった。

椅子に座っていると窓から差し込む明るい陽光が部屋の中の汚れを目だたせる。なんだかそれが気になって掃除を始めた。

掃除機を掛けたあと雑巾掛けをする。途中でトイレに起きてきたブリギッテがそれを見て申し訳なさそうな顔。ここで恩を売っておくのも悪くない。(笑)

5時過ぎになってブリギッテが起きてきて明後日持っていくバウムクーヘンを焼き始めた。どうやら体調は本当に上向きのようである。

ブリギッテ、最後の仕事日

1月26日(木)・曇りのち晴れ/最高気温0度

6時半起床。
今日はブリギッテ最後の仕事日。朝食時に「どういう気分?」と聞くと「嬉しいのと寂しいのと半々かな」と言う。まあ、自分から決めた早期退職だけれど、そんなものだろう。

わたしも今日は1人だけの自由な時間の持てる最後の日だと思い、ゆったりと過ごすことにした。午前中は曇り空で気温もマイナス5度ぐらい。レンタルしてある映画「ヴェルサイユの宮廷庭師」を観る。ケイト・ウィンスレットという女優、数年前に「タイタニック」を見た時には良いとは思えなかったのだが、だんだんいい味を出してきている。

昼食のあと、今度は「ノッティング・ヒルの恋人」を観る。この映画は何度も観ているのだがこれまでは全てドイツ語吹き替え盤だった。今回日本語字幕版を観ていて,細かい台詞でこれまで気がつかなかった点が多かった。わたしのドイツ語聴取能力がそんなものだということなのだがちょっとショック。(^_^;) それでも楽しかった。

午後から太陽が出てきて良い天気になった。ウォーキングに出ようかと思ったが,今朝ブリギッテが出がけに「気分が悪かったら電話するからそのときには迎えに来て」と言っていたので出るに出られない。

彼女は結局いつも通りに6時まで働いたわけだが、同僚達からのプレゼントやこれまで彼女が使っていた事務用の椅子を貰ってきたので,それを運ぶためにも迎えにいった。

帰途、義母宅に立ち寄りヘルパーさん最初の日の様子をみて,そのあとイタリア料理店で夕食。「長いあいだご苦労様」の乾杯。帰宅は9時頃になった。

彼女の風邪はまだ良くなっていないのだが、これから快方に向かうだろう。

先のことは誰にもわからない

ブリギッテが長年の会社勤めを終わり来週の木曜日で定年を迎えようとしている。

【今朝の食卓での風景】
彼女がシャワーを浴び身支度を調えている間にわたしはいつものように朝食の準備を調えた。紅茶を煎れてソーセージ、チーズ類、マーマレード類を並べ、ボイルド・エッグを作るという変わり映えのないルーチン作業である。

彼女はきのう同僚達が会話していた「雪崩」のニュースを知りたくて、食卓についても彼女の iPad mini を操作している。「食事中はそれを止めたら?」と言うと「わたしは忙しくしていて(あなたとちがって)時間がないんです」と返事が返ってきた。

これって昭和の時代、勤めを持った夫が食卓で新聞を拡げ、妻がそれに不満を持つという風景と同じである。新聞が iPad mini に置き換わり、夫と妻の立場が逆転しているだけ。(笑)

わたしがこのとき最初に思ったのは「なるほど自分がその場に立ってみないと相手の心はわからないものだなぁ」ということ。昭和の妻達に共感をおぼえた。(^_^;) わたしは今これらの情景を俯瞰して見るような年齢と立場にあるから、彼女の言い分もよくわかる。

たまたま今朝の小さな出来事から,ブリギッテとの会話は彼女の定年後のわれわれの生活に及んでいった。彼女自身、定年退職後のわれわれの日常生活がどう変化していくのか、それにどう対処していくのかちょっと不安なようである。

年金生活者になると彼女の収入はかなり少なくなるという経済的展望への不安、来週から義母の24時間態勢の介護士さんが来てくれることへの対応、自分の健康への不安など考え出したらきりがない。

そんなことを話しているうちに話題はアメリカ大統領のことに移っていった。昨日(2017年1月20日)アメリカの大統領にドナルド・トランプが就任し世界は大きく変わろうとしている。今のところはマスメディアなどでネガティブな方向に変わるという論調が多いがこれからのことは誰にもわからない。

ありふれた結論になるが、今後現れる問題点はそれをひとつひとつ辛抱強くつぶしていくしかない。わたしが今考えているのは一度に多くの問題点を抱えて処理しようと思わないでおこうということだけ。1つ、1つ,出来るところから。しかし、大丈夫かなぁ。(笑)

スピーチ

2017年1月14日にユリア(次女)が結婚した。付き合って7年越しのゴールイン。その日は市役所(Rathaus)での結婚式で日本流に言えば「入籍」という事になる。ドイツ語では Standesamtliche Traung という。そのあとパーティはしたりしなかったりだけれど、一般的にはこじんまりとした友人だけの集まりで済ませることが多い。そのあとに教会での結婚式が控えていて、この時にはかなり大がかりなものとなることが多い。

今回はユリアが妊娠しているということで子供の誕生前に籍を入れておこうということだった。教会での結婚式は1年半後に計画しているそうだ。それまではかなり時間があるので今回は双方の家族と限られた友人数人でのパーティとなった。総勢28人である。

ドイツの習慣として結婚式のスピーチは花嫁の父親がする。わたしは結婚式が終わったあと唇にヘルペスが出来てしまった。これは心身のストレスが溜まると発症することが多いらしい。今回は介護が必要な義母をどう出席させるかという別の問題もあったけれど、このスピーチをどうこなすかということがストレスの原因だった。(^_^;)

ブリギッテに「わたしは外国人なのだから君が替わってスピーチしたら?」という提案をぶつけてみたが却下!「伝統は重んじなくてはなりません、そしてわたしは人前でスピーチをする度胸も素質もありません」というのがそのいいわけ。

では、百歩譲ってスピーチの原稿だけは書いてくれと云うとこれはスンナリと受け入れてくれた。彼女、こういうものを書くのはけっこう好きで、毎年彼女が書く Weihnachtsbrief はところどころにユーモアが散りばめられていて読んでいて面白い。

今回は双方の家族が中心のごく小さな会食だったから、双方の家族の紹介も入れましょうということで出来上がってみると約9分のスピーチ原稿になった。

ほぼ二週間前からわたしはその原稿を読み上げる練習を始めた。彼女が1日の勤めから戻って食事が終わってからわたしがその日に練習した原稿を彼女の前で読み上げるのだが、そのつど小さな直しが入った。すると翌日はその変更点をまた練習である。

こういうものは時間を掛ければいいというものでもなく要点を絞って「ここだけは間違えないように」とか「ここは軽く流して」とかを考えて短時間でも集中して何度かやったほうがいい。それを家事の間にちょこちょことやるのだ。なんだか現役時代の暗譜作業を思い出してしまった。

さて、もちろん全て丸暗記は危険だから紙にプリントアウトして本番ではそれを読み上げることになる。この点ではわたしは Nationaltheater のインテンダント・Bachler 氏を見習っている。

以前、ミュンヘンのフラウエン・キルヒェでのミサがあったときに彼が壇上で聴衆に挨拶したことがあった。そのとき合唱団員のわたしは彼のすぐ後ろで彼の一挙手一投足を見ることが出来た。印象に残っているのはそのとき彼が内ポケットから取りだした原稿のフォントがとっても大きかったこと。なるほど、これなら少々照明が暗くても読み間違えるという事は無い。そしてかなりゆっくりとした口調で全体を締めくくった。彼はもともと舞台俳優だからその辺はプロの仕事ぶりである。これが今回は大いに参考になった。

市役所での式が終わって予約してあったレストランに入ってみると、そこはかなり大きな部屋でわれわれ以外のお客も座って食べている。われわれは30人に満たない人数だったから市役所から徒歩で移動出来る距離のレストランで一部屋貸しきると云うことは無理だった。

われわれの席がレストランの真ん中に小島のように設定してあって、その周りを他の客のテーブルが囲むという配置だった。好むと好まざるにかかわらず,わたしがスピーチしたらそれを他の客も聞いてしまうということになる。これはわたしの想定外だったから焦った。しかし席に着く前に隣の部屋のカウンターで歓迎のゼクトやワインが出たので,そのアルコールで少し気分が楽になる。

わたしが立ちあがってまず話したのは、原稿にはまったく書いてなかった他のお客さん達への挨拶だった。要約すれば「つい先ほど若い人たちが結婚式をあげ、この部屋で会食をすることになった。ドイツの慣習としてわたしがスピーチをするけれど約9分間の短い時間、皆さんのお食事を邪魔するかもしれない。若い2人の門出だとどうぞご容赦いただきたい。」というものだった。

次にこれも原稿にはなかったこと。もし原稿の読み間違えなどがあったときの言い逃れである。(笑) これにはヨハン・シュトラウスのオペレッタ「コウモリ」を使った。この楽しいオペレッタの最後でアイゼンシュタインが妻のロザリンデに謝る台詞をもじって「もしわたしが言い間違えたり、台詞を噛んだりしたらそれは先ほど飲んだゼクトのせいです」ということで、これで場の空気がずいぶん柔らかくなった。この2つの想定外の挨拶はあとでブリギッテに誉められた。そして他の席のお客からもおめでとうの挨拶をいただいた。(^_^)

終わってみて本番が一番良い出来だったと自画自賛している。

わたしは「客寄せパンダ」か?

昨日(2016/10/14)の日記で「ちょっといい話」を書いた。そのことがまた朝食時の話題になったのだが、彼女曰く「あのおばあさん、わたしはあれ以後もちょくちょく見るんだけれどわたしが誰だかをまったく意識していないみたい。あの時はわたしが声を掛けて、あなたは運転していただけなのに、お礼を言われるのはあなただけなのよね」

これに類したことは過去に数え切れないほどある。要するにここドイツでは小さな白髪頭のアジア人は、ドイツ人の中に混じるとより強く人の印象に残るということだ。これが逆にわれわれが日本に住んでいたとしたらまったく同じように逆のことが起こるに違いない。

今日の午前中、ブリギッテは義母を連れて大型家具店へと向かった。最近の義母は居間に座ってテレビの画面を眺めている時間が多い。それに適した快適な椅子がないのでソファの上に寝そべって見ているから、首が凝るらしい。

そこで義母のこども達3人が話し合い、彼女にテレビを見続けていても疲れないような椅子をプレゼントすることにしたらしい。その品定めにブリギッテは義母を連れて行った。

その店はミュンヘン郊外にある SEGMÜLLER 。われわれもそこで安楽椅子を2つ購入していて、年配の店員さんのアドヴァイスがなかなか良かった。

で、朝食の時にブリギッテが「あなたも一緒に来ない?」と誘うが、わたしはその時間にウォーキングがしたかったからキッパリと断った。彼女がわたしを誘った理由は「わたしがその店員さんに声を掛けても彼はわたしのことなど憶えていないけれど、あなたが一緒に居ればすぐにああ、安楽椅子を二つ買ってくれた客だとわかってサービスも良くなると思う」それだけのためにわたしの貴重な午前中を奪うつもりか?

そのときわたしの頭に浮かんだのは「客寄せパンダ」という言葉だった。

ブリギッテの還暦パーティ

ブリギッテは今年で60歳となった。還暦である。ドイツでもキリの良いところで普段の誕生日よりも少し華やいで祝うという習慣はある。日本では女性も還暦のお祝いをするのかどうか記憶があやふやだが、わたしの60歳の時も日本風の還暦祝いをして貰ったので(Mein zweiter Blog : 還暦)彼女もやろうということになった。

出来るだけコンパクトに、ブリギッテ当人に負担が掛からないようにしようということでわが家からほど近いイタリア料理店「Bella Roma」で祝うことにした。家族、姉妹に加えてブリギッテの親しくしている友人、職場の仲良したちを加えて総勢34人。

事前にレストランとの打ち合わせを何回か試食しながらメニューは決めたのだが、大事なことは全ての料理、テーブルセッティングを赤を基調としたものにしたいということだった。(還暦=赤)

テーブルセッティングはレストランに任せることにして、ブリギッテが用意したのは席順カード。今年は申年ということでクッキーをカローラに焼いて貰った。

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厚手の紙を買ってきて小さな袋を手作りし、コンピューターで出席してくれる人たちの名前を印刷、穴を開けて中にクッキーを入れる。そして赤い紐で袋を閉じた。

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出来上がったテーブルセッティングは下の写真。赤いバラの花びらを撒いてある。

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用意した料理は下の写真の順で出され、どこかに赤が見える。

1番目の皿は小エビの下に赤かぶが敷いてある
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2番目の皿のラビオリは切って見ると中にトマトソースが詰められているものだった。
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3番目の皿は回教徒のお客がいたので豚肉は駄目だから仔牛にして貰った。人参が赤のアクセント。
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デザートのテラミスは赤いソースとイチゴ。
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食事が始まる前にブリギッテから招待客たちへの謝辞があり、、2番目の皿が運ばれてくる間に長女アンナによる娘たちから見た母親像の紹介、そして3番目の皿のあとにはわたしにも秘密で事を運んだプロの役者2人(わたしには大学時代の同級生という触れ込みだった)による出席者を巻き込んでの寸劇などがあって盛り上がり、和やか、賑やかに食事会は進んだ。

招いたお客たちも満足してくれて日付が変わる頃からボチボチと帰宅の途につき、午前1時頃からは残った家族、義母、ブリギッテの弟夫妻、妹夫妻だけでワインを飲みながらの歓談。お開きは午前2時。

なによりもブリギッテ本人が料理もパーティも楽しめたのが幸いだった。

薄暗い1日だった

8月5日(火)・曇りときどき雨/最高気温20度

7時15分起床。昨夜は夜中にかなりの勢いで雨が降っていた。幸いにも朝はそれも上がってときどき晴れ間さえ見える。ブリギッテを送り出したあと9時過ぎに家を出てウォーキングへ。気持ちよく11298歩・94分を歩いて帰宅。コースは昨日と同じ。

家に着いて10分ほどしたら空が急に暗くなり雨が降ってきた。今朝のウォーキングは傘を持っていなかったから濡れなくてラッキーだった。これで今日のノルマを果たしたかのような気分になる。

昼食を食べたあとは1時間の昼寝。外は雨が降ったり止んだりの状態でこんな日は昼寝でも目覚めがスッキリしない。

午後はどこへも出掛けず、本を読んだりして過ごした。ちょっと退屈を憶える。

夕方6時過ぎから台所で食事を作り始める。ブリギッテはこのところ増えた体重が元に戻らないといって機嫌が悪い。わたしは彼女の健康を考えていちおう作っているのだが彼女にとっては体重の方にプリオリティがあるらしい。

今朝、彼女に
「テーブルにある料理をあなたがあまり食べないからわたしが食べることになって、結果、わたしの体重が増えるんです」
と因縁をつけられた。(食べなきゃいいのに)

わたしが
「職場でケーキとか甘いものを同僚に付き合って食べてるんじゃないの?」
と訊くと絶対にそれは無いそうだ。(本当かな)

今朝は彼女が出ていくときに「今夜は食事は要りません」と言って出掛けていったが、そうもいかないので彼女の好きなキュウリとツナの酢の物を作っておいた。これならカロリーもそれほどないだろう。帰宅して玄関の戸を開けた途端に「おなかがすいた〜!」と言って、もちろんそれはペロリと平らげた。

わが家族はわたしと末娘を除く3人が体重に問題がある(太ってる)。(^_^;)
 ダイエットなどは何度も何種類も試しているのだがこれまでは長い目で見て成功したことはない。わたしは毎日少しずつ食べる量を減らせばいいのにと思うけれど、経験則でそんなことを言うとこちらに矛先が向かうのでそれは口にできない。家庭内に問題は尽きないものだ。

友人の訪問

9月21日(土)・曇りのち晴れ/最高気温17度

7時起床。朝のうちは曇り空。しかし今日は始めからウォーキングを諦めていたので天気はどうでもいいという気分。朝食は末娘をまじえて3人でとる。彼女たちはそのあとすぐに週末の買い物に出掛けた。わたしはそのあと家の中を掃除機を掛けてから中央駅まで出掛ける。

今日は私の古くからの友人がしばらく振りにわが家に来てくれる。駅で迎えた今年83歳になる彼は現在でも元気な様子だった。折悪しく彼の到着する時間がオクトーバーフェスト行列の最中なので車で迎えに行くのは止めた。

オクトーバーフェストは今日から2週間続く盛大なビール祭りである。中央駅で列車から降りてくる客の中にもバイエルンの民族衣装で着飾った男女が多く見受けられた。中央駅から地下鉄に乗り、 Wettersteinplatz で出迎えてくれたブリギッテの運転する車でわが家へ。

リフォーム成ったわが家をざっと見て貰ってから末娘も一緒に森の中にあるレストラン Forsthaus Wörnbrunn まで車を走らせそこで昼食となった。ここはわたしの20000歩コースの途中にある伝統あるレストランで昨日もこの前を歩いている。

わたしは Ente(鴨)を、他の3人もそれぞれバイエルン料理を堪能して帰宅。午後から天気が良くなり青空が見えてくる。末娘が現在修行しているケーキ屋さんから数種類のケーキを持ってきてくれていたのでテラスでコーヒータイム。

5時過ぎに彼をまた Wettersteinplatz まで送っていく。彼とも会える時に会っておくべきだなという思いを抱いた。帰宅すると末娘をブリギッテが送っていき、その帰り道に園芸店に寄ってくるというので、わたしはその間ウォーキングに出掛けた。

今日は諦めていたのでちょっとでも歩けるのは嬉しかった。歩いているうちにだんだん暗くなってきたので12238歩・101分を歩いて帰宅。帰宅してすぐにシャワーを浴びパジャマに着替えて Weißbier を飲み始める。

わたしが帰宅したときにブリギッテはまだ買い物から戻っていなかった。悪い予感が的中して、帰宅した車の中には馬鹿デカイ陶器の植木鉢が二つ。1人で持つのはちょっと無理な大きさと重さなので2人がかりで家の中に運び込む。わたしが「これは部屋の大きさに合わないくらい大きすぎる」と文句を言うと「半額に値引きされていて一個がたったの14€だったのよ」といういつもの言い訳。リフォームの時に苦渋の断舎離をして家の中を整理したのに本当に困ったものだ。

ウォーキング再開

9月19日(木)・曇りときどき晴れ/最高気温13度

7時起床。眼が覚めたときにはかすかに雨音を聞いたような気がする。朝食をとっている時はすでに曇り空でこれならウォーキングに行けるかなと思ったりする。ブリギッテを送り出してからグズグズしていてようやく9時少し前に身支度を調えて家を出た。用心のために傘を持っていく。でも結局傘は使わなかった。

今日はいつものコースを逆回りに歩いてみようと思った。森の入り口を少し入ったところで昨日の風雨で落ちてきたかなり大きな枝が道に横たわっているのを見た。これが頭の上に落ちてきたら確実に怪我をしている。言い訳になるけれど昨日のウォーキングを止めたのは正解だった。

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今日のウォーキングではまたまた未知の道を辿ってみた。S-Bahn の線路が走っているところがあってそこにぶつかった。線路は一段高いところを走っていて、そこを横切れば近道になるような気がしてその傾斜を登ろうとしたら滑ってうまくいかない。履いている MBT の靴底のせいもあるのだが自分の体力の衰えもあることに気がつく。線路を越した向こうに幅1メートルぐらいの小川があって数年前なら跳び越えられたと思うのだが今日はなんだか失敗しそうな気がして止めた。ちょっと悲しい。

19000歩・162分を歩いて帰宅。もう少し(10分ほど)歩けば20000歩に達するのだが今日はちょっと疲れを感じた。家に着いてすぐにシャワーを浴び簡単な昼食をとって13時過ぎに昼寝。1時間のタイマーを掛けてグッスリと気持ちの良い睡眠だった。

今夕はブリギッテの叔父さん夫婦と食事をする約束にしていたのだが、ブリギッテの体調がもう一つなのでわたしが電話をしてまたの機会にして貰う。体調不良に加えて彼女は現在ダイエット中なのに他の人から誘われるとイヤと言えない性格。わたしが断ったのでホッとしたようだった。

わたしだったら先延ばしにするような面倒なことなどはすぐに行動に移すし、購入した商品、サービスの欠陥などにはよく言うよと思うようなクレームをつける癖に、友人・知人などの間では言いたいことも言えなくなる。妙な性格だと思う。こういう夫婦を「割れ鍋に綴じ蓋」と言うんだろうか。

10歳ーその1

昨夕ブリギッテは帰宅後すぐに週1度の体操へ出掛けて行った。8時頃には終わるのだがその頃に電話があり「いま、迷子の男の子の世話をしているから少し遅くなります」という知らせ。彼女は帰宅してからその内容を話してくれた。

彼女が体操を終わって出てくると10〜11歳ぐらいの男の子が「ぼく、自分が今どこに居るかもわからない。Eierwiese まで行きたいんだけれどそこはここから遠いの?」と話しかけてきた。子供の足でそこまで行くのはちょっと距離があるので「どうしたの?」と訊いたら友だち3人で遊んでいて喧嘩になり友だち2人は彼を残してどこかへ行ってしまったらしい。

今の時期、午後8時というとミュンヘンはもうすでに暗い。頼りなさそうでまつげの長い可愛い男の子1人では最近の世情を考えるとなにかと物騒である。ブリギッテが「わたしの携帯を使って家に電話しなさい」と言っても「そんなことをしたらお母さんに叱られる」と断るので、「そんなことは絶対にないから。お母さんは心配してるよ」と言い聞かせて電話をさせた。

彼のお母さんは驚いて迎えに来ると言う。やはり心配していたようだった。ブリギッテは彼をお母さんと打ち合わせた待ち合わせ場所まで車で連れて行ってお母さんの到着を待った。その間彼と会話をしたのだが、
「世界で一番優しくて大好きな両親なんだ。もうしばらく怒られるようなことをしていなかったのに、今日は絶対に叱られるだろうなぁ」としょげかえっている。その様子がとても可愛らしかったそうだ。

待っていたお母さんはブリギッテへのお礼にワインを一本持って駆けつけ一件落着となった。

妊娠か?!

いつもの通りに7時過ぎに眼が覚めた。ベッドから出て食卓に来てみると上の写真のように、わたしの MacBook Pro 15 の上にゴム製のアヒルがちょこんと乗っている。ブリギッテはすでに出掛けたのか家の中には居ない。

朝食の支度を調えながらこのアヒルの意味をいろいろと考えていた。そして達した結論はわが家の3人の娘たちの誰かが「妊娠した!」だった。わたしの予想がそこに至った理由は

1.
先週の日曜日にブランチに招いた客のひとりがわが家の女性陣全員がお世話になっている婦人科の医者だった。
2.
わたしがリタイアした時に、娘たちが「わたしたちに子供が生まれたら子供好きのパパに面倒みて貰えるわねぇ」と話していた。
3.
ブリギッテが初めて妊娠したときに、わたしが劇場から戻って郵便箱を開けたら中にピンク色のベビー服が入っていて驚かされた。

これらの要素が頭の中でグルグルと回転し始めたのである。特に手口としては3.に酷似している。推理小説で犯人がおかす犯行は似たような手口が使われることが多い、というやつだ。正直に告白すると「娘たちの中の誰かが妊娠」という結論に達したとき、わたしには歓びよりも落胆の方が大きかった。 9月から年金生活者になったばかりなのに、早くもわたしの自由が奪われるという残念さの方が勝っていたのだ。(-_-;)

8時近くになってブリギッテが戻ってきた。彼女は先週の金曜日と同じように出社前に水泳に行ってきたのだった。早速このアヒルの意味するところを聞いてみたらなんのことはない、「おはよう!わたしは水泳に行ってます」とわたしに伝えたいだけだったのである。その瞬間、わたしはそれまでのエゴイスティックな自分を恥じた。(汗)

女性はパワフル!

日記に書いたように、昨日は夫婦で 雨の降る中を Prien に住まいを構えた次女を訪ねた。次女は9月にバイロイト大学を修了して Herren Chiemsee 湖畔の街 Prien にアパートを借り、あるクリニックに先週から勤め始めた。わたしは何もしないでブリギッテについていっただけだったが、彼女は朝からエネルギッシュ。その模様を記しておく。
その1
わが家の倉庫には親類から貰った自転車が数年間使わないまま入っていた。次女は自分の自転車を持っているのだが、恋人が来たときなど湖畔を一緒にサイクリングするのには2台必要だからとそれを持っていくことにした。わが家の車は2週間ほど前から次女が Prien に持っていって使っているのでわれわれは列車で行くしか方法がない。そして昨日はあいにくの雨降りだった。

ドイツの列車は5ユーロ払うと自転車を乗せても良いことになっていてそのためのスペースも取ってあるから問題はない。地下鉄も自転車持ち込みが可能なのでこれも OK。しかしわが家から地下鉄までの区間は自転車持ち込み禁止だからそこまでは自力で走らなくてはならない。

さて、昨日の朝、倉庫から出してきた自転車は埃にまみれていて、おまけにタイヤの空気が抜けていてペチャンコ状態。地下鉄の駅までは自転車でも10分は掛かるから着いたときにはずぶ濡れになるはず。わたしは
「今日は自転車を持っていくのを止めて次の機会にしようよ」と持ちかけた。返ってきた答えは
「わたしが雨合羽を着て片手に傘をさして地下鉄の駅まで乗っていきますから、あなたはあとでバスで来て下さい」
「しかしタイヤの空気が抜けてて、空気を入れてもどこまで持つかわからないよ」と私。
「空気が抜けたら止まってまた入れればいいわよ」
「でも雨が降ってるんだよ」
「平気、平気」
というやりとりがあり、私はバスであとから追いかけた。彼女がどこかで立ち往生しているのではないかと走るバスの窓から雨の降り続ける外を見続けていたが地下鉄の駅に着いてみると彼女がニコニコして手を振っている。話を聞いてみると一度だけ止まって雨が降る中でタイヤに空気を入れたそうだ。よくやるなぁ!

その2
ミュンヘンの中央駅から出るザルツブルグ行きの列車の自転車運搬用の箱に乗りこみ、ホッと一息。あとは Prien に着くまで本でも読んで座っていればよい。
発車間際にドカドカと50歳近辺のおばちゃんグループが乗ってきた。どうやら仲の良い友だち同士でザルツブルグへの旅行らしい。このおばちゃんたち、座るとすぐにおしゃべりを始めだした。これがうるさいのなんの!中に二人ほどけたたましい声で笑うおばちゃんがいて、誰かが何かの話を始めるとまずその二人が、そしてそのあと全員が笑い出す。初めのうちはそれを無視して本を読もうとしたのだが、これは無理だった。

本を閉じて彼女たちの話を聞いていると、他愛のないことが話題になっていて、あれでなんで笑えるのだろうと不思議。そこで思いついたのだが、あれだけ笑えるというのが女性の長寿の要因のひとつではないかということ。男同士のグループではこうはいかない。やはり「心の底から笑う」というのは長寿の秘訣なんだろう。8人のドイツのおばちゃんたちは骨格がたくましく、全員が確実に私より体重が多そうだったことを付け加えておく。

その3
次女の住まいを引き上げてきたのは午後3時45分。帰路は私がわが家の車を運転した。途中数度渋滞があったけれど、それほど時間も掛からずに夕方7時頃に帰宅。さすがのブリギッテも車の中では爆睡状態だった。(笑) わたしは久しぶりの運転だったから疲れて帰宅したあとは、 iMac で土曜日に録画しておいた Sportschau を Weißbier を飲みながら見始める。

私がグータラとしている一方で、彼女は台所で料理を始めた。明日(10月8日)は彼女のお母さんの82歳の誕生日で夕食をわが家で食べるのだそうだ。参加者はブリギッテの弟夫婦を入れて5人。今日(月曜日)はブリギッテも仕事があるので、勤めから帰宅してすぐに食べられるようにと、前菜のスープ、肉料理に付け合わせるシュペツレ、芽キャベツを料理し、デザートのムースショコラ、などを作った。そしてメインの肉料理の準備をして、私に「明日の16時半に忘れないでオーブンのスイッチを入れてね」と言い残して就寝。

彼女は今朝は6時前に起床。お母さんと街なかのカフェで誕生日の朝食をとるのだと8時前に出掛けて行った。
「今夜は夕食に招いているのだから、なにも出勤前の慌ただしい中をお母さんを連れて朝食に行かなくてももいいのでは?」と言うと
「誕生日は特別の日なんです!」と睨まれた。
とてもじゃないが私にはついていけない。(-_-;) 今日の16時半にはリマインダーをかけてオーブンのスイッチを入れるのを忘れないようにしなくては。

ビックリ!

日本からミュンヘンのわが家に戻ってきたのは一昨日(23日の夕方)だった。やはり疲れていたのか頭の芯がボヤ〜ッとしていたが、ステレオ装置の前に白い布をかぶせられたものが鎮座しているのにはすぐに気がついた。白い布を取って見るとそこにはなんと、Nationaltheater 観客席の椅子が

Nationaltheater の椅子は1963年に劇場が再建されて以来使われていたもので、今シーズンから新しい椅子にリニューアルされた。昨シーズンが終わってからその古い椅子を希望者に販売していたことはわたしも知っていた。

しかしその値段がわたしには高いと思ったのと、座り心地が余り良くない印象が残っていたので欲しいとは思わなかった。しかしブリギッテの考えは違っていたのである。

彼女曰く「あなたが長年の勤めを終えるのと時を同じくしてこの椅子も引退するというのは何かの因縁のような気がするの。これに座ってステレオを聴くのも良いものでしょ?」

というわけでわたしが日本に行っている間に手配したらしい。試しにと今日の午後、この椅子に座ってステレオ装置から流れてくる音楽を聴いたのだが、1時間ほどなら座り心地の悪さも気にならなかった。

彼女の言うのにも一理あるわけで、これからはせいぜい活用させて戴くことにする。

次なる戦いが始まった


昨日の夕方7時過ぎにブリギッテが帰宅。ニコッと笑いながらの開口一番は「最初の1日はどうだった? 退屈じゃなかった?」そして手に持っていた袋を開け「年金生活者へのプレゼントを買ってきたわ」と渡されたのはアイロン掛けの台にかぶせるカバー。そうか、アイロン掛けに定年はなかったのだ。

しかしそれだけでは済まず「これからはパン屋 (Hofpfisterei) の Happy Hour (夕方5時半から25%ずつディスカウントしていって閉店間際にはグッと安くなる) に散歩がてら歩いていってパンを買ってくるというアイデアはどう?」

劇場の仕事からは解放されたが、どうやら次の戦いが既に始まっている。

ちょっとやり過ぎたかな

7月19日のエントリヘッドフォンの置き台 で劇場から貰ってきたギプス頭部のことを書いた。実はこの日にもうひとつのいたずらをしていたのだ。

楽屋でわたしの隣に座っている男が「これが君のベッドに横になっていたら隣のブリギッテは驚くだろうなぁ」とわたしをそそのかしたのである。わたしもそれに乗ることにして、家に持ち帰ったギプス頭部をわたしのベッドに横たえ、身体の部分はクッションを集めてそれらしく盛り上げその上からカバーを掛けておいた。

その日は夜に “Les Contes d’Hoffmann” の公演があったのでブリギッテが帰宅する頃にはわたしは不在だった。公演の間中3度ぐらい iPhone を眺めて彼女からの SMS が届いていないかチェックしていたのだが一向に知らせがない。

公演が終了して帰宅すると彼女は既にパジャマに着替えてはいたが、ごくいつもの表情で迎えてくれた。それから10分ほど今日あった出来事などを会話して「じゃあ、わたしは先に寝ます。おやすみ〜」と言って彼女は寝室へ向かった。そのあとの10秒ほどをわたしは緊張して待った。しかし、何も起こらない。「????」と思ったら20秒ほどして「ギャ〜!!!」という叫び声。「やった〜!!!」と思って寝室に駆けつけてみると彼女は本当に驚いたらしい顔つき。

彼女の言うには「いつものように自分のベッドの枕元のスタンドに灯りを付けて横になったらなんだか妙な気配がするので横を見たの。そしたら老人特有のシミのある(-_-;) あなたによく似た真っ青な顔の男がわたしの横に並んでいた」のだそうだ。寝室の扉を開けた途端に気づいてくれるとわたしは計算していたのだが、自分が横になってから発見したものだからそれだけに驚きが大きかったらしい。(笑)

そのあと彼女は興奮冷めやらず iPad で娘達に写真付きで事のあらましをメールしていた。上の写真は彼女が iPad で写したもの。彼女の受けたショックを見ると悪い冗談で、ちょっとやり過ぎたかな、と反省している。