Festspiel 2回目の公演。配役などに変更はなし。これがわたしの最後の La Bohème公演 である。特別な感慨はない・・・。
と書いたのは正直ではない。(笑) 今夜は歌いながら舞台上をあちこちと歩き回り、かなり痛みが目立っている舞台装置をじっくりと見直してみた。この舞台装置はパバロッティ、フレーニ、がクライバーの指揮で歌っていた1970年代に作られた物である。
2幕の最後で軍楽隊が演奏しながら通り過ぎる場面で、偶然ではあるが4月に結婚した末娘がピッコロを吹きながら行進していくのを眺めていた。彼女がわたしにとって最後の La Bohème に付き合ってくれたというのも幸せな終わり方だった。
Besetzung
Musikalische Leitung: Dan Ettinger
Inszenierung: Otto Schenk
Bühne und Kostüme: Rudolf Heinrich
Chor: Stellario FagoneMimi: Angela Gheorghiu
Musetta: Laura Tatulescu
Rodolfo: Joseph Calleja
Marcello: Levente Molnár
Schaunard: Christian Rieger
Colline: Goran Jurić
Parpignol: Dean Power
Benoît: Alfred Kuhn
Alcindoro: Tareq Nazmi
Ein Zöllner: Tim Kuypers
Sergeant der Zollwache: Peter MazalánBayerisches Staatsorchester
Chor der Bayerischen Staatsoper
私はプッチーニはどちらかと言うと苦手ですが、「ボエーム」と「マノン・レスコー」は文句なく好きで、特に「ボエーム」は単純なメロドラマでありながら、精巧で誠実な音楽ゆえに何度聴いてもいつの間にか我を忘れて引き込まれている自分に気が付きますね。
初めてこれを聞いた時の自分と、聴き返すごとに当時の自分を年齢に応じて振り返る自分、忘れがたい思い出を残してくれた歴代歌い手さんへの追憶が重なって、自分と舞台の相乗的で重層的な歴史を再咀嚼して劇場を出ることになる不思議な力を持った作品と思います。
プッチーニが書いた音楽が瑞々しい誠実さを持ってるからなんでしょう。
初日だけで降りる悪癖のあるゲオルギューも今回はキャンセルしなかったんですね。
私の記憶に残るミミというと、フレーニ、コトルバス、ゲオルギュー、ハーテロスということになります。
ゲオルギューは私は一般的にはあんまりなんですが、01年のミミは見事でした。
クライバーの「ボエーム」に遂に触れることができなかった空白感からは立ち直れないままなんですが(笑)。
書いていただいた四人のミミの中で、わたしはコトルバスだけ体験していません。
このオペラを支配する若者達の世界がいくつになっても自分の青年時代を思い出させてくれるから、というのが人気のあるところなんでしょうね。
この歳になっても「貧乏でもいいじゃないか」と妙なところで勇気づけられます。(笑)
昨夜は舞台上でわたしもゲオルギューとハーテロスを比較していました。わたしは後者のちょっと暗めの声質のほうが好きです。
娘さんと一緒の舞台、よかったですね。
ボエーム、過ぎ去った「青春」へ捧げられたこのオペラは、
年月というものの重みをも教えてくれます。
わたし自身にとっては過去の節目でいろいろな思い出があって大事な作品です。