われわれの新しい合唱指揮者について 


最近考えていることを書いてみました。独りよがり,そのものなので、読み飛ばして貰ってけっこうです。(^_^;) 

最近考えていることを書いてみました。独りよがりそのものなので、読み飛ばして貰ってけっこうです。(^_^;)

Andrés Máspero

wurde in Argentinien geboren, studierte Klavier und Dirigieren in Buenos Aires und promovierte in den USA zum Doctor of Musical Arts. Wichtige Stationen seiner Laufbahn waren das Teatro Municipal in Rio de Janeiro (1978 bis 1982) und das Teatro Colon in Buenos Aires (1983 bis 1985). Anschließend arbeitete er bis 1990 an der Summer-Opera in Washington als Leiter des Chores und Korrepetitor und wechselte dann zur Dallas Opera, Texas. Von 1990 bis 1998 war er als Chordirektor am Teatro Liceo in Barcelona tätig und im Anschluss in gleicher Position an der Oper Frankfurt. Seit der Spielzeit 2003/2004 ist er Chordirektor an der Bayerischen Staatsoper.

アンドレ・マスペロ

アルゼンチンに生まれる。ブエノス・アイレスにてピアノと指揮を学ぶ。USA に移り、音楽学の博士号を取得。重要な経歴は、リオ・デ・ジャネイロ/ムニチパル劇場(1978 - 1982), ブエノス・アイレス/コロン劇場(1983 - 1985), ワシントン・夏のオペラ( - 1990) 、そのあと、ダラス・オペラ/デキサス 。バルセロナ/リセオ劇場(1990 - 1998), そのご、フランクフルト劇場, を合唱指揮者・コレペティトゥアとして、歴任。2003/2004年のシーズンから、バイエルン州立歌劇場の合唱指揮者。
(バイエルン州立劇場のホームページから転載、訳を付けました。)



約20年間その職にあった前任者が昨シーズンを最後に、65歳の定年で辞めた。今シーズンから、上記のマスペロ氏がわれわれの新しい合唱指揮者になって半年が過ぎた。彼に決まるまでは、去年一年間にわたって、数人の合唱指揮者が候補に挙がり、オーディションを繰り返した。その結果、われわれが自分たちのボスにと選んだのは、まだ若い、ドイツ人男性だった。しかし、音楽総監督の Zubin Mehta 氏と総支配人の Sir Peter Jonas 氏の強力な圧力に押し切られた形で、不本意ながら彼が新しいボスになったといういきさつがある。わたし自身も、オーディションの時に感じられた、この人のエキセントリックな一面には少なからず疑問があったので、この決定には、大いに不満だった。

半年が過ぎた現在、わたしの彼に対する評価は大きく変わってきている。 Zubin Mehta 氏の選択は正しかったのではないかと思う。まだ、半年足らずの時間では、彼の人間性について書くだけの材料は少なすぎる。毎日の音楽稽古、そして、夜ごとの公演での彼を評価するしかないのだが、端的に言って、音楽面、芸術面での彼の仕事には文句の付けようがない。彼がわれわれに出す注文は、当たり前の芸術心を持っていれば、至極普通に受け入れられることばかり。われわれが長い間、いかに、ルーチン(馴れ)で歌ってきたのかを突きつけられたようで、わたしにはとても新鮮だった。 

上に書かれた彼の経歴を見ると、立派な劇場の職を歴任してきている。これを読んだ時に、わたしが不思議に思ったのは、なぜ、この人は短期間で劇場を移っているのだろうか、ということ。一番長いものでもバルセロナ/リセオ劇場での8年間である。その他は2年とか5年で劇場を移っている。わたしは始め、これを見て、人間的にかなり癖の強い人であるために、人間関係の破綻から一つの職場に長くとどまれない人ではないかと、ネガティヴに考えた。しかし、最近は、もっと違う理由からではないかと考え始めた。

彼がこの頃われわれに口を酸っぱくして言うことは「ルーチンワークになってはいけない」ということ。彼に指摘されるまで、わたしは、そのことを頭の片隅に押しやってしまっていたようだ。いつも、新鮮な目で楽譜を見るということは簡単なようで難しいことである。レパートリーに入っている有名なオペラは、もう、何十回、何百回と歌ってきているのだから。しかし、彼のおかげで、われわれの合唱団としての響きはこの半年の間に相当変わってきていると自覚できる。毎日の練習にも緊張感が出てきた。先任者の最後の数年間は、練習中でも私語が多かったりして「なんとかならんものか」と思っていたのだが、今はそれもなくなった。全員が音楽に集中しているのがわかる。しかし、これまで、彼が大声を出して怒鳴ったり、われわれを叱責したことはまだ一度もない。これは簡単なようでいて、驚くべきことだと思う。

そこで、わたしが感じた上記の疑問が解けたような気がする。彼が短い間隔で劇場を変わっているのは「ルーチンワークを嫌う彼の性格から来ているのでは」ということだ。ちょっと古い話になるが、指揮者のカラヤン氏が亡くなった時に、われわれのオーケストラの知人が話していたことを思い出す。「カラヤン氏の晩年はベルリン・フィルとの軋轢がかなり強かった。マスコミはそんなことは書かないし、オーケストラ楽員達は、口には出さないけれど、彼の死にホッとしていることだろう。ベルリン・フィルが犯した最大の過ちは、カラヤン氏を終身指揮者にしてしまったことだ」というもの。これもやはり、ルーチンワークの弊害を語っているのだと思う。どんなに透明な水でも停滞していたら濁ってしまう。

指揮者が違えば、全く音楽も変わってくる。世界の有名オーケストラがボスとして仰ぐ常任指揮者を数年の間隔で取り替えるのは決して無駄なことではなく、意味のあることなのだとわかる。アメリカのクリーブランド交響楽団(The Cleveland orchestra) は長い期間 ジョージ・セル (George Szell) 氏という名指揮者を常任指揮者に戴いて、素晴らしい演奏と名声を勝ち取っていた。しかし、1970年の彼の死を境に、それは昔日のものとなっている。ジョージ・セル氏が素晴らしい指揮者だったのは疑うことのない事実だと思うが、彼の在任はあまりに長すぎて(1946 - 1970)、クリーブランド交響楽団は他の指揮者の、ジョージ・セル氏とは異なった音楽を受け入れる柔軟性を損なってしまった結果ではないか、とわたしには思われる。
とにかく、マスペロ氏のおかげで、また、毎日の音楽が少し面白いな、と感じ始めたわたしは今、幸せである。

【注】
Korrepetitor(コレペティトゥア) とは、
ピアノを伴奏して、歌手に音楽を付ける人をいいます。ピアノを弾きながら、オペラの相手役の部分を自分で歌って、歌い手が自分の歌うきっかけを指示したり、間違いを指摘したり、とにかくゼロからその役柄を作るところまで面倒を見ます。昔は、声は抜群に良いけれど、何らかの事情で音楽の基礎を勉強できなかったために、楽譜を読めない人もけっこういたようです。でも、そういう人でも、優秀なコレペティトゥアがいれば大丈夫。口移しで舞台に立てるまでに仕込んでくれます。妙なことに、楽譜を読めない人というのは、大変に耳が良くて、暗譜するのが速かったりします。今は、指揮者コンクールなどがあるために事情が違ってきていますが、昔の大指揮者達は皆、コレペティトゥアを出発点として修行を積み重ね、オペラ指揮者となった人が殆どです。こうしてたたき上げた指揮者は、歌をよく知っていて、歌手の呼吸も飲み込んでくれるし、どの部分が難しいかも熟知していますから、舞台で暗譜して、芝居をしながら歌うオペラ歌手にとってはとても心強いものです。わたしにとって、このタイプの最後の大指揮者は Wolfgang Sawallisch 氏かな。 

Posted: 2004年02月20日 (金) at 09:50 




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