エフゲニー・キーシンを聴いた 


昨夜は Gasteig で行われたエフゲニー・キーシンの演奏会に行ってきました。ブリギッテの勤め先のご主人夫婦の切符が回ってきたもの。先日は同じ席でゲルギエフを聴いている 。昨夜の演奏会はベートーベンの5曲のピアノ協奏曲の連続演奏会の2日目でした。第一日目は2日前の2月2日に同じ会場で第一番、第二番、第三番が演奏されたようです。プログラムに記されているところでは、キーシンの弾くベートーベンのピアノ協奏曲連続演奏というのはこれまでにロンドン、パリ、リサボン、マドリッド、ルツェルン、ローマ、ウィーン、で行われているそうです。ミュンヘンのあとはベルリンで予定されていると書いてありました。 

先回も書いているが私たちが座った席は一列目の舞台に向かって左側の席。音響的には決して良い席とは言えない。ただ、指揮者の表情、そして昨夜はキーシンの右手の動きがハッキリと見てとれる席。プログラムは次の通りです。
Gulbenkian Orchester Lissabon

Lawrence Foster
Dirigent

Jewgenij Kissin
Klavier

Ludwig van Beethoven(1770 - 1827)
Konzert für Klavier und Orchester Nr.4 G-Dur op.58
Allegro moderato
Andante con moto
Rondo: Vivace

- Pause -

Konzert für Klavier und Orchester Nr.5 Es-Dur op.73
Allegro
Adagio con poco mosso
Rondo: Allegro

アンコールには小品を3曲弾いてくれた
わたしはキーシンの演奏をCD やテレビでは聴いているが、生で聴くのはこれが始めて。とっても期待して出掛けた。で、最初の数分聴いた時の印象は、澄んだ音だけれど、意外に軽いということだった。音色のバラエティはそれほど豊富には感じなかったのがこのクラスのピアニストにしては?という感じだった。ただ、テクニック的には文句の付けようがない。音の粒が揃っていて、汚い音というのはまったく出てこない。まあ、彼の場合それは当然のことなのだろうが。

休憩前の4番はそんな感じでなんとなく食い足りないものを感じてしまった。そのあとの5番だが、結果だけをいえば、これも肩すかしを食ってしまったという思いが強い。ひとつひとつの音に付帯すべきふくよかさ、暖かさというものが感じられないままに終わってしまった。極端なことをいえば音の芯だけを聴かされた思いが強い。しかし、これは、わたしが座っていた位置によるものだと思う。もう少し舞台から離れて中央よりの席で聴いたらきっと違うのだろう。

Lawrence Foster の指揮するオーケストラだけれど、凡庸だった。これは指揮者の責任もあるかもしれない。ピアノ協奏曲だから縦の線が合わなくはいけないのはわかるのだが、よく言われる「交通整理」的な音楽作りになってしまった感は否めない。

アンコールには小品を3曲ひいてくれた。これらの配分は良く考慮されていて、最初の曲はもの凄い速さで彼のテクニックを誇示するもの、2曲目は彼の持っている音楽性(ピアニッシモの緊張感を伴った音色、ルバートのたゆたうような浮遊感、強靱な音崩れのない和音の連打、など)を凝縮して聴かせるもの、最後は「トルコ行進曲」で遠くから聞こえる行進の足音を限りなくピアニッシモで聴かせることで始まり展開していく、ダイナミックレンジの妙を示してくれた。不勉強で第一曲目と第二曲目の題名はわかりませんでしたが、良く耳にする曲でした。生の演奏会では往々にして体験することですが、アンコールに弾かれた曲にその奏者の持っている大事な何かをかいま見ることが出来ます。昨夜はまさにそんな気がしました。

わたしの席からは彼の右手の躍動がいかんなく見て取れましたが、いや〜、これは見事なものでした。演奏が終わって聴衆の拍手にこたえ、何回となく舞台を行き来する彼の表情もハッキリと見て取れましたが、憔悴して心がどこか別の世界で浮遊しているような、表情に乏しい仮面のような顔がわたしには異常に感じられました。音楽に没頭した長時間の緊張感がそうさせたのでしょうか。なんのかんのと書いてますが、やはり生の演奏会はいいですね。(^_^) 残念ながら、わたしの仕事も夜の仕事でかち合うことと、切符代を考えるとなかなか足を運べません。(-_-;) 昨夜の最高額は130ユーロぐらいだったようです。 

Posted: 2005年02月05日 (土) at 00:26 




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