「風邪」について 


今週に入ってから同僚の中で風邪でダウンする人が多くなってきた。今日は第一テノールの仲間13人の中の5人が病欠だった。(^_^;) 日本でもこれから冬に向かって、会社勤めの人が病気で休む原因というのは「風邪」が一番多いと思う。以下は1970年代の話だが、わたしのみじかい会社勤めの体験からいうと、少々の風邪で仕事を休むのはもってのほかという考え方が、その頃は普通だった。 

会社勤めを始めてしばらくしてから上司に言われた言葉を今でも覚えている。「風邪は土曜日にひいて、日曜日に休養してなおし、月曜日には元気に職場に出て来て貰いたい」というものだった。その時の上司の顔色を見ると、100%冗談という感じでもない。「これは大変な会社に入ったな」と思ったのが正直な感想だった。これは30年も前の話だから、現代の日本ではそんなことを言う人はもういないとは思う。

で、わたしの今の職業はオペラ劇場の合唱団員で、いちおう「歌手」である。直接、喉と声に関わるこの職業にとっての風邪というのはまた普通の会社勤めの人の風邪とはちょっと意味が違ってくる。会社勤めの人にとって見たら「ん?ちょっと風邪気味かな」というくらいの症状でも「立派な風邪」ということになってしまう。その上、歌手の風邪に対する感覚というのは個人差が激しくて、結局自分にしかわからない。

「あいつ、全然そんな感じがないのに風邪と言ってるけど仮病じゃないの」と思っても、当人にとっては「重症の風邪」かもしれないのだ。歌手一人一人には風邪に対するそれぞれのノウハウというべきものがあって、これがまた千差万別、百花繚乱のごとし。ある歌手はちょっと喉が痒くなったら、それを危険信号と受け取り、すぐに愛用の薬を服用し、ちょっとした仕事はキャンセルしてしまう。反対に、それぐらいのことなら Schnaps (アルコール度の強い蒸留酒ー例えばウォッカ)をグイッとあおって、そのまま舞台に立つという剛の者もいる、いや「いた」。(^_^;)

彼たちの愛用の薬というのも、これまたいろいろとあって、先生から教えて貰った薬、仲間内で評判の良い薬、偶然に効いたことのある薬、最近ではホメオパティ(Homäopathie) なる自然生薬からなる薬もよく耳にする。時に、医者よりも詳しく、医者よりも多くの種類の風邪薬を知っている歌い手もいたりする。(^_^;) 

歌い手のなかでもソリストとして活躍している人と、わたしのように団体の中で歌っている者とは、これまた風邪への対処法は違ってくる。ソリストというのは、全くの「自己責任」だし、周りの人に対する迷惑というのも少ない方だから自分の喉の状態だけを考える。若い、昇り坂の途中にある歌手でも、既に名をなしている超一流の歌手でもそれぞれの立場で、これは結構大変なんです。誰でも長い人生には、あとで振り返ってみて、あの時が節目だったな、と思われる瞬間・チャンスがあると思うのですが、歌い手にもそれは大なり小なり必ずあって、そんな時に風邪でもひいたら、キャンセルは出来ないからそれは大変。なんとか直そうと必死になります。いろいろやっても駄目だったあとの最後の手段は、やはり抗生物質とか副腎皮質ホルモンの注射とかになるのですが、これらはそのあとの副作用が怖い。この辺の選択はまるでハムレットのように悩むところとなります。

これがわたしのように合唱団の一員として歌っている者にとっては、余り、そういう深刻なことにはなりません。風邪をひいたなと思ったら素直に病欠届けを出して家で静養するのが最良の道となります。風邪をひき始めているのに、あるいはもう風邪をひいてしまってゴホン、ゴホンと咳まで出ているのに無理して仕事場に出てくるのはちっとも感心なことではないし、少しも偉いことはないのです。反対にこれは自己満足なエゴイストということになります。周りの同僚に感染する危険が大ですから、こういう状態で出てこられると、時には大量の風邪引き患者が出て劇場は大変なことになります。毎年、ドイツのどこかの劇場では合唱団員の大量風邪引き状況が出ます。去年は確かマンハイムだったかと思うけれど、われわれの劇場に大量の協力要請が入りました。これもたぶん一人のエゴイストがばらまいたヴィールスのせいだったのではないかと、わたしは思うのです。(^_^;) 

偉そうなことを書いてますが、わたし自身はというと、どうしても「病欠」=「悪いこと」という教育を受けた者ですから、わたしが病欠を届けたために、その夜は非番だった同僚が歌わなくてはならない時など、ちょっと無理しても出てしまいます。これが大局から見ると間違いだとはわかっていても「わかっちゃいるけど…」となります。団体の中にいる者としてはそれなりに「出るべきか、出ざるべきか」でハムレットならぬ、ハムスターぐらいには毎回悩むことになります。(これをおやじギャグというのかな?)(^_^;)

人それぞれの生活環境、職場環境で「風邪」に対する考え方も違ってくると思いますが「風邪は万病のもと」であるのは確かなことです。怖いです。今年は出来るだけ風邪をひかないで、来年の春を迎えたいものです。 

Posted: 2004年12月01日 (水) at 23:36 




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