あの日から丸8年
昨日ブリギッテに「昨日は私の8回目の記念日だったのよ」と言われて、そうか、もうそんなに時間が過ぎたのかと感慨無量でした。1996年(平成8年)の10月30日にブリギッテが突然の心筋梗塞で倒れたのでした。心筋梗塞は発作のあと5年間が大事、とか医者に言われた記憶があります。幸い、今日まで大きな発作も起こさずに生きて来れたことを何かに感謝したいです。ちょっとオーバーワークになったときなどは彼女の顔色が青白くなるのでわかるのですが、これからも注意は怠らずに見守りたいと思っています。
今でもあの時の光景はハッキリと思い出すことが出来ます。まだカローラが8歳で、その日の午後もカローラをピアノのレッスンに車で送っていったのでした。帰り道、うしろから救急車が青い光を点滅させてサイレンを鳴らしながら私の車を追い越していきました。自然にわたしはその救急車のあとについて走ることになったのですが、救急車が私の家の前に止まったのに気がついたときにはドキッとしました。というのも、私が出掛けるときにブリギッテが「背中がとても痛い」と訴えていたからでした。救急車から降りた医者に、「どこへ行くのか」と訊いたら、私の名前をいわれて、スーッと血の気が失せる思いでした。
救急車に乗ってきた医者はブリギッテをちょっと診察するなり、心筋梗塞の発作であることを確定してすぐに電話で専門の医者を呼び寄せました。外に駐車した車の中にブリギッテを運び込み、応急処置を施し専門医の到着を待って、彼が改めて処置してからすぐに病院へ。私も助手席に乗せて貰い一緒について行きましたが、救急車の運転というのはかなり荒っぽいものだと思いました。途中の信号で、右側から飛び出してきた車に軽く接触しましたが、相手の運転手には、事故処理については病院に電話するようにとだけ言い置いてそのまま走り去ります。これにも驚きました。あとで聞いた話では、心筋梗塞の発作が起こったときに大事なのは、正しい処置までの時間がいかに短いかなんだそうです。本当に一刻を争うという表現がピッタリという感じでした。
病院の緊急処置室に入ってから、その夜2度目の発作があって、医者には「もう一度発作があるようだと事態は深刻になる」と言い渡され、わたしは半ば覚悟を決めました。幸い次の発作は起こらずに、一週間の入院でそこを退院し、その後四週間は
Tegernsee
湖畔にある病院でリハビリに入り、体調を回復して退院。その後数年間はいつもニトロを肌身離さず持って歩く毎日でした。
発作が起こったときの命の恩人は当時10歳のユリアでした。彼女は街中でよく見る救急車の横に「777
777」と大きな字で書いてある電話番号を覚えていて、それを思い出し、すぐに電話したのです。この機転が働かなかったら一分を争う事態だっただけに、結果がどうなったかはわかりません。
それと思い出すことは、リハビリに出発するブリギッテの表情が不自然とも思えるほどに明るかったこと。これからのことを考えて不安にうちひしがれている私の方がかえって慰められるくらいでした。あの底抜けの明るさは、なんだったのだろうかと今でも不思議に思います。
Posted: 2004年11月01日 (月) at 12:26
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Published On: 2006.08.10 19:28
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