炎天・神尾シリーズ III/ 北方謙三 著(集英社) 


神尾シリーズの第三弾。第二弾の「灼光」を読んで、大まかな筋立ては予想していたが、読み始めてみると、ほぼ、想像通りだった。今回は舞台がメキシコで。神尾の船乗り時代の甲板長(ボースン)を探しに出掛け、そこで冒険譚が始まり、最後には誰かが死ぬことで終わるという筋書きだ。 

文庫本最後の解説にも書かれていたが、今回はニヒルで寡黙、ハードボイルドの典型のような神尾がビーフシチューを作る場面から書き出されている。料理本も何にも無しで彼の自己流で作り始めたが、彼の思うとおりの味にはならない。おまけに作ったビーフシチューに二日間火を通すことを忘れていたために、それを食べて猛烈な腹痛と下痢に悩まされたりする場面は、ちょっと笑えた。この本の書き出しはこうである。
まずい、としか思えなかった。四時間かけて牛の尻尾を煮込み、三時間かけてタマネギを炒め、かなりの量のワインと香料を入れたのに、どういうわけか酸味の強いソースにしかならない。ワインのせいだろうと思うのだが、いくら時間をかけてソースを煮詰めても、酸味は消えないのだった。

これに対する解答は数ページあとに、中沢恵子という女性に語らせている。
それから、ワインを使うなら、煮詰めなさい。ワインだけを三分の一ぐらいまで。それで、酸味は取れるわ。白ワインの酸味も、かなり取れるの。それでも取れない酸味には、砂糖を少し使うといいわ」

冒険譚の小説で、料理のコツを教えて貰うとは思わなかったので、ちょっと得をしたような気分。メキシコに渡ってからの話の展開は彼の会話を主体とした文体で軽快なテンポ感を持ってどんどん進んでいく。彼の話す言葉から何を感じ取るかは読む人の感性もあることだろうが、わたしはフッと現実からの遊飛を味わうことが出来て面白く作品の中を歩き回った。今回登場した弁護士の秋月という青年もかなり印象に残った。もう少し彼の今後を知りたい気がする。このシリーズはまだまだ続くのだろうか。(2004年12月1日読了)
 

Posted: 2004年12月06日 (月) at 00:00 




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