オレンジの壺 上・下 / 宮本輝著(光文社文庫) 


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これも「ハイジ文庫」の中の一冊。この本は以前に読んだような記憶があったが、内容はかなり忘れてしまっているので、いつか時間のあるゆったりしたときに読もうと思っていた。今回もひょんな事から読み始めたらやはり面白かった。朝、時間に追われて、家を出掛けに何か読むものを、と探して手にしたのがこの文庫本だったのだ。清潔そうな装幀がちょっと好きな感じだったから手が伸びたのかもしれない。やはり、本のカバーというのはとっても大事。 

電車に飛び乗って文庫本を開いてみると、ページがゴワゴワとゆがんでいる。「ははぁ、これはお風呂に浸かりながら読んだものだな」とすぐに気がついた。湯気に長時間当てているとこういう感じになるのはわたしも経験済み。(ハイジさん、他意はありません。ごめんなさい)

さて、この上・下本の内容だが、ぐいぐいと引き込まれていって一気に読んでしまった。いつもながら宮本輝氏のストーリーテラーとしての実力は素晴らしい。この著者が手紙文体で書く小説というのは独特の吸引力を持っていて好きなのだが、今回は日記文を軸に話が展開していく。これもまた素晴らしい。第一次世界大戦終了後のヨーロッパに渡った企業家の孫が、お祖父さんの残した日記を読み、彼の足跡を辿っていくというミステリーじみた展開だが、余り詳しいあらすじはこれから読む人に失礼だから書かない。(^_^;)

わたしを引きつける本というのは、その中に必ずわたしの共感を呼び起こさせる文章が出てくる。
「長い年月……。いったい、人はどんな尺度で年月というものを計るのかね。あの狂乱の時代から四十数年がたったが、その四十数年は、わたしにとっては長い年月ではない。私の中で、戦争はまだ続いているよ」
この文章はつい先頃わたしの義父がつぶやいた言葉とほとんど同じだった。わたしがヒトラーの最後を描いた映画「Der Untergang」を観たときに、彼を誘ったのだが
「わたしにはまだ生々しすぎる。私の中では戦争はまだ終わっていない。」
と断られた。人によって時間の流れの速度が違うということをその時に感じたのだった。

そして、次の文章。
「そして、わたしに地図を見せ、指でボーランドをなんどもつつきながら『ここは、男がなまけ者の国だ。地理的に見れば、不幸な国だ』という」
この部分はわたしも強く頷いてしまった。われわれ合唱団の中には四人のポーランド人がいる。男が二人、女性が二人。二人の女性たちはごく普通にというか平均以上に真面目で歌い演じることに意欲を持っている。しかし男の二人はハッキリ言って『なまけ者』である。とにかく病欠の頻度が多いし、同僚にかける迷惑ということも顧みないし、仕事に対しての意欲も感じられない。先の合唱指揮者が、「もう、懲りた。今後ポーランド人は採用しない」と嘆いていたくらい。常々、こういう男ばかりだったら国は成り立たないだろうな、と思っていたので、この文章は、わが意を得たり、という気持になった。(^_^;) あの国がドイツとロシアに挟まれていつも辛い目にあっていたことはわかるが、それは不幸な地理的環境だけによるものではないような気がしている。

と、つい他人の中傷めいたことを書いてしまったが、この本はお薦めです。(^_^)(2005年7月28日読了) 

Posted: 2005年07月28日 (木) at 19:42 




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