剣客商売 辻斬り / 池波正太郎著(新潮文庫)私は普通、短編集というのは余り好きではないのだが、この作家のこのシリーズは短編でなければならないような気がしている。おかしなものだ。このシリーズは短編ではあっても文章のそこここに、こちらを立ち止まらせるような箇所があって楽しめる。例えばその当時の江戸の地理、気候、そして食べものの描写など。文章も何気ないようだけれど、うまいな〜と感心してしまうところが沢山ある。その一つを引用すると次のものなど。簡潔だが、読むものにその情景を過不足なく伝えている。
風に、雲がうごき出した。また、次の文章などは、どんな芸事にも通じるものがあって、内心ニヤリとしてしまった。 剣術というものは、一所懸命にやって先ず十年。それほどにやらぬと、俺は強いという自信(こころ)にはなれぬ。さらにまた十年やると、今度は、相手の強さが分かってくる。それからまた十年やるとな……(合わせて三十年)三十年も剣術をやると、今度はおのれがいかに弱いかということがわかる。四十年やると、もう何がなんだか,わけが分からなくなる。 巻末で解説の常磐新平氏がいみじくもこう書いている。「剣客商売」を読み、いま「剣客商売 辻斬り」を読めば、少なくとも私などはいよいよリッチな気分になる。これはまったく同感。もっと生きていて欲しい作家だった。(2005年8月10日読了) Posted: 2005年08月11日 (木) at 16:58
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