海鳴り(上・下巻)/ 藤沢周平著(文春文庫) 


読んだあと、友人に上げてしまったのでカバー写真はありません。この本も、ミュンヘンから日本への鞄の中に入れて持っていったものでした。出発前に、藤沢周平という作家は良い、ということを聞いたので、それではと「ハイジ文庫」の中を探したら藤沢周平氏の本は数冊あって、その中からこの「海鳴り」上・下巻を選びました。 

日本に着いてから2週間ほどはとても忙しくしていたので、本をゆっくり読んでいる時間が無く、この本を読み始めたのも東京のホテルに入ってからのことでした。

確かに、この作家の技量のほどは、読むほどに感じられます。ひとつのテーマをかなりじっくりと展開していくので、読み進むにはこちらもそれなりのコンディションを必要としました。この長編全体を通して漂う空気感が、暗く重いものであったこともあります。今回は体調を崩していたときだったので、出来れば体調の良いときに読んでみたかった本です。

冒頭から書かれている、主人公が自分の人生に対して感じている、男としての焦りというのはわたしにもありました。ちょうど50歳の誕生日が過ぎた頃、わたしはかなり落ち込んだ覚えがあります。「これでわたしの華の時代(というものがったのかどうか…)が終わってしまった。これからの人生は灰色の道が続くだけ」と感じたのです。男にも「更年期障害」というものがあるとすれば、あの時期はまさしくそんなようでした。

また、男と女の出会いには、誰だって宿命的なものを感じるのでしょうが、人生50年といわれた時代の、40歳を過ぎてからの出会いにおけるひらめきは運命的でさえあるのでしょう。しかし、その愛のために全てのしがらみを投げ打って消えてしまえるというのは、今のわたしには凄く非現実的なものに思えます。心の中で「そんなこと、出来るわけが無いじゃないか」と絶えず反抗している自分がいました。

でも、この主人公のように、家族と共にいる喜びをまったく失ってしまいながらも、自分が消えてしまったあと、残された家族に経済的な面の苦労を掛けないで済むのだったらどうかな、と考える自分もいます。(^_^;) この現実からの逃避というのは人間の永遠の課題なのかもしれません。万葉集だったかにもありますね、「世の中を憂しとやさしと思えども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」
(2005年9月、東京にて読了)
 

Posted: 2005年10月25日 (火) at 18:12 




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