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2006年09月02日

炎熱商人(上・下) / 深田祐介著(文春文庫)

imageしばらくこのカテゴリーにエントリがなかった。夏休みになって、さあ、これから好きなだけ本を読めるぞ、と思ったのだったが案に相違してそうはいかなかった。面白いものである。

imageこの著者の本はけっこう読んでいると思っていたが、カバーの裏にある「深田祐介の本」というのを見るとここに書かれてある作品群はまったく読んでいない。この本はその中の一冊でもあった。もしかするとわたしが読んだこの著者の本は「新西洋事情」とその頃の本が数冊だけかもしれない。

夏休みに入ってしばらくしてからミュンヘンの Japan Club に赴いて借りてきた本である。この本で直木賞を貰ったそうなので著者の代表作には違いないし、きっと面白いだろうと思って読み始めたがその期待は裏切られなかった。昭和46年秋に実際にマニラで起こった日本商社員の災難をもとにして組み立ててある。わたしが中学3年生の頃だが、確かにそんな事件があったような記憶はある。

物語は、日本商社員と、先の戦争時の兵隊たちとを対比させながら進んでいく。いくぶん理想主義的に傾いて、わたしには臭いと感じられるところもあるのだがそれはこの作家の持ち味なのだろう。戦争時に少年だった人物(佐藤浩ことフランク・ベンジャミン)が大人になって、現在は日本商社の現地採用者として働いているという、時間の連続性がこの物語を現実味のあるものとしている。

あと書きで矢野 暢氏は「彼は日本人をも客観的に見ることが出来るし、フィリッピン世界をも客観化できることによって、作品に太い軸を通す立場にたっている。」と書いている。ドイツ人と結婚し30年近くをドイツで生活している自分には、はたしてそう言い切れるだけの内なる蓄えがあるだろうかと自問自答してしまった。

最後に、この物語を理想主義的な堅苦しさから救っている人物を書いておく。それは商社への出向社員・石山のお母さん、咲子である。東京の下町育ちバリバリの気っぷの良さを持ったこの女性の描写には、なんども笑わされた。この物語の中では石山がマニラで知り合ったフィリッピン女性を自分の母に紹介するというもう一つの山場がある。ひるがえって自分のことを考えてみた。わたしがブリギッテを伴って最初に帰国したのは1981年夏のことだったが、その時、ブリギッテとは初対面だった母が玄関先で見せた、戸惑いの表情をふと思い出した。

わたしもこの物語の若い2人のように、当時、母が信心していた山の中の神社だったかお寺だったかにお礼参りに連れて行かれて、そこで拝まされたことがある。わたしがドイツに渡ってから、ときどきお参りしてはわたしの健康と幸せを願掛けていてくれたらしい。母というのはありがたいものである。ブリギッテ自身はキリスト教徒なので、一緒に行って拝むことがどうかなと不安だったが、わたしの母も咲子と同じように、そんなことは一向に気に掛けていないようだった。(汗) わたしの心配をよそに、ブリギッテははスンナリとわたしと一緒になって手を合わせて拝んでくれた。あれからもう25年経つ。