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2008年11月17日

カラヤンとフルトヴェングラー / 中川右介著(幻冬舎新書)

image 小説以外のジャンルでは、久しぶりに面白い本だった。事実関係の資料がよく調査してあって、スッキリと纏まっている。

これまで断片的には聞いたり読んだりして知っていたつもりだが、フルトヴェングラー、カラヤン、チェリビダッケの三人の間にあった葛藤というものが、この本によって系統立てて知ることが出来たのが嬉しい。著者が参考にした文献の質と量を巻末で見ることが出来るけれど、これを見ると歴史的な時系列については信用できると思う。

この三人の指揮者たちの性格、思考法、音楽感は現在の時代だったらそれほど大きなテーマになることはなかった。彼たちの生きた時代(ナチスの台頭と第二次世界大戦)だったからこそのドラマである。権力闘争 (Machtkampf) というのはいつの時代でもどんな分野でも必ずあることだから。

この本が優れているとわたしが思ったのは、著者、中川右介氏が自分の意見を前面に押し出すことなく、史実に沿って簡潔に述べ進めていったところにある。わたしは著者のこの手法によって三人の人物像がくっきりと浮かび上がってくる感覚を持った。三人とも大なり小なり、戦争のそしてナチスの犠牲者だったのだ。

思い出すのは、カラヤンが亡くなった1989年7月16日の夕方に劇場脇で出会ったオーケストラのホルン奏者と交わした会話である。わたしが「カラヤンが亡くなったそうだね」と言うと、カラヤンに関していろいろと話してくれた後、彼が「オーケストラ奏者から言わせてもらえば、ベルリンフィルハーモニーが犯した最大の間違いは彼を終身指揮者としてしまったことだ」とつぶやいたことだった。

しかし、この本を読むとこの件に関してはオーケストラが望んだことではなくカラヤン一流のしたたかな・恐喝にも似た交渉からもたらされたものだということが解る。そのほかの点でもいろいろと教えられることが多かった。この本は2007年1月30日に第一刷が発行されている比較的新しいものである。

(2008年11月16日読了)