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2009年08月17日

金沢の名所旧跡巡り

月曜日・快晴
8時起床。昨夜は就寝が少し遅かったことはあるけれどグッスリと8時まで眠れたのは嬉しい。今日は一日金沢の見所を巡り歩いた。わたしにとっては今年一番の暑さだった。

目覚めてから即、朝風呂に入りに大浴場まで足を運ぶ。何度も書くがわたしにとってはこれが一番の贅沢に感じる。お腹は全く空いていないので用意が調ったところで外へ出る。昨日、観光案内所で下調べしておいた金沢のスポットを、体調と相談しながら巡ってみることにする。

まず周遊バス1日乗車券というのを買った。地図を見るとバスに乗るほどの距離でもないのだが、何しろ今日は朝からジリジリと太陽が照りつけている。きっと気候の良い春とか秋だったら歩いていたと思う。

周遊バスは時計の針回りにしか運行しないので必然的に最初の目的地は ひがし茶屋街ということになった。かつての御茶屋さんが軒を並べていた一角である。まだ9時半頃の時間だったけれどかなり暑かった。こういう街がどうして美しく感じるのかというとやはり軒の高さが揃っているということなんだろうと思う。ヨーロッパの多くの都市の街並みがそれを保ったまま現在まで続いているのとよく似ている。

午前中の早い時間だからか観光客もそれほど多くはなくて、静かに落ち着いた気分で歩けたことは幸いだった。そこからまたバスに乗って今度は今回の目玉である 兼六園金沢城公園 へと向かう。この二つは道路(昔のお堀)を挟んで隣り合っている。どちらを先に見ようかと迷ったが城跡巡りで疲れた身体をそのあと兼六園で癒そうと、金沢城公園の方を先にした。

現在でも修復、復元工事が行われているようだったが「五十軒長屋」をまず見た。内部はきれいに整理され、ていねいに管理されていて好感が持てる。柱の木組みの巧みさとその規模の大きさに感心したりして、そこを出てから今はない本丸の跡の緑の中を歩く。年代ごとに異なる石垣の積み方の相違などを見るとついつい思考が数百年前にタイムスリップしてしまう。

次はいよいよ 兼六園である。その入り口に立って、日本の三大名園と呼ばれているものを見るのは今回が初めてだということに気づいた。11時過ぎという時間になってさすがに観光客の数も増えてきた。それでも春、秋の季節に較べればかなり少ないだろうと想像できる。その広さは巡って歩くのにはちょうど良い大きさに感じた。ここで今日二本目のペットボトル入りのお茶を飲み干したが、今日の暑さでは当然だろう。

兼六園を出てからさすがにお腹が空いてきたので適当な店に入って「日替わり定食」なるものを頼んだ。今日は「ホッケの開き定食」とかでかなりリーズナブルなお値段でそれなりに美味しかった。ホッケという魚は小さいときに嫌というほど食べていたので懐かしかった。テレビでは折から高校野球の日大長崎対天理高の試合をやっていた。天理高は一点差で負けてしまった。それを見終わってからその店を出て、今度は 長町武家屋敷跡へと向かう。

この地域は加賀藩の中級武士の住まいが固まっていたところで、現在も人が住んでいるのだが、昔のたたずまいを残している一角。この時間が一番暑さがきつかったけれど、その道筋を勢いよく流れる堀の水音と風情に助けられた。その堀の水が屋敷内に引き込まれているところがあって、ちょっと黒澤明監督の映画「椿三十郎」を思い出した。

適当なところでそこを切り上げ再び香林坊のバス停に戻ってくるが、時間はまだ3時少し前。このままホテルに戻るのはちょっと勿体ない気もするし、体力もまだ余裕を残しているような気がする。そこで 石川四高記念文化交流館に徒歩で向かった。旧制高校と聞くとそこはかとなく郷愁を感じるのである。ボート部の琵琶湖遭難の碑を見つけて「琵琶湖周航の歌」を思い出したりした。建物はしっかり明治のものだが煉瓦造りのこういう建物もわたしは好きである。

まだ余力があるようなのでその近くの「金沢21世紀美術館」を覗いてみようかと思って歩いていったら今日は月曜日で休館だった。そのころになってようやく疲れを感じた。この辺にしておけという天の声なのかと思いホテルに戻ることにする。

思っていたよりも早くホテルに着いたので、少し溜まっていた洗濯物をコインランドリーで済ませることにした。昨日のうちにホテルの大浴場内にある洗濯機と乾燥機を見つけていたのでそれを使う。機械を回している間、ゆっくりとお湯に浸かって今日の疲れをとることに専念する。

夜はラーメンが食べたくなって Internet でこのホテルの近(=金沢駅の近く)を検索。うまい具合に評判の良いお店が見つかったのでそこで食べてみたが、これは期待はずれだった。