今年初めての日本食品買いだし

2026年1月9日(金)・曇りときどき晴れ/最高気温7度

7時起床。

ここしばらく無かったことだが、朝7時少し前までトイレに起きることもなく通して眠れた。ちょっと嬉しい。その代わりに午前中が長いと感じた。

昨日は一日中家の中にいたので、気晴らしに少し外の空気が吸いたくなった。日本食料品店で日本酒を買うことにして外出する。雪解けの歩道は少し歩きにくかったが滑って転ばないように注意して帰宅する。

帰宅して買ってきたものを点検してみると 「ゆかり」 (ふりかけ)が見当たらない。美門に電話してみるとレジの前に落ちていたそうで一旦は取り置きして貰うように頼む。だが次回はいつ行くか分からなかったので今日のうちに片づけておこうとまた往復1時間かけて受け取ってきた。

しかし、しばらく振りにバッタリ会った知人に新年の挨拶もできたし、レジの隣に 「ご自由にお持ち帰りください」 と書かれてあった DVD を4枚ほど貰ってきたので、二度の往復も運動になったからまあ良しとする。

夕方4時頃になって急に眠くなり、素直にベッドに潜り込んで一時間ほど眠る。早起きをしたせいか。

夕食はブリギッテが作った料理 Grünkohl + Kassler を食べる。

相変わらず寒い

2026年1月8日(木)・雪/最高気温2度

7時起床。

今朝はミアを学校まで送っていこうかと思ったが、わたしよりはブリギッテに送って貰った方がミアは嬉しいだろうと自分勝手な理由を付けてひとりでゆっくりと朝食をとった。

今日は一日中身体がダルく、重く感じていた。昨日、今年最初のオレンジサロンの集まりで少しアルコールを飲み過ぎたかもしれない。日中もやたら眠かった。

カレーを食べたくなったので、午後から作りだした。しばらく振りに包丁を砥石を使って研いだ。切れ味を良くしておくと玉ねぎを切ったときに眼にしみないで済む。日本に一時帰国していたときにはそんなに食べたいと思わなかったカレーだけれど、ドイツに戻ってくると食べたくなる。妙なものだ。

夕方からレコード(LP) を何枚か聴く。今日はなんだかスカスカした音に感じて気分が乗らなかった。体調のせいだろうか。

日中はサラサラとした雪が降り続いていたので、明日は積もっているかもしれない。

今年第一回目のオレンジサロン

2026年1月7日(水)・曇りときどき晴れ/最高気温マイナス1度

7時半起床。

表示された最高気温よりは寒いと感じた1日だった。

11時半から友人と昼食を約束していたので10時40分の Tram に乗る。Heimeranstr. にあるイタリア料理店でランチ。そのあとチームオレンジの会場に場を移した。

今日はオレンジサロンの今年最初の集まり。人数は7人といつもよりは少なかったが、いろいろな話題で盛り上がる。17時ごろに一旦終了したが、そのあとはいつもの Café に場を移して19時ごろまで。ここでも盛り上がった。

帰宅は20時15分前。ちょうどブリギッテがミアに本を読んで聞かせていた。ミアの長かった髪を少し切ったらしくスッキリとした感じになった。

今日で一段落

2026年1月6日(火)・晴れ/最高気温マイナス2度

7時半起床。

寒い日が続いている。

朝食はアンナも加わって4人で食べた。私は夜中の4時頃に眼が覚めたまま朝まで眠ることができなかったから、頭の中がボヤッとしている。まだ生活のリズムには乗り切れていない。

昼食はヨハナが餅を食べたいと言うので 「磯辺巻き」 にして食べさせた。14時過ぎにブリギッテはヨハナを Regensburg まで届けに行く。わたしはその間に昼寝をして体調を取り戻す。

ようやくゆっくり出来る時間が取れたので、日本で購入してきた LP Player のカートリッジ取り付け作業をする。買ってきたのはほとんど一番安いクラスのオーディオテクニカ製ー VM 95 である。

いざ取り付けて針を盤に落としてみるとスカスカとした音で期待外れ。しかしレコードを1枚聴くうちに音がしっかりしてきてホッとする。これから手持ちのレコードを楽しんでいこう。

ブリギッテは19時ごろに帰宅。彼女も連日忙しい。お腹を空かせて帰ってくるだろうからと 「いなり寿司」 を作っておいた。

学校の冬休みも今日で終わり、世の中も明日から始まる感じだ。

ようやくミュンヘンでのペースが戻ってきた

2026年1月5日(月)・曇り/最高気温マイナス3度

7時半起床。

今日は一日中家の中にいたのでわからなかったが、なんと最高気温がマイナス3度だったらしい。

ヨハナが昨日から泊まっているので、ミアは彼女と遊びたいらしくカローラと一緒に9時半頃に来て一緒に朝食を囲んだ。わたしにも記憶があるが、年の離れていない従姉妹同士というのは楽しいだろう事が想像できる。

にぎやかな朝食のあと2人はカローラに引率されて Grünwald へアイススケート滑りに出掛けた。

私は彼女たちが出掛けたあともっぱら LINE で一時帰国中にお世話になった人たちへのお礼と新年の挨拶を書き送った。簡単なもので失礼かと思わないでもなかったが、メールを書いていたのではまた延び延びになってしまうような気がした。感覚としては手紙と葉書の違いのようなものに思える。お礼の場合、簡単なものでも速さの方が優先する。

午後はようやく日本で購入してきた新書版の本に目を通す余裕が出てきた。これから徐々にミュンヘンでのペースが戻ってくるだろう。

夕食はヨハナが喜ぶだろうと3人の食卓だけれどフォンデューにした。

8歳児のヨハナが来訪

2026年1月4日(日)・快晴/最高気温1度

7時半起床。

明るい太陽の光が居間に差し込んできてまぶしいほどの素晴らしいお天気だった。

朝食のあとブリギッテは孫のヨハナ(8歳)を迎えに Regensburg まで出掛けていった。四人の孫たちはブリギッテ(おばあちゃん)が大好きで、なにかというとミュンヘンに来たがっている。さすがに4人の孫を一度に預かるのはブリギッテにもわたしにも荷が重いので、今のところはひとりずつ交代でわが家を訪れることにしている。

今日はヨハナの番らしい。まだ8歳の女児をひとりで列車に乗せるわけにはいかないのでブリギッテが Regensburg まで迎えに行った。

わたしはその間にポッドキャストで話題になっていた韓国ドラマ 「Made in Korea」 を観始める。

ブリギッテはヨハナを伴って15時近くに帰宅。彼女たちは今夜は Am Gärtnerplatztheater でオペラ 「Die Zauberfloete」 を観る予定。これもブリギッテが計画したもの。

午後、わたしはしっかりと昼寝をする。振り返ってみると今回の一時帰国ではほとんど昼寝をしなかった。もしかするとその疲れが24日から数日風邪を引いた原因かもしれない。

彼女たちは17時ごろに家を出て Am Gärtnerplatztheater へ。わたしはまた韓国ドラマを観始めたが気に入らなくて第二話を観たところで止めた。主演の男性俳優は良しとして、脇役陣が良くない。ドラマの緊張感が保てない。これを観続けるのは時間の無駄に思えた。

フィットネス、事始め

2026年1月3日(土)・快晴/最高気温1度

7時半起床。

昔から言われている 「雪の明日の上天気」 というのはドイツでも同じ。地面に残っている雪の白さをより一層輝かせるように真っ青な空が拡がった。太陽が出ているだけでわたしの心は軽くなる。

ブリギッテは朝食のあと自分の冬のコートと隣家に誕生した赤ちゃんへのプレゼントを買いに出掛けていった。今日は机に向かって書き物をすると言っていたが、彼女も素晴らしいお天気には勝てなかったようだ。

わたしはまた1人の時間を楽しめることになったけれど、まだ体調が戻っていない。痛いところなどは無いのだがやけに自分の身体が重く感じる。早い昼寝を試みたりしたけれどそれもうまくいなかった。

午後15時近くになりようやくやる気が出て来て Kieser Training へ向かう。土曜日の今日はトレーニング場も閑散としていて5人ほどしかいなかった。

ひと月休んでいたので最初は少し不安だった。ちょっとでも痛みを感じたり負荷に負けそうになったらすぐに中止するつもりで始めたが、思ったよりも身体が動いてくれた。ただ、腹筋を鍛える器機をやったあと腹筋が痙りそうな気配を感じたのは、日本で食べ過ぎたのが原因だったのだろうか。快い全身の疲れで帰宅する。

そのあと自室の椅子に座って YouTube の画面を見ていたらいつの間にか寝入ってしまった。気持ちの良いつかの間の眠り。

これからまた以前の生活リズムを取り戻せそうで嬉しい。

ほぼ復帰

2026年1月2日(金)・雪/最高気温2度

7時半起床。

天気予報通りに今日は雪模様の一日となった。それでもお昼過ぎからはそれも止んだが寒々しい曇り空。

Kieser Training でトレーニング初めをしようと考えていたが、この雪降りの中を外出するのも気が引けたし、もう少し体調を整えてからにしたほうが良いだろう、と自分に言い聞かせて在宅とする。ちょっと怠け癖が出たかもしれない。

ブリギッテは街中の銀行へ出掛けた。先日、ゲルゼンキルヒェンの銀行で起きた 「貸金庫侵入事件」 が心配になったのだ。安全だと思われていた銀行の貸金庫も安全では無いということだ。

わたしは自室で久し振りにゆっくりと過ごす。わたしのいない間にブリギッテはカローラの手助けで家具や本棚の大移動をしてしまっていた。本人はその結果に満足のようだが、わたしにはまだ馴染めないでいる。そのうちにわたしがまた治すようになるだろう。

夜になってアンナが来訪。昨年のクリスマスにわたしは不在だったので、わたしへのクリスマスプレゼントを届けに来てくれた。

今日の午後になってようやく体調がほぼ元通りになった感覚がある。やはり復活にはそれなりの時間が掛かる。

時差ボケのまま新年を迎えた

2026年1月1日(木)・晴れ/最高気温3度

8時半起床。

明け方にひどい夢を見て叫び声をあげた(ような気がした)。朝になってブリギッテに聞いてみるとなにも気がつかなかったという。夢でうなされるというのはわたしにとって初めての体験。

朝食のあとブリギッテはカローラとミアに付き合って動物園へ。わたしが車で動物園まで送っていく。しかし無料駐車場が空いていたので車をそこに置いてわたしは徒歩で帰宅。わたしにとってはちょうど良い散歩になった。

午後はほとんど1人の時間を持てたので、昼寝をしようとしたが眠れなかった。

夕食は恒例の 「お雑煮」 である。昨日作った餅はまだ軟らかくて、雑煮に入れる前にオーブンで焼いてもうまく焦げ目が付かない。まだ、旅の疲れが取れていないようで、どうも集中できないまま夕食が終わった。

しかし、6歳のミアが 「お雑煮」 を美味しい、と食べてくれたのにはちょっと驚いた。今夜は早寝しよう。明日からまた平常に戻りたい。

年越しはカローラ宅で

2025年12月31日(木)・晴れ/最高気温4度

7時半起床。

さすがに昨夜は夜中に何回も眼が覚めるという内容の良くない睡眠だった。14時間もの飛行機の旅で、時差ボケも手伝っているのだから仕方がない。

再開されたトーストでの朝食。日本にいたときの、コンビニで買った 「おにぎり2つ+コーヒー」 とは違うがカロリーとしては同じものかもしれない。今回の日本滞在ではパンをほとんど食べなかったのだが、体調は維持できていたから、わたしには米の食事が身体に合っているのだろう。

朝食のあとブリギッテが買い置きしてくれていた「餅米」を使って「餅つき」を始める。私の両親が 「一夜作りは良くない」 と言っていたのを思いだした。餅つきを2回繰り返して終わったときには、時差ボケでフラフラ。

不思議なことに昼寝はそれほど深い眠りでは無かった。

夕方18時ごろからカローラ宅へ。今年も昨年に続いて大晦日の年越しは彼女宅で、今夜は「フォンデュー」だった。数種類の肉、冷凍エビ、ピーマンなどをスープの中でサッと火を通し、数種類のソースに漬けて食べる。日本の 「水炊き」と良く似た調理法だ。6歳児のミアもいるので、彼女にとっても食卓で料理するのは楽しいだろう。

食事のあと9時ごろに私は眠気に耐えきれずソファーの上に横になって爆睡。23時過ぎに起き出してカウントダウンに備える。さすがにミアはもう就寝している。

午前0時の合図に Sekt で乾杯し、カローラ宅の窓から近隣の人たちが上げる花火を楽しむ。花火が下火になった頃を見計らって帰宅は午前1時ごろとなった。

日本 → ミュンヘン

2025年12月30日(火)・快晴/最高気温(東京)12度・ミュンヘン0度

6時起床。

今回の日本一時帰国最後の夜はやはりよく眠れなかった。6時半にタイマーを掛けて寝たのだが、6時には目が覚めてしまったのでそのまま起き上がる。

8時、京成蒲田駅発の電車に乗って羽田空港へ。昨日のうちにオンラインチェックインをしておいたので、楽勝かと思いきや荷物を預けるところは長蛇の列。これならそんなに速く来なくても良かったのに。

ミュンヘン行きのルフトハンザ機は満員だった。飛び立ってからすぐの数時間は眠ったかもしれないが、そのあとは映画を一本観たりする。今回は北極回りでグリンランドの上を通るルートで14時間半ほど掛かった。やはりこれは長い。

ミュンヘン到着直前にアナウンスがあり、ミュンヘンは雪がちらついている、というのを聞いた。ガクッとモチベーションが下がる。

S-Bahn の Rosenheimerplatz 駅までブリギッテが車で迎えに来てくれていた。今回は大小2個のスーツケースだったのでありがたい。

簡単な夕食を食べ、 Weißbier を飲んだあと荷物を開いて片付けを済ませた。今、21時を過ぎたところだが猛烈に眠い。

次回からの宿は蒲田

2025年12月29日(月)・快晴/最高気温12度

7時半起床。

大井町のアワーズイン阪急を11時にチェックアウトして今回の最後の日は蒲田のアパホテルにした。

今回の一時帰国で一番頭を悩ましたのはホテルの確保だった。一時帰国する前には、観光客が多くてホテルを予約するのは容易ではないと聞いていた。しかしいざ初めてみると泊まれるホテルを探すのは想像していたよりは楽だった。けれど価格はかなり高騰している。偶然にも現在は為替市場がユーロ高なので、ホテル代の高さは相殺されている。それがどの程度なのかというと、現在は(1€=¥184)で、これはわたしのこれまでの経験では初めてである。

今回は13日から数日「アパホテル蒲田駅前西」に宿泊した。これはわたしにとって嬉しい発見だった。整然とした街よりはゴミゴミとした生活臭の感じられるこの街がいっぺんに好きになったのだ。加えてわたしの予約したホテルは「京急蒲田駅」まで徒歩2分ほどという素晴らしい立地だった。大きな旅行用のトランクを持って歩く身にはこれは最高に嬉しい。そして羽田空港にも10分足らずの距離なのである。

明朝の飛行機は羽田発10時45分なので8時には空港に到着していたい。それにはこのホテルが最強。

このアパホテルのチェックイン・タイムが15時なので一度荷物を預け、それまでの時間を JR蒲田駅 まで延びる繁華街をゆっくりと見て回った。ちょうどお昼ご飯の時間だったからどのお店も混んでいたが、わたしは今回の一時帰国最後だからと 「うな重」 を食べた。

前回の 「吉野家のうな重」 ではなく「鰻屋さんのうな重」である。さすがにひと味違うのは勿論なのだが 「吉野家のうな重」 も悪くはないのである。

15時にチェックインしたあと部屋から明日の飛行機のオンラインチェックインを済ませる。

夕食はこのホテルのごく近くにある 「すしや風居酒屋」 で日本酒を飲みながら数種類の料理を食べる。大満足。

そして決めた! 次回の一時帰国の際にはこのアパホテルを基点にしようと。

友人とランチ

2025年12月28日(日)・快晴/最高気温12度

7時半起床。

すっかり元通りの体調に復帰した。風邪薬「ルル」は昨日から服用していない。それでも今日は13時ごろから友人と会う約束をしていたので、用心のために午前中はベッドに横になりゆったりとして過ごす。

数年ぶりに会った友人は元気そう。ちょうど食事時だったので 「トンカツ」 を食べる。いつもの 「丸八」 とは違うお店 「いなば和幸」 だったが、注文した 「厚切りヒレカツ」 は 「丸八」 に劣らず美味しかった。

そのあとコーヒーを飲むために別の店に移り、さまざまな話題に花が咲いた。18時近くに散会。

明日はホテルを移る。先日宿泊した「アパホテル〈京急蒲田駅前西〉」 である。このホテルも京急蒲田駅まで徒歩1分ぐらいでなにより羽田空港まで10分足らずで到着する。これは楽である。

風邪っけが抜けた

2025年12月27日(土)・晴れ/最高気温7度

7時起床。

身体に残っていた悪寒は去った。これでようやく80%ぐらいは本調子に戻ったかな。あとはここ数日間になまった身体を徐々に馴らしていくことになる。とにかくドイツに帰国するまでに風邪の症状が快復して良かった。

10時過ぎに部屋の掃除をして貰う。その間わたしは駅前の Atré で最後のお土産を買う。ブリギッテへのお土産は機内持ち込みできる大きさのちょっと気に入ったスーツケース (スエーデン製) にした。彼女も最近は小旅行をすることが多くなってきているので役に立つだろう。中が空というのは勿体ないので中には海苔とおかきをたくさん詰めた。軽い!

お昼過ぎにホテルに戻ったらやはり少し疲れていたのでベッドに入り昼寝。風邪っけも抜けて久し振りに気持ちの良い睡眠だった。

夕方からスーツケースを空けてパッキングの状況を見る。毎回思うのだけれど、わたしはこの手の才能はない。どこかで諦めるしかない。

じっと我慢の日

2025年12月26日(金)・晴れ/最高気温12度

7時半起床。

今日も一日風邪の回復に努める。このホテルの良いところは外気に当たることなく食料品を得られるところだ。風邪薬を服用しているので、胃に負担をかけないように三度三度の食事は欠かさないようにしている。

依然として熱は出ていないし、午後から背中のザワザワ感がスッと消えた。これなら明日は外へ出掛けられると思う。今回の買い物はほとんど済ませているのだが、まだ一つか二つ買い残しているものがあるのだ。それも明日はサッと済まそう。

夕食を買いに夕方7時ごろに外へ出てみたら風が強い。気温もかなり下がっているようだ。

用心して休養

2025年12月25日(木)・曇りときどき小雨/最高気温13度

7時半起床。

風邪の症状はまだ完全には消えていない。長い旅だからこんなこともあるだろうと、今回は旅の始めに風邪薬「ルル」を買っておいた。この風邪薬は服用するとそのあとグッスリ眠れる。やはり睡眠は風邪を引いたときには一番効果がある。

ただ、間の悪いことに同じホテルだが、今日から最上階に移ることになっていた。一旦チェックアウトしてから再びチェックインしなくてはならない。10時にチェックアウトしたと14時までの時間をどこかで潰さなくてはならないのだ。そのために荷物を一旦まとめなくてはならず、これがちょっと苦痛だった。

そこで思いついたアイデアは 「お風呂の王様」 でぬるい湯に浸かりながら時間の過ぎるのを待つというもの。これまで何回も利用しているのでそれに適したぬるい湯船とか炭酸水のお風呂とかがあるのはわかっていた。気分が悪くなるようだったらその時にまた解決策を考えようと思った。幸いここで2時間ほどを消費できた。

「お風呂の王様」 を出てから今度は駅の近くにある理髪店へ。ここも一時帰国したときには必ず行くところ。理髪店は日本のほうが絶対に優れている。

14時少し前にチェックインできたのでそのあとはベッドに横になりグッスリと眠る。

夕方18時過ぎに夕食をとりにホテルの下の中華料理店へ。「湯麺」 と 「餃子」 を食べて部屋に戻る。風邪薬を服用しているので3度の食事はしっかりと取らなくてはならない。

昨日、今日と雨模様だったので休養のためには良かったが、しっかり直して明日からまたミュンヘンに帰る前の時間を楽しみたい。

完全休養日

2025年12月24日(水)・雨/最高気温10度

7時起床。

朝眼が覚めたときにちょっと鼻がグズグズしていた。軽い風邪を引いたのかもしれない。これ以上状態が悪化しないように今日は完全休養日とする。外は雨降りだから休養日とするのにはちょうど良い。

それでも午前中に大井町駅構内の Atré で孫たちへのお土産を物色したり、UNIQLO で自分用の衣類などを数点買って少し汗をかいた。そのあとホテルに戻リおとなしくしていた。

夕食は久し振りにこのホテルの下にある「大戸屋」で食べる。心配だった味覚は問題なくおいしく食べられた。
今日は早めに就寝。

親友を訪ねて食事会

2025年12月23日(火)・晴れ一時曇り/最高気温10度

7時起床。

そろそろ帰国前の買い物をしなくてはと思い、 Atré の中にある UNIQLO へ。10時過ぎたばかりの店内は買い物客が少なくて快適。家の中で履く暖かいズボンとストレッチのジーパンを購入。シャツ類は次の日にまた来よう。

お昼はホテル近くの 「富士ソバ」 でカツ丼を食べる。これが600円。(€3.2)という安さ。ミュンヘンだったらこの値段ではなにも食べられない。

13時45分の列車に乗り日立へ。高専時代の親友を訪ねた。先回会ったのは2年前(2023年)だったが、その時には彼の声が小さく力がなかったので心配だった。しかし、今日は顔の色艶も良くずいぶん元気そうだったので大いに安心する。

魚料理の美味しいという店に彼が招待してくれ、彼のお友達もひとり同席して大いに場が盛り上がった。料理は味付けも上品で見た目にもバラエティが豊富。魚料理だけではなくその他の料理も素晴らしかった。それらが盛られた食器類にも心遣いが感じ取れて私は大満足。

21時発の列車でまた東京に戻ってきた。

かっぱ橋道具街、夜は食事会

2025年12月22日(月)・曇り一時晴れ/最高気温12度

7時半起床。

午前中に 「かっぱ橋道具街」 を訪れる。暑くなく、寒くもない気候で歩くのには気持ちが良い。この街は一時帰国したときには必ず足を延ばす街になっている。

こまごまとした台所用品や食器などを見て歩くと時間を忘れる。今回は主にお土産品を買う。欲しい食器も眼についたけれど、飛行機の旅ではドイツに持ち帰るのは難しい。

上野駅まで歩く途中で蕎麦の 「砂場」 で「天ざる」を食べる。美味しい!

一旦ホテルに戻り昼寝。

18時から渋谷の台湾料理店 「麗郷」 で長年付き合いのあるご夫婦と食事会。今回もオペラとか音楽の話し意外にも楽しい話題が拡がって22時までアッという間の時間だった。ここの台湾料理を食べたのは10年以上も前になるのだが、おいしさは変わらず。
それにしても 「渋谷駅」 の周りは迷路のようにわかりにくいし、人出の多さも半端じゃない。

22時40分の帰還。今日も良く歩いて 11500 歩。

休養して体調を整える

2025年12月21日(日)・曇り/最高気温19度

7時起床。

昨夜は遅い就寝だったのにいつもの通りの時間に眼が覚めたから少し睡眠不足。一時帰国してからはフラフラと歩き回っていたので、このあたりで少し身体を休ませたほうが良いかもしれないと思う。自分の年齢も考えなくては。

という理由を付けて今日はどこへも出掛けないことにする。天気予報では雨ということなので身体を休めるのにはちょうど良い。午前中はホテルの部屋でコーヒーを飲みながら新聞を読んだりしていた。

しかし、そろそろ家族へのお土産の思案をしなくてはいけないな、と気が付いて駅の中の Atré に出掛けてみる。ここには UNIQLO もあるし LOFT も MUJI もあリ、本屋の有隣堂まである。つまり、ここだけで用が足りてしまうのだ。今日はなにも買わなかったけれど、ドイツに帰国する間際になったら1度にバタバタと買い込むことになるだろう。

そのあと部屋に戻ってひと休みしたら少し元気が出て来た。そこで今回も「山種美術館」 に行ってみることにする。昨夜の忘年会で、ある方が 「今日はこれを観てきた」 と言っていたのが気になっていたのだ。

数年前に一時帰国したときにも日本画を観にこの美術館を訪れている。「いとおしい・・・!」 というコピーに興味を持って観てみたくなったのだ。展示品は先回のものと重複しているものもあったりして、特に人間の情念に関する 「LOVE」 にこだわったものではなかった。

恵比寿駅に向かう帰路ちょうど小腹が空いていたので、眼に入った 「天丼てんや」 でエビ天丼を食べる。美味しかった。

今日は意外に気温が高くてホテルに戻ってきたときには汗をかいてしまって少し疲れ気味。その後はおとなしく部屋のテレビを観たりして夜を迎える。

思い出を辿り、夜は忘年会

2025年12月20日(土)・曇り一時雨/最高気温13度

7時半起床。

ホテルを移り、ベッドが代わったせいか今朝は起床時に背中(腰)の痛みを感じた。例によって30分ほど後にはもとにもどるのだが。やはり固いマットレスで寝るとこの現象が出る。若いときにはこの硬さのベッドが気持ち良かったのだが、これも老化現象のひとつだろう。

今日は今回の旅の目的のひとつである小平を訪ねてみた。わたしが東京藝大に入学するまでの準備時代、そして入学してから大学院を卒業しドイツに渡るまでの10年間を過ごしたアパートである。いつかはもう一度訪れてみたいとは思っていて、もう何度も一時帰国をしていながらこの案を実行することはなかった。しかし、「今回行かなかったらこのあとは無いだろう」と思う。

山手線で高田馬場で西武新宿線に乗り換え小平駅までの道のりは 「こんなに時間が掛かる行程だったのか!」 と驚いた。なんで藝大にもっと近いところに引っ越さなかったのだろう、とあの頃の自分が不思議だった。この距離と時間をそれほど苦痛に感じなかったのはやはり若さか。それと引っ越しが面倒くさかったのだろう。

それと思い出したことがある。藝大での授業を終わったあと、級友の多くは自宅か自分のアパートに帰っていったが、わたしはその時間帯の電車の混雑状態を避けるために学内の練習室に入ってラッシュアワーが過ぎる時間まで練習に励んだのだ。結果としてよく練習に励んだことになる。

小雨が降ったのか表面が濡れた道を小平駅からアパートがあったところまでゆっくりと歩く。普通に歩いて7〜8分の距離だったがその距離感は昔のままだった。いざ、その場所に立ってみる。勿論だがわたしが住んだその当時のアパートはなく、しっかりとした作りのアパートになっていた。アパートの裏はその頃は畑だったのだが今はギッシリと家が詰まっている。

向かいに 「畳屋」 さんがあって中で職人さんが畳を作っているのを見かけ、ガラス戸を開けて話を聞いてみた。この畳屋さんはわたしの記憶には全く残っていない。その人はまだ50歳台の人で、彼のお父さんがその当時の店主だったそうだ。その店の向かいに立っていたわたしが住んだアパート「三英荘」のこともよく憶えていた。「今と違って、鉄製の階段が横に付いていてね・・・」と言われて、そうだった、そうだったと頷き返す。畳屋さんの隣にあった寿司屋のこととか、アパートの裏にあったスナックなどももよく憶えていて、ひとしきり話が弾む。

わたしも充分に昔を振り返ることができ、満足して駅への道を引き返す。駅の線路を挟んだ反対側には「小平霊園」があってたまには散歩したものだが、霊園は勿論そのままに存在している。

そこでまた思いだした事がひとつ。小平駅の側には「銭湯」があって、フロ好きのわたしは10分ぐらいの距離をよく歩いて利用したものだった。そのころ流行っていた歌が「神田川」だった事も思い出す。

18時30分から新宿の 「銀座ライオン新宿エルタワー店」 でクラシック音楽愛好者の集いである KURAOKA の忘年会があってそれに参加した。毎年わたしのもとには出欠の問い合わせが来ていて、これまで参加することは叶わなかったが、今回はようやく念願が叶った。

参加者はわたしが想像していたよりも多くて盛会だった。普段インターネットで見かけた人たちにできるだけコンタクトしようと努めたがなかなか難しい。2時間をそこで楽しみ、2次会に移った。ここでも楽しい時間と美味しい魚料理を満喫し24時近くのお開き。ホテルにもどったのは0時半。快い疲れを感じている。

大阪 → 大井町

2025年12月19日(金)・晴れ/最高気温12度

7時半起床。

10時10分ほど前にチェックアウトして新大阪駅へ向かった。列車は11時18分発のひかり号だったのでずいぶん前にホームに着いてしまった。ホームは朝の光を浴び、風もないのでポカポカと暖かい。今回の旅では中国語がわたしの耳に聞こえてこない。やはりインバウンドは収まっているのだろうか。

例によって駅弁を買って列車に乗り込む。品川着は14時04分。実に快適な旅である。

今日からは大井町のアワーズイン阪急に泊まる。15時にチェックインしたあと少し溜まっていた洗濯物を洗う。夕食は何を食べようかとフラフラ歩いていたら吉野家があったのでそこで食べることにする。メニューを眺めていたら何と「うな重」が眼にとまった。「エッ、吉野家でうな重?」と驚いたが試してみることにする。

生ビールを一緒に注文したので値段は2010円。これが高いのか安いのかよくわからないが、きっと安いのだろう。味のほうは捨てたもんじゃない。ちゃんと鰻を楽しめた。世の中どんどん変わっていっているなぁ、と思う。

中之島公園の散策、知人と会食

2025年12月18日(木)・晴れ/最高気温14度

7時半起床

アワーズイン阪急にもアパホテルにも無いけれど東横インは朝食が付く。ビュフェースタイルの簡単な朝食だけれどちょっと嬉しい。

それを食べ終わり部屋に引き上げてきてから チャットGPT にこのホテル周辺の見るべきところを訊いてみた。どうやら淀屋橋のこの辺は会社や官庁街のような感じで観光地ではないようだ。奨めてくれたのは「中之島公園」 近辺の散策だった。幸いにもお天気が良いのでその案に乗ることにする。

ちょっと肌寒い空気の中をゆったりと土佐堀川に沿って歩く。そういえば昔のNHKドラマで 「土佐堀川」 というのを観ていた記憶がよみがえってきた。大阪は水の都、という言葉を思いだした。2時間近くのんびりと歩いたあと帰途につく。

このホテルの通りの角の喫茶店 PRONPT でコーヒを飲んでひと休みしてから部屋に戻った。

少し疲れたのでベッドに横になり一時間ほど昼寝。疲れていたのかグッスリと眠ってしまった。

17時に「生駒駅」で知人と会うことを約束していた。今日は奥さんは仕事の関係でご一緒しなかったけれど、お二人とはよくミュンヘンでの演奏会でお会いした。せっかく大阪まで来ているのだからと、わたしから連絡して今日の会食となった。

2時間ほど楽しくおしゃべりをし、ホテルに戻る。御堂筋のイルミネーションがきれいだった。

友人と再会(10年来?)

2025年12月17日(水)・曇り一時雨/最高気温14度

8時起床。

4泊したアパホテル〈京急蒲田駅前西〉を10時にチェックアウトして再び大阪に向かう。このホテルに着いてしばらくしてから気がついたのだが、京急蒲田駅にもの凄く近いところだった。これなら品川まで1本で行けるし重いスーツケースを転がして8分も歩かなくて済む。これは大井町のアワーズイン阪急の立地条件よりも良い。蒲田の街自体は好きになったので、次からはここを定宿にしようかな。ただ、総体的に狭すぎるのが難点。

品川発11時10分の「ひかり509号」で大阪に向かう。例によって車中では駅弁を楽しむ。

予約してあったホテル 「東横イン淀屋橋駅南」は問題なく見つかった。グーグルマップは優秀である。今朝まで滞在していたアパホテルと較べると部屋の面積は変わらないと思うのだがこちらの方がなんだかゆったりしている。間取りが良いのかもしれない。

2時間ほど休んでから待ち合わせ場所の 「桃山台」 まで地下鉄に乗って出掛ける。友人がそこからわたしともう1人のピアニストを車でピックアップしてくれて、向かったのは キノコを食べさせるお店 「作州武蔵魍魎亭」だった。

完全予約席で3人以上でないといけないらしかったのでわたしは幸運だった。最初から最後まで季節の山菜とキノコ料理が続いて、その味も上品で全くとがったところがない。すごく贅沢な気分を味わった。

もちろん数年ぶりに再会した3人だったから積もる話が満載。アッという間に時間が過ぎていった。大阪を再び訪れた甲斐があったというものだ。

映画と Apple Store

2025年12月16日(火)・晴れ/最高気温12度

8時起床。

今日は人と会う予定は無い。約束が無いというのは寂しい反面、自由感はある。

今回の日本滞在中3本目になるが、映画 「TOKYOタクシー」 を観ることにした。渋谷駅に近い TOHOシネマズ という映画館で14時30分からの回を観る。

少し早めにホテルを出てその前に渋谷の Apple Store でブリギッテに頼まれていた Apple Watch のバンドを購入する。100%気に入った色ではなかったがパープル色のスポーツループを購入。アップル純正のバンドは高すぎると思っているが日本で買えばほぼ半額で買える。その隣には ANKER の直営店もあった。

映画を観る前に牛丼の 吉野家 で「カルビ牛丼」を食べる。値段は ¥773円)(€4.2)と感涙もの。ミュンヘンだったらこの値段では Döner Kebab も買えない。カルビはわたしには少々硬かったので普通の牛丼にすれば良かった。次回があればそうしよう。

さて、映画だけれどほぼわたしが想像していたとおりの展開だった。2人の主役、倍賞千恵子とキムタクの演技が自然で全く落ち着いて観ることができた。もう1回観れば内面から浮き出る良さがわかるかもしれない。

映画を観終わって渋谷駅に向かおうとしたら道玄坂の通りからちょっと入ったところに立ち食い寿司 「魚がし日本一」 を見つけて軽くつまんでくる。

今日は午後からずっと渋谷駅周辺を歩いていたのだが、想像以上の人出でやはり疲れた。それにこれまでにも書かれているように渋谷駅の改築でとても複雑になっている。ハチ公の改札口も60メートルほどずれてしまっていた。

ホテルに戻り夜はゆったりと過ごす。

旧友の作家と

2025年12月15日(月)・快晴/最高気温14度

8時起床。

今日は11時から50年以上の付き合いになる作家の友人と数年ぶりの再会を約束していた。彼はわたしよりも10歳年上である。昨日かけた電話の感じではそれなりに年齢を重ねた声だったけれど、とにかく最寄りの駅まで徒歩で出てきてくれる元気さが彼にはまだあることを喜んだ。

会って最初の一瞥では「歳をとったなぁ」と感じるのだったが、例によってその感情は5分後には解消していた。

駅近くにある中華料理店に落ち着いてランチを共にする。わたしは「四川ランチ」という「小ぶりの麻婆豆腐」、「スパイスの効いた麺」、「杏仁豆腐のプリン」、に白いご飯が付いたものを、彼は「エビのチリソース煮」の一品料理に白いご飯を付けたものを選んだ。彼は10年以上前に胃の何分の一かを切り取っているので量はそれほどたべられないと言う。しかし白いご飯を半分ほど残しただけで後はきれいに平らげていた。

わたしが注文したランチは「四川」と名乗っただけあってピリッと辛いものだったが、かなり日本風にマイルドな味に仕上げられていた。ミュンヘンで食べる四川料理は今日の2〜3倍は辛い。

食べながらお互いの知人達の近況を聞いたりして積もる話が進んでいく。食事が終わったあと、彼は自分の持つもう一つの住まいに案内してくれた。そこはもっぱら「書庫」として使っているらしいが、同行してみると素晴らしく眺めの良い高層ビルの中の一室だった。「書庫」というよりはセカンドハウスと呼んだほうが良いかもしれない。

その時に1年前に出版された彼の作品を頂いた。

わたしが次に一時帰国するのはいつになるかわからないけれど、次回の再会を約束して15時少し前に別れた。

蒲田駅に着いてホテルまで歩く。途中でコンビニに立ち寄りホットコーヒーとちょっとした甘いものを買う。珍しく甘いものが欲しくなった。疲れたのかな。帰室し、コーヒーを飲んでから昼寝をする。

1時間ほどグッスリと眠って疲れも取れた。部屋のテレビで19時からのニュースを見る。夕食はこのホテルを出てしばらく歩いたところにある「餃子の王将」で餃子2人前(12個)、レバニラ炒め(小皿) をおいしく食べる。お値段は1470円(8€)。今日も良く歩いて9千歩以上。

買い物と会食

2025年12月14日(日)・雨のち曇り/最高気温8度

8時起床。

相変わらず眠りのリズムは変わらない。午前2時とか3時とかに1度目覚めるけれど、これはミュンヘンに居るときでも同じだから時差ボケという事はないと思う。

朝食は雨の降る中を近くの牛丼屋「スキ屋」で朝定食を食べた。充分な内容でとても安い。そのあとはホテルの部屋にこもってこれからの予定の確認をしたり、新聞の朝刊を読んだりしてお昼まで過ごす。

13時ごろにホテルを出て秋葉原のヨドバシカメラへと向かう。注文しておいた眼鏡2本とオーディオテクニカ製のカートリッジを受け取って帰ってくる。日曜日とあって、店内はすごい人出。

18時からは蒲田駅西口にある和食レストランで旧知の夫妻と会食。ミュンヘンで5年間ほどわが家の近所に住んでいたご夫婦でわたしが一時帰国したときには必ず顔を合わせている。2人ともお元気そうで嬉しかった。ユーロの強い今、わたしがご招待したかったのだが、かえってすっかりご馳走になってしまって恐縮。

帰路にフラッと昨夜楽しく過ごした「モツ焼き・次郎」を覗いて見る。お客はだいぶ引けていたが昨夜カウンターの隣で飲んでいた男性もいて、串を3本ほど食べてサッと引き上げてきた。このようにスッと入ってサッと切り上げることができる店は貴重だ。

泉佐野 → 東京

2025年12月13日(土)・曇り/最高気温8度

7時起床。

泊まったホテルが11時のチェックアウトだったのでそれまで部屋でのんびりとして過ごした。今回の旅は時間に制限のない気ままなものなのでゆったりと出来る時間があるのはありがたい。

泉佐野から大阪に出て新大阪駅発の「ひかり」で東京へ向かう。今日は「幕の内弁当」を買って乗り込んだ。新幹線の旅ってなんだかゆったりしてわたしは大好き。

東京ではいつものホテルが取れなかったのでその2つ先の駅にあるホテルにした。ここは以前から興味があって泊まってみたい街だった。少し早い夕食をとろうと外へ出てみたら「立ち飲み屋」や「焼き鳥屋」などが多くて活気がある。入った店は「モツ焼き次郎」という。こういう雰囲気が大好きなわたしは、少し飲みすぎたかなと思ったが、大いに満足して宿に戻った。

参考にしたブログへのリンクは講読している下記のもの。

東京都 大田区・蒲田駅西口側で閉店した「もつ焼き次郎」が東口側に移転して帰ってきた! – THE ROAD AHEAD

約60年ぶりに親友と再会

2025年12月12日(金)・晴れときどき曇り/最高気温10度

7時起床。

少し早めの起床。一旦軽めの朝食をとってからまたベッドに戻り10時過ぎまでウツラウツラしていた。

チェックアウト後、南海電車(懐かしい)で和歌山市駅まで走る。今回の旅の目的のひとつは花王の研究所を訪れることだった。58年前(!)に一年間だけど所属していた 「花王・産業化学研究所」 をもう一度眼にしたかったのだ。

もちろん敷地内に入るのは叶わないので、守衛所からの写真を写してきた。

今日は風の強い一日で体感温度はかなり低かった。なによりも帽子が飛ばされるのではないかと気になった。下の写真の川沿いに自転車で研究所と独身寮を往復する毎日だった。そういえばあの頃も風の強い日が多かった。

帰りのバス待ちの時間に「コメダ珈琲」を試す。悪くない。

泉佐野駅に戻るとちょうどチェックインの時間。駅から7分ほど荷物を引きずって歩く。雨が降っていなければそれも全く苦にならない。RIMOWA のスーツケースはよく働いてくれている。部屋に入って少し休んでから小中学校時代の親友夫妻とロービーで再会。

美味しい和食を食べながら親友夫妻と懐かしい話に花が咲く。彼が小学生時代の夏休み日記など、古い希少な資料を持参してくれていて、いかにたくさんの時間をわれわれ2人が一緒に遊んだかがそこには書かれてあった。思えばあの頃はテレビもなかったからラジオを聴くか友達と遊ぶしかなかったのだろう。

食事が終わって彼たち夫妻が行きつけのカラオケに付き合う。もちろんわたしは絶対にマイクを握らないという約束で。ご夫妻はお互いに4〜5曲歌って楽しそう。カラオケというのはひとつの文化だと思える。22時過ぎにホテル帰着。

移動して休養日

2025年12月11日(木)・晴れ/最高気温15度

8時半起床。

京都駅前のこのホテルのチェックアウト時間が12時なので今朝はゆっくりと起床してシャワーを浴びた。ホテルの朝食バイキングを¥1400で食べる。それなりに美味しかった。

そのあと部屋に戻りベッドに横になったらウツラウツラ眠ってしまった。用心して11時には目覚ましをセットしておいたので問題なし。

明日は関西空港近くに住む小学生時代の親友を訪ねることになっていて今日はその近くにホテルを取っておいた。そこまで京都から電車に乗る。今日も良いお天気。ホテルには午後2時ごろにはチェックインすることが出来た。この辺は初めて来るところなので物珍しい。

今日は朝食のあと少し眠れたし、午後はほとんど外を歩かなかったから良い休養になったのではないか。今回は長いひとり旅なのでこうして身体を休ませる1日があっても良い。

東京 → 京都

2025年12月10日(水)・晴れ/最高気温14度

7時起床。

今朝は9時40分発の新幹線「ひかり号」で京都へ。新幹線の旅はいつも楽しい。快適な座席と快いスピードで走る列車の中で食べる「駅弁」はこれまた楽しみ。今日も迷ったけれど「鯵の押し寿司」を選んだ。酢の締め具合もちょうど良く、一口大に握られた鯵の押し寿司は気配りが感じられて嬉しかった。若い人だとちょっと物足りないかもしれないがわたしにはちょうど良い量だった。

京都駅には12時12分の到着。新幹線に乗ると京都は近いと感じる。そこから京都駅八条口に予約してあったホテルへ向かう。まだチェックインには早かったのでそこで荷物を預かって貰い、歩いて15分ほどのところにある「渉成園」- 枳穀邸 ー を観ることにする。さすがに庭の木々は冬に備えて色あせていたが、ところどころにはまだ美しい紅葉を観ることが出来た。

満足してホテルに戻りチェックイン。友人と約束した18時までには時間があるのでゆっくりと昼寝。

友人が迎えに来てくれて出掛けたところは駅の向こう側にある「炭火焼き」のお店。一年半ぶりの再会でいろいろな話に花が咲いた。21時過ぎのお開き。

昨夜は地震があったらしい

2025年12月9日(火)・晴れ/最高気温13度

8時起床。

昨夜、青森県で震度6の地震があったようだ。わたしは眠っていたのか全く気がつかなかった。今回は初めて聞く「後発地震注意情報」というのが出て、なにやら薄気味悪い。1週間か2週間後に大きな地震が来るかもしれないから注意せよ、ということらしい。

午前中に神保町に出掛けた。実を言うと、この街をちゃんと歩いたことがない。古本屋のある街という印象だけだった。今日は3時間ほど歩き回ったのだが、この街は自分の買いたいもの、捜したいものがあるときに来る街なのだと気が付く。本屋さんの数も半端じゃない。興に乗って歩いていたらわたしなどは疲れてしまう。しかし、このような本屋が集まっている街は世界中の何処を探してもないだろうと思える。

神保町といえばカレーでも有名。昼食は並ぶけれどおいしいと評判のカレー店(ボンディ)をインターネットで見たので挑戦してみた。店は狭い階段を昇った2階にあって、確かに20分ほどは並んだ。わたしは1人だったのでその前に並んでいた3人組を飛び越して入ることが出来た。味は期待していたほどのものではなかった。やはりカレーは自宅で丁寧に玉ねぎを炒めて作るのが一番。

そのあと御茶ノ水駅近くのレコード店「ディスクユニオン」をザッと見渡してホテルに戻った。疲れ果てて午後は爆睡。

15時過ぎから洗濯をし、「お風呂の王様」に浸かる。気持ちが良かった。

夕食はホテルの並びにある街中華で食べたかったのだが、今日も並んでいたので諦めた。隣の「富士蕎麦」でカツ丼を食べる。これもまた美味しかった。

今日も良く歩いて 11,656 歩。

4歳年上の姉と会う

2025年12月8日(月)・快晴/最高気温20度

8時起床。

よく眠れたけれど、ベッドが変わったせいか、また背中から腰への痛みがあった。そしてそれも1時間後には解消している。

午前中、時間が取れたので大井町付近の散歩をしてみた。チャットGPT に問い合わせると「品川寺」往復が時間的に無理のないコース。とても良いお天気だったので、途中で冬のコートを脱がなくてはならないほどだった。

今日は13時にすぐ上の姉(83歳)と大船駅で待ち合わせしていた。彼女は大船駅から徒歩15分くらいの所に住んでいる。そこも一応鎌倉市なのだが古都のイメージは無い。

昼食を共にしながら、その上の兄も姉も認知症を発症しているので、さて彼女はどうなんだろうと心配だったけれど、今日3時間ほど話した感じではまだ以前の通りだったのでホッとする。結局、今、生存している5人の兄姉の中でまだ認知症になっていないのはわたしと今日会った姉の2人である。2人で「認知症が遺伝でないことを祈りたいね」と話し合った。

ホテルに戻ってから少し身体を休める。

しっかりお昼ご飯を食べたはずなのだが、夕方になったらまた食欲が湧いてきた。そこで今回も1回は行こうと思っていた線路の向こう側にある昭和の香り高い立ち飲み屋へ。そこで、ビール、モツ煮込み、サワラの刺身、鯖の塩焼き、を楽しむ。刺身は5切れぐらいだし、鯖も小ぶりではあるのだがこれで充分に楽しめる。お値段は¥1260円と相変わらずの驚異的安さ。

そのあと蕎麦屋で盛り蕎麦でもと目論んでいたのだが、気が変わって閉店間際の「寿司パック」を購入して部屋に戻りそれを食べた。これだけ食べてもお腹が苦しくなるということがないのはやはり和食だからということか。

いわき → 東京

2025年12月7日(日)・快晴/最高気温16度

7時起床。

今日も部屋から見えるのは雲ひとつ無い快晴。これぞいわきの青空である。気持ちが良い。

やっとベッドの硬さに身体が慣れたのか、今朝はほんの少し腰が痛いと感じただけ。しかし用心して身体を慣らしていく。まだ、わたしの旅は始まったばかりなのだから、本当に体調には気を配らなくては。

ホテルの朝食は若い人、子連れの人たちも眼についた。今日は日曜日だからか。和食のバイキングは少量ずつ自分の食欲に合わせて食べられるのでこれは嬉しい。今朝は「ひじきの煮物」、「スクランブルエッグ」も並んでいて楽しかった。

10:00少し前にチェックアウトして駅前の高速バス発着所まで行く。これは徒歩5分ほどの距離。相変わらずガラガラに空いた高速バス。これで採算が成り立つはずがないと思えるので先行きが心配である。バスの中ではほとんど眠っていたようで東京に入るちょっと前に眼が覚めた。

15時にいつものホテルにチェックイン。今回は受付ホールにズラッと並んだ機械でセルフ・チェックイン。部屋の中に入ってみるとリニューアルされたらしくこれまでよりも部屋が広く感じる。ベッドの高さを上げてその下にスーツケースを収納できるようにしたためだろう。長期滞在の時にはこれはありがたい。PC ・スマートフォンなどを繋ぐのも以前よりはずいぶん手軽になっている。

今回の目的のひとつは「眼鏡を作ること」。ドイツの眼鏡店でももちろん良いのだがわたしにはもう一つ信頼できない。なによりも出来上がってくるまでの時間が掛かりすぎる。しかし主な原因はなんと言っても現在は為替の関係で日本円が安すぎる事にある。今日などは 1€ = ¥ 181円である。ほぼ半額で素敵な眼鏡が手に入る。その他に LPレコード再生のためのカートリッジを購入。

夕食はこのホテルに帰ってきたときの定番、トンカツの丸八へ。相変わらず美味しかった。

兄(95歳)を訪れた

2025年12月6日(土)・快晴/最高気温13度

7時起床。

やはりベッドが硬すぎるのか寝起きには背中と腰が痛い。シャワーを浴びるときに洗髪する。浴槽で滑らないようにと細心の注意を払う。8時過ぎに朝食。今日は週末だからか昨日までの献立よりは品数が多い。白いご飯のほかに「アサリの炊き込みご飯」もあって嬉しい。

11時15分頃に兄の娘たち2人がこのホテルまで迎えに来てくれた。昼食用のお寿司を頼んでいたらしく、途中の店でそれを受け取り兄宅へ。1年ぶりに会う兄はずいぶんからだが痩せていて話し言葉がよく聞き取れない状態。わたしの訪問をとても喜んでくれた。

昼食の卓上には「にぎり寿司」のほかに「かき鍋」「揚げ物の小鉢」なども用意されていて、食べきれないほどのご馳走だった。

今日は兄の長女姪(姪)のご主人も同席してくれて、総勢5人で食事の間の会話が弾んだ。今回会えるのを楽しみにしていた兄の長男(甥)は、2日ほど前からインフルエンザに罹って参加できずに残念だった。

兄はいつも19時ごろには就寝するというので17時ごろに退出する。帰り道も2人の姪達が車でホテルまで送ってくれた。

今日、集まった全員が年齢を重ねていて、それぞれが大なり小なりの体調疾患の状態にあり、これが歳月ということかと嫌でも気付かされる。これからの自分の健康には覚悟と決断を持たなくては。

映画、墓参り、友との再会

2025年12月5日(金)・晴れ/最高気温10度

今日もスッキリとした青空の見えるお天気。昨日に続いて起き抜けに腰と背中が痛い。しかし1時間後にはそれも解消した。

朝食のあと墓参りに行く予定だったが映画・「国宝」の上演時間を調べたら今日は10時から13時までの1回だけ。それで墓参りは午後に回して映画を優先した。こういうものは観られる時に観ておかないと後悔する。ホテルから映画館は歩いて5分で行けるので充分な余裕があった。しかし、始まってからトイレに行っておくのを忘れたことに気がつく。3時間、果たしてわたしの膀胱は持つだろうかと不安だったけれどそれは杞憂に終わった。

その内容だが確かに画面の美しさは際立っていた。多分それは色彩豊かな歌舞伎の舞台を真ん中に据えたからだろう。全体を通してみると何カ所か冗長な箇所があることが気になる。そして2人の主演俳優を支える脇役陣が秀逸。「脇役の皆さん、うまいな〜」と感嘆しきりだった。

今日は入場券を買うときにポチ袋を渡された。さすがに金銭は入っていなかったが中には主演俳優のブロマイドが。かなりの興行収入を達成したらしい。喜ばしいことだ。

午後は墓参り。今日もバスを使う。思ったよりもスムースに事が運んで運賃は片道 ¥340。墓へ詣でる前に、わたしが住み暮らしていた場所の幼い頃の記憶と現在のそれの余りにも違いすぎる映像のズレを懐かしんだり悲しんだり。

墓地は昨年よりもまた拡張されていてわが家の墓のありかを見つけるのにちょっと戸惑った。墓参の後はまたたくさん写真を撮りながら引き返す。

18時に小学校時代の友人がホテルに迎えに来てくれて21まで一緒に夕食を楽しんだ。ようやく彼と LINE で繋がったのでこれからの連絡が楽になるだろう。今日の歩数は 12,690 歩

姉のひとりを訪問

2025年12月4日(木)・晴れ/最高気温8度

8時起床。

昨夜はやはり時差ボケで午前2時過ぎに目が覚めてから午前6時ぐらいまで眠れなかった。そのあと少し眠ったようだ。

今日は昨日と違い青空の見える良いお天気となった。しかし朝のうちはこの地方特有の風が強い。朝食のあと少し部屋でゆっくりとする。11時55分から駅前の映画館で「侍タイムスリッパー」を観る。これは観たかった話題の映画なので楽しみにしていた。昨日この映画館を見つけ上映作品を見たらこの映画が掛かっていて今日が最終日だった。幸運! 

もしドイツに帰るまでに時間が取れたら現在評判になっている「国宝」も観て帰りたい。

午後3時に姉を訪問。兄の娘から彼女が認知症にかかっていることを聞いていたので心配していた。ほぼ2時間2人で会話をしたのだが、わたしには認知症の気配は感じられなかった。しかし、わたしが帰ったあとに電話した姪(兄の娘)の話によるとわたしが孫を連れたカローラと3人で訪問したことになっていた。やはりおかしい?

姪の話によると彼女の父親(わたしの兄)の認知症はそれ以上だという。この2人が電話で話をしているところを見ている姪の話によると、それは想像以上のものだとか。

姉が「ここはもうバス路線もなくなってしまったのよ」というので彼女の家に行くときにはタクシーを使った。これが2800円。しかしタクシーの運転手さんに訊くと「いや、本数は少なくなりましたが1時間に二本は走っていますよ」と教えてくれた。もちろん帰路はバスを利用する。この運賃は290円。約10分の一であった。

夕食はホテルのフロントで教えて貰った居酒屋「こけし」に行ってみたが満席で入れず。その近くのこれも居酒屋だが「赤ひょうたん」という店で見繕って食べて満足。

いわきに到着

2025年12月3日(水)・曇りときどき小雨/最高気温12度

羽田空港に着陸したのは予定よりも少し早かったが機外に出た時点で時刻表通り。昨年の6月にアンナと2人で来ているのでそれほど目新しいものは無かったけれど、今回はひとり旅。目に写る印象はかなり違う。

手荷物の申請などはミュンヘンからオンラインで登録(Visit Japan)して QR Code を持っていたのでスンナリと税関も通過。あっという間に外に出てしまった。すぐに JR Pass の発行、幾ばくかの日本円を ATM で取得。ただ、eSIM がうまく繋がらなくてちょっと慌てた。今回は Airalo という会社のものを使った。30日間5GB /10€ という格安eSIMである。わたしの使い方だったらこれで良いだろうと、チャットGTPが教えてくれた。

iPhone のホーム画面には au と表示されるのだがインターネットに繋がらない。仕方ないのでホテルに落ち着いたらやってみようと思っていたら3時間ほどあとに故郷に向かうバスの中で突然繋がった。結果オーライである。

今回は東京駅八重洲南口から出ている高速バスで故郷まで行くことにした。いつもは常磐線の「特急ひたち」を使っていた。15時のホテル・チェックインまでは充分すぎるほどの時間があったのと運賃がほぼ列車の半分だった。このバスもガラガラで快適だった。大きなスーツケースを持って列車だとトイレに行くときに盗まれるのではないかと不安になるが、バスはそんなことがない。

故郷の街に着いたときには小雨になっていた。バスを降りてすぐに市役所のサービースセンターで「戸籍謄本」を一通取得する。これはミュンヘンの日本国総領事館の窓口で奨められたもので、国外旅行の時にパスポートの紛失、または盗難に遭ったときなど戸籍謄本は必ず必要なので再発行の時間が大いに短縮できる、ということだった。

そのあとその建物内でランチをゆっくりと食べる。美味しかった。15時にホテル・チェックイン。今夜は浴槽に浸って温まる。よく眠れそうだ。

日本へ一時帰国

2025年12月2日(火)・曇りときどき晴れ/最高気温6度

早朝5時の起床。その前に目が覚めていたのはやはり緊張していたのか。ユリア宅へ行くときも何度か早朝に起床していたのでそれほど辛くはなかった。

Tram に乗ってすぐにマフラーを忘れてきたことに気付く。何かしら必ず忘れ物はあるが些細なことで良かった。自宅前からの Tram も、乗り換えた S-Bahn も時間通りに走ってくれて8時半には搭乗口の待合室に腰を下ろした。10時25分発の ANA 218 便なので2時間近く待たなくてはならないけれど仕方がない。ちょっと心配だったスーツケースの重量は20Kg 弱で何の問題もなかった。

それと手荷物チェック時にはMacを取り出して見せなくても良くなっていた。これは改善と言える。

待合室で座っていたら9時を数分過ぎたとき「お客様の中に小林さんはいらっしゃいませんか?」というアナウンスがあった。家族に何かあったかと心配だったが、わたしではなかった。「小林という姓は日本では8番目か10番目に多いですよ」と受付嬢に教えておいた。

今日は ANA が日本まで飛んだ。思いのほか座席も空いていて、最初わたしは3人掛けの真ん中に座ったのだがさすがに両隣の男性が大きくて窮屈。で飛行機が巡航速度になってからすぐに席替えをして貰った。一番前の3列の席をひとりで占領する。アテンダントも全て日本女性でにこやかに親切で食事も充分な品質だった。概ね満足でケチの付けようがない。

ほぼ時間通りの朝6時半に羽田着。

旅立ちの前夜は心が落ち着かない

2025年12月1日(月)・曇り/最高気温5度

7時半起床。

一日中曇り空、
ブリギッテは朗読ボランティアに10時ごろ家を出ていった。

わたしはそのあとようやく旅行の鞄詰めを始める。今回は極力衣類を持っていかないことにする。いつも、旅が終わると「ああ、今回も1度も袖を通さなかった衣類が多かった」と自分に腹が立っていたから。勝手知ったる日本だから、そして今は円安なのでもしどうしても必要ならそこで買えば良いと思ってしまう。

だから大きなスーツケースの中はほとんどガラガラ。いざ、目の当たりにしてみるとこれはこれでちょっと不安でもある。今回の旅行はとにかくのんびりとひとり旅を楽しんでこよう。気をつけることは体調の維持だ。

明日は10:25分発の飛行機なので6時半に家を出れば充分間に合うだろう。5時起きかな?

久し振りにしっかり歩いた

2025年11月30日(日)・晴れのち曇り/最高気温8度

8時起床。

午後15時頃までは晴れたお天気だった。

ゆっくりと朝食を済ませた。

お昼少し前になって久し振りに森への散歩に出掛ける。日本へ出発する前にもう一度 Kieser Training へ行こうかどうか迷っていたが、下手に怪我をしたりすると困るのでウォーキングに切り替えた。日本に着いたらきっと歩くことが多くなるだろうから少し足慣らしを、という考えもあった。しっかりと8.000歩以上歩いて帰宅。

お茶を飲んでから40分ほどの昼寝をする。

夕食はアンナ、カローラ、ミアをまじえて5人で。

年齢別にモテる異性とは

2025年11月30日(日)

ウォーキングから戻って昼寝をする前に今朝、配信になったポッドキャスト「安住紳一郎の日曜天国」・抜粋を聴いていた。その内容が面白かったので話の種に書き留めておく。

年齢別にモテる異性とは

●物心ついたときに気になる異性
 距離の近い人を好きになる。近くにいる異性。父母とか隣家の子供とか。

●10歳の頃
 足の速い子(短距離走)

●10代後半から20歳代の頃
 見た目の良い人

●30代の頃
 内面(性格)がもとめられる。見た目だけじゃ駄目。

●40代の頃
 性格が良いだけじゃ駄目。
 情報を持っている人、良い時間の過ごし方を提案できる人

●50代の頃
 良い病院や良い治療法を知っている。

●60代の頃
 内臓の強い人(たくさん食べる健啖家)

●70代の頃
 足腰の強い人。長い距離を歩いても疲れない人

●80代の頃
 耳の良く聞こえる人(反応の良い人)

これを見るとほとんど頷ける内容だが、80歳代を目前にしている難聴気味のわたしは異性にはモテなくなるようだ。ちゃんとした補聴器を考えようか。😅

無為の一日

2025年11月29日(土)・曇り一時小雨/最高気温5度

7時半起床。

小雨混じりの一日だった。

今日も一日家の中で過ごす。日本への出発前に何か忘れていることがあるような気がして落ち着かない。

ブリギッテは Unterhaching へ食料品の買い物へ。彼女が買ってきた Weißwurst と Brezel の昼食のあと、彼女は今度は街中へ出掛けていった。わたしの兄へのお土産を買うため。

午後は本を読んだり Netflix で「ナイト エージェント」の続きを観たり。

夕食時になっても全くお腹が空いていなかったけれど、ブリギッテに付き合って軽く食べる。

適度に身体を動かすと心も落ち着く

2025年11月28日(金)・晴れ/最高気温4度

7時半起床

午前中はいつものようにゆっくりと過ぎていく。今日は快晴に近い気持ちのよい晴れ。しかし気温は低い。

11時ごろから Kieser Training へ。毎回その日の体調によって違うのだが、今日は身体が少し重く感じた。終日の昼前という事もあってトレーニングをする人は少なく、それも老人が多かった。男性の老人は背中が丸まっている人を数人見かけて、あのようにはならないように気をつけようと思う。背筋はいつもシャキッとしていたい。

帰宅して昼食を取るつもりにしていたのだが、今日はすぐにベッドに横になって昼寝。こういう日もある。

眼が覚めたときにはブリギッテは外出していた。カローラと Marienplatz で落ち合って買い物をするという約束をしていたらしい。わたしはお腹が空いていたので1人で昨日作ったカレーを食べる。

そのあとは下の部屋で Netflix の「ナイト エージェント」シリーズを観る。

夜は友人から教えて貰った小説・「三十光年の星たち」(宮本輝)を読み続けて今日は下巻に突入。

久し振りに辛口のカレーを作った

2025年11月27日(木)・曇りときどき晴れ/最高気温3度

7時起床。

5時前に一度目が覚めて二度寝してしまった。

ブリギッテは9時15分からフランス語講座があるのでその前にミアを学校まで送っていった。そのおかげでわたしの午前中はゆったり。外は曇り空で気温も低い。

ブリギッテはフランス語講座のあとちょっと買い物をしてから帰宅。彼女の買ってきた菓子パンを昼食代わりにする。この菓子パンがかなり大きかったので午後は全くお腹が空かなかった。

ドイツの食べ物はとにかく量が多い。反対に日本の菓子パンなどはちょっと小さすぎる気がする。その中間くらいがわたしにはちょうど良いのだが。

15時頃からカレーを作りだす。最近は甘口のカレーばかりだったので今日は久し振りの辛口カレー。

それを作り終わってから街中へ出掛け、ちょっとした用事を済ませて帰宅する。往きも帰りも交通機関は仕事帰りの人たちでかなりの混みよう。

カレーはまあまあの味。ブリギッテには少し辛すぎたかもしれない。

小雨日和で籠もりきり

2025年11月26日(水)・小雨/最高気温3度

8時起床。

今日はゆっくり起床して「洗髪」。そのあともゆったりと朝食。

朝食後はもっぱら12月の一時帰国に向けて準備をする。今日は日本に着いてからのインターネット接続を検討した。昨年アンナと一緒に帰国したときには Holafly を使ったのだが、今回はチャットGTP にお伺いを立てて Airalo を選んだ。料金もこちらの方が安そうだ。

設定は簡単なのだが、やはり緊張感を伴う作業なので疲れる。以前はこんな作業が楽しくて疲れなど感じなかったのに。

昼食には「丸美屋のとり釜めしの素」を使って炊き上げた。今夜はまたミアが泊まるので夕食にと用意したが彼女の気に入るかどうか。