MURNAU へ日帰り

2024年4月30日(火)・晴れ/最高気温25度

8時起床。

今日も素晴らしいお天気。朝食の時にブリギッテがどこか近くの湖に行きたいと言う。先日、隣人がなんとかいう湖にいって凄く楽しかった、というのを聞いて自分も行きたくなったらしい。

湖というのは陳腐すぎて気に入らなかったが MURNAU にある Gabriele Münterの家が候補に挙がった。ここは彼女がカンディンスキーと一緒に住んでいた家。作曲家のシェーンベルクも客として滞在していた。わたしはまだ訪れたことがなかったので、ここなら行っても良いなぁと思った。

急に決まったのでムルナウに向かう列車を調べると11時半頃にミュンヘンの Hbf を出発する列車がある。ゆっくりと準備して家を出た。実は最近自分の体調に自信がなく昼寝なしで一日歩き回れるかどうか不安だった。

しかし今日は往きも帰りも電車の中でグッスリと眠ってしまった。終わってみれば一万歩以上歩いていて、それほどの疲れもない。ちょっと嬉しくなった。下の写真はGabriele Münterの家。

見学を終わって昼食を取った MURNAU の中心街から望むアルプス。まだ雪が残っている。

今夜は快い疲れできっとよく眠れるだろう。それにしても今日出会った人たちは老人たちが多く、一人歩きの女性が目立った。年寄りの男性ひとりで、というのは全くといっていいほど眼につかなかった。やはり女性は元気なのだ。

久し振りのカレー、そして室内楽

2024年4月29日(月)・晴れ/最高気温23度

7時半起床。
 
いつも通りにベッドから出たのだが、昨日は午前3時ぐらいから眼が覚めてしまって、そのあと Amazon-Audible で「鬼平犯科帳」なんて聴き始めたものだから明け方まで眠れなかった。完全に自己責任である。

ブリギッテが10時ごろに朗読のボランティアに出掛けたので、それからわたしは一時間ほど昼寝。これでボヤーッとした脳内は回復した。

今日はカレーが食べたいと思いブリギッテに頼んで帰り道に豚肉を買ってきて貰った。午後から作りだす。今日のカレーはいただき物で初めて食べるものだ。成城石井の製品らしい。

一昨日に今夜19時半からの室内楽の切符が回ってきたのでその前にカレーを食べて出掛ける。カレーの味は余り凝ったものでなくて素直においしかった。

プログラムは弦楽三重奏曲(ベートーベン作曲)でチェロ奏者が「石坂団十郎」というすごい名前。父親が日本人、母親がドイツ人ということだ。家を出る前に彼のことをインターネットで調べたりする。

あまり聴いたことがない曲だったが、演奏者それぞれの動作とか呼吸を合わせるタイミングなどをみているだけでも楽しい。会場はわが家からは車で5分の距離、そして気持ちの良い夕方の外気が休憩時にも終演後も幸せにしてくれた。22時過ぎの帰宅。

薄曇りの日曜日

2024年4月28日(日)・晴れのち曇り/最高気温24度

8時起床。

ここ数日は夜中の3時ごろに眼が覚めてからそのあとなかなか寝付けないでいる。これが老化ということなのだろうが、まあ昼寝をすれば良いかなと思って気にしないことにしている。

眼が覚めてiPhoneを見ると昔の同僚でわたしよりも半年ほど若かった男が亡くなった知らせを見た。いろいろな感慨が湧いてくる。

ブリギッテは10時からの催しに出掛けていった。ミュンヘン市内にある「歴史的建造物」を巡るというものらしい。

それが終わってから彼女が買ってきたケーキで昼食代わり。

わたしはそのあと一時間ほどの昼寝。眼が覚めてから45分ほどの散歩に出掛けた。

夕食はおそらく今年初めてテラスで食べた。それほど気温が暖かかったということだろう。冷凍してあった残り物の「ピーマンの肉詰め」と野菜サラダ。

21時過ぎまで明るい空を眺めながら白ワインを楽しんだ。ほろ酔い気分。

Auer Dult (Mai Dult) へ

2024年4月27日(土)・晴れ/最高気温21度

7時半起床。

ようやく暖かい日が帰ってきた。

今日はミュンヘン郊外にピクニックに出掛けようかとブリギッテは計画していたが、彼女が注文したチョコレートが届くのを待たなくてはならず、午前は過ぎていった。

その時間を利用して彼女は庭の芝刈りを始める。2年ほど前からこういう肉体労働は卒業させて貰っている。ただ、地下室に置いてある芝刈り機を庭に運ぶのはいまだにわたしの仕事だ。

ようやく届いたチョコレートはパッキングが悪かったのかその中の一つが壊れてしまっていた。お世話になった人へのお礼のプレゼントだったのでブリギッテはガックリ。

素晴らしいお天気だったので、彼女を元気づけるために Mai Dult (Auer Dult) に出掛けることにした。土曜日の午後だったのでかなりの人出。下の写真は Dult への途中で写した。青い空と白い雲の対比が嬉しい。

1時間ほどブラついただけで帰宅した。わたしは疲れてしまってそのあと昼寝。

夕食は先夜のラザーニャを温めて食べる。おいしかった。明日はどうやら今日よりも良いお天気になるようだ。

Sedlmayr の年次総会に出席

2024年4月26日(金)・晴れ/最高気温17度

7時半起床。

朝食を食べたあとブリギッテがミアを幼稚園に送っていった。

11時から Spaten/Sedlmayr の年次総会があって、数年ぶりに参加してみた。わたしの場合はブリギッテに強制的に連れて行かれた感じで、全くこういう会合には興味が湧かない。最初の1時間半ほどは2022年・2023年の業績を延々とプレゼンしていたが、状況はかなり厳しいという印象を受けた。

昼食のあと1時間の休憩となったので、わたしはそこで帰宅する。ブリギッテは親戚の人たちとのお付き合いもあるのでそのまま残った。

帰宅して一時間ほど昼寝をする。

そうしているうちにもう夕方になり、結局なにもしないうちに夜になった。明日からは良いお天気が続くようで嬉しい。

久しぶりに友人と会う

2024年4月25日(木)・曇りときどき晴れ/最高気温11度

7時45分起床。

今日は午後に友人と会う約束をしていた。その他にはなにも予定は無い。今夜はミアが泊まりに来るのでわたしはまた下の部屋で眠ることになる。

最近、眼の疲れが少しひどくなっている。今朝も朝食のあとiPhoneでメールチェックをしていてそれを感じた。11時半頃からベッドに横になりまぶたを閉じて眼の疲れを休ませようとしたらいつの間にか30分ほど眠ってしまった。😅

13時半頃に家を出る。友人とは14時半頃に待ち合わせて遅い昼食を取った。しばらくぶりの Schweinebraten がおいしい。

そこから街中に戻り MUJI で小物を買い、パン屋 Brotmanufaktur Schnidt に立ち寄りブリギッテの好きなパンを買い、切ってもらう。

帰宅は夕方の5時半過ぎ。ちょうどミアの夕食が始まるときだった。

ブリギッテは19時に近所のイタリア料理店で友人と食事をするので出ていった。

ベッドに入ったミアに絵本を読んで聞かせる。彼女は疲れていたのか15分ほどで寝入ってくれた。😀

フランコ・コレッリ のトスカ

2024年4月24日(水)・曇りときどき小雨/最高気温8度

8時起床。

ゆっくりの目覚め。洗髪を済ませて朝食の準備。ブリギッテは8時半を過ぎてもまだ眠っている。昨日はかなり疲れたらしい。彼女も歳をとったものだ。

わたしも今日は疲れ気味で午前中はなにも手に着かなかった。昨日買ってきたものをブリギッテが確認、整理していたのを脇でボンヤリと見ていただけ。昼食のあとは1時間の昼寝。

久し振りに「トスカ」を聴きたくなってフランコ・コレッリが1967年にパルマの劇場(Teatro di Parma)で歌ったものを選ぶ。ライブ録音だったらしい。

フランコ・コレッリの絶頂期だったこともあるがその声の魅力は圧倒的で、第1幕のアリア「妙なる調和」の高音が伸びる伸びる! アリアが終わった瞬間の聴衆の上げる歓声と拍手はまるでサッカーのスタジアムのようだ。これぞイタリア!

振り返ると、本当に素晴らしい時期にわたしは居合わせたのだという幸せな感慨に包まれた。声の魅力に勝るものは無い。

夕方になって外の空気を吸いたくなり散歩に出掛ける。約5000歩を歩いて帰宅。少しでも身体を動かしたあとのビールはおいしい。

Hohenberg のアウトレット店で買い物

2024年4月23日(火)・曇り一時晴れ/最高気温8度

6時起床。

今日は Hof の近くで Hohenberg にあるアウトレット店へブリギッテと一緒に出掛けた。以前から1度行ってみたいと思っていたアウトレット店だったが、ようやくそれが実現した。

数年前だったら車で行っていたと思うのだが、最近はわたしもブリギッテも長距離運転は辛くなってきている。ガソリン代も馬鹿にならないし、ドイツ全土で使える49€/月を使おうと計画した。

片道に掛かる時間は4時間近く。しかし年金生活者のわたしたちに時間はタップリある。ちょっと朝の早起きはキツかったけれど、列車に乗ってしまえば楽ちん。乗り換えは2回だった。

Hohenberg というのはチェコとの国境に近いところで、ミュンヘンから行ったわれわれにはかなり寂しい場所と受け取れた。しかし出会う人たちが本当に親切で今日は一日気持ちが良かった。アウトレット店での買い物のあと、陶器美術館を見てこようと思ったのだが、買い物にエネルギーを使い果たしてすっかり疲れてしまったのでパス。

紆余曲折はあったけれど21時半頃には帰宅。幸いにもお天気もまあまあだったので、買い物がなかったとしても一日中遠足のような気分で過ごせて楽しかった。

下の写真は帰途の車窓から写した広大な菜の花畑。

今日も寒い

2024年4月22日(月)・小雨/最高気温7度

7時半起床。

毎週、月曜日はブリギッテがボランティアの朗読に出掛ける。今日も彼女は10時ごろに家を出ていった。朗読のあと彼女は州立図書館で調べ物があるとかで帰宅は午後になった。

わたしは久しぶりに日本料理店のランチを食べに行こうかなと思ったが、寒くて小雨が降っているお天気なので止めにした。

いただき物のチューブ入り「つぶ明太子」があるのを思い出してスパゲッティならぬ「うどん」で試してみた。まあまあの味にはなったけれどやはりスパゲッティのほうが合うかも知れない。

午後から Netflix で面白そうなものを見つけたのでそれを見始める。主役のひとりである男性がシチリア出身の料理人でフィレンツェで働いているという設定。ときおり出てくるトスカーナ料理がおいしそう。何度かトスカーナの秋を過ごした経験があるので懐かしかった。

夕方帰宅したブリギッテがグーラッシュを作ったのでそれをおいしく食べる。今日は昼寝をしなかったからか、22時を過ぎたら猛烈に眠くなってきた。

DeJaK の年次総会がオンラインで

2024年4月21日(日)・雨/最高気温6度

7時半起床。

今日は10時からオンラインで DeJaK−友の会 の総会があった。1年に1度のことであるし大事なので気を引き締めて参加。

議事などは特に滞りもなく淡々と過ぎていった。参加者は例によって98%は女性で、男性はわたしを含めて2人か3人だったと思う。ここでもやはり女性の方が元気で頼りになる感じ。

最後の30分ほどは参加者がシャッフルで数個の部屋に分かれておしゃべりになった。これはオンラインならではの良い企画だと思う。途中で1度部屋の組み替えがあって違ったメンバ−の方たちとお話しが出来て楽しかった。

午後になっても雨が降り続き、ときおりはアラレが降ったりしたので散歩は諦めた。昼寝は一時間ほどグッスリと眠ることが出来て良い日曜日となった。

夕食は昨日の残り物(グリーンアスパラのリゾット)と鶏肉のソテー、そして生野菜サラダでゆったりと食べる。

数日ぶりに街中へ

2024年4月20日(土)・小雨ときどき曇り/最高気温8度

8時起床。

今日も「四月の陽気」が続いた一日。

午前中、ブリギッテは一週間の食料品の買い出しに出掛けた。帰宅して彼女が買ってきた Weisswurst + Brezel の昼食。

そのあとの昼寝はグッスリと眠れて気持ち良かった。

午後3時過ぎに街中へ出る。散歩でも何でも一日に1度はしっかりと外気を吸わないと気持ちが落ち着かない。
まずは Marienplatz へ。目的の品を探すのと、水道水のカルキ除去のフィルター BRITA を買うのが目的。

Marienplatz の Kaufhof 売り場を見たのだが目的の品は数種類のものを見つけた。しかし今日は購入せずに写真を写しただけで自宅に戻って検討することにする。 7€のボルドー産赤ワインがあったのでそれを一本購入。明晩、試しに飲んでみよう。

そこから Karlsplatz の SATURN まで歩く。途中の Kaufingerstr. は悪天候にもかかわらず人出が多くてまっすぐに歩くことはできないほど。 SATURN で BRITA のフィルターを購入し(4個入り=26.99€) 帰宅する。

夕食はグリーンアスパラのリゾットをブリギッテが作った。あっさりとしておいしい。

今日もひどいお天気

2024年4月19日(金)・雨/最高気温8度

7時半起床。

昨夜はカローラとミアが下の部屋に泊まった。カローラは今日は午前中だけの仕事で、そのあとミアを連れて Burglengenfeld へ。今日の午後はヨナスが幼稚園の友人5人を招いて5歳の誕生日パーティをするので、その手伝いであるとか。

軽い目まいがしたので12時前に40分ほどベッドに横になる。眠れはしなかったけれど少し楽になった。

相変わらずのひどいお天気だったので午後はずっと家の中。風が止んだのは救いか。 YouTube で山田五郎の「オトナの教養講座」で中野京子氏を招いた回を二つほど見る。面白かった

それにも疲れた頃ちょうど雨も小降りのようなので17時という遅い時間だったけれど、傘をさして散歩に出掛けた。ちょっとバテたけれどそのあとの Weißbier がおいしかった。明日もお天気は余り望めない。

カローラの内視鏡検査

2024年4月18日(木)・雨、みぞれ、アラレ、曇り、晴れ/最高気温8度

7時半起床。

昨日と同じお天気が今日も続いた。「全部盛り」の典型的な Aprilwetter である。

カローラは12時過ぎに大腸・胃の内視鏡検査を予約してあったので昨夜に続いて今朝も下剤を飲み続けなくてはならなかった。コップに残った最後の2cmほどの液体を飲み干すことが出来ず吐いてしまった。

検査が予想より長く掛かったので心配したけれど結果は問題なかったようだ。ブリギッテは車で送っていって終わるのを待っていたから余計にその時間が長く感じたのだろう。

カローラは膵臓の腫瘍除去の手術を数年前にしているので、わたしもずいぶん心配してしまった。

今日は11時から13時の間に冷蔵庫の扉を修理に来る予定になっていたので、わたしが待機していた。修理人2人は12時40分に来宅。約30分ほどで修理は完了した。扉の蝶番を交換しただけだけれど修理料金は 217,41€。

そのあと15時にミアを幼稚園まで迎えに行って来た。往復の間もお天気は目まぐるしく変化していた。

帰宅していたブリギッテとカローラをまじえてお茶。そのあと16時ごろから1時間の遅い昼寝。夕食は全くお腹が空いていなかったのでパス。

April Wetter (4月の陽気) に翻弄された一日

2024年4月17日(水)・小雨ときどき曇り/最高気温8度

8時起床。

朝食のあとブリギッテは10時からの予約を入れていた美容室へ。わたしはその間に久しぶりに友人との長電話。

昼食はわたしが冷凍のかき揚げを使って「かき揚げ丼」を作る。まあまあの味には出来たが何かちょっと違うような気がする。

そのあと1時間の昼寝。グッスリと眠った。

15時過ぎにカローラがミアを連れて来訪。彼女は明朝、大腸と胃の内視鏡検査を予約してあるらしく、今夜から下剤を飲まなくてはならない。そういう状態ではミアの世話も難しいので今夜はわが家に2人で泊まることになった。

ブリギッテはずいぶん前から女性だけの食事会の約束がしてあって、それをドタキャンするわけには行かないので出掛けていった。ミアを寝かせつけてあともカローラは何度かトイレに駆け込んでいた。😅 ブリギッテは11時過ぎの帰宅。

明朝、ブリギッテはカローラを送り迎えすることになっている。家族というのはなにかといろいろあるものだ。

昨日に続いて今日も不安定なお天気で、雨が降っていたかと思うと急に太陽の光が見えたり、夕方にはバラバラとアラレが降ってきて庭が真っ白になった。

強風の一日

2024年4月16日(火)・曇り/最高気温11度

7時半起床。

昨夜は自分のベッドで眠ったがまあまあの眠りだった。明日か明後日にはまたミアが泊まりに来るので、その時にはまた下の部屋で眠ることになる。

午前中からけっこう強い風が吹いていた。わが家の庭は隣家の桜が吹き込んできてまるで雪が降ったよう。これで花粉の飛翔が治まると良いのだが。夕方になって知ったのだが、ミュンヘン空港も強風のため着陸がかなり遅れた便が出たようだった。

そんなわけで一日中家の中にじっとしていたのだが、夕方になり少し風も治まったから19時40分ほどに家を出て少し外を歩いてきた。これで心身がスッキリした。

ひとりで留守番

2024年4月15日(月)・小雨ときどき晴れ/最高気温16度

7時半起床。

8時44分発の列車で Burglengenfeld に出発するブリギッテに起こされて目覚めた。彼女はヨナスの5歳の誕生日を祝いに行ったのだ。わたしも一緒に行こうと誘われたけれどわたしはパス。

午前中は窓際に座りながらiPhoneを眺めたり電子書籍を読んだりと好きなことをゆったりと出来て幸せ。ほとんど動かなかったからかお腹も空かない。

午後になって各部屋に掃除機をかけた。数日前から気になってはいたのだが、やはりひとりでいるときのほうが家事もはかどる。

ブリギッテは21時近くの帰宅。今日はそれほどドイチェ・バーンも遅れはなかったらしい。わたしはすでに「だし巻き卵」といただき物の「ちくわ」有明海の「焼き海苔」で夕食を食べ終わっていた。帰宅したブリギッテはそれらをつまみに食べて嬉しそう。

暖かい日曜日

2024年4月14日(日)・晴れ/最高気温26度

8時起床。

今日も暖かい一日となった。午前中はのんびりと過ごす。

昼頃、ブリギッテに散歩に誘われていつもの5000歩コースを歩いてくる。この時間帯の気温が高く少し湿り気もあったからか、帰宅したときにはすっかり喉が渇いていた。そこで昼ビールを飲んでしまったからいけない。眠くなってそのあとは昼寝。
まあ、天気予報によると明日から崩れるそうなのでこれもまた良しと自分に納得させる。

あっという間に夕方になり、18時ごろから改めて黄昏ビールを飲み始めた。

ドイツのサッカー・一部リーグ(Fußball-Bundesliga)の今シーズンの優勝チームは レバークーゼン (Bayer 04 Leverkusen) に決まった。これまで何度も2位に甘んじていたチームだったがようやくの優勝だということだ。

そして同時にイランがイスラエルを300発のロケット砲とドローン機による攻撃を加えたことを伝えている。世界がきな臭くなってきているのを感じる。

恐る恐る散歩に出てみた

2024年4月13日(土)・快晴のち曇り/最高気温25度

7時半起床。

昨夜は下の部屋で眠った。一昨日の夜は自分のベッドを使ったのだが、やはり花粉症の影響でよく眠れなかったのだ。もう少しの辛抱だろう。

朝食のあとしばらくしてブリギッテは Grünwald 近くにある Wörnbrunn での Flohmarkt (がらくた市)に出掛けていった。久しぶりに彼女自身の電動自転車で森の中を突っ切って行く感じが快適だったらしい。

わたしは別行動で森への散歩へ。恐る恐る家を出て、歩く速度も控え目にして、喘息の気配が出たらすぐに引き返すつもりだった。来週からは天気が崩れるらしいので、今日のような素晴らしいお天気を少しでも味わいたかった。

森に入る前に見た桜がきれいだった。山桜のような感じ。スッキリとした青空を背景にして咲く桜はどんな品種でも美しい。

森の中にはいると木々の新芽が眼に優しい。

無理をしないように今日は途中のベンチでひと休みした。懸念していた喘息の発作も出ずに無事に帰宅。

夕食は「鯵のひらき」と先日日本からのお土産にいただいた練り物をおかずにしておいしく食べた。18時半頃から Sportschau を観る。

室内から快晴の眺めを見るのも良いものだ

2024年4月12日(金)・快晴/最高気温21度

7時半起床。

今日も快晴。ゴミ出しにちょっと外へ出てアパート敷地内にある白樺の木を眺めて見る。すでに新芽は大方出揃っているがまだ10%ほどは開ききっていないようだ。要するに今週一杯は外へ出ない方が良さそう。

ブリギッテは11時から近くの Café で友人とのお茶(おしゃべり)に出掛けていった。わたしはボンヤリとして過ごしたが新しく3月23日に出た ビブリア古書堂の事件手帖IV ~扉子たちと継がれる道~をKindleで読了する。

13時を過ぎてもブリギッテが帰宅しないので、わたしは昼寝。彼女はそのあと買い物へと出掛けた。今日はわたしの代わりに Weißbier を2ケース買って来てくれた。

夕食は閉店まぎわの EDEKA で50%引きになっていた国籍不明のお弁当(メキシコ風)を買ってきたのでそれで済ませる。ピリッとした辛さでけっこう美味しかったが、ご飯だと思ったのだが、残念ながらご飯ではなくクスクスだった。

ヨナスを送り届けた

2024年4月11日(木)・晴れ/最高気温16度

7時半起床。

今日は10時44分の列車でヨナスを送っていくことになった。ブリギッテは毎日なにかと忙しくしているので、花粉症で家に閉じこもっていてなにもしていないわたしがヨナスの引率者として行くことになった。

わたし自身何日も家の中に閉じこもっていたので、外の空気を吸いたいという希望もあった。花粉症もそろそろ通過したのではという目論見もあった。折りから今日のお天気は快適であって列車の中に座っているだけだから大丈夫だろうという予感はあった。

結果を言うと、無事にヨナスを送り届けて帰宅の途についたとき、15時ぐらいから体調が少し怪しくなってきた。わが家にたどり着いて一番最初にやったことは喘息用のスプレーを使うことだった。花粉症はまだ完全に通り過ぎたわけではなさそうである。

わたしひとりで孫の世話は大変

2024年4月10日(水)・曇りのち晴れ/最高気温12度

7時半起床。

朝食はミアとヨナスの2人の孫と一緒に食べる。ブリギッテがヨナスも連れてミアの幼稚園に送りに行っている間がわたしの静かな時間。昨夕からの雨のせいかわたしの花粉症も少し楽になってきている。腰の痛みも今日は感じなかった。

夕方4時頃からブリギッテは外出し、帰宅したのは20時半と遅かった。その間わたしがヨナスの面倒をみたけれど、これはちょっと辛かった。

明朝、地下の駐車場の大掃除があるので夕方に車を近くの道に駐車しに行く。今日はこの時だけが外の空気を吸った時間だった。明日はもう少し体調が戻ると嬉しいのだけれど。

ただいま蟄居中

2024年4月9日(火)・晴れのち曇り/最高気温21度

8時半起床。

今朝も5時過ぎには目が覚めていたのだが、そのあとまた寝入ってしまい孫のヨナスに起こされた。睡眠時間とその質をiPhoneのアプリで見ると満足すべき結果が出ている。だが体調は依然として悪い。

今日も一日中閉じこもりの生活だった。孫のミアがお昼前にCarolaに連れられてやってきた。今日もわが家は4歳児の孫2人を抱えてにぎやか。わたしはできるだけ下の部屋に居るようにしていた。

夕食はわたしが4人分の「炒飯」を作る。食べ終わった頃にまた花粉症の症状が出て胸が苦しくなった。スプレーを使って凌ぐ。この状態はまだ一週間ほど続くかも知れない。

花粉症、ピークかも

2024年4月8日(月)・快晴/最高気温29度

8時起床。

ここ3日ほど30度近くの外気温が続いていて、木々の新芽もいっせいに吹き出しているのが眼で見てもわかるほど。そのおかげでわたしの体調も最悪。

家の中に閉じこもっているせいでひどい喘息症状は起きないのだがそれでもときおり息苦しくなる。これが自分の身体かと疑うほど、身体全体が重い。上からの空気に押しつぶされる感じがする。ここ数年、こういう感覚は味わったことがなかった。もしかすると年齢を重ねたせいで身体全体の筋力が低下しているのかも知れない。午前と、午後に40分ぐらいずつベッドに横になってそれをやり過ごした。

ただ、食欲は普通にあるのでそれが救いではある。そんなわけで今日は取り立てて書くようなこともない。明日から気温は一気に10度ぐらい下がるという予報なのでそれに期待して早寝する。

ヨナスを伴ってブリギッテが帰宅

2024年4月7日(日)・快晴/最高気温28度

7時半起床。

午前中にブリギッテがユリア宅からヨナス(4歳)を伴って戻ってくるというので今朝はいつもの時間に起床。昨日、一昨日と朝寝を堪能したがそれも終わりだ。

朝から素晴らしいお天気となり、わが家の庭に一本だけある桜にも花が咲いた。染井吉野のようにピンクではなく白い花だが花のあとのサクランボはおいしいらしい。(わたしはアレルギーがあるので食べられない)

今日も DB はかなりの遅れだったようで12時過ぎの帰宅となった。孫たちが争ってわれわれ祖父母の元に来たいというのは嬉しいことだけれど、正直に言って心身の負担ではある。しかしその分、ユリア夫婦を少しでも助けることになるのだからと文句は言わないことにする。

ブリギッテが今日のお昼に帰宅したのは、以前に隣人だった夫婦からお茶に招かれていたから。わたしだったら延期して貰うか断るかするのだが、彼女にとってはそれが大事なことなのだ。

15時にヨナスを連れて3人でお茶に伺う。ヨナスを伴っていくというのは了解を得ていたらしい。ブリギッテは LEGO のスポーツカー組み立てのキットをヨナスにプレゼントしたので、15時から18時ごろまでわれわれがお茶を飲んでいるそばでおとなしく組み立てに集中していた。これはなかなか良いアイデアだった。

帰宅して夕食をとりヨナスを寝かせたのは21を過ぎていた。さすがにブリギッテも疲労困憊の様子。

花粉症を恐れて閉じこもり

2024年4月6日(土)・快晴/最高気温28度

8時起床。

素晴らしい春の日となった。これはミュンヘンだけではなくほとんどドイツ全土にわたる好天気だったらしい。

わたしは一昨夜、昨夜と真夜中にくしゃみと鼻水が止まらぬ事を体験して今年も花粉症の季節が来たことを確信した。長年の経験で、こうなると迂闊に外へは出ないほうが良い。散歩に出たいのはやまやまだけれどおとなしく下の部屋で窓を閉め切りほとんど一日を過ごした。

「ブラッシュアップライフ」を最後の第10話まで観終わった。演じていた4人の仲良したちの演技が自然で楽しめたが主役を務めていた安藤サクラが一枚も2枚も上手である。彼女の表情がその奥にもっと複雑な事情を秘めているようで、それに共感を感じることが多かった。いろいろな人間を演じ分けることの出来る才能を持った人という印象で、わたしの好きな女優・奈良岡朋子に似ている。

お昼ご飯を食べたあとは45分の昼寝。

夕方は18時半からサッカーのダイジェスト番組である Sportschau を観る。今日も負けてしまったので今シーズン、FC Bayern München の優勝はないだろう。

暖かい日に友人とランチ

2024年4月5日(金)・晴れ/最高気温25度

なんと9時半までベッドの中にいた。今日は日本からいらっしゃっている友人と一緒にランチをする以外はなにも予定無し。ブリギッテは今晩もユリア宅に泊まり明日帰ってくるということで、精神的にかなりの解放感。

13時からのランチは Tal にあるバルカン料理店 Opatija なので朝食はトースト2枚だけに留めておく。

出掛ける前はかなり暖かそうな空気なので何を着ていこうか迷った。結局セーターだけで出掛ける。正解だった。

友人は4月8日(月)に帰国ということなので今日今回お逢いできる最後の機会だろうと思った。いろいろな話をしたが今回も充分にミュンヘンを楽しんでおられるようで嬉しい。

帰路は腹ごなしに少し歩いて Am Gärtnerplatztheater の前を通る。チューリップの花が一杯で数ヶ月前の寒々とした景色とはずいぶん違っている。

下の写真は同じ場所を2月21日(水)に写したもの。ちょっとアングルは違うけれど劇場の前のロータリーには何も植えられていない。

帰宅して1時間の昼寝。

Opatija でタップリと肉料理を楽しんできたので夕食は抜く。途中で買ってきた赤ワインとバナナ、それにチーズで済ませた。

ヨハナをブリギッテが送っていった

2024年4月4日(木)・晴れ/最高気温18度

8時起床。

今日はミアを幼稚園に送っていかなくても良いのでゆっくりの起床となった。それでもヨハナがいるので老夫婦2人の朝食とはずいぶん雰囲気が違う。

アンナ住まいのテラスに置いてあった庭椅子3脚が塗装も剥げて壊れてしまっているので、粗大ゴミ捨て場に運ぶことを頼まれていた。これにはやはり車が必要である。10時半に約束をしてその仕事は問題なく終了した。

今日は月の最初の木曜日で、Nationaltheater の合唱団で歌っていたシニアの集まりがある。これまでは集まっても10人ほどで時にはわたしが唯一の男性だったりしたので今日も余り気が進まなかった。しかし、行ってみると今日は20人近くの参加者で男性も5人だった。今日だけ多かったのはやはり春の気候が呼び寄せたのか。

その場所は Pasinger Bahnhof のすぐ横だったから、帰宅は駅前から Tram 19番に乗ってゆったりと帰途についた。帰宅は17時近く。ブリギッテはヨハナを連れて Burglengenfeld へと出発したあとだった。

先日見つけた「ブラッシュアップライフ」(Netflix) の第三話から続きを観始める。主演の 安藤サクラ という女優さんが自然な演技で引きつけられる。第十話まであるそうだが明日には観終わりそう。

ヨハナを連れて列車で行ったブリギッテから連絡があり、今日も DB で問題があり普通の2倍以上の時間が掛かったという。

ボンヤリと過ごした1日

2024年4月3日(水)・曇りのち小雨/最高気温14度

7時起床。

昨夜は午前4時前に眼が覚めてそれから眠れなかった。午前中はそんなわけでボンヤリとした頭で過ごした。

ブリギッテは昨夜急に泊まることになったミアとヨハナの二人の子供の世話をしてミアを幼稚園まで送っていった。いったん帰宅してからヨハナを動物園に連れて行ったりしたから、かなり疲れた一日だったと思う。

結局ブリギッテとヨハナは動物園の帰りにカローラ宅へ行って戻ってきたのは20時近くだった。

ブリギッテは明日ヨハナを連れて Burglengenfeld に列車で行くそうなので、その強行軍には大丈夫なのだろうかと他人の健康ながら不安になる。つい先日は浴室で転んで腰を痛めたのに。

夕食には麻婆豆腐を作っていたのだが、夕食はカローラ宅で食べてくると連絡があった。ヨハナも食べられるようにと唐辛子をほとんど入れなかったのにちょっと残念。

少し体調不良

2024年4月2日(火)・曇りのち晴れ/最高気温13度

7時半起床。

昨夜から孫のヨハナにわたしのベッドを占領されていて、わたしは下の部屋で眠った。たまにはひとりでゆっくりと眠れるのもまた良いものである。

3人での朝食を済ませたあと、11時からブリギッテは近くの歯医者で歯の洗浄をして貰いに家を出ていった。ヨハナはその前にアンナ宅へ。歯医者が終わってからブリギッテはヨハナをピックアップして街へ出掛けたらしい。

復活祭の疲れが出たのか今日は1人になれる時間が嬉しい。しかし体調が思わしくなく、ごく軽い下痢に見舞われる。気がついてから用心していたので夜にはだいぶ回復した。

ヨハナが今夜は餃子と炒飯が食べたいという。お義母さんのユリアが作ってくれるけれど、おじいちゃんの方が遙かにおいしいと言う。そこまで言われると・・・。

しかし今日は体調が悪いので炒飯は別の機会にということで白いご飯を炊き納得させ、味の素の冷凍餃子を焼くだけにした。

夕方になって急にミアが泊まりに来ることになりわたしが迎えに行って連れてくる。というわけで夕食は4人で。

食事のあとブリギッテは孫たちをベッドに送り込み、わたしは食卓と台所のあとかたづけをしたら21時を過ぎていた。

DB には参った!

2024年4月1日(月)・曇り/最高気温12度

7時起床。

昨夜は足首に間欠的に起きる痛み(のようなもの)で熟睡できなかった。夜中に起きて Voltaren 錠剤を飲んでみたりしたのだが改善しないままに朝を迎えた。

今日はカローラとミア、アンナ、そしてブリギッテとわたしも復活祭のお祝いに招かれていた。アンナは別に電車で、わたしたちはわが家の車で9時ごろに出発。

あいにくの肌寒い曇り空だったので昨日とはずいぶん気分的に異なる。こちらからも孫たちにたくさんのプレゼントを持っていった。復活祭のご馳走はユリアとフローリアンもかなり力のこもったものを提供してくれた。

午後の散歩のあと再びご馳走を囲んでの夕食となったけれど、わたしはお腹が全く空かなくてパス。

帰宅時には6歳児のヨハナ(小学校1年生)を連れてくるので、わたしとアンナは列車でミュンヘンまで帰ることにして17時過ぎの出発。ヨハナは木曜日までわが家に泊まるらしい。

ここでまたまた DB (ドイチェバーン)の不具合に遭遇する。まずレーゲンスブルクでの乗り換えが45分の遅れ。この乗り換えの列車はチェコから来るもので、時間通りに来たためしがないけれど、今日のように大幅な遅れは久しぶりの体験。18時半頃にようやくレーゲンスブルク駅を出てミュンヘンへと向かう。やれやれ。、

しかしミュンヘンに近くなった Freising (フライジング) を過ぎた Pulling という駅で急停車。線路に飛び出した人がいるという理由でなんと1時間以上の停車。その間事情を説明するアナウンスはたった1回あっただけ。最後のアナウンスはミュンヘン中央駅には入れないので手前の Feldmoching が終着駅に変更というものだった。そこから地下鉄の U2 に乗り換えて Silberhornstr. まで走り Tram に乗り換えて帰宅したのは23時半だった。約3時間の遅れという事になる。

この間からストライキが続いていて利用者からもかなり不満の出ている DB だが、こんな状態で果たしてこれからやっていけるのだろうかと心配になる。