良い1年だった

月曜日・晴れときどき曇り / 最高気温7度

7時半起床。ベッドの中で眼が覚めたのは5時過ぎ。それからまた眠りについて7時半に目覚めたがそのあとは住まいのリフォームのための片付けの手順を考えていた。ようやくそのイメージが頭の中に浮かんできたので少し気分が落ち着いてくる。

ブリギッテは今年最後の買い物に出掛けて行った。彼女が帰宅するのを待って朝食。今日は義母と一緒の買い物ではなかったから,彼女に頼まれた買い物をわたしが届けた。相変わらず外気はそれほど寒くはない。

帰宅してから少し溜まっていた洗濯物のアイロン掛け。これは1時間ほどで済んだ。午後3時頃にミュンヘン滞在中の知人夫婦が訪れてお茶にする。彼たちは今夜の公演「コウモリ」に出掛けるので4時過ぎに帰っていった。

お茶をしている間に一昨日に続いて2回目の餅作り。家族の全員が餅好きなので1回分だけでは足りるかどうか心許なかったが、これで一安心。そのあとリフォームのためにブリギッテの使っていた机を解体して粗大ゴミとして出すことにする。隣家の若夫婦が本棚をひとつ引き取ってくれるというので夕方6時前にそれを彼たちの住まいに運んだ。

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6じすぎに Prien からユリアと彼が来訪。彼女たちは友人たちと一緒に新年を迎えるらしい。わが家は今年はブリギッテのお母さんを迎えての年越し。前菜は「小エビのアボカドとチッコリ和え」メインディッシュは義母の好きな「Tellerfleisch」、デザートは末娘がクリスマスに作ったパフェが残っていたのでそれを使ったもの。ワインはフランケンの白。どれもおいしかった。(前菜の写真を撮るのを忘れてしまった) 
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食事が終わってから新年を迎えるまではかなり時間があるので,それまでボードゲームを無理矢理やらされる。わたしはゲームというものにまったく興味がないので苦痛だったが3人だけだから逃げるわけにも行かない。”Mensch ärgere Dich nicht” という双六に似たゲームを11時頃まで付き合った。

今年を振り返ってみると,末娘の結婚、長女と次女の就職、わたしの定年退職と大きなイベントが続いたことになる。その他にも9月、12月と2回の帰国。こんな時には時の過ぎるスピードも速いものだ。病気をすることもなく1年を終わることができるのは幸せだった。来年も「健康第一」で毎日を過ごしたい。

リゴレットのストリーミング放送を観た

日曜日・晴れ / 最高気温9度

8時起床。この季節らしくない明るい光が日本の太平洋岸の冬を連想させる。わたしの生まれ育った街も冬はこんな感じだった。そう思ったのはこれもミュンヘンでは珍しく強い風が時折吹いていたからかもしれない。

ブリギッテはまた昨夜ひどい頭痛に襲われたらしく、今朝はすごく気分が悪そう。しかし起きた時に服用した頭痛薬が効いてきた10時頃にはすっかりいつもの彼女に戻った。彼女の頭痛も気候,気圧の急激な変動がもたらしたものだろう。

日本からドイツ旅行に来ていて,今日ミュンヘンに到着する友人夫婦から連絡があり昼食を一緒にすることになった。 Rosenheimerplatz 近くのホテルのロビーで落ち合い Hofbräukeller でバイエルン料理を食べる。4時過ぎに別れて帰宅。

帰ってみるとブリギッテは相変わらずリフォームのための準備中。わたしもなんだか手伝わないと悪いような気になって1時間ほど一緒に作業をする。

今夜は6時から Bayerische Staatsoper から Rigoletto のストリーミング放送があってそれを観る。合唱を含めてソリスト陣も殆ど芝居をしていないと見える動きの少ない舞台だった。合唱の扱いはギリシャ悲劇のコロスを連想させたりして、そのどこかに演出者のメッセージが感じられるかと思ってみていたが、彼の意図が伝わってこない。Nationaltheater の広い舞台を持て余しているような感じさえ受けた。

でもわたしが若い頃に年寄りの同僚達が新演出を貶していたことが度々あって,それを斜めから見ていた自分を知っている。わたしには退屈に感じた今回の演出を評価できないのは、もしかするとわたし自身が老化しているのかもしれない。だとしたらもっと柔軟な感性を身に付けるように努力しなくては。

最終場面はさすがに緊迫感の溢れる舞台になっていたがこれは演出のせいではなくヴェルディの音楽の力だろう。ソリスト陣は文句のつけようがなく立派だった。

粗大ゴミ捨て完了

土曜日・晴れときどき曇り / 最高気温7度

7時起床。昨夜は良く眠れて途中で眼が覚めることもなかった。気持ちよく目覚めたので朝食前に 粗大ゴミ集積場 (Wertstoffhof) まで1度運ぶことにする。昨夜のうちに粗大ゴミを車に詰め込んでおいたので,もう一台の SMARTの方にも積めるだけ積んでブリギッテがそれを運転。車を連ねて家を出発した。

今日は朝から気持ちの良い天気でときどきは青空が見える。しかしさすがに早朝だったから 粗大ゴミ集積場 (Wertstoffhof) のコンクリート地面はところどころ凍っていて滑り、少し危険だった。

帰宅してから朝食をとり、そのあとまた粗大ゴミを運ぶ作業を2度繰り返した。これで地下室の物置一杯に詰まっていた粗大ゴミもすっかり空になる。最初、溢れかえっている物置を見た時にはどうなることかと思ったがコツコツとやればいつかは片付くものだ。

それが終わって気分が良くなったのか,ブリギッテはトヨタ・カローラとSMART の車内に掃除機をかけ水で拭き上げてきれいにしていた。ホコリだらけの古い家具や何年も物置に横たわっていたカーペットなどを運んだりしたので車のシートなどはさすがに掃除をしないといけない状態であったことは確か。

それが終わると午後1時頃で、あまりお腹は空いていなかったけれどクリスマス料理の残り物を平らげなくてはならないので昼食とした。Schweinebraten を食べたのだが今日も全部は食べきれなかった。

わたしにとってはかなりの肉体労働だったしお腹も膨れたら急に眠くなってきて、ベッドに潜り込み昼寝。「居間のソファはわたしが昼寝するから自分のベッドに行ってね」とブリギッテに先を越される。彼女も昼が必要だ。午後3時過ぎにタイマーをセットしておいて気持ちよく目覚める。

写真そのあとは新年用の「餅」を作ることにした。今年も残すところあと2日なので今日のうちに作っておいた方が良い。わが家の全員が餅好きなのでお正月には餅がないと始まらない。毎年作っているので行程は慣れたもの。わが家の餅つき機の容量一杯をついて伸し餅にしたが,これを見ているとどうも足りないような気がしてきた。今日はもうやる気がないけれど、また明日作ることになりそうだ。

夜になってブリギッテが「プリンターの電源が入らない」と言ってきた。試行錯誤しているうちに電源は入るようになったがエラーコード「B200」というのが出る。インターネットで調べてみたらプリンタヘッドの焼損ということで修理が必要らしい。最近のプリンターは値段が安くなっているので修理に出すよりは新品を買った方が良いのかもしれない。ちなみにこのプリンタを入手したのは 2008年6月4日 だった。4年半使ったのだからこの辺が替え時とも言える。さて、次の機種はなににしようか。今回もそうなのだが、どうして機械の故障というのは今日のように「土曜日・夜・おまけに年末」と、どうしようもない時に起きるのだろう。(笑)

日常に戻りつつある

金曜日・雨のち曇り / 最高気温4度

8時起床。いつもの時間通りに起きたのはわたしとブリギッテの2人。彼女は地下室の物置にまとめておいた粗大ゴミを車に積めるだけ積んで捨てに行く作業を始め、わたしは昨夜の台所の汚れを掃除して朝食の準備をする。ブリギッテの仕事の方が体力を使うのは明らかで、おまけに雨も降っているのでわたしは朝食の支度をしたあとそちらを手伝う方に廻った。車に積まれた粗大ゴミを見ると,女性の身で良くこれだけの力仕事を、と男として申し訳なく思う。

粗大ゴミ処理場から戻ってきて朝食の準備をした10時頃に2人の娘とその配偶者が起きてきた。彼女たちもクリスマス休暇で帰省している身だからそれが普通なんだろうけれど、なんだかなぁと思ってしまう。朝食のあと、末娘の亭主に手伝わせて古いカーペットと,ロール式のアイロン(これが重い!)を車に積み、再び粗大ゴミとして捨てに行ってきた。これはわたしとブリギッテの力では不可能なので素直に感謝。

そのあと、わたしとブリギッテはミュンヘン郊外の「床専門店」へと車を走らせる。わが家のリフォームでこれまでカーペットを敷いていた部屋の全てをフローリングにするための注文である。カーペットというのは暖かみはあるのだが、ホコリ・アレルギー患者が多くなっている現代ではだんだん少なくなっているようだ。掃除をするのもフローリングの方が楽なような気がする。

われわれが留守にしている間に娘たち二組はそれぞれに住まいに帰っていくというので,簡単にお別れの挨拶。末娘たちはまた大晦日にはわが家を訪れるらしいからつかの間のお別れだ。

「床専門店」での用事は思いのほか早く済んだので,その帰り道にIKEAに寄ってきた。IKEAは思っていたとおり今日は大変な人出。最後の方でわたしは頭の中がボーッとしてしまった。それで帰り道はブリギッテに運転して貰う。わが家に帰った時には本当にホッとした。(笑)

ブリギッテはお茶を一杯飲んだだけで今度は街へ出掛けて行った。彼女のお父さんに手袋をクリスマス・プレゼントしたのだがサイズが合わなかったらしく,交換して貰うのだそうだ。義父も92歳になろうとしているので全てに縮んでくるから、手のサイズも往年のものとは違ってくるのだろうか。

彼女のいない間にわたしは地下室の粗大ゴミを車に積む作業を始めた。今日は金曜日だから粗大ゴミを持ち込むのは明日が今年最後になる。彼女のここ数日の働きぶりを見ているとどうしても煽られてしまう。本当は年の瀬をダラ〜ッとしてすごしたいのだけれど。でもそれで汗をかいたあとの Weißbier がおいしかったから良しとする。

クリスマスと新年の谷間

木曜日・曇りときどき小雨 / 最高気温9度

8時半起床。クリスマスの祝日も終わって暦の上では今日から普通の日なのだが,家族が休暇を取っているものだから昨日までと同じような感じで1日が過ぎていった。わたしが起きた時にはブリギッテは昨夜のうちに車に積み込んでおいた粗大ゴミをゴミ捨て場に持って行き、わたしは昨夜料理して片付かないままの台所を整理,ワイングラスなどの手洗いをした。そのあと娘達が眠そうな顔で起きてきてから6人でゆっくり、ゆったりの朝食。

例年だと義父(間もなく92歳)はクリスマスのあと1月始めまではミュンヘンに滞在するのだが、今回は体調が悪いので今日の午後に帰ることにしたようだ。昨日は顔色も元に戻ったようで少し安心していたがやはり本調子には遠いようだ。14時16分の列車に乗るというので彼を中央駅まで送っていった。

帰宅すると出掛けていた末娘も帰ってきたばかりとのことで,一昨日のデザートの残りを食べながらお茶にする。ブリギッテと次女はIKEAに行っていて留守。午後は小雨が降り続いていて今日はウォーキングは出来ない。朝食の時に娘達から「夕食は麻婆豆腐が食べたい」という希望が出ていたのでわたしが作ることになった。3日ほどご馳走が続いたから、わたしだけでなく全員が簡単な料理を食べたいと思っていたらしい。

夕方から豆腐4丁、挽肉500gを使って麻婆豆腐を作った。大きな中華鍋に一杯作ったのだが6人で食べたらちょうど良い量だった。(^_^) そのあと居間のソファの上に横になって本を読んでいたら寝入ってしまって眼が覚めたら22時。今夜よく眠れるといいのだが。

クリスマス祝日2日目

水曜日・曇りときどき晴れ / 最高気温8度

8時半起床。ようやくこの時期らしい気温に戻った。昨夜は就寝前からなんとなく胸苦しかったのだが気にせずに23時過ぎに就寝。だが熟睡は出来ずに午前4時に眼が覚めた。暗闇の中でハタと思い至ったのは,ここ2日の異常な暖かさで Haselnuss(西洋ハシバミの実)が勘違いして芽吹き始めたのではないかという疑惑だった。

例年だと1月末か2月になってから芽吹くのだが。仕方なくコルチゾンの入ったスプレーを一吹きしてベッドに戻る。そのあとは気管支もスッキリとして熟睡することができた。こういう突発事があるから喘息用のスプレーは常備しておかなくてはならない。

眼が覚めてからは昨日とほぼ同じリズムで時間が過ぎていった。昨夜使った食器類、ワイングラスなどを洗って片付けたあとに殆どブランチと言ってもよい時間の朝食をゆったりととったあとは,眠気が差してくるままに昼寝。昨夜は軽い喘息が出てよく眠れなかったから昼寝は必要だった。

気持ちよく眠ったあと、ウォーキングに出掛けた。午後3時半頃から 7046歩・60分 を気持ちよく歩いて帰宅。気がつくとまだ空は明るくて陽が長くなっているのを感じた。嬉しいことである。夕方、7時にまたブリギッテの両親を迎えに行ってクリスマス祝日2日目の夕食。
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今夜は前菜のサラダをブリギッテが、メインの Schweinebraten を次女が料理し、デザートは今夜も末娘が担当した。Schweinebraten もカリカリと香ばしく焼けた皮がおいしかったし、デザートはそれぞれの皿にチョコレートで名前が書かれている凝ったもの。その上に白いチョコレートのパフェと果物があしらわれている。22時過ぎのお開き。

クリスマス祝日の1日目

火曜日・曇りときどき晴れ / 最高気温15度

7時起床。いつもの時間に眼が覚めてしまったので、そのまま起床。食洗機の中の洗い済みの食器を片付けたり、昨夜使ったワイングラスを手洗いしたりしているうちにわたしを除く家族は朝寝を楽しんでゆっくりと起きてきた。みんな仕事を持っていて、その疲れがたまっているのだろうと思うとちょっとかわいそう。気がついてみると極楽トンボなのはわたしひとりだ。(^_^;)

朝食ともブランチともつかない時間に,昨夜とほぼ同じ内容の食べ物がテーブルに並ぶ。昨夜はゆっくりと味わえなかったけれど今日は正直言っておいしいと思う。食事のあとはおしゃべりをしたり本を読んだりしているうちに退屈になってきて、天気の良いのを幸いとウォーキングに行くことにした。そうしたら家族の全員がついてくるというのでウォーキングはただの散歩になってしまった。娘のひとりからは「もっとゆっくり歩いてよ」と注文がついた。昨夜プレゼントしたユニクロのヒートテックが暖かすぎるのだそうな。確かに今日はヒートテックを着るには気温が高すぎる。(^_^)

帰宅してからしばらく読みかけの文庫本を読んでいたら眠くなってきたのでベッドに入り1時間弱の昼寝。起きてみると外はそろそろ薄暗くなる頃だった。ブリギッテと末娘は今夜の料理の準備に余念がない。昨夜と同じようにブリギッテの両親を迎えに行って7時半頃から夕食が始まった。

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今夜は始めに「ウズラのロースト」,メインは「白身の魚料理」、付け合わせのジャガイモが新鮮でおいしかった。ワインはフランケンの白。デザートは末娘の手作り。クリームババロアをバウムクーヘンの皮を輪にしたものに詰めてその上に果物をあしらったもの,その脇に林檎の薄切りを煮たものを加え、ハートの形は野いちごのジャムとかなり凝ったデザートだった。これで今夜も満腹。

暖かいイブ

月曜日・晴れ / 最高気温14度

例年になく暖かいクリスマス・イブとなった。こう暖かいとどうもそれらしくない。(笑) わたしが眼が覚めた7時にはブリギッテと末娘は買い物に出掛けたあと。彼女たちが戻ってきてから朝食となった。Weisswurst + Brezel の典型的なバイエルンふう。久しぶりに食べる新鮮な Weisswurst はおいしい。

朝食のあとしばらくして全員で昼寝。ブリギッテも今朝は早起きをしたから眠そうだった。1時間ほどよく眠ったあとは部屋の掃除をして今夜の準備。久しぶりに3人の娘達が泊まるのでマットレスの準備だけでも大変だった。わたしは4時頃に中央駅に着く義父を迎えに車で出向く。さすがにイブの日の午後は街中も空いている。IMG_4551これまでと大きく違うのは今年からクリスマスツリーのロウソクを電灯に変えたこと。ここ数年ロウソクの火ががツリーに燃え移って火事になるニュースが多い。われわれも歳をとってきて注意力が散漫になったりしているので「転ばぬ先の杖」というわけだ。確かにちょっと味気ない思いはするから、ブリギッテの反対を押し切るのは大変だった。(^_^;)IMG_4598ブリギッテの両親もまじえて夕方7時から夕食。イブの夜は食事のあとにプレゼント開封の儀が控えているので手の掛かる料理を作っても気がそぞろだから、わが家ではいつの頃からか Kaltes Essen ということになっている。皆それぞれにプレゼントには満足だったようだ。義父が疲れているようだったので22時過ぎにお開きとなった。

クリスマス・ストレスが近づいてきた

日曜日・曇り / 最高気温12度

7時半起床。夜中にはかなり大きな雨音を聞いた。朝起きてみると今の季節にしては異常に暖かい。フェーン現象かもしれない。あまり寒いのも嫌だが,かと言って季節の枠を踏み外したような暖かさには違和感を感じてしまう。

日曜日の常で、ブリギッテが北ドイツの叔母さんとの長電話を終えるまで朝食を待った。今日はいつもより少し長かったようだ。朝食には久しぶりにベーコンをカリカリに焼いてその油でスクランブルエッグを作った。

お昼近くになって末娘からSOSの電話が入る。洗面所の配管が詰まってしまって水が流れないそうだ。3段階の問題を予想してそれなりの道具を持って行ったが、幸いにも軽い問題だった。水がスムーズに流れるのを見て娘もホッとした様子。彼女は今夜からわが家に泊まるのでその用意をして車で一緒に帰宅。

わたしは午後2時半頃から例によって昼寝。眼が覚めてからブリギッテの親戚を回ってクリスマスのプレゼントを配って歩いた。わたしとしては家の中のこまごまとした用事をするよりもこの方がありがたい。

夜になって次女と長女が来訪。明日はブリギッテの両親も来るし、これから数日は昔のように賑やかなことになる。わたしはこんな時には逃げ出したくなるがそうもいかない。(笑)

Christkindlmarkt へ

土曜日・曇り / 最高気温6度

8時起床。ブリギッテは今日から来年1月2日まで休暇。ここ数日は連日忙しそうだったからわたしもホッとしている。久しぶりに朝寝を楽しんでゆっくりと朝食。

そのあと彼女は買い物に出掛けた。今日は義母を伴わず1人で。わたしに一緒に来て欲しそうだったけれどやんわりと断る。(^_^;) 実際、買い物についていってもわたしはなんの役にも立たないのは自分でもよく分かっている。

彼女が買い物から戻って,わたしは車の中から買ってきたものを家の中に運び込む。それから車の中を掃除機をかけた。(これぐらいはしないと・・・)そして簡単な昼食。

夕食後に家の中の掃除を始める。わたしは寝室と浴室などに掃除機をかけたあと昼寝。わたしが眠っている間に、ブリギッテは居間とダイニングキッチンの掃除をしたらしい。眼が覚めてから午後のお茶。久しぶりに日本茶を煎れてみた。

夕方5時頃になって「あなたも1回は行かなくちゃ!」と Marienplatz の Christkindlmarkt (クリスマス市) へ連行される。(汗) 少し抵抗してみたが「Currywurst をご馳走してあげるから」と恩に着せて引っ張り出される。これはそんなにうまいものではない。まあ、この1週間は彼女も忙しかったからその慰労を兼ねて付き合うことにした。IMG_1699始めにまだし残していたクリスマスプレゼントを買って,それから Marienplatz へ。今夜はそれほど寒くなかったし、予想していたよりも人出が多くなかったから楽しめた。まずは彼女のお薦めの屋台で Currywurst を食べたあと Glühwein を飲む。そのあと市庁舎前の店を見て回り帰宅の途についた。IMG_1722

冷たい雨

金曜日・小雨 / 最高気温5度

6時半起床。ここ数日、早起きが続いている。ブリギッテに付き合ってだが、それも今日で今年最後となる。彼女は明日からクリスマス休暇に入る。少し身体を休ませて欲しいと思うのだが、来週はクリスマス、そしてそれが終わるとすぐに大晦日、新年となるからきっとまた買い物、料理に大車輪で動き回ることになるのだろう。

昨夜は夜が更けてから雪になったらしく、朝起きてみると地面にはうっすらと雪が積もっていた。それが午前中にはみぞれ混じりの小雨となって,こういう天気が一番わたしにとっては憂鬱。ウォーキングもできない。昼近くになって近くの郵便扱い所に手紙を出しに行ったがはっきりとしないどちらつかずの雨の中だった。

午後は本を読んだり、時折はマックの前に座って Twitter のTLを追ったりして過ごす。そんなところへ Prien に住む次女から電話があり、今週末はバイロイトへ行くのでミュンヘンの中央駅まで荷物を引き取りに来て欲しいという。クリスマスから数日はわが家に帰ってくるのでその荷物を持って歩きたくないということなのだろう。外の空気を吸うのに好都合だったので引き受けて、5時半に中央駅へ。

帰宅してからは読みかけの文庫本を読み続ける。今夜も帰宅が遅くなるブリギッテのために軽食を作っておいた。

2012年11月の歩行記録

11月は1日平均:8706歩と大幅に目標を下回った。今となっては(12月21日)なにが原因だったのか記憶に無い。日記のほうを調べればそれも分かると思うのだが、この数字だとそれを調べようと思う気力も湧かない。(^_^;) で、そのままアップしておく。

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2012年10月の歩行記録

しばらく「歩行記録」のアップをサボっていた。9月の日本旅行以来調子に乗れないまま今日まで来てしまって、その数字を見るとアップする気力もなくなってしまうのだが、悪い時の記録も記録であることは間違いない。今後の自分への警鐘という意味でアップする。10月は平均:10364歩でかろうじて目標の大台に乗った。
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冷えた1日

木曜日・曇り / 最高気温1度

6時40分起床。相変わらずブリギッテの早朝出勤が続いている。今日などはわたしが起床した時間にはもう居なかった。あとで職場に電話したら6時半に家を出たそうだ。彼女は昨夜アルコールは飲まなかったけれどわたしと同じ時間に就寝したのだから疲れているはずなのに。ドイツも日本と同じように年の暮れというのは仕事が立て込んでくるようだ。

わたしはゆっくりと朝食をとったあとでしばらく会っていない友人に電話をしてみたら,足の骨を折ってギプスをしているという。そこでお見舞いがてら訪問した。家の中でも松葉杖をついているほどで快復までにはもう少し時間が掛かりそうと見た。3時間ほどそこで過ごしたあと帰宅。

昼食をとったあとで読みかけの文庫本を読み続ける。午後2時半頃に本を読むことにも飽きたのでウォーキングに出掛けた。森の中はかなりの冷え込みで、残っている雪はカチンカチンに凍っている。今日は少し距離を伸ばして10031歩・89分を歩いた。さすがに1時間半ほど歩いたあとは身体が温まっていて喉も渇いているから,そのあとの Weißbier はおいしかった。

ブリギッテは6時に退社後、買い物をして8時過ぎに帰宅。ササッとツナを使ったスパゲッティを作り夕食とする。そのあとはクリスマスカードならぬクリスマス便りの発送仕事。これはその年のわが家の重要な出来事をブリギッテが書いて印刷したものに自筆で短い文章を書いて投函する。日本の年賀状と同じである。Emailが普通に使えるようになった今日この頃だが PC を持たない世代の友人、知人たちも多いから毎年恒例のこの作業はこれからも続くことだろう。

イタリア料理店での夕食

水曜日・曇りときどき晴れ / 最高気温4度

6時半起床。今日も早朝出勤のブリギッテに付き合って早い起床。昨日の経験で、早起きすると午前中の時間がゆったりと使えるという利点があるから苦にならない。早起きが苦にならないということは老齢になったということか。(^_^;)

彼女が出勤したあとゆったりとシャワーを浴びて、日本の友人からのチャットに応じていたら,予約しておいたガラス屋さんが9時に来訪。窓ガラスの1枚にひびが入っていたのと、テラスの片側に風よけの大きなガラス戸を付けたいのでその見積もりをして貰う。

そのあとしばらくはメールチェックと Blog の巡回。11時過ぎに家を出てウォーキングに出掛けた。森の中の雪の状態は昨日とあまり変わらない。雪のない部分を縫うようにして歩くが今朝はその部分が凍っているところが多く注意しないと危なかった。8546歩・73分を歩いて帰宅。昨日からようやくウォーキングのペースが戻ってきたのでこれを維持したい。でも、来週はクリスマスがやってくるからまた中断しそうな気がする。

帰宅後、昨日作ったカレーを温めて食べる。今夜はブリギッテの叔父さん夫婦、義母を交えて食事をすることになっているから,満腹するまでは食べなかったけれど、カレーの場合これは難しい。ついつい食べ過ぎてしまうのだ。(笑) 食後しばらくすると眠気が襲ってきたのでソファの上で昼寝。深い眠りだった。

夕方6時過ぎに義母を車でピックアップしてレストランへと向かう。そのレストランはミュンヘンのほぼ中心部 Lehl という地域にある Ristrante Cupido というイタリア料理店。イタリア人特有の明るい、キビキビとした客あしらいが心地よい。料理は標準だとわたしには感じられたが,叔父さんが選んだイタリア産の赤ワインがおいしかった。23時近くのお開き。

ウォーキング再開

火曜日・曇りときどき晴れ / 最高気温4度

6時起床。いつもより早く出勤するというブリギッテに付き合って早起き。相変わらずジェットラグが続いていてこの時間には既に眼が覚めていたから早起きもどうということはなかった。だが、7時過ぎに彼女を送り出したあとの午前中はさすがに長いと感じる。

そしてお昼近くになってくるとしっかりと空腹を感じた。日本への旅行を挟んで3週間以上も Döner Kebab を食べていないので,今日は昼食にそれを食べに行くことにした。もちろんそのためだけに街へ出るわけではなく、いろいろな用事を作って家を出る。ケバブを食べたあと、そこから街の中心まで久しぶりに歩くことにした。歩き始めは寒いと感じたがそのうちに身体が温まってくる。

IMG_1687Marienplatz にある Apple Store に立ち寄ると店内はいつもよりも混雑している。店内に行列が出来ていたので何事かと思ったら店の一角に Express Shopping という札が立っていて,並んでいる殆どの人はどうやら iPad mini が目当てのようだった。そこを出てから徒歩で Stachus まで出てリュックザックを物色するも気に入ったのがなかったからそこから S-Bahn で Rosenheimerplatz まで戻りちょっとした買い物をして帰宅の途につく。

IMG_1688家に帰るとまだ午後2時頃で少し晴れてもいたのでウォーキングに行くことにした。しかしいつもの道はまだ雪が残っていて滑って危ない。適当なところで切り上げて帰宅した。暖かい室内に入った途端に疲れを感じてソファの上で目覚ましをセットしてから昼寝。しかし、15分くらい眠ったところで電話の呼び出し音に起こされてしまった。

夕食にはカレーを作る予定にしていて、材料を揃えてあったのでそれから作り始める。今回日本で食べたカレーライスがかなりこってりと重量級で驚いたのを思い出した。夕方になってブリギッテから休暇前の仕事が立て込んでいるとかで帰宅が遅くなると連絡が入った。

少しずつペースが戻ってきた

月曜日・曇り / 最高気温5度

7時半起床。ジェットラグからまだ解放されないでいる。その原因は分かっているのだ。14日に戻ってきて15日にクリスマス・パーティに参加するために午後しっかり眠ってしまったのがそれ。この時に我慢してでも起きていてドイツ時間でいつもの時間に就寝していれば良かったのだ。しかし、年金生活者にとっては午後に猛烈な睡魔に襲われようが、あまり問題ではない。(^_^;)

ブリギッテはいつもより早い時間に出勤していったのでそれを見送ってから家事を少々。そのあと彼女が昨日仕分けした昔の文書類をシュレッダーにかける作業を始めた。このシュレッダーというのがあまり性能が良くないものでいちどに書類が5枚を超えると途端にスピードが落ちる。大きなゴミ袋4個を一杯にして終わるのに優に1時間半を必要とした。

午後は13時11分に到着するという義母を中央駅まで出迎える。しかし列車が50分ほど遅れると電話連絡があったから14時頃に中央駅に着くように家を出た。ミュンヘンの中央駅というのは殆ど駐車スペースがないのでこういう時には苦労する。彼女を無事に家まで送り届けたあと、地下の物置においてあった使い残しの塗料を車に積んで捨てに行く。来週にもわが家の粗大ゴミを持っていって貰うようにしたいのだが、塗料だけは捨てて置いて欲しいということだった。

帰宅してから今度は旅行中に着ていたシャツ類のアイロン掛け。ブリギッテのブラウスも2枚ほど混じっていたからかなりの量となった。そしてアイロン掛けしていた午後4時頃にまた睡魔が襲ってくる。これはなんとか我慢した。

夕方に比較的早めの帰宅をしたブリギッテと夕食を食べたあと、出来るだけ我慢をして起きていて就寝。さあ、今日はジェットラグから逃れられるか。

ジェットラグが続いている

日曜日・曇り / 最高気温6度

8時起床。昨夜は午前2時半に就寝だったのにやはり5時前に眼が覚めてしまった。ブリギッテが叔母さんへの長電話が終わるのを待っておそい朝食。

それが終わってから,計画している家の改造のために部屋の片付けを始めた。片付けといっても今日出来たのは本棚の整理をして,これはと思うものを出来るだけ捨てること。この際だからちょっと勿体ないなとか,いつか使うかもしれないと思うものでもどんどん捨てることにする。午後2時を過ぎる頃にまた猛烈な睡魔が襲ってきてベッドに入り1時間ほど熟睡する。

今夜は末娘が夕食に来るというので,彼女を迎えに行った。しばらく日本で左側通行の車ばかり見ていたので最初は慎重に運転する。しかし5分も走るうちに感覚が戻ってきた。夕食は魚のフライとジャガイモサラダ(ドイツ風)。

夕食のあとブリギッテと娘はテレビを見始めたので、わたしはMacに昨日録画しておいたサッカーのダイジェストを観た。サッカーもどうやら間もなく冬休みに入るらしい。夜9時を過ぎる頃からまた眠くなってきた。早くジェットラグが治まってくれるといいのだが。

クリスマス・パーティ

土曜日・曇りときどき小雨

7時半起床。ジェットラグのためか昨夜は午前4時頃に眼が覚めて5時半頃までは眠れなかった。しかしそれから2時間ぐらいは眠ったようで、眼が覚めて起きた時には頭もスッキリしていた。久しぶりにブリギッテと2人での朝食。そのあと、彼女は美容院に予約が入れてあるとかで出掛けて行った。今夜は彼女の勤め先のクリスマス・パーティがあるのだ。わたしがきのう日本から戻ったのもこれがあるからだった。

わたしは彼女が戻ってくるまで旅の後始末をする。姉から貰ってきた文庫本を並べたり、クレジットカードを使って買い物をした領収書をまとめたり、昨日のブログを書いたりしているうちに時間がどんどん過ぎていった。外はまだ雪がしっかりと残っていて,わたしの散歩道もきっとぬかるんでいることだろう。ウォーキングははなから諦めていた。それに今夜はクリスマス・パーティに参加するのでその時に時差ボケで眠くなっているわけにもいかない。

ブリギッテは午後になって戻ってきた。もちろん美容院だけで済むわけはなく,そのあと街の中心部に出てクリスマス用の買い物をしっかりしてきたらしい。気に入った買い物が出来たらしく上機嫌。(笑) そのあとで軽く昼食を一緒に食べてわたしは午後2時半頃にベッドに潜り込んだ。最初の10分ほどはあまり眠くなかったので昼寝は無理かなと思っていたらいつの間にか寝入ってしまったらしく起きた時には夕方の5時近かった。外は既に暗くなりかけていて、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。

今夜のパーティはミュンヘンの北にある BMW WELT (BMW のショールーム)を見下ろすフロアーを借りきってのもの。ブリギッテの勤め先のクリスマスパーティは毎年異なる趣向をこらしたもので,従業員のパートナーも招待される。わたしはここ2年ほど夜の公演と重なって出席出来なかったから今回は久しぶりの参加。形式としては立食パーティだが、出てくる料理はアペリチーフから始まるコースになっていて,そのどれもが洗練されていておいしいかった。

もちろん立食だから大きなお皿ではなくティーカップの受け皿より少し大きめのものが数人の若い女性によって供される。スープも3種類ほどコーヒーカップ大の器に入って何度も回ってくるから、その中の好きなものを選べるし全部試しても良い。もちろん何度お代わりしてもかまわない。スープのあとは白身の魚料理、そしてそのあとに肉料理がまた3種類ほど。わたしはそのどれもをまんべんなく試したが、程よく焼かれた鹿肉のソテーがおいしくてを3回もお代わりしてしまった。デザートも2種類出たのでその両方を試してみた。

お腹の方が落ち着いたそのあとはダンスロアーでのディスコダンス。わたしも女主人に引っ張り出されのをきっかけにブリギッテともかなりの時間おどった。汗をかいたあとはフロアーの横にしつらえられたバーで好みの飲み物をバーテンダーに作って貰う。わたしはアルコール抜きでレモン汁とペパーミントの葉を入れた爽やかな飲み物を頼んでダンスの合間に3度ほど飲んだ。

そうして楽しく踊っているうちに時計を見たらなんと既に午前1時を過ぎている。ボチボチと帰り支度をしている人たちもいたのでわれわれも出席者達にお別れの挨拶をしたあと1時半頃にそこを出た。家に着いたら既に午前2時。それからシャワーを浴びて汗を流し、ベッドに入ったのは午前2時半を過ぎていた。ブリギッテもわたしが介添え役をしっかりと務めたので機嫌がよい。(笑)

ミュンヘンへ

金曜日・晴れ→曇り

7時起床。いちおう目覚まし時計はセットしておいたけれどその前に眼が覚めた。短かったような、長かったようなそんなわたしの休暇も終わって今日はミュンヘンへと戻る。飛行機は13:00成田発。品川から10:23発の「成田エクスプレス」に乗る。今回のお別れに品川駅構内で「天ぷら蕎麦」を食べる。今回もB級グルメ路線で通した。(笑) もう少し早く成田に着いていたかったけれど、大きな旅行カバンを持って品川駅までラッシュアワーの電車に乗るのはほぼ不可能だったのでこんな時間になった。しかし、なんの問題もなく成田着。

荷物をカウンターに預ける時にその重量を見ていたら大きい方は21Kg,小さい方は19Kgだった。そのあと時間があったのでゲートに入る前に TSUTAYA で「ステレオサウンド185号」と「特選街1」を購入する。後者はネットオーディオの記事が狙い。出発ゲートに行くと既に搭乗は始まっていた。

今回のフライトでとても幸運だったのは往路が4人掛けの席で隣の2つが空席、復路は2人掛けの席で隣が空席だったこと。加えて前の席に座った人が殆ど椅子を倒さなかったからゆったりとした空間のままミュンヘンまで飛ぶことが出来た。これならエコノミークラスでもなんとか快適だ。

ミュンヘン空港には夕方5時に時間通り到着。着陸直前に眼下に広がるミュンヘン郊外の景色は雪景色で、その中に集落の明かりが灯っていてまるでディズニーのアニメ映画のようだった。カバンを受け取ってS-Bahnでミュンヘン市内へ。ブリギッテが Rosenheimerplatz まで車で迎えに来てくれていた。

家に着いてからまずは Weißbier を1本。これを飲まないとミュンヘンに戻ってきた実感がない。(^_^) それから大小2つのカバンを開いて日本から買ってきたお土産の開陳。その殆どは娘達と友人、知人へのクリスマスプレゼント。今年は自分で買う手間が省けてブリギッテは機嫌が良い。これ以上は我慢出来ないという時間まで眠気と戦って,23時頃に就寝。

滞在最後の日

木曜日・快晴 / 最高気温12度

7時起床。今日も眼が覚めて自室のシャッターを上げてみるとクッキリと富士山が見える。だがメールボックスを開いてみるとミュンヘンは氷点下だとブリギッテが伝えてきた。この落差はなんだ!幸い、ミュンヘンは明日からは少し暖かくなるらしいのが救いだ。

昨夜寝ようとしていた時,「今回の旅で忘れたことはなかったかな?」と振り返ってみたら「かっぱ橋・道具街」に行きたかったのを思いだした。数年前にオペラの仕事で来たときにいちど行ったことがあって、もう一度訪ねてみたかったのだ。9時半過ぎにホテルを出て「鶯谷」で下車。この駅も学生時代以後は使ったことがないなぁ、と感慨にふける。この駅で下車して芸大まで通う道も嫌いではなかった。

「鶯谷」で下りて「言問通り」をまっすぐ歩いて行くと15分ほどで「かっぱ橋・道具街」にぶつかる。そこからブラブラと店を見ていったのだが、この街はただ見て歩くだけでは面白くないということに気がついた。「これが欲しい!」と思うものがあってここに来ればきっと何倍も楽しめるだろう。昨夜、いちおう荷造りをしてみてカバンの中にそれほど余裕がないことが分かっていたので今回は何も買わなかった。ちょっと欲しい包丁はあったのだけれど、どうしても買って帰りたいとは思わなかった。

「かっぱ橋・道具街」を一通り見て歩いたあと、田原町から地下鉄で渋谷に出た。これは銀座線で一本で行けるので快適。快適すぎていつの間にか眠り込んでしまい駅員に「お客さん、終点ですよ〜」と起こされてしまった。終電でもないのにきっと大口を開けて寝入っていたのだと思うと恥ずかしい。お目当ては東急ハンズ。ここでお土産に金属の針が不要のホッチキス「ハリナックス」(コクヨ)「フィットカットカーブ」というハサミを二つ購入。

最近は不要の書類をシュレッダーにかける機会が多くなっているのだが、その時にいちいちホッチキスの針を外すのが面倒なのだ。そんな時にこの「ハリナックス」を知った。8枚まで閉じることが出来るというので試してみるつもり。

「フィットカットカーブ」というハサミはそのコンセプトを知って一も二もなく購入することを決心した。まあ、安いということもあるのだけれど。(^_^;) 12月3日に一つ買って試してみたのだが切れ味が素晴らしい。それでチタン・コーティングされたものをブリギッテの弟と左利き用を次女に購入した。

そろそろ疲れてきたのでホテルまで戻ろうとした時にもうひとつ忘れていたお土産を思い出した。化粧箱に入った「おかき」を2つ頼まれていたのだ。わたしがドイツに戻ると約1週間後はもうクリスマスだから,ブリギッテにいろいろと頼まれていたのだ。これがむずかしかった。箱に入った「おかき」というのは軽いのだけれど大きくて場所を取るのだった。昨夜、荷造りをしてみてそれほど余分な空間がないことを知っていたからこれには困った。結局、売っている中でいちばん薄手の箱の「おかき」を購入した。これでお土産の購入は打ち止めの筈。(と思いたい)

明日はいよいよミュンヘンに向かって出発だ。今回も12月1日、2日の演奏会のあとは気ままにあちこちを歩き回ることが出来たし,会いたかった友人、知人達ともゆっくりとお話しする機会が持てて楽しかった。さて、次はいつ来ることが出来るだろう。

快晴が続く東京

水曜日・快晴 / 最高気温11度

7時起床。今日も朝から素晴らしい青空が拡がる快晴日和。ホテルの自室からはクッキリと富士山が見えているのに、今日ミュンヘンから送られてきた画像を見たらわが家のテラスは20cm余り雪が積もっていた。(-_-;) 昨夜は午前4時頃に眼が覚めてそれからウツラウツラしてはいたがグッスリ眠ったという意識がない。こういう時の午前中は頭の中がクリアーではないのが自分でもよくわかる。
11時に姉夫婦がホテルのロビーまで来てくれて,そこから一緒に泉岳寺まで行くことにしていた。学生時代に10年ほど東京で学んだのにその間泉岳寺には行ったことがない。考えてみると東京の中でも知らないところが沢山ある。住んでいたアパートと上野の芸大との間をひたすら往復していた模範的な音楽学生だったのか、ただ単に面倒くさがり屋だったのか。多分後者だ。(笑)

JR品川駅まで電車で行き、そこから10分ほど歩くともう泉岳寺だった。間もなく12月14日の「義士祭」があるためか境内の中はその準備に取りかかっているらしく人出が多かった。47士のお墓をざっと見て回りその帰り道、ひなびた風情のある蕎麦屋で「天ザル」を昼食に取る。これは昔ながらの味がしておいしかった。そこから品川駅まで戻りこれも懐かしい名前の喫茶店「ルノアール」でコーヒーを飲み、そのあと姉夫婦と別れる。彼女たちはそこから銀座に出るということだったが、わたしはホテルに戻って1時間ほどの昼寝をした。これでリセットされて夕方からはまた元気になる。

旅行カバンにはまだ余裕がありそうなので、わたし自身のシャツとズボンを買って帰ることにした。身に付けるものはやはり日本で買った方がわたしの身体にはぴったり合う。それにユニクロで買えばドイツで買うよりもかなり安いし品質も文句なし。そのあとは「散髪」に出掛けてかなり短く切って貰った。いちどホテルに戻ってから夕方6時過ぎにもう一度外出し、今度は女性が使う化粧水を購入。これはブリギッテに頼まれたもの。このホテルのまわりには各種の店があり夜9時頃までは開いているのでこんな時にはとても便利だ。

夜はまたスーパー銭湯「おふろの王様」で各種の風呂を楽しみ1時間半ほどリラックス。今夜はよく眠れそうだ。

友人夫妻と再会

火曜日・快晴 / 最高気温11度

7時起床。今日の東京もスカッと晴れ上がった素晴らしい1日だった。9時半過ぎまで部屋でゆっくりしていて、それから外へ出た。昨夜、東京に住む友人夫妻と食事をしたあたりはかなりの賑わいだったが、暗かったのでその様子がよくわからなかった。確か 「100円ショップ」 があったはずで実はそこがお目当て。ドイツへのお土産に何か無いかなと思って入ってみたのだが、品揃えは余り良くなかった。

ホテルへの帰り道で atré の中の「ユニクロ」に立ち寄り、頼まれていたもの3点を購入して部屋へ戻る。それから試しに荷造りをしてみた。どうやら今回は余裕で重量制限をクリアーしそうな気がする。だが油断してまた何か買ったりするとオーバーするかもしれない。(^_^;) 午後1時少し前にホテルを出て羽田空港へと向かった。

青森県に住むわたしの友人夫婦が台湾で1週間の旅を終えて今日帰国するのだが,彼たちは羽田で乗り換えのために3時間ほど待ち時間があるからそこで会おうという約束をしていた。彼とはもう35年来の付き合いである。わたしもこういうときのアポイントメントが下手だが,彼はわたしに輪をかけておおざっぱな人間。羽田空港は WiFi が無料で使えるから SKYPE 電話を使ってお互いの居場所を確認すれば良いと約束したのだ。あとから考えれば彼も自分の乗る航空会社と便名、それにターミナルぐらい知らせてくれれば良かったものをわたしはそれすら知らなかったのだ。訊かなかったわたしも迂闊だった。(汗)

まずわたしが着いたのは国内線の出発ロビー。そこの搭乗口まで行ってみたがそこに友人の姿はない。そこで、もしかすると国際線ターミナルを出たところで待っているのではないかと思いシャトルバスで国際線ターミナルへ向かった。着いてすぐに SKYPE を立ち上げようと思ったのだが WiFi に繋がらない。案内係の女性に訊いたら、まず羽田・フリースポットというアカウントにブラウザーを使って登録しなくてはならないことが分かった。やっと繋がったかと思ったら今度は通話がブツブツ切れて会話にならない。それでもなんとか聴き取ることが出来て彼は既に国内線第1ターミナルで荷物を預けたことが分かった。またシャトルバスに乗って逆戻りである。やっとの事で彼に会うことが出来たのだが会話がブツブツ切れたのはどうやら彼のスマートホンの電池が切れそうになっていたためと分かる。まったくわれわれ二人はなにをやってるんだか。(笑)

空港内の喫茶店でコーヒーを飲みながら1年半ぶりにいろいろな話に花が咲いた。彼たちは4時過ぎに搭乗口を入っていって、わたしはそこから京浜急行に乗り大森へ。大森駅前にBook Offがあるのは先回来た時に知った。そこで文庫本を6冊購入してホテルに戻る。日が沈んでからは少し風が出てきたようだ。

寒いけれど明るい東京の空

月曜日・晴れ / 最高気温10度

7時起床。今日は特別に予定はなかったのだが、思い立って午前中は大船に住む姉を訪れることにした。9月に日本に来た時に小さなカバンに入りきらなかった衣類、それにオンラインで注文して姉宅に届けて貰っておいたユニクロ製品の数々を引き取ってくるのがその目的。

わたしの悪い癖でいつかはやらなければならないことをついつい先送りしてしまう。考えてみれば姉に預かって貰った荷物を今回持ってきたカバンに詰めてみなくては,どれだけの余分な空間が出来るか分からないではないか。それによってまだカバンに余裕があるのならさらなる買い物が出来る。次回に帰国出来るのはいつになるか分からないのだからここはしっかりと計画しなくては。

今日は冷たい風が吹いていたが青空のきれいな明るい1日だった。姉宅に到着したのは10時きっかり。お話をしながらおいしいコーヒーを煎れて貰って荷物を受け取りそそくさと辞去する。大船の駅まで義兄が見送ってくれた。ホテルに戻ったのは12時15分頃。午後はゆっくりと過ごして夕方5時には友人ご夫妻と会った。このご夫妻は約20年前にミュンヘンのわが家近くに4年ほど駐在員として住んでいた方たち。そこで生まれた娘さんが今年の夏にわが家を訪れてくれたのだった。

このホテルから線路を挟んで反対側にある居酒屋で、ドイツから来たわたしには珍しい料理の数々を歓談しながら味わった。21時半過ぎにそこを出てからお別れしたのだが、その時に iPhone 4S をその居酒屋のテーブルの上に忘れてきたことに気がついた。急いで戻ってみるとテーブルの上はまだ片付けられていなくてわたしの白い iPhone 4S もそこに置かれたまま。ホッ!!

夜はホテルの部屋の眼下に拡がる夜景を眺めながらちょっと淋しさを感じている。

休養日

日曜日・晴れ / 最高気温8度

7時起床。ここ数日南へ北へと動き回ったので少し疲れた。この辺で休養を取るのも大事だろうと思い、今日は1日ホテルに滞在。部屋のお掃除も断ってゆっくりとした。ホテルを出たのは昼食と夕食の2回だけ。外へ出た時にはかなりの風が吹いていて寒かったから、休養日としたのは正解だった。明日からはボチボチとドイツに持っていくお土産の物色を始めようか。

角館へ

土曜日・曇り(角館) / 最高気温4度

6時半起床。昨日九州の長崎から戻って一晩眠り、今日は東北の 角館 へ。こんなことが気楽に出来るのも Japan Rail Pass のおかげである。また、これが Japan Rail Pass を使うもののつとめでもある。指定券を求めるためにJRの窓口に行ったら「出来るだけ沢山乗ってご利用して下さい」と笑顔で応対された。ちなみに新幹線、特急などの座席指定券は Japan Rail Pass に含まれていて、これが素晴らしい。

今朝は6時半に目覚まし時計をセットしておいて起床。8時28分東京駅発の「こまち17号」で角館に向かった。この小さな街もいちどは訪れてみたかった。出来ればもっと気候の良い時にとは思ったが今度はいつ来れるか分からないし、桜の時期などは観光客ですごい人出だろうからそれは避けたい。というわけで出発したのだが、危惧していたとおり仙台を過ぎた途端に雪景色に変わった。盛岡を過ぎたらそれがだんだん激しくなり車内放送では秋田から日本海沿岸に向かう列車の運行停止を伝えている。

どうしても今日中には東京に戻っていたかったので、熟慮の末に角館行きは諦めて「雫石」という盛岡の次の駅で下車し東京に引き返すことにした。しかしこの駅はとても小さな駅で全ての特急が停まる駅ではないのだった。ここから東京に引き返すのには3時間待たなくてはならない。外は雪が降っているし次の列車が来るまでは駅の恐ろしく寒い待合室に座っているしかない。そこでまたまた予定変更してとにかく角館まで行くことにした。もう雪で運行停止になった時はその時だ。ここで風邪をひくよりはましだろう。「雫石」(しずくいし)で次の列車を待っている間はちょうどお昼時だったから「天ぷら蕎麦」を食べて(これが望外においしかった)1時間ほど待つ。蕎麦屋のおばちゃん2人も客はわたしひとりで暇だったから話しかけてきておしゃべりを楽しんだ。(笑) そんなこんなで角館に着いたのは午後1時を過ぎていた。

角館は雫石ほど雪は降っていなくて曇りという状態。しかし、2日前から降った雪が雨に溶けて道路はグチャグチャになっている。わたしの普通の革靴では歩くことは不可能だった。だが角館は町を挙げての観光客誘致なのだろうか、その辺はしっかりしていて「ゴム長靴」を無料で貸してくれるという。これ幸いと長靴に履き替えてお目当ての武家屋敷まで15分ほどの距離を歩いた。

タクシーを使えば時間の節約にはなるのだが、歩いてみないとその街のたたずまいとか性格は分からないものだ。ゴム長靴のおかげで雪解け道も平気で歩けて、お目当ての武家屋敷のひとつ『石黒家』を見ることが出来た。屋敷自体はそれほど見るべきものはない。美しいのは屋敷へ行くまでの道とその辺一帯の佇まいだ。観光客もわたし以外は殆どいなかったから武家屋敷前のキリッとした雰囲気でいながら落ち着いた空気を堪能出来た。やはり歩かなくては。

それ以上時間を費やしても仕方がないので再び駅まで引き返して14時50分の「こまち30号」に乗り東京へ戻る。まだ明るい時間だったから車窓からの雪景色を楽しんだり、読みかけの本「さよならドビュッシー」(中山七里著)を読んだりして車中は飽きることがなかった。ちょうど東京に着く数分前に読了したが、この本は面白い。

夕方7時前にホテルの自室に入ってまずはビールをグビリ! 夕食にはこのホテルの2階にある「大戸屋」で「牡蠣フライ定食」+「冷や奴」を食べて満足。そして締めはもちろん大浴場である。

長崎 → 東京

金曜日・晴れ / 最高気温12度(東京)

6時半起床。長崎の観光を昨日までに済ませて今日は東京までの移動日。

長崎ー新鳥栖ー新神戸ー品川,という旅程だったが午前中の九州は異常に寒かった。わたしだけかと思ったが乗り換え時の待合室であった人たちも「寒い、寒い」と言っていた。

今日はひとつだけ失敗してしまった。新神戸で「ひかり470号」に乗り換える時に何を間違えたか同じホームに数分前に到着した「のぞみ」に乗ってしまった。当然のようにわたしの指定席には他の人が座っていて、切符を見せ合い「コンピュータのダブルブッキングですかね〜。JR にももっとしっかりして貰わなくては」と笑っていたのだが,わたしが間違いに気がついたのは京都を出発したあと。

車掌が検札に来て「この列車はのぞみで Japan Rail Pass では乗れません」と言われた。当然のことに名古屋で下車して数分遅れて到着した「ひかり470号」に乗り換える。今日は車窓から珍しく富士山がクッキリと見えた。ちょっと嬉しくなる。

なにはともあれ無事にホテルに到着してチェックインし、しばらくしたらごく低い周波数の響きを感じたあとグラ〜っと来た。「オッ、地震か」と身構える。同じこのホテルで2年ほど前に同じ経験をしたので(その時は震度4.5ぐらいだった)それほど慌てなかったが部屋に閉じ込められないようにといちおう廊下に出る。わたしの他にも2人ほど廊下で不安そうな表情の人を見た。

今回の地震は津波警報・注意報が出たようでそのあともテレビを見ていたが被害はなかったようだ。ニュースでは東海道新幹線も一時ストップしたということで、あと30分ほど遅かったら列車の中に閉じ込められていたところだった。夕食のあと、大浴場へ。やはり大きなおふろは気持ちがよい。

長崎・3日目

木曜日・曇り / 最高気温8度

6時半起床。昨夜、オンラインで「軍艦島ツアー」を予約しておいた。朝起きてみるといい具合に日が照っている。しかし8時15分に窓口に行ってみたら「今日は海が時化っていますので欠航です」と無情な告知。期待していただけにちょっとショックだった。

1度ホテルに戻ってから気を取り直して今日のプランを再計画する。これは「じっくりと原爆関連の歴史を見て回れ」という天の意志だと解釈してそれに従うことにする。まずは浦上天主堂に向かった。ホテルからはけっこうな距離があるので今回初めて路面電車で松山町まで乗ってみる。古く、小さく、郷愁を誘うような路面電車だ。

今日は風が吹いていて朝9時過ぎの空気はかなり寒い。しかし、坂の多い道を歩いているうちに身体が温まってきた。浦上天主堂ではちょうどミサをやっていて,20分ほどそれに参加。日本語とドイツ語の違いはあってもミサの進行は殆ど一緒だった。そこを出てから「長崎原爆資料館」へ。資料館の中は全体に照明を落としてあって落ち着いた雰囲気だったが,生徒達の団体旅行が入っていて少し騒がしかった。ガイド役の人たちを見ると殆どがわたしよりも年配の方々で、多分ボランティアなのではないか。丁寧に生徒達に説明している。頭の下がる思いだ。

並んでいる資料を読んでいくとその底にはアメリカに対する怒りが感じられる。ずいぶん控えめに表現してあるが、もう少しキッパリと抗議の姿勢を見せても良い。長年ドイツに暮らしていて学んだことのひとつは「西欧人にははっきりと物言いをしなくてはいけない、そしてそれはお互いのために良いということ」。日本人の感覚で「ここまで言えば察してくれるだろう」などというのは間違いだ。日本人も間違いを沢山してきたし、西欧人たちもずいぶんひどいことをしてきている。そこをお互いに付き合わせて双方の歩み寄るポイントを見つけなくては。

そんなことを考えながら資料館を出て隣接する平和公園へと向かった。ここが「原爆落下中心地」である。特別な感慨は湧かなかったけれど「原爆死没者名奉安数・158,754人・平成24年8月9日現在」と書かれていてこの数字が来年にはまた増えていることは間違いないとガイドさんが説明していたのが心にとまった。

次にそこから道路を隔てたところにある「平和祈念像」のあるところまで行ってみた。ここはスペースもタップリと取ってあっていかにも慰霊の場という感じがして好感が持てた。いろいろな国からの慰霊碑もあったがその中に DDR からのものもあった。ここでしばらく時間を取って見て回った後再び電車で市の中心街へ。

長崎駅前で下車して明日の列車指定券を購入。軍艦島を訪問出来なかったのは残念だったが、それ以外の見るべきところは見終わったような気がする。滞在を1日延ばしてみたところで明日、海が静かになるという保証はない。問題なく指定券が取れたので今度は徒歩で街の繁華街へと向かった。

ちょうどお昼ご飯時でもあって、評判の「皿うどん」を食べてみたい。ようやく長崎の街の地形が飲み込めてきたのだが、ここは海岸からいちど急な丘を登って、その向こうに繁華街が拡がっている。長い背骨が途中に横たわっているようだ。いちど「めがね橋」まで出て、そこから右に折れて中華街へ向かう。時間にして30分ほど歩いた。そして教えていただいた「江山楼」を探し当てたらなんのことはない、そこは一昨日ちゃんぽんを食べた店だった。(笑) 迷わず「皿うどん・特上」(1,050円)を注文。うん、わたしもちゃんぽんよりはこちらの方が好きだ。量も充分にあってお腹がちょうど良い満腹感になった。

そこを出てから次は復元された「出島」の観光。とても丁寧に復元されていてその苦労が偲ばれたが,大いに楽しめた。これからもここが長崎観光の目玉のひとつになることは間違いない。ゆっくりと見て回ったらさすがに疲れてきて、寒さも強まったようなのでホテルに戻ることにした。ホテルの自室に入って一番先にしたのはバスタブに熱いお湯を貼って身体を温めたこと。そのあと目覚まし時計をセットして30分ほど遅い昼寝。

夕食はまた音大時代の級友と約束していたので「めがね橋」の袂で待ち合わせ。級友は今日も仕事が忙しかったとかでちょっと疲れた様子。橋のすぐ横の日本料理屋に入ってあれこれとおいしいものを食べ、話も弾んで22時頃のお開きとなった。級友は東京でのクラス会にもその距離と仕事の忙しさでなかなか出席出来ないでいたから,わたしの訪問を喜んでくれて昔話やら音楽の話などが尽きることがなかった。

長崎・2日目

水曜日・曇りのち雨 / 外気温13度

7時半起床。昨夜は夜中に眼が覚めることもなく朝まで通してグッスリと眠れた。ようやくジェットラグから解放されたようだ。今日は音大時代の級友が長崎の街を案内してくれるというので大浦天主堂の前で10時に待ち合わせることにした。

昨夜食べたちゃんぽんと春巻きのせいか朝は全く食欲がない。9時過ぎにホテルを出てブラブラと歩き出した。待ち合わせ場所に近づいた頃にようやく空腹感が訪れる。そこで途中のコンビニでクリームパン(100円)を買って歩きながら食べた。昔懐かしい味。(^_^) 級友は10時ピッタリに姿を見せる。
それから「大浦天主堂」を皮切りにその隣にある「グラバー園」をゆっくりと見て回る。上の写真はグラバー園から長崎の街を見たところ。彼女によれば今日が今年一番の寒さだとかで、背中の辺に冷気が押し寄せているのが分かる。そのあとも「オランダ坂」、「活水女子大学」、「丸山遊郭跡」、などを昔話をしながら回った。途中で「梅が枝餅」を昔ながらの小さなお店で焼いて貰ったが、これがけっこう大きな餅だったから昼食前なので焼きたてを食べることはしなかった。

ここまで見て回っての感想だが、わたしが頭の中に描いていたイメージとは異なり、全てがちんまりとしていてミニチュアを見ているような気分になったことだ。やはり実際に見てみないと分からないものである。それと歴史ある建造物の周りスレスレに現代の味気ない建物が接しているのはやはり興ざめ。

昼食は「吉宗」(よしそう)という繁華街の中のお店で「茶碗蒸し」と「ちらし寿司」のセットメニューを食べる。畳敷きの座敷で食べたがここもわたしひとりでは見つけられなかったろう。そのあと腹ごなしに「崇福寺」に参詣。わたしの眼にはこのお寺はもう完全に中国のものと写る。

そのあと仕事があるという級友と別れてホテルに戻った。そのとき既に坂の多い道を歩いて歩数計は11000歩を超えていたからわたしもけっこう疲れていた。ホテルの自室に入って昼寝。1時間ほどグッスリと眠って気持ちよく起きた。

夕飯は級友に教えて貰った餃子のおいしいお店に行こうと考えていたのだが、どうも空模様がおかしい。部屋の窓から外を見ると斜め向かいに大きなショッピングセンターが見える。ユニクロの看板もあるので、頼まれていたユニクロ製品の下見を兼ねてそこへ行ってみることにした。頼まれたものは問題なく東京でも帰るというので下見をしただけ。
そのあと地下の食料品売り場に立ち寄りおいしそうな弁当類を見ていたらそれが食べたくなった。ついでにビールを購入。そして今日一日中気になっていた「角煮まん」を一つ試しに買ってみた。これを蒸して売っている店がやけに目についていたのだ。

ホテルに戻り自室に入った途端に、外は吹きなぐりの雨となった。餃子の店まで歩かなくて大正解! ずぶ濡れになっていたところだった。食べ終わったあとは明日からの旅程を検討しながらゆったりとした夜。

東京 → 長崎

火曜日・曇り / 最高気温14度

7時起床。昨夜は用心のためにと目覚ましをかけておいて正解だった。遠いところでなにやら音がするな〜と夢の中で思っていたらそれが目覚ましの音だったのだ。これが無かったら完全に寝過ごしていた。昨夜のうちに90%の荷造りは終わっていたのだが、それでも8時40分発の品川発の列車に乗るのにそんなに余裕はなかった。大井町ー品川間はちょうどラッシュ時とあってもの凄いこみ方。

久しぶりに駅弁とお茶を買って列車に乗り込む。さあ、あとは座席に座って外の景色を眺めたり本を読んだり音楽を聴いたりしているうちに列車が運んでいってくれる。新幹線の座席は飛行機のエコノミークラスと比較したら本当にゆったりとしていて素晴らしい。お腹が空かなかったのでその駅弁を開けて食べたのは10時半を過ぎていた。食べながら、わたしはもう組織の中で働いているわけではないので時間にとらわれず、お腹が空いた時に食べるのが健康にもいいんじゃないかと思ったりした。

新大阪駅で博多行きの「さくら555号」に乗り換え。相変わらず Japan Rai Pass は「のぞみ号」に乗れないのでこのような旅程になってしまう。でも急ぐ旅ではないのでこれもまた良し。博多で今度は「かもめ27号」に乗り換えて途中、有明海を左手に眺めてのんびりと長崎に着いたのは16時50分でまだ明るかった。外へ出ると風が冷たい。南国だと思って油断していると風邪をひきそうだ。

駅からほど近いビジネスホテルに宿を取って一休み。疲れは全く感じられない。明日からの観光の計画を立てたあと、お腹の空くのを待って中華街に歩いて出掛けた。横浜の中華街に較べたら規模は小さいのだが、ここには「長崎ちゃんぽん」がある。「ちゃんぽん」という名の料理を食べたことはあってもそれは東京でのことだった。有名な「長崎ちゃんぽん」とはどういう味がするのだろうと期待してとある店に入った。麵はともかくスープは白濁していてちょっと脂肪分がある。豚骨ベースなのかもしれない。まあまあのおいしさだった。

ホテルの部屋に戻りゆっくりとバスを使い、さて、そろそろ寝よう。

ちょっと気が抜けたような

月曜日・曇り / 最高気温10度

7時起床。昨夜はホテルに戻ってきた時間も遅かったが、それからブログを書いたりしていて就寝したのが午前1時半頃。しかし今朝はいつもの時間に眼が覚めた。7時半頃に朝食に行き、顔見知りになったバイエルン放送合唱団の数人にお別れの挨拶をして自室に戻る。彼たちの成田行きバスは9時に出発ということでそれを遠くから見守った。

それからわたしも荷造りを初めて11時にチェックアウトする。今後わたしがプライベートで来る時にはこのホテルのような高級なところに泊まることはないと思う。しっかりメンテナンスされたホテルだけれど、浴室など水回りがさすがに古くなっている。立地条件としては恵まれているがこれからのホテル経営もむずかしいなぁと思いながらそこをあとにした。

今夜泊まるのは定宿としているアワーズイン阪急・大井町 である。12時過ぎに着いてしまったのでホテルで荷物を預かって貰い、駅周辺の電気量販店や Atré を見て回った。そこで雑誌 Mac Fan の2013年1月号を購入。加えて WEB で見た「ハリナックス」
(KOKUYO)
「フィットカットカーブ」のハサミを買った。試用してみて良かったら今回のお土産に買って帰ろうと思っていた。ホテルに入って早速試してみると「フィットカットカーブ」の方は文句なく使えそうだし、「ハリナックス」も書類をまとめる強度さえ問題がなければとても面白い製品だ。

外は風がけっこう強く吹いていてかなり空気が冷たい。昨日までは演奏会の緊張感があったが、気の緩んだ今日は油断すると風邪をひいてしまいそうだ。無理をせずにホテルに閉じこもり、書き溜めていたブログの記事をアップする作業をしていた。ここ2日ほど少し食べ過ぎの気味があり、胃腸の方も疲れたのかお腹が空かないまま昼食はパス。ようやく夕方6時頃になって空腹感が戻ってきたので、ホテルの近くで済ませた。今夜は早く就寝して明朝からの旅に備えようと思う。

横浜みなとみらいホールでの第九(2回目)

日曜日・晴れのち小雨 / 最高気温8度

7時起床。昨夜は演奏会のあとホテルに戻って就寝したのが午前0時をとっくに過ぎた頃で、それなのに午前2時には眼が覚めてしまった。それから2時間ほどウツラウツラしているうちにいつの間にか寝入って、7時に目覚ましの音で起きた。

シャワーを浴びて朝食会場に出掛けたが身体が怠い。昨日の強行軍と寝不足のせいだろう。昨夜遅くにおでんを沢山(玉子、白滝、大根、がんもどき、ちくわ)食べてビールを飲んだのものいけなかったか。朝食のあとは自室に戻って寝不足解消のためにまたベッドに潜り込んだ。

今回も目覚ましをセットして2時間ほど眠り10時半に起きる。それから今日も燕尾服を着用して12時出発のバスで「横浜みなとみらいホール」へ (今日は平服で行ったとしてもじゅうぶん着替える時間があった)。今日は朝から良い天気で,バス走行中もまあまあの天気だった。

「みなとみらいホール」についてから舞台上で簡単な音出しをしたあとは本番開始の15時まで長い時間待つことになった。20分の休憩を入れたあとのわれわれの出番は16時過ぎ。今日の前半は昨夜と異なり2番の交響曲だった。

さて、今日の第九だが、昨夜の演奏とはずいぶん趣が違った。オーケストラの集中度は変わらないと思うのだが、演奏者たちが昨夜よりは自由闊達に弾いている印象があった。「サントリーホール」と「横浜みなとみらいホール」の音響の違いもあるかもしれないが、作夜の演奏会は DVD 作成のためのカメラとマイクが入っていたことで、オーケストラはディテールの確かさを求め、傷のない演奏を目指した点もあるのではないだろうか。

それと11月23日から日本各地で演奏会を開いてきたベートーベンの交響曲連続演奏は今日が最後、そして明日はそれぞれに待つ人のいるミュンヘンに帰れるという開放感もあったはずである。そんな演奏者たちの心の動きが感じられるような今日の演奏だった。演奏会後にお会いした旧楽団員の方と立ち話をしたが,その方は今日の演奏の方が響きが自然で好きだとおっしゃっていた。

演奏を終了した楽団員、合唱の面々は小雨の降る中を4台のバスに乗ってホテルに帰っていったが、わたしは友人と夕食の約束をしていたのでそこから中華街に向かった。その中華料理店はある友人から紹介していただいた 横浜中華街~広東名菜・点心・飲茶~【菜香新館】 である。そこで上品な薄味の広東料理コースを楽しんだ。食後に友人と別れてからみなとみらい線で中華街から九段下のホテルまで戻ったのだが、乗り換えなどでけっこう時間が掛かった。ホテルの自室に入って改めて開放感に浸っている。ホテルの部屋で飲む、途中で買ってきたビールがおいしい。

サントリーホールでの第九(1回目)

土曜日・曇りときどき小雨 / 最高気温10度

6時半起床。危惧していたとおりに午前1時頃に眼が覚めてしまいそれからなかなか寝付けなかった。ジェット・ラグである。午前4時頃までは憶えているからきっとそのあとに寝付いたのだろう。6時半に目覚ましが鳴った時には深い眠りの底にいた。目覚まし時計をセットしておいて正解。(^_^;)

午前7時に朝食会場の「カトレア」に行ってみると、やはり合唱団のメンバーたちも今日は早起きしたらしくほとんどの顔ぶれが揃っている。9時半のバス出発なので朝食のあとは部屋で少しゆっくりとする時間があった。カメラの入るプローベということで、燕尾服を身につけてバスに乗り、ほぼ時間通りにサントリー・ホールに到着。コンサート専門の合唱団とオペラ劇場の合唱団のやり方の違いが新鮮である。

それから合唱指揮者とピアノによるちょっとした練習。11月12日にミュンヘンでオーケストラ合わせをした時の駄目出しである。それからゲネプロが始まり、終わったのは13時少し前。ホテルまでまたバスで送ってもらったので、いったん部屋に戻り平服に着替えてから昼食に外へ出る。昨日食べたカツカレー・ライスの重さが意識に残っていて、今日は蕎麦を選んだ。このホテルの近辺は蕎麦屋が多くてこんな時には選り取り見取りで楽しい。

空腹が満たされたところでホテルに戻りベッドに潜り込む。1時間ほどグッスリと眠り昨夜のジェット・ラグによる睡眠不足を取り戻した感じ。夕方は6時半出発のバスで再びサントリー・ホールへ。もちろんホテルの自室で燕尾服に着替えてである。

今夜のプログラムは休憩前がベートーベンの交響曲8番,そしてそのあとが交響曲第9番だった。ドイツのオーケストラに付き合ってきていつも思うことが今回も実証された。プローベ、ゲネラルプローベの時には多々、?と思うところがあって「今回の演奏旅行はすごく評判が良いらしいけれど本当?これで本番は大丈夫なの?」と心配になった。

しかし、本番の舞台はまるで別物。指揮者のタクトが振り下ろされた途端にスイッチが入ったオーケストラの連中の気合いがもの凄い。演奏者たちの上半身がはげしく動き始めて森の木がザワザワと揺れる感じで、それに輪をかけるように指揮者のヤンソンスも顔面が紅潮するほどの集中力。当然、出てくる音楽も鳥肌が立つほど。わたしは第三楽章の美しさに涙をこらえていた。

第4楽章のソロを勤めた独唱者たちも素晴らしかった。Michael Volle が安定感のある歌唱で口火を切り、テノールの Michael Schade もその輝かしい声を聞かせる。そしてソプラノの Christine Karg もソプラノの難所をそれと感じさせないほど鮮やかに歌いきった。アルトの 藤村美穂子さんもしっかりと歌っていたがベートーベンはこの曲でアルトに見せ場を作ってあげなかった。(^_^;)

自分で歌っているからその判定はむずかしいのだが、合唱も今夜が一番良い出来だったと思う。強いていえばソプラノの音色が高音のフォルテの部分でメタリックに過ぎた面があるかもしれない。この辺はオペラ劇場の合唱団の方に余裕が感じられる。

19時から始まった今夜の演奏会は21時半頃に終了したのだが、観客が立ち去るのを待ってわれわれは再び舞台へ呼び戻された。今夜の演奏で指揮者と録音担当者の気に入らなかった部分の録りなおしである。きっと完璧な DVD 作成のためのものなのだろうが,わたしには初めての経験だった。

正直に言うとわたし自身はその時点で疲れ切り、既に神経が集中しなくなっていたのだが,オーケストラ奏者、そしてわたしのまわりの放送合唱団の連中はそれを当然のこととしてやっている。ここには瞬間芸術を柱とする劇場音楽とは全く違う世界があった。

全てが終わってバスに乗りホテルに到着したのは23時頃。小腹が空いていたが、着替えてまた外に出る気力もなく、セブン・イレブンで「おでん」を購入しホテルの部屋で食べる。これがおいしくてコンビニのおでんの味も馬鹿には出来ないと思った