山寺、そして楽しい夕べ

4月30日(土)・晴れ/最高気温15度

7時起床。
ゆっくりの目覚め。シャワーの時に洗髪もする。日本に戻ってから髪が柔らかくなったような気がするけれど水のせいか、それとも歳をとったせいか。

フロントで新聞の朝刊を取るついでにセブンイレブンに行きおにぎり二つとコーヒーを買って部屋に戻る。これが日本に来てから朝の慣行となっている。お腹にもこれぐらいの量がちょうど良いようだ。

今日は夕方までは時間がタップリとあるので山形市の観光・名所を探してみたが気に留まったものがないので山寺に登ってみる。4年前に来たときには友人のF君が車で連れて行ってくれたから記憶がボンヤリとしている。そのときには対岸から山寺を眺めただけだった。やはり自分の足で登ってみたい。10時頃にホテルを出る。

仙山線の次の発車時間が午前10時50分だったので駅の中の名店街でしばらく時間をつぶす。山寺まではけっこうな数の観光客が乗っていた。

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下から見上げてみるとけっこうな勾配なので一息で登るのは無理と悟る。肝心なのは転んだりして事故を起こさないこと。なんと言っても旅先のことだから。登り口まではけっこう風も強かったのだが傾斜に差し掛かってからは風もなくなった。

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登り始めてみると、想像していたようにキツイ! 最初の20分ほどは2回ほど休憩を入れた。そのあとは身体が慣れたのかスイスイと足が運ぶ。途中には「ここまで○○○段登りました。奥の院まではあと○○○段です」という表示が出ているのがありがたかった。

奥の院まで登るとさすがに満足感がある。今日はわたしの大好きな「青い空と白い雲」が拡がっていて途中にある山桜や紅葉の葉がとても映えた。下りにはときどき立ち止まって携帯で写真を撮る。今回は一眼レフを持ってこなかったのでこんな時にはちょっと残念だったが一眼レフはやはり旅行カバンの場所を取るし重いし。(-_-;) 下の写真は下山の途中で写した下界の眺め。立っているところはかなり高い。

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13:10発の仙山線に乗って再び山形市へと戻る。小腹が空いたので山形名物のソバでも食べようと駅の東口にある更科で盛りそばを食べる。しかし、これが失敗だった。

部屋についてすぐにバスに湯を張り疲れた身体を浸す。そのあと45分の昼寝。

今夕は google + でお付き合いを願っているご夫婦一家と会食の約束をしていた。18時の待ち合わせで17:30頃にホテルを出たのだが少し早く着きすぎた。ご夫婦が注文してくれた料理の数々は盛りつけも素晴らしかったし素材も新鮮でおいしい。しかし昼食の蕎麦がまだ消化しきれていなかったのかわたしのお腹は間もなく満腹を告げてきた。せっかくこんなにもおいしい日本料理が目の前に横たわっているのにと本当に残念だった。

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それを救ってくれたのは10歳と9歳になる2人の娘さんたち。いや〜、この子達の食欲の素晴らしさ。見ているだけで楽しくなった。おかげでせっかくの料理を無駄にすることもなくお皿の上は全て完食。

21時過ぎにお開きになり、ホテルまで送っていただいた。
今日は日中に身体を動かし、夜は暖かいご家族とのおいしい食事と完璧な1日だった。

土門拳の写真を見に酒田へ

4月29日(金)・曇り/最高気温11度
5時起床。
思いの外早く目が覚めたので予定していた8:42の一本前の列車に乗ることにした。山形の朝は曇り空。定時の5:53に発車。さすがに乗ってしばらくしたら眠くなったきた。新庄までの1時間16分の間はほとんど眠っていた。それでも時々は目が覚めて外の景色を眺めてみると小雨の中の新緑が美しい。勢いのある美しさだ。

新庄に到着して急いで乗り換えようとしたらなんと待ち時間が一時間以上もあるではないか。新聞を読んだり、電子書籍を読んだりしてその時間をつぶす。これも一人旅だからまあ、楽しい。

46分走って余目(あまるめ)についてまた乗り換え。しかし今度は15分くらいの待ち時間だったから大したことはない。外はだんだん風が強くなってきてかなり寒いと感じる。酒田にやっとついたのは9時31分だった。

ここでも土門拳記念館行きのバスを待つ。ルンルンバスとかいう名前なのだが今日の気候は全くそんな気分じゃない。小雨が風に乗って吹きつけてくる。下の写真は池の縁に建つ土門拳記念館。

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一通り見て回ったあと中庭に出てそこから池を写してみた。池の向こうにまだ桜が散らずに咲いている。

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土門拳の写真はカラーでないほうが力強さを感じる。特に人物、スナップ写真が素晴らしい。「筑豊のこどもたち」という作品はわたし自身の幼年時代にオーバーラップして懐かしさを感じた。あの頃のわたし達はみなこんな表情をしていたし、写真に写っているような貧しい身なりだった。

帰りのルンルンバスまでまたかなりの時間を待つ。駅までの距離は歩くには少し遠いしものすごい風で帽子が吹き飛ばされそう。下の写真は収穫した米を蓄えておく山居(さんきょ)倉庫。川を挟んだ向こう岸から写してみた。

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山居(さんきょ)倉庫までバスに乗り、倉庫の佇まいを見て回ったあと徒歩で旧鎧屋(あぶみや)邸まで行ってみる。そこは320円を払って内部を見てみたが特にどうということはない。出たあと駅まで歩くことにした。ここからならそれほどの距離ではない。その途中で同じ方向に歩いていたおばあさんとお話ししながらしばらく一緒になる。彼女の説明だと酒田は風の強い分だけ山形に比べると雪が少ないんだそうだ。下の写真は旧鎧屋(あぶみや)邸の入り口。

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そのおばあさんが勧めてくれた途中の旧本間家の屋敷はパスして庭から内部を覗いただけ。酒田駅に着くまでに何かお腹に入れたいと思って道の両側を見ながら歩いたのだが飲食店だけではなくほとんどの店がしまっている。そう、今日は「みどりの日」とかの祝日だったのだ。

駅の周りにも暖かいものを食べさせる店がないので仕方なく駅の売店でお弁当とお茶を買い待合室で食べる。15:28発の列車に乗る。

行きと同じように新庄で乗り換えようと思ったら山形新幹線が17:11に発車するという案内板が見えた。あれ?新庄は新幹線が通っていたのかとその時に気がついた。自由席があるというのでそれに乗ってみる。待ち時間も予定していたより10分短いし山形にも18時に着いた。奥羽本線の普通車だったら山形着は18:35だった。

部屋に入ってまずは風呂、と思ってマックを開いたら昨夜一緒に食事をしたF君から連絡が入っていて今晩は奥さんも入れて夕食などどうですか、ということだった。

7時半に車で迎えに来てくれて彼のかつての教え子がやっているというお店へ。日本酒の品揃えが豊富ということで楽しみだった。2種類の冷酒を飲んでみたがそのどちらも違いがはっきりとわかり両方ともおいしかった。食事の方はおまかせだったらしく次から次へと出てきて最後は温かいお蕎麦で締め。大満足。またホテルまで送って貰い10時半には部屋に帰った。

山形で級友に再会

4月28日(木)・雨/最高気温12度

6時半起床。
昨夜は久しぶりに姉宅で畳の上に敷いた布団に寝たのだが、深い眠りではなかった。肩の辺がスースーして夜中に何度か目が醒めた。わたしの年齢になるとやはりホテル住まいの方が快適だ。翌朝目が醒めてからも洗面所やトイレを使うときに泊めて貰った家族に気を使わなくていいなと思う。

簡単な朝食のあと姉とひとしきりお話ししたあと、タクシーを呼んで貰い雨の中を船岡駅へ。11時25分発の電車で仙台駅へと向かう。そこで12時11分発の仙山線に乗り換え山形へ

あいにくの雨模様だったけれど、車窓から見える途中の山々の緑がとてもシットリと美しかった。こんもりとした木々の新緑が力強さと健やかさを感じさせる。仙山線というのはどことなく親近感を憶える。単線で磐越東線に似ているからかもしれない。13時34分の山形着。

今日から3泊する リッチモンドホテル 山形駅前 は山形駅西口から50メートルほどの距離。先回泊まったのは山形ルートインというホテルですぐ隣に位置していることに気がついた。ホテルの中は今回の方がかなり上等のような気がする。今回はキャンペーン中なのか割安料金で、アワーズ・イン・阪急とほとんど同じ値段である。

部屋に落ち着いてからメールチェックをしたりミュンヘンに連絡したりしているうちに級友のF君と約束した6時半になった。彼は渋滞につかまったらしく10分ほど遅れて到着。

彼が案内してくれた店は和食ではなく西洋風の小綺麗なレストラン。F君は和食の方をと思ったらしいが明日からの連休を控えて予約が取れなかったらしい。彼と先回に会ったのは2年か3年前だと思っていたが4年前の2012年夏だったことを確認して月日の経つのが速いのにあらためて驚く。

芸大時代の級友達の近況を教えて貰ったり、大学経営の難しさなどを聞くうちに時間が過ぎていった。9時過ぎにお開きとしホテルまで彼の車で送って貰った。

明日は8:42分発の列車で酒田市へ行って見ようと思う。写真家・土門拳記念館を観るのが目的である。

姉と再会

4月27日(水)・曇り/最高気温14度

6時起床。
5時過ぎに目を覚まし布団の中でポッドキャスト backspace.fm を聞いていた。それを聴き終わったのがキッチリ6時。それから温泉へ。既にレオの息子さんたちが入り終わる頃だった。皆、朝が早い。

昨日は5回も温泉に浸かりその間はしっかりと眠っていたのに、夜も普通に眠れた。これが温泉効果なのだろうか。とすればかなりの心身の疲れを癒していることになる。半年に1度ぐらいはこういう日があっても良いのかもしれない。

久しぶりに髪を洗ってスッキリとする。今日は12時40分頃の新幹線に乗り姉に会いに行く。

朝食はまた台所でのまかない食。味噌汁とご飯がおいしい。食事のあと温泉に入るというレオに付き合ってまた湯に入る。本館の方の湯に入ったのだが少しぬるすぎたのですぐに別館の方のお湯に入り直した。ここは元湯なので開業するまでは何度か湯の温度を試行錯誤して安定するのを待つらしい。

部屋に戻ってしばらく休んでから10時54分の新幹線に乗るべくレオに車を出して貰う。レオの家族にお別れして車は十和田市へ。街が近づくにつれて気温が上がってくるのが体感できる。

魚屋に立ち寄り姉宅へ魚をお土産に買う。そんなことをしているうちに10時54分の列車には間に合わなくなったので12時54分の列車に乗ることにする。レオの十和田市内の自宅に立ち寄り数日ぶりにネットを使わせて貰った。

七戸十和田駅から乗車してすぐにまた寝入ってしまい仙台の少し手前で目が醒めた。本当によく眠れるものだと自分でも感心する。

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仙台から東北本線に乗り替えて白石の手前、船岡の姉宅には午後4時頃の到着。待っていてくれた姉とお茶を飲みながらいろいろと話す。そのうちに夕食の時間となり、ビールを飲みながらの会話となる。84歳の姉が夕食を作ってくれた。8時過ぎに息子のお嫁さんが帰宅。彼女も年度代わりで仕事の方が忙しいらしい。彼女ともしばらく話して23時過ぎの就寝。

5回も温泉に浸かった

4月26日(火)・晴れのち曇り/最高気温

6時起床。
部屋が床暖房のうえに掛け布団も本格的な羽布団だったから夜中に暑くて2度ほど目が醒めた。起床してすぐに温泉へ。何時でも温泉に浸かることができるのがこういう宿の醍醐味である。まだ雪が残るキリッとした朝の空気の中で露天風呂に浸かるこの幸せはなんとも表現しきれない。

しばらくするとレオと長男のK君が入ってきた。3人で湯に浸かりながらの四方山話。7時頃まで朝湯を楽しんで部屋に戻る。朝食はまかないご飯でごく普通の家庭で食べる感じ。下の写真は屋内の風呂。

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ここ猿倉温泉は明日(4月27日)が開業日なので、日中は2人の息子さんたちも忙しく働いていたようだ。わたしは朝食のあとしばらくしてからまた温泉に浸かり、部屋に戻ってベッドの上に横になったら眠ってしまった。

それからあとはこの繰り返しで、今日は夕食前に既に4回も温泉に浸かった。そのたびに昼寝をするものだからどれだけ眠れるんだと自分でも驚く。レオに言わせるとそれが本来の温泉の使い方であるらしい。ただ、忘れていけないのは水をちゃんと飲むことだとか。下の写真はわたしの泊まった部屋から裏山を見たところ。しっかりと雪が残っている。

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夕食は5時前にまたレオの息子たち、アルバイトの若い人たちと一緒に食べた。そのあとで全員7時半には自室に引き上げていった。日中の労働がきつかったのだろう。明朝は6時起きでまた開業前の準備仕事が待っているらしい。

わたしはしばらく電子書籍を読んで、就寝前に今日5回目の入浴。睡眠充分のために夜中に目が醒めるかもしれないけれど、その時にはまた手ぬぐいをぶら下げて温泉に浸かればいいことだ。(^_^)

猿倉温泉へ

4月25日(月)・快晴/最高気温22度(東京)

6時半起床。
今日から東北への旅に出るので興奮していたのか5時前に目が醒めてしまった。それからベッドの中で考え事をしながら1時間余り。

いつものようにファミリーマートでおにぎり二つとコーヒーを買ってきて朝食を済ませる。ゆっくりと荷造りをして9時半にチェックアウト。東京駅に着いてもちょっと時間を持て余してしまいなんだか余計に疲れたような気がする。

11:20発のハヤブサ17号に乗り込んですぐに寝入ってしまった。列車の中で眠れるからと早朝5時の目覚めも気にならなかったのだ。1時間ほど眠って目が醒めたら、車窓から見る景色は春霞が罹ったような淡い色調。

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東京駅で購入した駅弁を開いて食べる。ひとつの弁当だが半分に割れるようになっていてひとつは穴子弁当、片方はそぼろ弁当と、目新しい。これが列車の旅のハイライトで外の景色を眺めながらの食事はこれに勝る贅沢なものは無いと思える。

14:27 に七戸十和田駅に到着。友人・レオが迎えに来てくれた。わたしと同じ列車にこれから3ヶ月間猿倉温泉でアルバイトをするオランダ人の若い男性も一緒に乗ってきたようだ。街中でレオが買い物やら用事やらを済ませた後、猿倉温泉へと向かう。

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標高が高くなるにつれ道の両側の雪の壁が見えてきた。今年はミュンヘンと同じくこちらも暖冬だったようで雪が少なかったとレオが話してくれたがそれでもまだこれだけ残っているのはすごい。

猿倉温泉は明後日27日がシーズン開けらしく5年ぶりに会った奥様も忙しそうに立ち働いていた。

わたしは与えられた部屋に荷物を置き、早速温泉に飛び込む。あ〜あ、極楽。下の写真は露天風呂に入りながら写したもので、まわりにはまだ少し雪が残っている。

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夕食は家族だけで台所でのまかない食。2人の息子さんたちと語り合いながらのおいしい食事だった。途中からレオの友人が現れてより賑やかになったが、それまでもわたしはビールを飲んでいたので、彼に付き合って飲んだウィスキーはかなり効いた。

途中でわたしだけ失礼して、また温泉に浸かり身体を温めて22時過ぎの就寝。

東京での定宿

今回の旅も大井町駅前の アワーズイン阪急 に宿をとった。ここはほとんどすべての面で気に入っている。何しろ宿泊費が安い。去年までは一泊・六千円だったけれど現在は六千五百円に値上がりしている。それでも他のホテルに較べると安い。長逗留するときに一番経費が掛かるのはホテル代だからこれは大いに助かる。

ほとんど駅の構内にあるような立地条件だから雨が降っても傘は要らない。どこへ出掛けるにも大変便利。そして駅向こうには昭和の頃のままの飲み屋街も拡がっていて、ここで安価に楽しく飲み、食べることが出来るのも大いなるプラスである。

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写真はこのホテルのロビーの一角にある案内板。現在東京で開催されている主なイベントのパンフレットが揃っている。今回もわたしは4月12日にチェックインしてすぐにこの中から何枚か選び出した。おかげでマックで検索する必要もなく(わたしは検索下手)自分に興味のある展覧会を見つけ出すことが出来た。

このホテルを知っている友人の言うには「こういった展覧会の案内チラシが揃っているホテルはなかなかありません」ということだった。シティホテルはあまり泊まったことがないがビジネスホテルでは見たことがない。そんなところもこのホテルの気に入っている点である。

奥村土牛展を観る

4月24日(日)・小雨のち曇り/最高気温19度

7時起床。
午前中は小雨。今日は小田急線沿線「はるひ野」というところへ恩師のお嬢さん夫妻を訪ねる予定にしていた。お嬢さんといってもわたしよりも年上なのだが。約束した時間がはるひ野駅に午後2時半ということだったので、その前に山種美術館で「奥村土牛展」開催中の展覧会 – 山種美術館を観ることにした。今回、日本で展覧会を観るのは3度目。これだけの価値ある展覧会をまとめて短期間のうちに観られる東京という都会はすごいものだと思う。

土牛という画家は101歳まで生きた人で、彼の作品群を見ると画家は長生きした方が勝ちだと思う。とても満足して美術館をあとにしたのはちょうどお昼時。恵比寿駅近くのうどん屋さんで「ぶっかけうどん」にエビ天を添えて昼食とした。

そのあと新宿まで出て小田急線に乗り換え。新百合ヶ丘で多摩湖線に乗り換えたのだがとても遠く感じた。「はるひ野」に着いた頃には雨もすっかり上がっていて、ご主人が徒歩で迎えに来てくれていた。

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なだらかな坂のある道を10分ほど歩いたところにその家は建っていた。ご主人は読売新聞社に勤めていた人だが4年ほど前に手術で声帯を除去している。話すときにはマイクのようなものを喉に押し当てて話すのだが、最初のうちはなかなか聞き取れなかった。しかしこれも慣れで家について居間で話しているときには彼の伝えたいことがかなり明瞭に聞き取れた。3年前にもお会いしているのだが、その間に機器自体が進歩しているのかもしれない。

おいしいケーキとお茶をいただきながらタップリ2時間ほどお話しが弾んだ。そろそろ帰ろうとしたら散歩がてらはるひ野駅まで送ってくれるという。お嬢さん夫妻もウォーキングをしているらしく二人とも足もとはしっかりしていて、帰路は彼達のウォーキングコースを歩いてくれた。かなり起伏のある道だったけれど折からの新緑が美しく楽しかった。

いったんホテルに戻ってメールチェックをしたあと夕食にでる。今日は線路向こうの小さな中華料理店。外から見たらけっこう客が入っているのでおいしいのかなと思った。中国人家族がやっているようで店の中は中国語が飛び交っていた。まずくはなかったけれどそれほどおいしいというのでもない。満腹になって部屋に戻った。

明日から東北旅行なので荷物をまとめなくては。

友人Oさんと昼食

4月23日(土)・曇りときどき晴れ/最高気温23度

7時起床。
朝からちょっと曇り空。今日はお昼に作家の Oさんと昼食を一緒にする約束をしていた。今日で日本滞在は12日になるのでそろそろ頼まれていたお土産などを買っておこうかなと駅前のイトーヨーカドーに出掛けてみる。カローラから頼まれていた「大葉」のタネ、炊事用の「指先が強化された手袋」が見つかったので購入。

大崎駅で待ち合わせた Oさんは少し遅れて到着。それから彼の住まいの近くまでブラブラと歩きながらお話し。入ったのは客の人声が少々煩いと感じる開放的なレストラン。そこには Erdinger の Weißbier があってその値段が ¥1000 ! 輸送の手間などを考えたらそんなものかなとは思う。わたしは今回初めてのカツカレーを注文してみたが、なかなかの味。量も多くてこれを ¥900 で出したのでは利益がないだろうにと余計な心配をした。

食事中は Oさんからいただいた著書・ 作品社|谷崎潤一郎 没後五十年 の話しに花が咲き、森鴎外、永井荷風などにまで話題が拡がった。レストランを出たあとで彼のマンションまでご一緒してそこではわれわれの共通の友人たちの近況話し。

彼の使っているノートパソコンに妙なアラートが出るのでみて欲しいというので立ち上げてみたら、どうやらセキュリティーに関するものだった。 Windows のOS も MicroSoft Office も2007年とかなり古いもの。 Windows 機には全く不案内なのでアラートを消しただけでそれ以上手は触れなかった。(^_^;)

午後4時頃に辞去してホテルに戻る。少し疲れたので遅い昼寝。1時間ほど眠った。

お昼にカツカレーを食べたのに夜になったらまたトンカツが食べたくなった。お昼のカツがわたしのトンカツ好きに火をつけたか。(笑) 食べたあとに思ったのは、やはりトンカツはトンカツとして食べた方がおいしいという結論だ。 丸八とんかつ 本店 を出ると外は小雨となっていた。

工業化学科一期生の集まり

4月22日(金)・晴れのち曇り/最高気温23度

7時起床。
今日は12時から工業化学科一期生のクラス会があった。会場はS君がお世話してくれた会員制レストラン【シーボニアメンズクラブ】。ここは数年前にも彼が手配してくれたところ。10人程度の会食にちょうど適した個室があって、今日のように9人での集まりには最高の場所。

10時半頃にホテルの部屋を出て大井町駅のみどりの窓口で来週からの東北旅行の指定券を確保。新橋駅には11時半頃には着いてしまった。そこから日比谷公園に向かってゆっくりと歩いたのだがかなり強い陽差し。わたしが会場には一番乗りだった。

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わたしを入れて9人の級友達が集まり、まず Champagne で乾杯。これはS君の奢り。そのあと料理が運ばれてきたわけだが、S君が昨年8月に心筋梗塞をやったことを説明したので話題は一気にそこへ集中。

さいわいにも発作が起こったのは自宅で周りに家人がいたために迅速、的確な処置を受けられて助かったそうだ。こういう話はわれわれの年代ともなると他人事では済まされない。

料理の皿がしばらく進んだところで各自の近況報告が始まる。そのあとも楽しい会話が続いて3時半にお開きとなった。やはり9人ぐらいの少人数だと一体感のある会話が弾んでとても充実した楽しいものだった。

シーポニアメンズクラブを出てT君とAさんは最寄りの地下鉄に乗るのでお別れ。残り7人が新橋駅に向かって歩き出す。まだ話し足りない感じを皆が持っていたのだろう、途中の喫茶店でお茶を飲もうという事になり、そこでも小一時間の談笑となった。新橋駅で散会となる。

わたしはホテルの部屋に落ち着き少しくつろいだあと夜は椎名町へ向かう。昨年ミュンヘンを訪れてくれたYさんと会うため。

時間通りに椎名町の改札口を出るとYさんが待っていてくれた。そこから徒歩で10分ほどのところにある小さなお寿司屋さんへ入る。Yさんの18年来の出入りのお寿司屋らしい。気のきいたおつまみを食べながらまずは生ビールをグビリ。

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You Tube で調べたらこのお寿司屋さん(東京都豊島区 西武池袋線椎名町駅近くにある、すし屋の戸塚 さんが)見つかったのでリンクを張っておきます。気持ちの良いお店ででした。

そうするうちに仕事を終えた奥さんのK子さんが加わった。話が弾み22時頃まで大いに食べ、語る。楽しかった。ホテルには23時半頃の帰還。

花王時代の知人と昼食

4月21日(木)・曇りのち雨/最高気温19度

6時起床。
昨夜の就寝時間は遅かったけれど夜中に目が醒めずによく眠れた。昨日の天気予報では今日は雨ということだったので予定(知人と会う約束)をどうしようかと思案していた。8時過ぎに電話をしてみたら「どうやらお天気は15時頃までは持ちそうだから予定通りにお会いしましょう」ということで10時に東京駅八重洲中央口改札で待ち合わせることにした。

しかし10時を過ぎても彼の姿が見えないのでいったん改札口を出て公衆電話から彼の携帯に電話をしたが留守電になっている。10時半になってようやく彼が現れた。彼は丸の内中央口で待っていたらしい。わたしは自分が惚けたか?と思って自分の出したメールを見直したがしっかりと八重洲中央口と書いてあった。ホッ!

彼とは2年ぶりの再開。わたしが花王に入社してすぐにわたしを男性四重唱団にスカウトしてくれた人である。花王では取締役まで昇り詰めた人。まず、丸の内のとある喫茶店でコーヒーを飲みながらしばし談笑。

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そのあと皇居の大手門から中に入り大奥の跡地、松の廊下、天守閣のあったあたりを散策して大手町へ向かう出口から外に出た。そこが竹橋で17日に安田靫彦展を観たところだったのでちょっと驚いた。このあたりの地理感覚はまるで無い。

毎日新聞社地下にあるレストラン街の中の「北前そば」を食べさせる店で昼食。彼がご馳走してくれてお昼のメニューである「大海老天せいろ」というのを食べる。かなりのボリュームだった。そこでも昔話に花が咲き時間があっと言う間に過ぎていく。午後2時にその店を出て地下鉄の駅まで歩き、そこで再会を約してお別れした。ちょうどその頃から雨となる。

いったんホテルの部屋に戻りメールチェック。4時頃から眠気が差してきて1時間ほどベッドで眠った。

夕方からはなんの予定もなかったので久しぶりに「お風呂の王様」へ。5時半入場と時間が早かったせいかお風呂はガラガラに空いていて気持ちがいい。いろいろなお風呂とサウナを出たり入ったりしてタップリ2時間楽しむ。

夕食は駅向こうの「まる八」でトンカツをと思っていたのだが、降る雨を見て予定を変えホテルの下にある「大戸屋」で食べることにした。今回ここで食べるのは今日が初めて。まず生ビールとおつまみに「ひじき煮」を。そのあと「豚の生姜焼き定食」を注文した。以前と値段は変わらないようだが品質が少し落ちたような気がした。

そのあとは部屋でおとなしくメールを書いたりしてゆったりと過ごす。

プロ野球観戦

4月20日(水)・晴れのち曇り/最高気温19度

6時起床。
ようやく通常の体調に戻ったようでミュンヘンにいるときと同じような時間に目が醒めた。

今日は3つの計画を立てていた。
一つはブリギッテの勤め先の店主の希望で、ある日本人にあって欲しいというので彼と連絡を取り午後2時に永田町近くにあるザ・キャピトルホテル東急の中にある喫茶室で約束していた。

その前にそこからそんなに遠くはない日本橋三越本店の近くにある三井記念美術館で行われている「北大路魯山人の美・和食の天才」という展覧会を見ることにした。

北大路魯山人の美 和食の天才展 | Kitaoji Rosanjin – A Revolutionary in the Art of Japanese Cuisine

JR神田駅から中央通りを7分ほど歩いたところにある。

これもまた良い展覧会だった。北大路魯山人が自分の料理に使うために自分で焼いた食器、花器、などが展示してあって見ごたえがあった。しっかり見て回ったからそれなりに疲れもした。織部焼の食器をこれだけまとまって見たのは初めて。素朴なだけに力強い。

そのあと溜池山王駅まで銀座線に乗りそこで軽い昼食をとる。14時にホテルの喫茶室まで行くとご当人は既に到着して紅茶を飲んでいた。デザイナーだということだが詳しくは知らない。2人ともブリギッテの勤め先の店主が、会ってみたら?ということで初めて会う人なのでなんとも会話の進行が難しかった。1時間ほどで切り上げてホッとする。

いったんホテルに戻り、シャツを着替えてから今度は横浜スタジアムへプロ野球観戦に向かう。2日ほど前に思いついて日程を調べてみたら今夜、横浜DeNAベイスターズ VS 広島カープの試合があることがわかった。ベイスターズはセ・リーグ最弱の球団らしいので当日券でも買えるだろうと思って出掛ける。

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それまでの疲れで電車の中では寝入ってしまったがちょうど桜木町駅のあたりで目が醒めてそのあとは頭もスッキリ。最安の外野席は売り切れていたので内野席の上の方を¥4100で購入。良く見渡せてなかなか良い席だった。

関内の駅を下りたところで崎陽軒のシュウマイ弁当とお茶を買っていったので陽が沈む中をシートノックを見ながらおいしく食べる。

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選手の名前も顔も両チームとも全く知らないで見始めたが、わたしの席の後ろに座った若いカップルの応援振りが楽しくてついのせられてしまった。この人たち、応援歌もしっかり暗記していて選手の名前も成績も全て頭の中に入っているらしかった。

わたしが後楽園球場でプロ野球を見たのはまだ芸大に通っていた頃だからもう40年も昔の頃だ。野球の観戦ってこんなに楽しい雰囲気だったかしら。球団側のサービスも至れり尽くせりで本当に楽しめた。

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試合はなんと初回から横浜DeNAベイスターズが押し気味で1回に1点、2回に2点を入れる。そしてピークは試合の中盤でなんと満塁ホームランが飛び出した。そのあとも筒香選手がツーランホームランでだめ押し。結局10対0で横浜DeNAベイスターズの圧勝。わたしはどちらのファンでもないのだが、たまたま横浜DeNAベイスターズ側のスタンドに座っていたから何気なしに気分が良かった。22時過ぎにホテルに帰還。

小腹が空いたのでまたラーメン・餃子を食べて今日もお終い。この調子でいくとドイツに戻る頃には体重がきっと増えている。

黒田清輝展を観る

4月19日(火)・晴れ/最高気温18度

8時起床。
いかにも五月らしい風の吹く爽やかな日となった。ここ数日は同じパターンでコンビニでおにぎり二つとコーヒーを買い朝食としている。今日はホテルの前に備えてある小さなテーブルで食べた。通勤途上の急ぐ人たちを眺めながら、こんな時にいつも思い出すのは「寅さん」が隣の町工場で働く若い人たちに言う「よう、労働者諸君、頑張って働けよ!」という台詞。

今日は上野の国立博物館でおこなわれている特別展 生誕150年 黒田清輝-日本近代絵画の巨匠を観に行ってきた。

上野駅の公園口改札口を出ると、そこは6年間毎日のように通った懐かしい道。フッと目頭が熱くなった。公園内の噴水あたりはずいぶん様変わりしていたが懐かしさには変わりがない。そうだった4月の終わりから5月にかけて、ここはこんな風が吹いていたのだった。

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黒田清輝展はとても楽しめた。教科書にも彼の絵「湖畔」が載っているくらいだからずいぶん混んでいるだろうと思ったがそれほどでもない。絵の並べ方もきちんとしたコンセプトが一貫していてわかりやすかった。

午後2時40分ほどに会場をあとにして銀座に向かう。目標は Apple Store だ。現在使っている MacBook Pro 15 のバッテリーがかなりへたってきているので、日本にいる間にバッテリーを交換して貰おうと思っていた。

銀座の Apple Store はかなりの混みようだったけれど大勢の社員がキビキビと動いて待たされているイライラ感を感じずに済んだ。しかし店員の答えは「預かってから1週間ほど掛かる」というもの。それでは困るのでバッテリー交換は諦めた。

いったんホテルに戻りシャワーを浴びてスッキリとする。今夕は渋谷で長年の友人夫妻と食事をする約束をしていたので6時過ぎにホテルを出る。待ち合わせ場所のハチ公前は今日も大変な人。

彼達の良く行く焼き鳥屋へ連れて行って貰い、そこで23時頃まで歓談。焼き鳥もとてもおいしかった。あんなにたくさん食べたはずなのに大井町の駅に着いたら小腹がすいていた。ホテル下のラーメン屋で中華そばを食べ帰室。

始めて生で見た大相撲

4月18日(月)・晴れのち曇り/ 最高気温25度

8時起床。
時差ボケが完全に治ったわけではないがもうほとんど影響はない。シャワーを浴びて洗髪中に今日はどうしようかなと考えていたらふと思い出したことがあった。

13日に花王同期会の懇親会があって市ヶ谷駅に降り立ったとき、ある看板を見つけたのだ。それは「靖国神社奉納大相撲」。これまで何度も大相撲を生で見てみたいと思っていたのだがかなわなかった。たまたま一時帰国しているときには東京場所が行われていなかった。しかしもしその時に帰国していたとしても切符を取るのは困難だったろう。それを見ることが出来る、しかも無料で!これは行くしかない。

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手早く朝食を済ませてホテルを出る。飯田橋から歩いて10時頃には目的地に到着したのだが、観覧席はもう満杯。しかしなんとか座ることが出来た。しかしそこは太陽が直に照りつける位置だった。

序二段から始まった取り組みは淡々と進んでいく。わたしの隣に座っていた3人の若者たちはシンガポールから旅行中だとのこと。相撲のことをいろいろと聞かれてわたしのできる限りの英語力を駆使して答えていたが、やはりわたしの英語力はひどいものだ。中断している勉強をまた続けなくては。

下の方の取り組みの中には気を抜いているのではないかと思えるものが数番見受けられたが、それは本番では無いので仕方のないことなのかもしれない。3段目、十両、幕内と位置が上がっていくに連れて場が盛り上がっていく。幕内力士の身体はやはり大きい! これだけ巨人力士が増えてきたら土俵の大きさも再考すべきではないかなと思う。見ていてなんとも土俵が窮屈すぎる。

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上の写真は幕内力士の土俵入り。数人がまだオムツも取れないような赤ちゃんを抱いている。本場所では見られないほほえましい光景。

午後2時頃まで素晴らしい天気が続き、わたしの座っていた場所は直射日光がさんさんと降り注ぐ。たった数時間のうちに隣に座っていたおばちゃんに「あらら、すっかり赤くなって、明日は大変ですよ」と言われる。しかしそれも終盤近くになって急に曇り出しあと6,7番というところで空模様が怪しくなってきたがなんとか持ちこたえた。

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三役の力士はそれなりにある種のオーラを放っていた。最後の取り組み「白鵬ー鶴竜」戦が終わり弓取り式まで見て満足してそこを後にした。15時30分。

帰途、また秋葉原で下車しヨドバシ電気の中を今日はしっかりと見て歩く。今回試したいと思っていたマッサージ椅子を試してみる。パナソニック製の最上級品(39万円)というのをまず試してみたら、これは強度を弱にしても痛くてたまらなかった。次に聞いたことのないメーカーの椅子を弱にしてマッサージしてみたがこれならなんとかという感じ。ときどき腰の辺にマッサージ玉が当たるときにはやはり痛かった。本来わたしはマッサージを必要とはしない身体なのかもしれない。

昼食抜きだったからお腹も空いていて、夕ご飯には今回まだ食べていないトンカツを食べようと思っていたのだが、トンカツだけでは足りないような気がした。それでホテル近くの中華料理店に入り「ニラレバいため」「中華丼」「餃子」を注文。これをペロリと食べても完全満腹という感じではなかった。日本に帰ってきてから少し食べすぎかもしれない。

夜は熊本大地震に関するNHK番組を見続ける。

いわき⇒東京

4月17日(日)・曇りのち雨/最高気温18度

8時起床。昨日のうちに朝10時半発の東京駅行き高速バスを予約しておいた。またまた義理の姉が素晴らしい朝食を作ってくれて感謝。兄が車でいわき駅まで送ってくれた。

例によって車が走り出してしばらくしたら眠りに落ちた。友部のインターチェンジで10分間の休憩。東京駅・日本橋口にはピッタリ予定通りの午後2時に到着。

今日はホテルにチェックインするだけなのでそこから東京国立近代美術館で行われている「安田靫彦展」を観に行く。

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お天気があまり良くなかったせいか客も少なくてとてもじっくりと見て回ることが出来た。観終わって少し時間があったから通常展示館の方も観て回ったが、閉館の5時になってしまい全ては観れなかった。ちょっと残念である。

夕方にいつものホテルにチェックイン。早速ネットに繋いで溜まっていたメールをチェックする。23時40分の就寝。

義姉の温かいもてなしを受ける

4月16日.晴れのち曇り/最高気温17度

9時起床。昨夜も2時半に目が覚めた。わたしが起きてくると兄夫婦はすでに茶の間の椅子に座ってテレビを見ている。どうやら熊本の地震被害は大規模なものになりそうである。美味しい朝食をお腹いっぱい食べて幸せ。そのあとしばらく談笑が続く。
天気の良い中を兄と一緒に近所を散歩。まだ咲き残っている桜の木もあったりして楽しめた。帰宅後に姉が作ってくれた美味しいラーメンを食べる。

今夜食べるお刺身を買いに兄の運転で「やっちゃば」へ。彼の運転は慎重で確かなもの。あと4年(90歳)は大丈夫かもしれない。帰宅後、昼寝を一時間ほど。(4時半)まで。

一風呂を浴びてからビールのあと日本酒をいただく。今日もまたご馳走いっぱいの食卓を囲む。姉の心づくしのお料理の写真を順不同だけれど載せておく。ほとんど残さずにおいしく楽しく食べて23:20のお開き。

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東京⇒いわき

4月15日(金).快晴/最高気温17度

8時起床。
荷物をまとめて9:30にホテルを出る。東京駅八重洲南口よりJRバスでいわきに出発。バスの中はガラガラでゆったりとしていて気分が良かった。まだ時差ボケが残っていたがバスの中ではよく眠れたし道路から見える桜がちょうど見頃で美しかった。新緑になりかけの山々にポツリポツリと薄紅色の山桜が浮き上がって見える。

いわき駅には午後1時すぎに到着。恩師の娘さんが経営しているエリコーナーに立ち寄りご挨拶。その後タクシーで兄宅へ。

兄夫婦はとても歓待してくれてご馳走攻めにあう。最後は義姉の手作りラーメンで締める。鶏のガラでダシを取った昔ながらの「支那ソバ」の味は絶品。
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23時前のお開き。

休養日・熊本で巨大地震

4月14日(木)・小雨のち曇り/最高気温19度

昨夜はまた午前1時半頃に目覚めてしまい⒋時半頃まで起きていた。そのあと眠って目が醒めたのは10時近く。(^_^;)
今日は日中に東京国立近代美術館に行く予定にしていたのだが、無理することはないと思い予定は中止。

部屋の掃除をして貰うのに11時頃に部屋を出て遅い朝食をとる。そのあと大井町駅のアトレの各店を見て回っていたら急にまた眠くなってきた。ホテルに戻ってみたらお掃除は終わっていたのですぐにベッドに横になる。また少し眠ったようだ。

夕食はまた駅向こうの立ち飲み屋に立ち寄り「煮込み」「カツオのたたき」「赤魚の粕漬け焼き」「山かけ」を頼み生ビールと日本酒一合。これで会計は約¥1400だからなんとも嬉しい。これらは全て酒の肴なので、そこを出てから近くにあった蕎麦屋に入り「ざる蕎麦」で締めてわたしの胃袋も大満足。(^_^)

ホテルの自室に戻ってテレビをつけてみたら九州の熊本で震度7の大地震が発生したというニュース。そのあとも余震が続いているらしく22:38にまた震度5の地震があったと伝えている。さいわい、津波の心配はないらしいが火事が発生しているという情報で心配。

さあ、今日から休暇

4月13日(水)・曇りときどき小雨/最高気温20度

8時半起床。朝7時に目覚ましをセットしておいたのに目が醒めたのは8時半過ぎでちょっと慌ててしまった。 iPhone 4s のバッテリーが切れてしまっていたのだ。夜中に1度息苦しくて目が醒めたけれどそれほどひどい咳も出ずに朝までよく眠れた。

今日は13時から市ヶ谷で花王入社同期生の集まりがあるので11時半前にホテルを出発。少し早く着きすぎて会場の周りを散策。同期会の様子は別エントリにした。

3時半過ぎに散会となりわたしは途中の秋葉原駅で下車し、買う予定だったエチケットカッターなるものを購入。鼻毛、耳毛の手入れをする機器である。鼻毛はドイツにもそれ用の良く切れるハサミが売っていて、これまでそれを使っているのだが耳の穴から覗く毛の始末がなかなか難しい。なによりも老人ぽくて気に入らない。

しばらく前に Lifehack でこの機器の記事を読んで今回はこれを買って帰ろうと思っていた。

花粉症の季節は鼻毛の伸びに注意
買ったのは駅の近くのヨドバシで¥2340だった。

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同期会の時にしっかりと食べていたのに夕方になったらまたお腹が空いてきた。ホテルの下の食品館に行き出来合いのお寿司を買って、窓から東京の夜景を眺めながら狭い部屋で食べる。1人だけの気ままな時間に慣れてきて、ようやく帰国した実感が湧いてきた。

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花王の同期会に出席

今日は花王(当時は花王石鹸)同期入社組の懇親会に出席してきた。昭和42年(1967年)に入社した大学院、大学、高専卒業者は50名だった。今年は丸49年が過ぎ50年目に突入したところ。今日集まった人たちは23名。今日までの間に物故した人はちょっと驚くような数だが11人を数える。

場所は JR市ヶ谷駅から徒歩で2分ほどのとても足の便の良いところ。土地不案内のところなので早めにホテルを出たら13時会場なのに12時にはもう到着してしまった。

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集まってきた人たちの中には約50年前の面影が色濃く残っていてすぐに識別できる人もいたが、名前を言われてもサッパリの人もいた。今日の同期会には技術系ばかりでなく事務系の人もいたからだと思う。あのとき入社した50人中で事務系は10人だけだったというから、そんなとところにもあの当時の花王石鹸という会社の性格がうかがわれる。現在の年齢は69歳(高専卒)〜74歳(修士卒)と幅がある。

宴会用の部屋に3つの大きな丸いテーブルがあって、入場前にくじ引きで席順が決められていった。乾杯が始まり前菜が終わる頃から幹事役に指名されてひとりひとり立ち上がり、近況報告をする。

この会ではわたしが最年少なのでわたしがトップバッター。入社後わずか1年あまりでドロップアウトした点を皆に謝り、今日までの生活を手短に述べた。宴会場は13時から15時半まで2時間半の予約だったので、食事が進むなか全員の挨拶が終わったのはちょうどデザートのコーヒーがでてきたところだった。このへんの時間の読みは皆さん慣れておられてさすがである。

先に書いたようにわたしは高専卒業で誕生日も3月末だから本当に一番若い参加者だった。そのせいかなんだかいつの間に流れに乗って引っ張られているように気持ちの良い時間だった。

皆さんが話してくれたテーマは過去の自慢話などは全く無く、やはり健康に関することが多かった。シルバー川柳に「無病では 話題に困る 老人会(クラス会)」とある通りだ。でも目の前で語られると決して暗くなく、むしろそれを甘受し、楽しんでおられるかのように皆さん元気そう。

ウォーキングをしているという人が出席者の約4分の1にあたる6人ぐらいいて、その誰もがかなりの歩数をこなしている。これには脱帽。どうやら定期的に気の合った同期の連中が集まってゴルフ会、麻雀会を楽しんでおられるようだった。

今日の同期会がお昼に行われた理由というのがなるほどと思った。年齢層は69〜74歳というのでそろそろお酒を飲ま(め)なくなった人が多いのと、帰宅が夜遅くなると家族に心配をかけるということらしかった。

それと「老老介護」の話題もチラホラと出ていて、毎日3食を全て1人で作っているという人が3人もいた。

キッチリと3時半には次の機会を期して散会となった。ほんとうに気持ちの良い集まりだった。

フレッシュマン

やはり時差ボケなのかそれとも花粉症のせいなのか夜中にパッチリと目が醒めてしまった。昨夜は日本時間によりそうかたちで夕方6時頃に夕食をとり、8時過ぎに「おふろの王様」で疲れをとったあと9時頃には眠くなってベッドに入ったのに。

眠れないままに昨日日本に着いてからの印象を考えていた。この時期に来ないと絶対にわからなかったことが1点あったのでそれを記しておく。

始めは羽田空港のパスコントロールの窓口。若い係員がいる後ろにもう一人それを監視しているかのような人が立っている。そしてこの人たちも結構若い。緊張した表情でわたしのパスコントロールをしている人の胸には名前のほかに「研修員」という名札が。

同じことに出会ったのは数時間後のホテルのフロント。やはり緊張した若い人たちが後ろに監視員を従えて客に応対していた。先輩社員に見られているからかどうしてもその対応がぎごちない。こちらの気持ちもついつい「頑張れよ!」となってしまう。

この現象は日本が4月から始まる年度制を採用しているからだということに気がつくまでに数秒かかった。同じようにイギリスは確かまだ年度制だと思うけれど4月開始ではないという記憶がある。イギリス以外のヨーロッパの国々では見られない社会現象である。

ここまで書いてきてなんだかデジャブ感があるのに気がついた。記憶を遡ってみると5年ほど前に久米 宏さんが「ラジオなんですけど」という番組のオープニングで話していたのをポッドキャストで聴いたのだった。

現在のグローバル化した世界に日本が同調していかないと機能しない点は多いのだろうが、不都合さえ生じないのならこの年度制という慣習、そんなに悪くないんじゃないかと思う。桜の開花と同じぐらいに新鮮な季節の移ろいを感じさせてくれるから。歳をとるごとに新鮮なものに接したときの喜び、驚きは大きくなる。

今日から日本で

4月12日(火)・晴れ/最高気温17度

JL044 での飛行は順調で、今回わたしは最後尾席に座ったが快適だった。食事もまあまあかな。極端にまずくなければ機内食にわたしはあまり期待しないことにしている。

時間通り15時ちょっと前に羽田空港に到着。夏の頃に東京に着くとムッとする熱気で驚かされるが、この時期はそんなこともない。羽田空港内で Japan Rail Pass の手続きを済ませて、京急で品川まで出た。これも近くて快適。大井町までの料金は ¥550。

すぐにチェックインしたあと旅行カバンの中の衣類をハンガーに掛けたりする。

そのあとは楽しみにしていた立ち飲み屋へ。今日は燗酒(コップ酒)とマグロ刺し、ポテトサラダできり上げ、隣のラーメン屋「永楽」へ。ここの餃子はおいしい。

ゆっくりとホテルに戻って、今度はお風呂。ここもまだ時間が早かったせいかそれほど混んでいなくて気持ちよかった。

今日は9時前に寝るけれど、夜中に時差ボケで目が醒めなければいいな。

ミュンヘン⇒東京

4月11日(月)・晴れ/最高気温14度

7時起床。昨日のうちに荷造りはおおかた終わっていたから、今日は忘れたものがないかどうかの点検だけ。

昨日はどうやってもロンドン(ヒースロー)ー東京(羽田)間のオンラインチェックインが出来なかった。そのまま寝てしまったが朝になってやっても同じこと。これは少し早く空港に行って交渉しなくてはと思い12時頃に家を出た。

空港の British Ariways のカウンターに行ってみたらなんのことはない、コンピューターシステムがダウンしていた。おかしいのはネット全体のダウンではなくて局所的なもののように見えた。

今回はミュンヘンーロンドン間は British Ariways が運行し、ロンドンー羽田間は British Ariways の名義であって JAL が運行することになっていたのが、その連絡がうまくいかなかったのだろう。

飛行自体は特別な問題もなく、飛行機の中でも相変わらず花粉症になやまされた。

旅の荷造り

4月10日(日)・曇り/最高気温13度

8時起床。
今日も一日中花粉症の症状は相変わらず。日曜日なので定例の義母を迎えてのブランチ。彼女も4月の声を聞いたらずいぶん健康状態がしっかりしてきた。やはりお年寄りにとって長い冬というのは乗り越えるのにかなりのエネルギーを使うようだ。

12時頃に義母を送っていって戻ってからようやく明日の荷造りをする。いつものことながら直前になるとなんだか旅に出るのが億劫になる。

午後2時過ぎになって急に眠くなりベッドに入ったが30分くらいで目が醒めてしまった。夕方になってから明日のフライトのオンライン・チェックインをするが、回線が混んでいるのかなかなかうまくいかない。

毎度のことだがなにか忘れ物があるような気がしてなんとも落ち着かない。

Spargel の時期

4月9日(土)・小雨のち曇り/最高気温10度

8時起床。昨夜は午前3時半に1度目が醒めてそれから1時間ほど起きていてまたベッドに入った。次に6時過ぎに目が醒めて、そのあとまた寝入り目が醒めたのは8時。この時期に特有の不規則さだが、毎年のことなのでもう慣れた。

朝食のあとブリギッテは義母と一緒に買い出しへ。買い出しのあと義母宅で昼食を作ってあげて食べさせ、帰宅したのはもう午後2時半を過ぎていた。自分の母親ではあるけれど、ブリギッテにとってはせっかくの週末なのにご苦労様と思う。

朝起きたのが遅かったせいか日中も眠気が訪れず、なにをするということもなく時間が過ぎていった。それでも少し旅支度を始める。

夕食前にさすがに外の空気を吸いたくなり近くの広場まで散歩に出掛けた。広場のそばの桜は今年もようやく花をつけ始めていて来週あたりが満開か。

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夕食は今シーズン最初の白アスパラガス料理。

一転して寒い

4月8日(金)・曇り/最高気温8度

6時50分起床。
寒い1日だった。今日も花粉症の症状は相変わらずなので、1日中家に閉じこもっているつもりでいた。

しかしお昼近くになるにつれて気が滅入ってくる。軽く昼食を食べてから思いきって街まで出掛けることにした。特に買うものは無いのだけれどアップルシム(AppleSIM) について聞いてこようという用事を作り Marienplatz まで出掛けた。

途中の車窓から白樺の木が固まっている地点を見て、白樺の芽吹きが30%ほどなのを知る。ここの木々が新緑になればわたしの花粉症はいつも治まるのだ。どうやら今年はそれを待たずにドイツを離れることになりそう。日本で猛威をふるっている杉花粉に対してわたしもアレルギーがあるのかどうかはわからない。しかし気にしても仕方がない。

街中でも Tram の中でも少し息が苦しかったけれど、帰宅したときには気分の方は晴れ晴れとしていた。やはりたまに外に出なくてはならない。疲れていたので1時間ほど昼寝をする。

夕食は定食屋のメニューのようなものを作ってみた。先日中国人経営の店で買ってきた「枝豆」を冷凍してあったのでそれを茹でる。ドイツで作られている「イカの燻製」と「枝豆」をつまみに Weißbier を飲みながら「大根おろし」を作り「鮭の切り身」を焼き「納豆」を用意する。味噌汁の実ははジャガイモとネギ。

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「寒い、寒い」といいながら帰宅したブリギッテは温かい味噌汁がおいしい、と言いながら旺盛な食欲。明日から週末なので気分的にも楽なのだろう。

蟄居

4月7日(木)/最高気温12度

7時起床。今日は一日中曇り空。ときおり霧雨が降った。こういう時は花粉症の症状が強く出るのを経験上知っているから、おとなしく家の中に閉じこもっていた。

家の中にいるぶんにはほぼ普通の状態で生活が出来ている。おとなしく昼食をとり、昼寝をし、1日がゆっくりと過ぎていった。

夕方6時から整体マッサージの予約が入っていたので、その前にご飯を電気釜にセットし、カレーを作っておいた。

車でせいぜい3分ほどの距離にある整体マッサージ診療所なのだが、それだけでもちょっと息苦しくなる。神経過敏になっているのかもしれない。

マッサージ師は一昨日のわたしを見ていて花粉症を知っていたから、今日は胸の部分と首、肩をしっかりと揉みほぐしてくれた。

今夜はブリギッテも遅い帰宅だったので7時半頃から一緒に夕食。カレーが大好きな彼女はお代わりをしていた。今日も早寝だ。

花粉症、真っただ中

4月6日(水)・曇り/最高気温14度

7時20分起床。昨夜は3時半に息苦しくて目が醒めた。喘息スプレーを使ってから1時間ほど食卓に座って胸の気道が落ち着くのを待つ。4時40分頃にもう一度ベッドに戻ってそれからは7時過ぎまでよく眠れた。

今日はまた、食洗機の修理人が8時から12時の間に来るというので、シャワーを浴びる時間もなくスッキリしない頭のまま待機。10時半頃にやってきて調べた結果、理由がわからずに修理できず、11時10分頃に帰っていった。なんだかなぁ。幸い保証期間はは2018年までなので、その点では安心なのだが。

そのあとすぐにシャワーを浴びて洗髪。花粉症の時期にはいつもより頻繁に髪を洗うことにしている。気分的なものだろうが、髪に大気中の花粉が付着しているような気がする。

身支度を調えてから義母に頼まれて花屋に立ち寄り、彼女のアパートに住む今日90歳の誕生日を迎えた女性へのプレゼントを買って持っていく。彼女は体調が悪いらしくその側に立った85歳の義母がいつもより若々しく見えた。(^_^;)

帰宅してうどんを作って昼食をとり、昼寝。今日は1時間も眠らなかったのだが、起きたときには気持ちが良かった。睡眠リズムが良かったのかもしれない。

夕食には「親子丼」を作ろうと⒋時半頃から下拵えを始める。鶏のモモ肉を一本解凍して骨を外す。あとはネギ、白菜、ほうれん草などを切っておく。その他にきゅうり、大根、人参を一口大に切ってナイロン袋に入れ「浅漬けの素」を振って揉観、冷蔵庫の中に入れておいた。

おいしく夕食を食べたあと今日も9時半過ぎに就寝。

本格的に花粉症

4月5日(火)・晴れ/最高気温22度

7時20分起床。昨夜は一度もトイレに起きることもなく朝まで通して眠れたので気分の良い起床。しかし起きてからしばらくすると花粉症の症状が顕著に表れてきた。まず目が痒くなり呼吸が少し不自由になる。とうとう今年もこの季節がやってきたのだ。

シャワーを浴びてしばらくした9時過ぎに台所シンクの下の壁を修理する職人さんがやってきた。さいわい、1時間で作業は終了。明日はまた食洗機の修理人がやって来るのであと片付けは明日の修理作業が終わってからにする。

ダイニングキッチンに座っていると花粉症の症状に悩まされて本を読むことも出来ないのでお昼から午後にかけては半地下の自室に籠もっていた。

15時30分から整体マッサージの予約が入っていた。マッサージ中も花粉症の症状を我慢していたのでいつものようにリラックスは出来なかった。

夕食はブリギッテが帰宅してから今年2回目のバーベキュー。冷凍してあったイベリコ豚肉を焼く。かなりの脂肪が下に垂れ落ちたけれど、この卓上バーベキューの構造がよく考えられていて炎の上にその脂が落ちないように作られている。おかげで煙モクモクという状態にはならず気持ちよく食べられた。

20時過ぎに食べ終わったのだが、軽い喘息の症状が出てきたので家の中に入る。今日は起きていても楽しくないので早寝。

バレエ「Für die Kinder von gestern,heute und morgen」を観た

久しぶりのバレエ公演を観る。昨日4月3日が Premiere だったらしい。現在はミュンヘンオペラはバレエ週間ということで連日バレエ作品が上演されている。

日本でも公演をしたという Pina Bausch (1940 – 2009) の作品。
これまでわたしが観てきた数少ないバレエとはかなり違う世界。

Für die Kinder von gestern,heute und morgen

Choreographie und Inszenierung: Pina Bausch
Bühne: Peter Pabst
Kostüme: Marion Cito
Leitung Einstudierung: Ruth Amarante, Daphnis Kokkinos,Azusa Seyama

Tänzerinnen: Alexa Tuzil, Séverine Ferrolier,Daria Sukhorukova, Marta Navarrete Villalba, Zuzana Zahradníková, Joana Andrade

Tänzer: Gianmarco Romano, Nicola Strada, Nicholas Losada, Jonah Cook, Robin Strona, Léonard Engel, Matej Urban, Matteo Dilaghi, Shawn Throop

Solisten und Ensemble des Bayerischen Staatsballetts

朝から予定がいっぱい

4月4日(月)・晴れ/最高気温23度

6時40分起床。今日はけっこう予定が詰まっていた一日。それでも親類とか知人、友人との付き合いと違って気を使うことなく、ひとつひとつを事務的に片づけていけば済むことなので精神的な負担は少ない。

まず9時に予約を入れてあった車のタイヤ交換。出勤前に義母宅に立ち寄るブリギッテを乗せて8時頃に家を出た。早く着きすぎたらホームセンターで買いたいものがあったからそちらを先に済ませば良いと思っていたら、なんと高速道路が大渋滞。一つ目の出口で高速を降り普通の道を走って8時半到着。

1時間ほどで終わるということなので、その間にホームセンター、靴屋、 ALDI などを巡ってちょうどの時間になった。帰り道、高速を走ってみるとタイヤ音の静かなこと。冬の重苦しさから解放されたような快い気分になる。

帰宅してすぐに軽い昼食をとる。午後1時に浴室改装をした作業員が来ることになっていた。先日、食洗機の修理をしたときに発見した壁の損傷を治して貰うため。これは食洗機が壊れなければこのあと何年にもわたって発見しなかったと思われる浴室作業員のミスだった。幸運と言えば幸運だけれど、さんざん神経を痛めつけられた浴室作業からやっと解放されたと思ったのにまたかとガックリ。

今日1時間ほど作業をして、また明日10時頃に来て続きをやるということで何週間にもわたるという事は無い。

そのあと電話を掛けて腸と胃の内視鏡検査を受ける予約日を決めた。5月中旬ということだ。検査の前の日あたりに服用する飲料を取りに来て欲しいというので車で出掛けて受け取ってくる。先回の治療はなんと2004年にやったきりだという。12年ぶりの内視鏡検査である。

そのあとはさすがに眠気が差してきてベッドに入り昼寝。40分ほど眠ったあとで気持ちよく目覚めた。

夜はまたブリギッテが店主自身が行けなくなったバレエ公演の切符を貰ったので7時半からの公演を観てくる。

帰宅は23時頃。

今年初のバーベキュー

4月3日(日)・晴れ/最高気温25度

7時40分起床。夏になったかのような一日だった。夕食は誕生日にプレゼントされた卓上バーベキュウセットを初めて試してみた。

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今日はお腹も空いていなかったので Bratwurst を試してみたがなかなか具合が良い。夫婦2人だけのバーベキューだったらこれで充分。使用後も網などは食洗機に放り込めるので楽だ。

日曜日なので義母を迎えてのブランチはいつもの通り。ただ今日は午後三時に古くからの知り合いである女性をお茶に招待してあったので、ブランチはいつもより早く始まり早く終わった。その間の時間、義母には休養をとって貰った方がいいと思ったのだ。

昨日のうちにブリギッテが小さめだが三つの異なるケーキを焼いておいてそれを供した。いったん室内の食卓にセッティングしたのだが午後から素晴らしいお天気になったので急遽テラスに切り替える。

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わたしは最初の30分くらいはお話しに加わっていたが、そのうちに猛烈に目が痒くなってきたので失礼して下の部屋に避難。この暖かさだから白樺も芽吹きだしたのだろう。

お客は夕方6時過ぎにお帰りになった。義母を彼女のアパートまで送っていく。そのあと急にブリギッテがやる気を出して今年最初のバーベキューの夕食となった。

日本からの友人と昼食

4月2日(土)・曇りのち晴れ/最高気温17度

8時起床。
思っていた以上には気温が上がらなかった。そろそろ白樺の花粉症の時期になってきたのが実感できて、目が痒くなってきている。右眼のまぶたが少し赤く腫れてきたのもその兆候かも。

今日は日本からの友人と12時半に約束していた。ブリギッテが買い出しに出掛けたあと、それまでの時間を家の掃除に費やす。 FRITZ を走らせ部屋の隅の方にあらためて電気掃除機を掛ける。 FRITZ は四隅が苦手なのでときどきは掃除機を掛けてあげないといけない。

そのあとベッドカバーの総入れ替え。そして台所をきれいにしてから家を出る。昼食は1度入ってみようと思っていたギリシャ料理店を試してみた。とは言え、注文したのはユーゴスラビア料理と ドイツ料理の Schinkennudel というもの。それを半分ずつに分けておいしく食べた。ビールは昨夜と同じ Augustiner Edelstoff。

帰宅してからコーヒーを飲んで1時間の昼寝。ブリギッテは今日買ってきた植木や野菜類をプランターに移し替える仕事をしている。

彼女は夕方に従姉妹と街中で会う約束をしていたので7時過ぎに出掛けて行った。あまり気乗りはしていないようだったが帰宅は22時を過ぎていたからおしゃべりに花が咲いたのだろう。

わたしはビールを飲みながら小津安二郎監督の「東京物語」をあらためて観る。

和紙の講演会が面白かった

4月1日(金)・曇り/最高気温12度

7時40分起床。昨日の暖かさから一転して肌寒い一日となった。昨夜就寝する前には今日がエイプリルフールの日だということは一瞬頭によぎったのだが、朝になったらすっかり忘れていた。

シャワーを浴びてダイニングキッチンに戻ってみたらブリギッテから電話があり、事務所の鍵を上着のポケットに入れ忘れたらしいからすぐに探して!と切羽詰まった声。「またかよ!」と思いながら慌てて探してみたが見つからない。それを伝えると「April,April 」 見事に引っかかった。

10時を過ぎる頃、徒歩で家庭医のところへ向かう。胃腸の内視鏡検査を受けるために家庭医の処方箋を貰うため。待合室でかなり待たされたけれど iPad mini Retina を持っていったので退屈はしなかった。それと親戚のおばさんにバッタリ出会ってちょっと話し込んだりしたから。

帰途も徒歩で家まで戻る。途中で義母の家に立ち寄り途中で買ったテイクアウトのカレーを届ける。

帰宅してうどんを作って昼食とする。そのあとはちょっと腰に違和感を感じていたのでマッサージチェアに座りウトウトとする。

夕方から街へ出掛けた。今夜は日独協会の催し物で「和紙ー照明器具としての和紙」という主題で愛知芸大の柴崎幸次教授の講演とプレゼンテーションがあった。聴衆は約50名というこじんまりとしたものだったせいかとてもまとまりの良い、内容に集中できる講演だった。

日本人のわたしでも和紙に関する知識はそれほど多くはない。初めて知る新鮮な知識が楽しかった。

打ち上げに参加しませんかというお誘いがあったので、お言葉に甘えて Augustiner Bräu での食事会に同行。レストラン内の音響のすさまじさに閉口はしたけれど楽しい夕べだった。0時過ぎの帰宅。