やっと終わった

1月31日(火)・雨/最高気温6度

6時半起床。
午前中はハラハラドキドキの数時間だった。

昨夜演奏会から戻ってきたときのブリギッテの体調は最悪で声も満足に出ない状態。すぐにベッドに入ったのだが夜中に眠れなくて何度も眼が覚めたそうだ。昨日寝る前に今朝はわたしが先に起きてシャワーを浴びるからそれが済むまでゆっくり眠った方が良いと言っておいた。

昨日と同じようにわたしは鴨の薄切りに乗せる生姜のみじん切りと万能ネギの極小小口切りを作ることになっていたのでシャワーのあとその作業を始めた。そこへかなりダメージを受けたような表情でブリギッテが起きてきて「気持ちが悪い〜」と言う。そういっているそばからトイレに飛び込んで嘔吐。

こりゃ大変。彼女がこんな状態だと今日の料理は全てわたしがしなくてはならない。幸い昨日と同じ内容で、側で見ていたから大体の要領は飲み込めている。ババロアとバウムクーヘンは昨日のうちに出来ていたのが幸いだった。

わたしが朝ご飯も食べずにやったのは、まず8時前に車でパン屋へ走りバゲットを4本買う。昨日はもっと遅い時間に行ったら2本しか手に入らなかった。

帰ってきてすぐに鴨の胸肉をローストしたものを薄切りにして皿に刺身のように並べる。それに切っておいた生姜と万能ネギを肉が見えないくらいにかぶせる。

次に冷蔵庫の中に重しを乗せて寝かせておいた鮭の切り身半身を取りだし,これを専用の包丁でかなりの薄切りにして大皿に並べる。

次には春雨を茹で、キュウリの細切り、わかめ、小エビ、プチトマトの四つ切り、豆、と混ぜる。ソースはブリギッテが昨日作って置いた醤油ベース。

豆だが、ブリギッテの勘違いで昨日全て使ってしまっていた。彼女はもう一袋有ると思っていたらしい。そこでわたしがいつかビールのおつまみにしようと冷凍しておいた枝豆を茹でて、豆をとりだした。

そして次はレンズ豆サラダに入れるチーズを5ミリ角に切る。続いてパクチーをみじん切り。

中華料理と同じように、今日の料理はとにかく切る、切る、切るの連続。それも20人分の量を見栄え良く繊細に切らなくてはならないのですごく時間が掛かった。

頑張った甲斐があって全ての作業は予定の11時に全て終了。全て車に積んで雨の中を工房まで運ぶ。この頃にはブリギッテの様態もかなり良くなっていた。

ブリギッテを工房に残してわたしはいったん帰宅。家に着いた途端にお腹が空いて今日の料理の春雨サラダとレンズ豆サラダの取り置きを食べた。かなりおいしい。これならどこへ出しても恥ずかしくない。(笑)

台所を片づけてから今度はベッドカバー、シーツの総取り替え。本来なら3日前の土曜日に替えるサイクルなのだが、忙しくてそれをする時間が無かった。工房から戻ったらすぐにベッドに直行するとブリギッテが言っていたので,新しいシーツ、カバーで休めば気分も良いだろうと思う。それが終わって5分もしないうちに食事が終わったから迎えに来て欲しいという電話。

家に戻ってきたのは2時半過ぎ。わたしもさすがに疲れていて眠かったので彼女は自分のベッドで、わたしはマッサージチェアの上で熟睡。

眼が覚めたのは4時前。それから夜まで気の抜けたような気分で過ごした。それでもやはりお腹は空くもので、夕食は簡単なものをということで納豆とタマネギ入りオムレツを作った。こういう食事が一番おいしい!

ブリギッテは8時半にはベッドへ。本来なら彼女は今晩も友だちとレストランで会ってお話しする予定だったのを断った。

今日で彼女は勤め先の人たちとは完全にお別れというわけで明日からは正真正銘の年金生活者である。

Anne-Sophie Mutter 演奏会

Anne-Sophie Mutter – Violine
Lambert Orkis – Klavier

MO 30.01.2017, 20:00 Uhr |
Achtung: Derzeit sind leider keine Karten verfügbar.

Programm:
* Sebastian Currier: Clockwork for Violin and Piano
* W.A. Mozart: Violinsonate A-Dur KV 526
* Francis Poulenc: Violinsonate Nr. 4 op.119
* Maurice Ravel: Violinsonate G-Dur
* Camille Saint-Saëns: Introduction und Rondo Capriccioso op. 28

今日のお昼に急に切符が回ってきて行くことになった。Anne-Sophie Mutter はこれまで生で聴く機会が無かったのでわたしも大乗気。ブリギッテの風邪が心配だが彼女の方が嬉しがっていた。このところオーケストラの演奏会が続いていたので新鮮。上にも書いてあるが客席は満員だった。1人でこれだけの客を呼べるというのはすごいものだと思う。演奏者の後ろにも席が設けられていた。下の写真は開演15分前に写したもの。この席も演奏が始まる前にギッシリと客が詰まっていた。

曲のほとんどがこれまでに聴いたことがなかった。それだけに神経を集中して耳を澄ましていたが音そのものが美しい。最後の曲でようやく聞き知っていたものが出てきた。アンコールは3曲。ピアニストも余裕があり、バイオリンにピッタリと付けていて気持ちよかった。

朝から晩まで忙しかった

1月30日(月)・曇りのち小雨/最高気温8度

6時半起床。
ブリギッテの風邪はまだ抜けていない。昨夜も夜中に彼女の咳で何度か目が覚めた。今朝はわたしの方が早く起床してシャワーを使う。彼女がそのあとシャワーを使っている間に朝食の準備。シャワーを浴びたら彼女は少しスッキリしたようだった。

それから10時半までは2人で黙々と料理作り。作ったのは以下のもの:20人分。
===========================================================
1.鴨のロースト薄切り、生姜と万能ネギ乗せ。(醤油ベースのソース)
2.鮭の香草漬け
3.レンズ豆のサラダ
4.春雨サラダ
5.ババロア
6.バウムクーヘン
7.バゲット
===========================================================
当初は彼女、ちらし寿司も作ろうかと思ったらしいが時間的に無理だからと止めさせた。
昨夜から下拵えなどの準備をしていたので予定通りに出来上がった。それを車に積んで11時前に家を出る。途中、義母宅に立ち寄って少量づつお裾分け。

ブリギッテが先週まで働いていた職場に運び込んだあと、わたし1人で帰宅。家に戻ってうどんを作って食べ、ひと休みしたらもうブリギッテを迎えに行く時間。

14時に彼女を迎えにいって義母宅に3時に立ち寄り、わたしは車をそこに置いて Tram で帰宅。家に着いたらさすがに疲れていて1時間ほどグッスリ眠った。眼が覚めるとブリギッテも帰宅していて彼女が途中で買ってきた Klapfen でお茶。

夜は急に演奏会の切符を貰ったので19時過ぎに家を得て GASTEIG へ出掛ける。今夜は Anne-Sophie Mutter の演奏会。

出掛ける直前まで明日の工房の人たちへの昼食を下拵え。内容は今日と同じ。二度目だから作業がテキパキとスムーズに運んだ。

演奏会から帰宅したのが23時。さすがにブリギッテも疲れ果てたようで歯を磨いたあとはベッドに直行。

レストランでのブランチ

1月29日(日)・快晴/最高気温11度

7時半起床。
なんと今日は10度を超えた。この調子で速く春になって欲しい。

今日は10時半からいつも食卓を囲む友人たちとブランチの約束があった。友人の産婦人科医夫妻が去年のクリスマスプレゼントにと計画したブランチだった。ブリギッテの風邪がまだひどいとわたしは思うので,出来れば断って欲しかったけれどそれは無理な話。

風邪を引いている君が行くことで迷惑だと思う人もいるということを考えたらと口から出そうになったが、それを言えば朝から喧嘩になるから止めた。(^_^;)

ブランチをしたのは Nationaltheater 斜め向かいのKuffler Restaurant Bar Grill . Kuffler Gastronomie München. 。ここは数年前にも二度ほど入ったことがある。ビュフェー形式のレストランである。朝食を食べずに行ったのでかなりお腹が空いていたから全てがおいしかった。

しかし、一通り食べ終わってからのおしゃべりが長い! レストラン内部の音響のせいで会話の相手の言っていることが聴き取りずらかったこともあって、途中で頭の芯がボーッとしてしまうほど退屈だった。なんとか最後まで頑張ってお開きになり店を出たのは午後2時半。

帰宅途中でブリギッテを義母宅前で降ろし、わたしはまっすぐ帰宅。たまらず1時間ほどグッスリと昼寝してしまった。

ブリギッテも義母宅から帰宅して少し昼寝をしたようだった。夕方から彼女は明日旧職場の同僚達に持っていく料理を作り始める。

ブリギッテの風邪は峠を越えたか

1月28日(土)・快晴/最高気温6度

6時45分起床。
数日前から寒さも峠を越えて少しずつ暖かくなってきている。夕方に暗くなる時間も一挙に30分ほど短くなったのも嬉しい。インターネットで制御しているシャッターがまだ空が明るいうちに閉まるのでそれに驚いた。ついこの間までは4時半頃にはもう暗くなっていたのに。

ブリギッテの風邪はわたしの眼には相変わらずと写るのだが、彼女に言わせると快方に向かっているらしい。それを裏付ける事があった。

わたしが彼女の様態を確かめたあと、朝食の準備が出来たら起こしに来るからと言って寝室の戸を閉めた。その数秒あとに言い忘れたことがあってもう一度ノックをせずに戸を開けたら彼女、慌てて掛け布団の下になにかを隠した。

わたしはそれが携帯だということにすぐ気がついて思わず笑ってしまった。彼女は今 WhatsApp (ラインのようなもの)にはまっている。まるで親に悪いところを見つかった子供の仕草である。

今日も素晴らしい快晴だったので、11時半頃からウォーキングに出掛けた。1時間ほど歩いて帰宅。気持ちよかった。

昼食はブリギッテが食欲が無いというのでわたし1人でスパゲッティを作って食べる。そのあとマッサージチェアの上でウトウトとする。しっかりとは眠れなかった。

椅子に座っていると窓から差し込む明るい陽光が部屋の中の汚れを目だたせる。なんだかそれが気になって掃除を始めた。

掃除機を掛けたあと雑巾掛けをする。途中でトイレに起きてきたブリギッテがそれを見て申し訳なさそうな顔。ここで恩を売っておくのも悪くない。(笑)

5時過ぎになってブリギッテが起きてきて明後日持っていくバウムクーヘンを焼き始めた。どうやら体調は本当に上向きのようである。

ブリギッテの風邪がひどい

1月27日(金)・快晴/最高気温6度

7時起床。
嫌な夢をみて4時頃に眼が覚めてしまった。トイレに行ったあとベッドに戻って眠ったら、なんとさっきまでみていた嫌な夢の続きをみた。夢の続きを見るなんてこれまでのわたしの記憶には無いこと。なんだか不気味でさえあった。

そんなわけで午前中は最悪の気分。こんな時には身体を動かすにかぎると思い、まず包丁研ぎ。しばらくやっていなかったので先日タマネギを切ったときには盛大に涙が出た。明日と明後日はブリギッテがまた会社の同僚達へと料理を作ることにしているので、切れる包丁の方が作業が捗るだろう。

ブリギッテは来週の月曜日の昼食に自分が働いていたビュローの仲間達に、そして火曜日には工房で働いている職人さん達にお礼の料理を届けることにしている。そのための材料買い出しに午前中から出掛けて行った。わたしの眼からみて、おとなしくベッドの中にいなければならない症状なのに!

午後3時になっても戻らないので、わたしは来週金曜日の映画(独日協会主催:雨月物語)の前売り券を受け取りに Rosenheimerplatz まで出た。

帰宅してみるとブリギッテはベッドに入って眠っている。それを見てちょっと安心した。

夕方起きてきた時の彼女の様態はちょっとひどいものだったがそのうちにだんだん良くなってきた。大きな鮭(5Kg)を一匹買ってきてこけらをこそぎ落とし、三枚に下ろして香草漬けにする頃には顔色も良くなってきた。

夕食はわたしがハンバーグを作る予定にしていた。しかし彼女がチーズを食べたいと言うので急遽変更。わたしは料理しなくても良くなったので好都合。

食事のあともグズグズとして携帯をいじっていたので,9時過ぎにベッドに追いやった。

ブリギッテ、最後の仕事日

1月26日(木)・曇りのち晴れ/最高気温0度

6時半起床。
今日はブリギッテ最後の仕事日。朝食時に「どういう気分?」と聞くと「嬉しいのと寂しいのと半々かな」と言う。まあ、自分から決めた早期退職だけれど、そんなものだろう。

わたしも今日は1人だけの自由な時間の持てる最後の日だと思い、ゆったりと過ごすことにした。午前中は曇り空で気温もマイナス5度ぐらい。レンタルしてある映画「ヴェルサイユの宮廷庭師」を観る。ケイト・ウィンスレットという女優、数年前に「タイタニック」を見た時には良いとは思えなかったのだが、だんだんいい味を出してきている。

昼食のあと、今度は「ノッティング・ヒルの恋人」を観る。この映画は何度も観ているのだがこれまでは全てドイツ語吹き替え盤だった。今回日本語字幕版を観ていて,細かい台詞でこれまで気がつかなかった点が多かった。わたしのドイツ語聴取能力がそんなものだということなのだがちょっとショック。(^_^;) それでも楽しかった。

午後から太陽が出てきて良い天気になった。ウォーキングに出ようかと思ったが,今朝ブリギッテが出がけに「気分が悪かったら電話するからそのときには迎えに来て」と言っていたので出るに出られない。

彼女は結局いつも通りに6時まで働いたわけだが、同僚達からのプレゼントやこれまで彼女が使っていた事務用の椅子を貰ってきたので,それを運ぶためにも迎えにいった。

帰途、義母宅に立ち寄りヘルパーさん最初の日の様子をみて,そのあとイタリア料理店で夕食。「長いあいだご苦労様」の乾杯。帰宅は9時頃になった。

彼女の風邪はまだ良くなっていないのだが、これから快方に向かうだろう。

義母、再び自宅へ戻る

1月25日(水)・曇り/最高気温マイナス4度

6時起床。
昨夜はブリギッテの咳で2度ほど眼が覚めた。よりによって退職を明日に控えた今、風邪を引くなんてついていない。日本人会の新年会で人混みの中にいたからかなぁ。これ以上悪くならないことを期待したい。

義母は最初の予定では今日の11〜12時頃に自宅へ帰ることを許可されていた。一昨日の夜から一通りの検査をした結果、特に悪いところは見つからなかったそうだ。ということはやはり老衰ということか。

義母は35年前の大腸癌の発見・手術に始まり軽い脳溢血心臓病(ペースメーカーを入れている)大腸癌が進んでの人工肛門、そして腰骨手術(両足とも)と満身創痍の状態である。これまで良く頑張ってきたなというのがわたしの正直な感想。

ついこの間まで家の中では杖をつかずに家具伝いにゆっくり歩くこともできたのだが、先週あたりからそれも怪しくなってきた。ハッキリ言って今より良くなることはない。となるとあとは彼女が生きようという意欲をどこまで保てるかだ。

14時少し前に彼女の病室に行き、看護師さんに着衣を手伝って貰い、彼女の荷物をまとめてわたしの車で義母宅へ。帰宅するとすぐにソファに横になって彼女は眠り始めた。

15時頃に今日から付いて貰うヘルパーさんが来る。彼女が寝泊まりする部屋や、簡単な義母宅の説明をしたあとわたしは帰宅した。あとの細々したことは夕方ブリギッテが来るので彼女に任せる。

ブリギッテは帰宅途中、義母宅に立ち寄り、ヘルパーさんをまじえて3人で簡単な夕食をとり、今後の介護についていろいろと話をしたようだ。

わたしが義母の病室から持って帰るべきもの(櫛とか歯ブラシとか)を忘れたようで、21時過ぎにもう一度病院に行き,それを受け取って帰宅。

わたしは夜になっても食欲が無かったのでサラミソーセージを肴に Weißbier を一本飲んで夕食を済ませた。

2度の昼寝(^_^;)

1月24日(火)・曇り/最高気温マイナス6度

7時起床。
義母が昨夜から救急病院に入っていて朝食・昼食の準備をしなくても良いから、ブリギッテも1時間遅い起床。朝食のあと2人で義母の住まいに行き、入院中に必要な身の回りのものなどをまとめて義母の入っている救急病院へ持っていく。

そのあと出社するブリギッテを地下鉄の駅まで送りわたしは帰宅。家に着いたらなんだかもの凄く眠かったので、そのまま1時間ほど眠る。

昼食は野菜タップリの煮込みうどんを作り食べる。今日は朝からどんよりとした曇り空で気温も午前中はマイナス10度以下。ウォーキングは休むことにした。

午後1時頃に義母の病室を訪れる。ポツンとベッドの縁に腰を掛けていて、顔色などは昨日よりはずいぶん良い。でもまだ眼の光とか焦点とかが弱いような気がするので「今日は何曜日かわかる?」と聞くと「日曜日、月曜日、火曜日・・・わからない」という答え。昨日は同じ質問に「日曜日」と答えたのと比較するとずいぶん良くなっている。今回は入院時のゴタゴタで通常人でもわからなくなるかもしれない。

もう一つ「お昼には何を食べたの?」と聞くと「野菜の煮込み」とハッキリ答えたのでずいぶんしっかりしてきていると安心した。横になりたいという義母を手伝ってベッドに寝かせてから帰宅。

家に着いたらまた眠気が襲ってきた。また一時間ほど眠る。

夕方、救急病院から電話。いちおうの検査はしたけれど特に悪いところは見つからなかったので、明日のお昼に迎えに来て欲しいということだった。

明日は12時頃に24時間態勢の介護士さんが到着するので,その辺の時間調整が少し面倒。しかし義母が自宅に戻ったその日から誰かお世話する人がいるというのは心強い。

ブリギッテは明後日まで仕事なのでわたしが一切の手はずを整えなくてはならず、それをシミュレーションしたりすると今夜はまた浅い眠りになりそう。(-_-;)

ブリギッテは7時頃の帰宅。彼女も日曜日以来、風邪気味なので夕食のあとすぐに就寝。彼女も退職時のさまざまな予定があるのに風邪気味で,母親への心配もあって大変。こういう時って不思議にいろいろなことが1度に押し寄せる。

義母が入院か

1月23日(月)・快晴/最高気温0度

6時15分起床。
昨夜からブリギッテがちょっと風邪気味なのが気に掛かる。日曜日の日本人新年会出席で誰かからうつされたか?定年退職を数日後に控えてちょっと気が緩んだのかも。

昼食には今年最初の Kebab を食べることに決めていたので朝食もいつもよりは控えめにとった。(^_^;) 11時過ぎに家を出て Rosenheimerplatz まで。

相変わらず Kebab はおいしい。満足してそこを出たあとアジア・ショップでモヤシ、うどん、山芋を購入して帰宅。大根も欲しかったのだが今日は無かった。

帰り道に Klapfen を購入して義母宅に立ち寄る。このところブリギッテの用意した昼食を食べないで(忘れてる?)済ませていることがあるので,わたしが温めて食べさせた。今日はトリ肉のスープ,と言うよりは野菜スープの中に鶏肉が入っているという感じ。これは普通にしっかりと食べたので一安心。エスプレッソを飲ませたあとにわたしは帰宅。義母の座るソファの横に Klapfen を乗せた皿を置いておいた。

3時を過ぎた頃にマッサージさんからの電話。今日は義母の出張マッサージの日なのでアパートの呼び鈴を押しているのだが応答が無いという。わたしも心配になって車で駆けつけた。わたしの鍵を使って玄関の戸を開けるといつもはソファに横になっているのに玄関脇の椅子に座って焦点の定まらない眼でボヤッとしている。

マッサージさんもおかしいと思ったのか「今日は何曜日?」とか「お昼ご飯は何を食べましたか?」とかの質問を投げかける。その答えが「日曜日」と「わからない」と返ってきてわたしも側にいてちょっと驚いた。とうとうこの時が来たか。

すぐに家庭医に電話するもつかまらず、救急車を呼ぶことにした。救急車はものの5分も経たずに来てくれてちょっと検査をしたあと病院に運ぶことになった。そこへ留守電を聞いた家庭医が現れて感情を害した様子で、病院に行くことはない!と救急員を追い返す。

家庭医は点滴を打ったりして、引き上げたが帰るときに夕方6時か6時半頃にもう一度様子を見に来ると言っていた。点滴後の義母はグッスリと眠り始める。わたしはそれから義母に付きそう。

6時過ぎに義母を着替えさせる介護士さんが来た。着替えさせようとすると寝ている間にオシッコが漏れたのかズボンが濡れている。オムツを替えなくてはならないのだが、介護士さん1人ではちょっと無理で、わたしも手伝ってなんとかオムツを交換しパジャマに着替えさせる。義父の時には割と平気だったのだが、義母は年老いたとは言え女性だからわたしにもどこか遠慮があってやりづらかった。

夕方に様子を見に来るといった家庭医は一向に来る気配がない。そんなところに仕事を終えたブリギッテが来る。彼女とは昼間から連絡をし合っていたので午後からの一部始終は了解済み。家庭医には携帯の留守電に連絡し、7時まで待ってみたのだが返信はなし。

それじゃ、ソファの上でなくちゃんとベッドに寝せようとしたのだが、義母は1人では歩けない状態。夜中にトイレに行こうとして倒れられては大変と,もう一度救急車を呼ぶ。今回もすぐに来てくれて簡単に診察したあと近くの病院に運んでいってくれた。

わたしとブリギッテ、それに仕事から戻った長女のアンナが救急病院の待合室で待っていたのだが21時を過ぎてもなんの報告もない。ブリギッテは風邪気味で明日も仕事があるし、アンナも明朝は早起きしなくてはならない。なんの制約もないのは年金生活者のわたしだけなので,2人には帰って貰いわたしが1人で待合室で待ち続けた。

23時近くなってわたしを見つけた係員が「まだ検査の最中で遅くなるから義母の病室番号とか症状などは明朝連絡します」というのでわたしも帰宅した。チーズとサラミで Weißbier を一本飲んだのでもう寝る。長い一日だった。

福引きが大当たり

1月22日(日)・快晴/最高気温0度

6時40分起床。
今朝もマイナス16度と寒かった。この寒さに義母をわが家に連れてくるのは酷ではないかとブリギッテと話し合い、われわれが義母宅に出向いてブランチをすることを決めた。いつもだとブリギッテは「出来るだけ場所を変え、外の空気を吸うことが義母にとって重要」と主張するのだが、今日ばかりは私の意見を取り入れた。義母もスンナリと受け入れてくれた。

わたしはいつも通りの時間にベッドを出たのだが、ブリギッテは数日ぶりの遅い起床。義母宅の台所でのブランチ準備は確かにわが家のそれとは勝手が違うのだけれど,まあ大したことではない。

ブランチが終わったあとわたしはその足で森へのウォーキングへ。家を出るときからストックや手袋などの用意をしてきていた。今日も60分ほど歩いて気持ちよく帰宅。

午後からミュンヘン日本人会の新年会に参加。予定では11時頃から始まって17時までという長丁場だったのだが、義母のお世話などで最初からは参加出来ず15時頃からの参加。去年はなにか予定が入っていて参加出来なかったので2年ぶり。

この新年会の目玉は「福引き」で一等賞が当たると日本航空から日本への往復切符が提供される。これが目的で毎年参加してきた。ところが今年は不景気のせいとかで日本往復切符が無くなったという。去年ももしかすると無かったのかもしれない。

年の初めの運試しで福引き券を10枚購入した。会員として貰える1枚を加えて11枚である。16時頃から始まった福引きでわたしは近年に無い好調。傘、トートーバック、 iPhone 4S(なんで今さら) 美容院のカット・クーポンと4枚も当たって盛り上がる。極めつきは一等賞(1本)も当選したこと。しかし、今年の一等賞の当選はエプソンのワイヤレス・プリンター ET-2550 というものだった。

一人でこんなに沢山の賞品に当たったのにこんな事を書くのは申し訳無いのだが、一等賞に当たるのがあと二年早ければ・・・、と贅沢な感想を持った。(^_^;)

今日も快晴

1月21日(土)・快晴/最高気温1度

6時40分起床。
久々にかろうじて零下から抜け出した1日。それでも1度と寒いのだけれど太陽が出ていたから体感温度はそれほど低くなかった。

いつもより少し遅い時間にブリギッテが義母宅へ向かったあと、わたしはブログの記事を二本書いた。どうという内容ではないのだけれど、書きとめておかないとすぐに忘れてしまうから。

ブリギッテは今日は義母抜きで週末の買い物をしてきた。義母の方から「寒いから今日は同行しない」と言ったのだそうだ。それは良い選択だったと思う。

今日聞いたところでは義母はインフルエンザの予防注射をしていないらしい。じつはわたしもブリギッテもしていない。義母の場合は体力も弱っているから人混みの中で感染でもしたら深刻なことになる。その意味でもこの時期に買い物に行かなくて良かった。

ブリギッテが買い物に行っている間、ダイニングキッチンの床に FRITZ を走らせておいた。やはり手動の掃除機よりも見た目がきれいになる。

彼女が買い物から戻ったのでそれと入れ違いにわたしはウォーキングに出掛けた。コンディションは昨日とまったく同じで快晴日和の中を気持ちよく1時間のウォーキングを楽しむ。

昼食は冷凍しておいた餅を取りだし、お互いに3個ずつ食べる。2個は磯辺巻き、もう一つはきな粉餅にした。

午後はブリギッテが Excelを使ってなにやら作業するというのでわたしの MacBook Pro 15 を明け渡す。退屈なのでその間わたしはちょっと遅い昼寝。

夕食は少しだけ残っていたカレーを温めてご飯に絡ませドライカレー風にして済ませた。なんだか長い一日に感じた。

先のことは誰にもわからない

ブリギッテが長年の会社勤めを終わり来週の木曜日で定年を迎えようとしている。

【今朝の食卓での風景】
彼女がシャワーを浴び身支度を調えている間にわたしはいつものように朝食の準備を調えた。紅茶を煎れてソーセージ、チーズ類、マーマレード類を並べ、ボイルド・エッグを作るという変わり映えのないルーチン作業である。

彼女はきのう同僚達が会話していた「雪崩」のニュースを知りたくて、食卓についても彼女の iPad mini を操作している。「食事中はそれを止めたら?」と言うと「わたしは忙しくしていて(あなたとちがって)時間がないんです」と返事が返ってきた。

これって昭和の時代、勤めを持った夫が食卓で新聞を拡げ、妻がそれに不満を持つという風景と同じである。新聞が iPad mini に置き換わり、夫と妻の立場が逆転しているだけ。(笑)

わたしがこのとき最初に思ったのは「なるほど自分がその場に立ってみないと相手の心はわからないものだなぁ」ということ。昭和の妻達に共感をおぼえた。(^_^;) わたしは今これらの情景を俯瞰して見るような年齢と立場にあるから、彼女の言い分もよくわかる。

たまたま今朝の小さな出来事から,ブリギッテとの会話は彼女の定年後のわれわれの生活に及んでいった。彼女自身、定年退職後のわれわれの日常生活がどう変化していくのか、それにどう対処していくのかちょっと不安なようである。

年金生活者になると彼女の収入はかなり少なくなるという経済的展望への不安、来週から義母の24時間態勢の介護士さんが来てくれることへの対応、自分の健康への不安など考え出したらきりがない。

そんなことを話しているうちに話題はアメリカ大統領のことに移っていった。昨日(2017年1月20日)アメリカの大統領にドナルド・トランプが就任し世界は大きく変わろうとしている。今のところはマスメディアなどでネガティブな方向に変わるという論調が多いがこれからのことは誰にもわからない。

ありふれた結論になるが、今後現れる問題点はそれをひとつひとつ辛抱強くつぶしていくしかない。わたしが今考えているのは一度に多くの問題点を抱えて処理しようと思わないでおこうということだけ。1つ、1つ,出来るところから。しかし、大丈夫かなぁ。(笑)

スピーチ

2017年1月14日にユリア(次女)が結婚した。付き合って7年越しのゴールイン。その日は市役所(Rathaus)での結婚式で日本流に言えば「入籍」という事になる。ドイツ語では Standesamtliche Traung という。そのあとパーティはしたりしなかったりだけれど、一般的にはこじんまりとした友人だけの集まりで済ませることが多い。そのあとに教会での結婚式が控えていて、この時にはかなり大がかりなものとなることが多い。

今回はユリアが妊娠しているということで子供の誕生前に籍を入れておこうということだった。教会での結婚式は1年半後に計画しているそうだ。それまではかなり時間があるので今回は双方の家族と限られた友人数人でのパーティとなった。総勢28人である。

ドイツの習慣として結婚式のスピーチは花嫁の父親がする。わたしは結婚式が終わったあと唇にヘルペスが出来てしまった。これは心身のストレスが溜まると発症することが多いらしい。今回は介護が必要な義母をどう出席させるかという別の問題もあったけれど、このスピーチをどうこなすかということがストレスの原因だった。(^_^;)

ブリギッテに「わたしは外国人なのだから君が替わってスピーチしたら?」という提案をぶつけてみたが却下!「伝統は重んじなくてはなりません、そしてわたしは人前でスピーチをする度胸も素質もありません」というのがそのいいわけ。

では、百歩譲ってスピーチの原稿だけは書いてくれと云うとこれはスンナリと受け入れてくれた。彼女、こういうものを書くのはけっこう好きで、毎年彼女が書く Weihnachtsbrief はところどころにユーモアが散りばめられていて読んでいて面白い。

今回は双方の家族が中心のごく小さな会食だったから、双方の家族の紹介も入れましょうということで出来上がってみると約9分のスピーチ原稿になった。

ほぼ二週間前からわたしはその原稿を読み上げる練習を始めた。彼女が1日の勤めから戻って食事が終わってからわたしがその日に練習した原稿を彼女の前で読み上げるのだが、そのつど小さな直しが入った。すると翌日はその変更点をまた練習である。

こういうものは時間を掛ければいいというものでもなく要点を絞って「ここだけは間違えないように」とか「ここは軽く流して」とかを考えて短時間でも集中して何度かやったほうがいい。それを家事の間にちょこちょことやるのだ。なんだか現役時代の暗譜作業を思い出してしまった。

さて、もちろん全て丸暗記は危険だから紙にプリントアウトして本番ではそれを読み上げることになる。この点ではわたしは Nationaltheater のインテンダント・Bachler 氏を見習っている。

以前、ミュンヘンのフラウエン・キルヒェでのミサがあったときに彼が壇上で聴衆に挨拶したことがあった。そのとき合唱団員のわたしは彼のすぐ後ろで彼の一挙手一投足を見ることが出来た。印象に残っているのはそのとき彼が内ポケットから取りだした原稿のフォントがとっても大きかったこと。なるほど、これなら少々照明が暗くても読み間違えるという事は無い。そしてかなりゆっくりとした口調で全体を締めくくった。彼はもともと舞台俳優だからその辺はプロの仕事ぶりである。これが今回は大いに参考になった。

市役所での式が終わって予約してあったレストランに入ってみると、そこはかなり大きな部屋でわれわれ以外のお客も座って食べている。われわれは30人に満たない人数だったから市役所から徒歩で移動出来る距離のレストランで一部屋貸しきると云うことは無理だった。

われわれの席がレストランの真ん中に小島のように設定してあって、その周りを他の客のテーブルが囲むという配置だった。好むと好まざるにかかわらず,わたしがスピーチしたらそれを他の客も聞いてしまうということになる。これはわたしの想定外だったから焦った。しかし席に着く前に隣の部屋のカウンターで歓迎のゼクトやワインが出たので,そのアルコールで少し気分が楽になる。

わたしが立ちあがってまず話したのは、原稿にはまったく書いてなかった他のお客さん達への挨拶だった。要約すれば「つい先ほど若い人たちが結婚式をあげ、この部屋で会食をすることになった。ドイツの慣習としてわたしがスピーチをするけれど約9分間の短い時間、皆さんのお食事を邪魔するかもしれない。若い2人の門出だとどうぞご容赦いただきたい。」というものだった。

次にこれも原稿にはなかったこと。もし原稿の読み間違えなどがあったときの言い逃れである。(笑) これにはヨハン・シュトラウスのオペレッタ「コウモリ」を使った。この楽しいオペレッタの最後でアイゼンシュタインが妻のロザリンデに謝る台詞をもじって「もしわたしが言い間違えたり、台詞を噛んだりしたらそれは先ほど飲んだゼクトのせいです」ということで、これで場の空気がずいぶん柔らかくなった。この2つの想定外の挨拶はあとでブリギッテに誉められた。そして他の席のお客からもおめでとうの挨拶をいただいた。(^_^)

終わってみて本番が一番良い出来だったと自画自賛している。

復調

1月20日(金)・晴れ/最高気温マイナス1度

6時15分起床。
ようやく先週までの疲れが身体から抜けていったような気がする。今日は1日中、心身ともに快調だった。

朝食を1人でとったあと100円レンタル映画を見る。「マッドマックス怒りのデス・ロード」。始まってすぐにわたしの嗜好には合わないと思ったが,なんとか最後まで観終わった。こういう映画ってその良さがわたしにはまったくわからない。

そのあとで少しだけあった洗濯物をアイロン掛け。これも久しぶりのような気がする。そしてようやくウォーキング。1月3日以来ちゃんと歩けていなかったから一歩一歩がとても新鮮だった。今日は太陽の光が雪に反射して輝く最高のコンディション。しばらく歩いていなかったから用心して60分程度の距離に留めておいた。

帰宅した頃にはちょうどほどよい空腹感。昨日食べたカレーを温めておいしく食べる。身体を動かしたあとの食事は当たり前だがとても美味。そのあと1時間の昼寝。

昼寝から覚めたときにちょうど玄関のチャイムが鳴って DHLが FRITZ のバッテリーを届けてくれた。それを交換すると FRITZ はまた元気に動き出した。

4時半ごろから、冷蔵庫の中にあった栗をオーブンに入れて義母が好きな焼き栗を作る。栗の真ん中に切れ目を入れてオーブンを200度にしてそこに20分ほど入れて焼く。まだ熱いうちに手袋を付けて皮をむいて,5時過ぎに義母宅に15個ぐらい届けた。それ以上持っていっても彼女は食べられない。

夕食は一昨日と同じ「鶏肉の生姜焼き」。先日作ったときにブリギッテは隣家のベビーシッターで食べなかったから。

寒い日が続く

1月19日(木)・曇りときどき晴れ/最高気温マイナス3度

6時起床。
今日も寒かった。家の中にいるぶんにはまったく感じないのだが一歩外へ出ると身体の芯から凍えるような寒さ。数日前に手紙が届き、クレジットカード型の滞在許可証が出来てきたのかと思って外人局に出掛けてみた。しかし、今回は無駄足でまだ3週間ほど掛かる見込み。しかしこんな事で外出しないと一日中家の中に閉じこもりになるので無駄足も腹も立たなかった。

帰宅途中でカレー用の豚肉を買う。今日はカレーが食べたい気分。ちょうどお昼時だったから義母宅に立ち寄ってみた。昨日の昼間はブリギッテが作っておいた昼食を食べなかったようなのだ。どうもボケ気味になってきているような気がしてならない。

わたしは帰宅して遅い昼食。昨日ブリギッテに作っておいた「鶏肉の生姜焼き」を彼女が食べなかったからわたしがそれを電子レンジで温めて食べた。おいしい!

午後は久しぶりに1時間ほど昼寝。昼寝のあとは気になっていた玄関の床を徹底的にきれいにする。雪道を歩いてきた靴の底に詰まっていた汚れた雪が部屋の暖かさで溶ける。加えて滑り止めにと撒かれた小石も散らばっている。きれいにしたあとは気分が良い。

夕方からカレーを作り始めた。アンナが洗濯物を持って来訪。彼女は新しく洗濯機を買ったのだがまだ配管工事がされていないので使えない。

ブリギッテは義母宅に立ち寄ったあと9時近くの帰宅。3人でカレーと生野菜サラダの夕食。今日も歩かなかったのが心残り。

数日ぶりに街中へ

1月18日(水)・曇り/最高気温マイナス3度

7時40分起床。
寝過ごした。わたしが起きたときにはもちろんブリギッテはもう出掛けていた。彼女が5時に起きたのはうっすらと憶えていたのだが、あと1時間ほど眠れるなと思いまた寝入ってしまった。

今日は11時45分にブリギッテたちがよく昼食を取るイタリア料理店 “Due Passi” で特別に仲のよかった同僚を招いてランチをとる予定になっていた。今日一緒に食べたのは仕事に差し支えのない5人で、今日来れなかった同僚達とは退職する来週の木曜日までにそれぞれ都合の良い日を選んでランチをするそうだ。

それが終わってからわたしは Apple Store と SATURN をザッと見て帰宅。今日は少し風が吹いていたせいか、もの凄く寒く感じた。午後はまた大相撲初場所の11日目を You Tube で見て過ごす。今場所は「稀勢の里」に優勝して欲しいけれど、この力士はもう一つよくわからない。

そんなところにブリギッテから連絡がありお花を貰ったので夕方に迎えに来て欲しいという。その他にも職場から持ち帰りたい荷物があったらしい。

5時半頃に車で家を出る。彼女をいったん義母宅の前で下ろしてわたしは帰宅。ブリギッテは帰宅してすぐに隣家に出掛けて行った。なんでも今夜は隣家の幼い子供2人のベビーシッターを7時半から引き受けたんだとか。少しは自分の身体も考えなくてはと思うのだが。

まだ体調が戻らない

1月17日(火)・曇り/最高気温マイナス4度

6時40分起床。
昨日ほど雪は降らなかったけれど昨日と同じような空気感の1日。なんとなく気の抜けたようなわたしの状態も変わらない。自分で思ってい た よりもユリアの結婚式のいろいろな準備がけっこうこたえていたのだろう。でも明日からはまた頑張らなくては。

午前中はお掃除ロボット “Fritz” が動作しなくなったのでその原因追及に費やしてしまった。わたしの見るところではバッテリーがへたってしまったのではないかと思える。購入日付を調べてみたら2013年12月だった。Amazonで検索してリチウムイオン・バッテリーを注文する。

昼食は久しぶりに煮込みうどんを作って食べた。わたしの趣向もだんだん和食に回帰している。今でも肉類は好きなのだが、それでも若いときのようにガツガツとは食べられなくなった。

ブリギッテは義母の昼食にと「鶏肉のフリカッセ」を作っていったらしいが、今日はなんだか億劫で現在休暇中のアンナに義母宅に行って世話して貰うことを頼んだ。

あとの報告では義母はアンナに対してだとけっこうわがままな態度を取るようだ。自分の娘のブリギッテに対してもそういう面が見え隠れするのは気がついていた。しかし他人で男性であるわたしに対してはやはり遠慮があるのだろう。

今回ユリアが新所帯を持つにあたって象印の炊飯器(5合炊き)をプレゼントした。今まで使っていた古いサンヨーの炊飯器が要らなくなったのでそれを引き取ってきて、わたしの旧同僚(アメリカ人)に引き取って貰った。午後4時頃に車でそれを届ける。

今夜の献立は「銀ダラの西京漬け」「納豆」「生野菜サラダ」。義母宅に立ち寄って世話をしてからブリギッテが帰宅したのは8時半過ぎだった。遅い夕食となった。

雪が降り続いた

1月16日(月)・雪/最高気温マイナス2度

7時起床。
よく眠れた。ここ数週間、いろいろなことで心が落ち着くことがなかったけれど、ようやく一段落。歳をとるに従ってだんだん心配性になっているような気がする。

ブリギッテは今日まで休暇を取っていたようだが、今朝も起きてすぐに義母宅へ。帰ってくるときにパン屋に立ち寄って焼きたてのゼンメルとクロワッサンを買ってきた。それをおいしく食べる。

食事のあと彼女はまた片づけなくてはならない用事があるとかで外出。この雪の降る中を元気に出掛けて行った。わたしは部屋の中から雪景色を眺めながらときおり MacBook Pro 15 に向かう。外に積もった雪の反射か、ディスプレーに向かっていると眼が疲れるのでそんなに長い時間は続けられない。

雪は降っていたかと思うと止んだり、また降り出したりで積もるばかり。昨日でなくて良かった。

夕方からブリギッテはこれまで13年半、働いていた職場での送別会。楽しい食事と会話、それにプレゼントまでいただいて満足そうに9時前の帰宅。しかし明日からまた職場に出て、彼女の退職日は今月の26日である。

一段落してホッ

1月15日(日)・曇りときどき雪/最高気温3度

7時起床。
Regensburg のホテルでの目覚め。いつものようにシャワーを浴びて着替えたが、同じホテルに泊まった向こうの家族との朝食は11時に約束していたので手持ちぶさた。そのうちにまた眠気が襲ってきてベッドに逆戻り10時半頃までグッスリと眠ってしまった。ユリアの結婚式が終わり義母の世話も今日はないので気が軽くなったせいか、とても気持ちの良い二度寝だった。

11時からホテルのカフェでブランチとなる。もちろんユリアとフローリアンも同席。長々とおしゃべりが続いてようやく腰を上げたのは午後2時頃。そこでいちおうの散会となった。フローリアンの両親達はそこで引き上げたが、わたしとブリギッテ、アンナとその他の数人はそのあとユリアの住まいまで同行しプレゼントの開陳。

午後3時頃に Regensburg をあとにしてミュンヘンへ。今日も途中のアウトバーンで吹雪のようなお天気になって渋滞。しかしその区間は短かかったからほぼ予定の時間でまだ明るいうちにミュンヘンに到着。

義母宅に立ち寄りブリギッテと一緒に義母の夕食の世話をして帰宅。わたしはたった一晩の外泊だったけれどなんだか3日ぐらい家を留守にしたような感覚。

次女の結婚式

1月14日(土)・曇り時々雪/最高気温2度

5時起床。
昨夜寝入りばなの0時過ぎに Regensburg の別のホテルから到着がまだですが?との電話で起こされる。ブリギッテが候補に選んでおいたホテルのひとつをキャンセルするのを忘れていたらしい。すぐに Regensburg に泊まっているブリギッテに連絡。

交渉してキャンセル料を払う必要はなくなったとのことだったが、そんなことがあったのでその後2時過ぎまで眠れなかった。しかし5時にセットしたアラームがなるまで少しは眠ったらしい。

シャワーを浴び朝食をとったあと7時過ぎには義母宅へ。義母に朝食を食べさせ用意するべきものを車に積んで出発したのは8時半。途中はかなり雪が降りつけるところ(アウトバーンの Holledau のあたり) もあって緊張したが10時にはホテルに到着。11:40からの結婚式に臨む。

市役所での結婚式(日本だと入籍手続きかな)が30分ほどで終了してからRathausの土間でGlühweinを飲みながら歓談。その後予約しておいたレストランでの会食となった。

6時過ぎに御開きとなり今夜Regensburg に泊まる双方の家族以外は帰って行った。義母は義弟夫妻にミュンヘンまで送っていって貰う。

われわれはホテルに入りしばしの休憩。今日までのさまざまな気苦労と疲れでわたしはぐっすりと眠ってしまった。8時に予約しておいたホテルの斜め向かいのカフェで再び双方の家族が落ち合い簡単な夕食。22時半の御開きとなった。長い1日だった。

風が吹いて寒かった

1月13日(金)・曇り/最高気温4度

7時30分起床。
ブリギッテが休暇を取っていたのでわたしも遅い起床。彼女とアンナは午前中の列車で Regensburg へ。わたしは今日1日義母のお世話。

曇り空だったが風があったせいか体感温度は低く感じた。午後は1時過ぎに義母宅に行ってお昼ご飯を食べさせる。

いったん帰宅してから自分の昼食。そのあと1時間の昼寝。

夕方はまた6時に義母宅に向かい軽い夕食を食べさせたあと、足の裏にクリームを塗ってあげて引き上げる。彼女の両足は赤黒く腫れていて血流が悪いのか冷たい。両足切断になどならなければよいのだが。

今年になってから全くといって良いほど歩いていないので夜になってもお腹が空かない。年齢のせいもあるのかな。

来週からは心機一転、歩かなくては。明日はわたしも義母を連れて車で Regensburg まで走る。

今日も義母のお世話

1月12日(木)・曇り/最高気温6度

6時45分起床。
今日はそれほど寒くないなぁと思ったら最高気温は6度まで上がっていた。数日前が寒すぎたからこんな低温でも暖かいと感じてしまう。

昨日に続いて今日も義母の医者通い。数日前に歯のかぶせものが取れてしまったのだそうだ。11時に迎えに行き、近所の歯医者だったので12時半には終了して義母を送り届ける。

治療後1時間は食べられないというので、その間にわたしは洗車とガソリンを満タンにする。2時にまた義母宅へ行き、昼食を食べさせてわが家に帰宅したのは3時前。それから1時間の昼寝をした。

夕方は少しゆっくり出来たので大相撲初場所の5日目を観る。

夜は8時過ぎに義母宅へブリギッテを迎えに行き、帰宅して遅い夕食。今日は「海老入り野菜炒め中国風」を作った。

今日は早寝

1月11日(水)・曇り/最高気温2度

6時半起床。
昨日の快晴から一転して今日は曇り空。11時に義母をピックアップするために家を出る。彼女はまた膝、足の調子が思わしくないらしい。

去年の暮れに身体障害者パスを取得したので今日は医院のすぐ前に駐車することが出来た。これでずいぶん楽になったけれど、医院の待ち時間が長くて終わったのが午後1時半。それから義母宅に戻り昼食を温めて食べさせてから帰宅したのは2時半。

さすがに空腹だったので急いで昼食。そのあとは疲れて遅い昼寝。目が覚めたら外はもう薄暗かった。

今日気がついたのだが、現在行われている大相撲初場所(東京)が You Tube で観れるのだ。さすがに実況中継ではないけれど、これは嬉しい。これまでにも帰国したときにホテルのベッドの上で観戦したことを懐かしく思い出した。

今日は特別に肉体を使ったわけではないのだが、なんだか疲れた。こういう時には早寝するに限る。

数年ぶりの床屋

1月10日(火)・快晴/最高気温0度

6時45分起床。
今日は一日中快晴で気持ちの良い日となった。予定としては義母に昼食を用意するだけであとは自由な時間。

午前中は書棚の中を占領していた古い雑誌 Mac Fan を片づけることにした。一冊ずつザッと目を通し、役に立ちそうな記事のページだけを切り取り Scansnap ix100 でスキャンしMacに取り込むという作業。約2年分の雑誌だったがそれほど時間も掛からずに終わった。

義母の昼食を2時に終わってその足で Rosenheimerplatz までトラムで出る。だいぶ髪が伸びたので今月は床屋で切って貰うことにした。いつもだとブリギッテに切って貰うのだが、最近は朝7時には家を出て帰宅は8時を過ぎているから時間が取れない。

数年前に街の床屋でひどい頭にされたトラウマがあるので今日はしっかりと注意していた。そして今日も左側頭部をどんどん刈り込んでいきそうになったので慌てて「それで充分」と言って止めさせた。黙っていたらモヒカン刈りに近い頭になっていたところ。危ないところだった。(^_^;)

夕食は「辛子明太子の大根おろし和え」そして「茄子とピーマン、豚肉の味噌煮」を作った。

今日から学校も始まった

1月9日(月)・曇り/最高気温0度

6時半起床。
日本は今日が成人式で祝日ということらしいが、ドイツは先週の金曜日が祝日だった。どちらも三連休ということがなんだか面白い。ドイツ駐在の日本人会社員はこういう時に4連休となるんだろうか?なんてどいうでもいいことを朝から考えていた。

ブリギッテが7時過ぎに出ていって、そのあとすぐにわたしはシャワーを浴びて身支度を調える。こうすると午前中の自由な時間が拡大したようでなんだか嬉しい。

下の部屋にはしばらく壁掛け時計が無かったのだが、土曜日にブリギッテが安いけれどまあまあのデザインのものを買ってきた。それを取り付ける。少しずつ下の部屋も居心地の良いものにしなくては。

昨夜はまた雪が降ったらしく庭の景色が冬たけなわという感じだ。

今日は義母宅にマッサージ師がちょうどお昼時に来るから、電話をして自分で昼食を温めて食べるようにと話した。それは忘れずに実行したらしい。今日の感じではわたしがわざわざ出向かなくても,電話で食べることを促してやれば済むのかもしれないと思いだした。

午後に Tram で電気量販店の MediaMarkt まで出掛け、 PowerShot G7 X Mark Ⅱ 用の予備バッテリーとSDカード、一脚スタンドを購入してきた。ついでにプリンターの黒色インクも買ってくる。

帰宅したら急に眠気に襲われて30分ほど椅子の上で眠る。雪道を歩くのは普段使わない筋肉を使うのか疲れるようだ。

夕食は魚。まず「なかおち」を解凍しワサビ醤油で。次に「鯵のひらき」をオーブンで中身ふっくら、皮をカリカリに焼き、たっぷりの大根おろしを添えた。味噌汁も作るべきだった。

雪が降ったり止んだりの一日

1月8日(日)・雪/最高気温マイナス1度

7時半起床。
昨夜はやはり食べ過ぎだった。夜中に胸焼けがして2度ぐらい目が覚めた。もう、そんなに量は食べられないな。間もなく70歳,ということが頭に浮かんだ。

ブリギッテが起きてくるまでにクリスマスツリーをテラスに出すことにした。アンナとカローラが来て昨日のうちにオーナメントを全て取り去ってくれていたからわたしはモミの木を外に出すだけ。来週にでも始末するつもり。

クリスマスツリーのあった場所の床にはロウソクが垂れて固まっているところがあったので、キッチンペーパーをかぶせ、その上からアイロンをかけて蝋を溶かしペーパーにしみ込ませる。これでまた元通りのフローリングになった。

10時少し前に義母を迎えに行く。外はけっこう雪が積もっていて歩道に面した家やアパートの管理人が除雪しているのに何人か会った。ドイツでは歩道を歩いている人が滑って怪我したりするとそこに面した住人が訴えられることがあるから、皆きちんと除雪している。

日曜日のブランチはいつもの通りに始まって、終わってからブリギッテが送っていった。彼女が戻ってくるまでわたしはダイニングキッチンと玄関、浴室の床を雑巾掛けする。

雪が降ると外を歩いた靴で玄関に入るからどうしても汚れるし、滑り止めに路上に撒かれた小石が靴の裏の溝に入って家の中に持ち込まれるのだ。雑巾掛けというのは滅多にしなかったからけっこうな汗をかいた。

午後はその疲れもあって昼寝。眠っているときにブリギッテが戻ってきて「散歩に行こう」と誘われたが断った。眠気で頭がボンヤリしているし、外を見るとしっかり雪が降っているじゃないか。

夕食はさて何を作ろうかなと考えていて、とりあえずご飯だけは炊いておこうと電気釜にお米を仕掛けたらブリギッテが今日はレバーとジャガイモの組み合わせでわたしが作りますと言う。ありがたくおまかせした。(^_^)

この寒いのに外食

1月7日(土)・曇り/最高気温マイナス9度

6時半起床。
昨夜は羽布団の上に毛布を1枚掛けて眠った。ちょっと重かったけれど寒さは感じなかったので良しとする。起きてすぐに外気温を見たらマイナス18度。夜中にはきっとマイナス20度まで下がったんじゃないだろうか。水道管などの破裂が心配だったので各部屋の暖房をメモリ2ぐらいにしておいた。

一緒に朝食をとったあと、彼女は義母を連れて買い物へ。こんな寒い日に義母を外へ出さなくてもいいんじゃないかと思うのだが、その義母が行きたがるから仕方がないそうだ。幸いなことに2人が買い物をするスーパーマーケットには備え付けの車椅子があるとか。

わたしはブリギッテがいない間に久しぶりのステレオ三昧。たまにはアンプ類に火を入れてあげないといけない。今日は集中してLPだけを聴いた。本当に久しぶりなのだが音の劣化とか機器の不調は感じられなかった。

夕食は Tram に乗って30分ほど行ったところにあるベトナム料理店へ。この極寒の日に外食しなくても良さそうなものだが、クリスマスから新年に向けて溜まったストレス解消のため。

土曜日ということもあったのか店は超満員。この店のホームページ⇒Thao
いちおう予約しておいたのだが席は入り口の近くだったから客が出入りする度に冷たい空気が流れ込んできて落ち着けなかった。料理はまあまあの水準かな。わたしは自分で包んで食べる生春巻きを注文しておいしく食べたけれどブリギッテが注文した

BANH XEO
Saigon Crepes gefüllt mit Garnelen / Sojasprossen / Frühlingszwiebeln / Salat / Kräutern

というのは味も姿もいまひとつだった。やはりベトナム料理は「生春巻き」に尽きるのだろうか。それでもミュンヘン市内のベトナム料理店の中では良い水準にあると思う。

道路が凍っていると怖いし、車で行くとアルコールを飲めないので Tram で往復した。レストランを出る頃から雪が降り始めて、帰りの停留所で6分待っていただけなのに寒さで震えた。23時の帰宅。

寒い!

昨夜陽が落ちてから急に気温が下がり始めた。テラスの外気温を見るとマイナス15度でそりゃ寒いはずだ。

そのあともどんどん気温が下がっていくので、蒸し風呂で身体を温めてからベッドに入った。

で、今朝起きて見るとマイナス18度。夜中にはきっとこれよりも低かったはずだがマイナス20度まで行ったろうか。

1時間後の7時半になると外気温は上昇中それでもマイナス16度だ。新年になってまだ7日しか経っていないが、今年一番の寒さである。

祝日を忘れていた

1月6日(金)・晴れ/最高気温マイナス6度

7時半起床。
⒋時半過ぎにトイレに起きたあとまたベッドに戻ったのだが、隣では気持ちよさそうな寝息を立ててブリギッテが眠っている。いつものようにあと20分くらいしたら起きるんだろうなぁ、ご苦労さん。と思っていたのだが5時を過ぎても起きる気配がない。目覚まし時計も鳴らない。わたしのほうがそのまま眠れなくなって、彼女を起こそうかどうか迷っていた。

しかしそのうちにわたしも寝入ったようで目が覚めたら7時半少し前。その時間には彼女もシャワーを浴び終わっていて,わたしが「今日は寝過ごしたようだね」と言ったら「なに言ってるの、今日は祝日よ」。すっかり忘れてた!

朝食のあと彼女は義母宅へ。わたしは去年、途中で投げ出していたカメラ PowerShot G7 X Mark Ⅱ の技術解説書を読み続ける。

お昼ご飯に食べようと去年の暮れに作った餅をタッパーウェアから出そうとしたら、なんと青カビが生えていた。室温の中に置いてたのが間違いだった。黴の部分を切り落としてラップで包み直し冷凍庫に入れる。これで多分大丈夫だと思うのだが。

黴の生えていなかった餅を4個焼いて磯辺巻きにして食べたのが多すぎたようで夕方になっても胃が重い。今夕はクリスマスから新年にかけて頑張ったわれわれ2人にご褒美にと外食するつもりでいたのだが、外食は明日か明後日にすることにして今日はパンとチーズという質素な食事になった。

夕方7時前の外気温はマイナス12度となっている。こんな寒い日に外出しなくて良かったと思う。

静かな1日

1月5日(木)曇り/最高気温マイナス2度

6時15分起床。
午前中はサラサラとした雪が降り続く。昨日と違って風もなかったので家の中から見ているぶんには趣があってなかなか美しい景色。

今日もほぼ昨日と同じように時が流れていった。午後1時半過ぎに義母宅まで歩く。義母の様子は話すこともしっかりしてきて元気そう。言葉に力が出てきた。やはりクリスマスから新年にかけては彼女にとってもストレスだったのではないか。帰路は Hochleite の散歩道を歩いて帰宅。

夕食は冷蔵庫の中を見てもめぼしい物がなくなっているので、ハムを使った炒飯、それに生野菜サラダ(Feldsalat,ピーマン、万能ネギ)を作る。生野菜の上に海老をフライパンで焼き色を付けて乗せたのでちょっといい感じ。ドレッシングはオリーブオイル、バルザミコ酢、レモンの絞り汁を混ぜたもの。

ブリギッテは炒飯があまり好きではないのだが今日はお腹が空いていたのか完食。今日のように山も無いかわりに谷も無い落ち着いた日は好き。

Nationaltheater のプロンプター

音楽愛好家の仲間から教えて貰った FaceBook のサイトです。

Beruf: Opernsouffleur. Dirigenten für die Sänger.

Sie gelten gewissermaßen als "Dirigenten für die Sänger", als zweites Händepaar, als zusätzliche Ohren und Augen für den eigentlichen Dirigenten. Dario Pangrazi ist einer von ihnen. Sein Beruf: Opernsouffleur.

ZDF heuteさんの投稿 2016年12月29日

この録画のオペラはわたしも何度か出演した Turandot です。舞台の上では本当に何が起こるかわかりませんからプロンプターは舞台で演じ歌う者にとって時に指揮者よりも大事な人。一寸先は闇、の状態です。そんな時に頼りになるのはしっかりしたプロンプターなのです。

わたしも何人のプロンプターを経験したか数えきれませんがこの職業はその役割の重要性の割に報われない仕事です。うまくいって当たり前、時には自分の失敗をプロンプターのせいにする不埒な奴もいたりします。(笑)

10年ほど前(わたしの定年の5年ほど前)から気がついた傾向なのですが、プロンプターがほとんど全曲タクトを振ることが多くなりました。以前は歌手の歌い始めをテキストと一緒に指示するだけだったのです。これも時代の流れなのかもしれません。

とても懐かしい映像でした。

ビールのアドヴェンツカレンダーが終了

暮れから新年にかけてバタバタしていて一本アップし忘れていた。北ドイツのビールで、今の季節にふさわしい Westheimer Winter という名前のビール。アルコール分も4.8%と低めなので飲みやすかった。 www.westheimer.de
これで昨年から続いたビールのアドヴェンツカレンダーは終了です。とても楽しめたのでプレゼントしてくれた友人に感謝。(^_^)

陰鬱なお天気

1月4日(水)・小雪/最高気温2度

6時15分起床。
年が明けたのは昨日だったかのような時の流れの速さ。今日はしっかりと早起きしたのでブリギッテに朝食もしっかり用意してあげることが出来た。ゆで卵付き!(笑)

7時に彼女が出て行ってからすぐにシャワーを浴びて、そのあと一人でゆっくりと朝食。外のお天気を注意して見ていたのだが時折小雪がちらつく暗い朝。加えて風が強そうなのが木々の揺れでわかる。ウォーキングは諦めた。

午前中は家事をしながらその合間にオーブンの網と棚を洗う。昨日は「ブリかま」を焼いたり、お正月には餅を焼いたりしたのでけっこう汚れていた。わかっちゃいるけれどこういうものは出来るだけ早く掃除した方が汚れも取りやすい。国民性なのかドイツには洗剤とかブラシとかが幾種類もあって選ぶのに困るほど。

ふと見るとアイロン掛けを待っている洗濯物があったのでそれを片づけた。今日はわたしのシャツが2枚とブリギッテのブラウスが1枚だけ。

午後2時にはまた義母宅を訪れてブリギッテが作っていった昼食を温めて義母に食べさせる。3時前には帰宅することが出来た。

それからあとは映画三昧。2年ほど前に観てはいたのだが、 iTunes の¥100レンタルで借りた「グランド・ブダペスト・ホテル」を観る。乾燥はその時と同じ。

日本の友人である作家の尾高修也氏から彼の新刊が届いた。近いうちに読み始めようと思う。

雪道のウォーキングも楽しい

1月3日(火)・曇りときどき晴れ/最高気温1度

6時半起床。
昨夜寝る前に外を見たときに雪がうっすらと積もっているのは知っていた。今日はきっと30cmぐらいは積もっているのではないかと思ったがそれほどでもなかった。どうやら夜中にはそれほど降らなかったらしい。

今日も昨日と同じようなタイムスケジュールで1日が進んでいった。友人が教えてくれたサイトでウィーンのニューイヤーコンサート2017を観始める。前半を終わったところで目の疲れを感じた。

10時過ぎにウォーキングに行こうかどうか迷ったけれど,夕方になって後悔するのは嫌だから11時近くになって家を出た。気温はそれほど寒いとは感じなかった。ストックを持っていったので足もとの心配はそれほど無く昨日と同じコースを約1時間歩いて帰宅した。

昼食は昨日同様に煮込みうどん。それを食べ終わったあと40分のタイマーをセットして昼寝。午後1時半頃に家を出て義母宅へ。今日はブリギッテが豚肉のソテー、キノコの油炒め、ジャガイモの薄切りをフライパンで焼き色を付けたものを作っていってくれた。

わたしが2時に義母宅へ着くと彼女はテレビでスキーの試合を観ていた。「お腹が空いた?」と聞くと「おや、もうそんな時間?」という返事。これまでにもせっかくブリギッテが作っていった昼食を食べずにいたことが多かった。今日もわたしが行かなかったら夕方まで食べないで過ごしたに違いない。空腹を感じないのか、それとも歩行がままならないので台所まで歩いて電子レンジのスイッチを入れるのが面倒なのか、どうもわからない。

とにかく食卓にセットするとペロリと平らげる。食欲はあるようだ。エスプレッソを飲ませてからわたしは退散。

その足で最近気に入っているハンドクリームを買いに Tram で Silberhornstr. まで。帰宅してから午前中に見ていたニューイヤーコンサート2017の後半を見る。やっと終わってみると頭の中はワルツの音楽でパンパンになっていた。(笑)

今日の夕食は「ブリかまの塩焼き」に大根おろしとモヤシをサッと茹でたサラダ。そして納豆。ブリギッテの帰宅が遅く9時近くなっての夕食。おいしく食べたあと片付けが済んだのは10時。まあまあの1日だった。

夕方から雪になる

1月2日(月)・曇りのち雪/最高気温2度

6時45分起床。
やっとこの日が来た。(ちょっと大げさ) 毎年のことだがクリスマスから新年までの一週間というのは1年で一番ストレスが溜まる。それが一段落するのは1月2日。今年は特に元旦が日曜日だったから余計にスッキリした。

ブリギッテは7時に家を出て義母宅へ。わたしはそのあとシャワーを浴び朝食を済ませて8時近くにはひとりの静かな時間を楽しむ。それでも食洗機の洗い上がった食器類を棚に戻したり、洗い上がった洗濯物を拡げて干したりの家事を片づける。

11時20分に家を出てウォーキングへ。2017年の歩き始めである。マイナス5度と気温は低かったが気持ちよく1時間歩いて帰宅。

昨日のお雑煮に使った「茅の舎のだし」の二番出汁を取っておいたので,それでうどんを作る。やはり「シマヤのだし」とはひと味違う。

13時過ぎに粗大ゴミ置き場へ古くなったマットレスを持っていく。その帰り道に義母宅に立ち寄りブリギッテが電子レンジの中に用意していった昼食を温めて食べさせる。義母の食欲は相変わらず好調。エスプレッソコーヒーを煎れて飲ませてから帰宅。

午後4時過ぎ頃から雪模様になってきた。夜8時過ぎの家の外は雪景色。朝のうちにウォーキングしておいて良かった。

名残のアドヴェンツカレンダーは Chiemsee の北東に位置する醸造所で作られた Weißbier 。Dunkles Weißbier の範疇に入るのかもしれない。アルコール分は5.8%。ちょっと癖が感じられる。http://www.weissbraeu-schwendl.de

昨年とほとんど相似形の元旦

1月1日(日)・晴れ/最高気温6度

7時半起床。
昨夜義母宅から戻ってきて就寝したのは午前2時を過ぎていた。もう少し眠れるかと思っていたのだが7時半に目が覚めてしまったのでそのまま起きてしまった。

シャワーを浴び、洗髪をして新年らしい気分になる。9時過ぎからお雑煮の下拵えに取りかかった。まずほうれん草を茹でる。次に人参、海老、と用意したあとお雑煮の汁を作る。今日は満を持して昨年日本に帰ったときにプレゼントしていただいた「茅の舎のだし」を使う。ちょっと味見しただけでもその深い味わいが感じられた。

義母も食卓についたのだが餅が喉に詰まったりしたらどうしようと心配だった。(汗) カローラ夫妻も来て5人でのお雑煮。午後1時半頃に終了し、義母を自宅に送り届け、わたしは1時間の昼寝。深い眠りだった。1時間のタイマーをセットしておいたが起き上がるのが辛かった。

夕食は鱒料理。アンナも加わって6人で食卓を囲む。昨年の元旦の日記を読み返してみたらまったく同じことをしている。(^_^;) 変化がないことは幸せだということなのかもしれない。

明日からまた仕事が普通に始まるので食事会は9時前に終了。娘たちはそれぞれの家に帰っていった。