大葉

今年の夏は素晴らしいお天気が続いていて、庭の草花たちも生き生きとして幸せそう。

ブリギッテが育てているキュウリ、トマトも毎日おいしさを届けてくれる。

そして「大葉」のこの元気の良さは素晴らしい。夫婦2人だけでは消化しきれないという嬉しい悲鳴を上げている。どんどん食べなくては!

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「天上の葦」(太田 愛著)を読了

2018年8月12日(日)・快晴/最高気温27度

7時半起床。

昨日の「遠足」でやはり疲れていたのだろうか、夜中に2度ほど眼が覚めた。しかし睡眠時間は足りていて寝起きは気分爽快。

今日はなんの予定もなし。日曜日でもあることだしと身体を休めることにする。

終わりに近づいていたが昨夜は読了できなかった「天上の葦」をお昼頃に読み終えた。この本の著者が伝えたかったことが、ここ数年の日本を見ていると現実味を帯びてくる。

「日本の空気が危うくなっている。いま書いておかないと手遅れになる」という危機感から筆を執った。

という著者の言葉には激しく共感してしまう。

盧溝橋事件の起きた頃からチロチロと燃え始めた「忖度」の炎が太平洋戦争勃発の数年前には、もう誰にも消しようのない大火災になっていた、という著者の視点には共感が持てる。そしてそうなってからは誰もそれを消火することは出来ない。

今の政権のやり方を見ていると日本はその当時に酷似しているように思えてならない。「秘密保護法」、「働き方改革」の成立などはあの当時にも似たような法律が出来ていて、国民はその重大さに気づいていなかった。それを助けたのは新聞・ラジオなどのメディアの政権に対する忖度、迎合だった。

つい先日の「カジノ法案」は新聞、テレビなどで大きく報じられているが、本質的にはどうでもよい法案ではないか。これが他の重大な法案から国民の眼をそらさせる目くらましではないかとわたしには思える。

本当に今のうちに多くの人が現在の異常さを感じて、何らかの対策と行動を起こさないと、また80数年前の繰り返しになるような恐れを感じてしまう。

新聞、ラジが報道の主体であったあの当時と違うのは、現代にはテレビといういまだに強い影響力を持つメディアがあるけれど、ここ数年の推移を見ているともう取り返しのつかないところまで来ているようでテレビに期待は持てない

この小説の最後で活躍するネットの持つポテンシャルだけが少なくとも希望を持てるような気がしている。世界に繋がっているネットをもっと大事に、慎重に使っていく方向を願っている。

ドイツでも「最近の空気が第一次世界大戦前のそれに酷似してきている」という警鐘が鳴らされている。人間は同じ過ちを繰り返すのだろうか。

気持ちの良い抜けるような青空が拡がる今日の午後に、そんなことを考えていた。

慈雨

昨夜から雨が降り続いている。今振り返ってみたら7月22日以来17日ぶりの雨。この17日間も30度近辺の日が多かったからまさに「慈雨」である。バイエルンの農家もこれで一息つけるかもしれない。

このまま秋に突入という事はないだろうけれど昔から言う「ひと雨毎に・・・」というのは避けられない自然の摂理である。

今朝の気温を見たら室内が25.4
度、外は16.4度だった。

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庭には雨に叩かれて落ちた葉が拡がっていてこの画像だけ見たらもう秋という感じ。

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しかし正直な気持ちを言えばもう少し暑い夏を楽しみたい!天気予報を見るとどうやらわたしの願いは叶えられそうである。

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夏の朝に

今年も朝顔が咲いてくれた。よく晴れてヒンヤリとした空気の中で見る朝顔の花は心を和ませてくれる。

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テラスには今年もひまわりの花が咲いた。これが思いの外スクスクと伸びてしまい、気がついたら日除け(Markise)が全開できなくなってしまった。

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そこで加賀の千代女の句「朝顔につるべ取られてもらい水」からパロディの一句。

ひまわりに行くて阻まれ半開き

ヒドイ!

小学生以下の天文知識

皆既月食を見た翌朝、食卓での会話。

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わたし:「昨夜の皆既月食ははきれいだったね」

ブリギッテ:「わたし、外側だけが明るい輪になったきれいな月蝕を見たことがある」

わたし:「エッ、それって皆既日食のことじゃないの?」

ブリギッテ:「でもとっても暖かい夜だったから絶対に夜よ、きっと地球と月との間に太陽が入ったのね」

わたし:「なに〜!?だったらもの凄く明るいはずじゃないの?絶対にそれは夜じゃないよ」

ブリギッテ:「でも、凄く暖かかったんですぅ!」

わたし:「よく考えてよ、地球と月との間には絶対に太陽は存在しないんだから。それに太陽がそんな近くだったら太陽の熱で地球は存在していないよ。」

一瞬考えたあと自分でも記憶違いに気がついたのかギャハハハと涙を出して笑っていた。

彼女の天空に関する知識なんて、こんなものです。(汗)

数年前から気になっていること

ドイツで、ミュンヘンの周辺でカトリックの(もしかしたらプロテスタントも)司祭に外国人が多くなってきている。それもインド人と黒人の司祭の増加が目につく。この分野も後継者不足で外国人導入が進んでいるのだろうか。

わたしが妻になんだか違和感があるんだけれど、と言うと彼女から返ってきた皮肉交じりの答えは「数百年前はヨーロッパ人がキリスト教を未開の地に拡げていった。今、ヨーロッパが宗教的には後進国となったということじゃないの」

わたしの心の中の小さな部分がそれに頷いている。

パナマ帽・三代目

2018年4月20日(金)

数年前からかぶり続けているパナマ帽が、さすがに少しくたびれてきたので、新調した。(^_^)

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いつもの店でいろいろ見てみたのだが、候補は2つに絞られた。デザイン的にはもう一つの方が後ろの縁がキュッと心持ち上がっていて、バンドも明るいベージュの洒落たもの。だが、試しにかぶってみるともう一つフィット感がシックリ来ない。

気になる点があるとどうしてもかぶらなくなってしまうので、上の写真のものにした。値段もこちらの方が安かった。(^_^) 今の花粉症の季節が過ぎたらこれをかぶって大いに外へ出掛けよう。

過去のエントリを探してみてわかったのは今回のものが三代目のパナマ帽だということ。
最初は2005年8月23日に購入。
帽子好き 
二代目は2012年7月13日に購入。
パナマ帽を新調した
そして今日買ったのが三代目という事になる。これを見ると6〜7年の周期で買い替えていることになる。

クルクル変わる花粉症カレンダー

2018年4月20日(金)

このところ花粉症カレンダーを見ては納得したり不思議がったりしている毎日。しかし、おおかたわたしの症状と照らし合わせて間違いのないものであることがわかる。

今日のカレンダーによるとどうやら月曜日からは白樺の花粉飛翔が少なくなるようで、嬉しいことだ。

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花粉症の峠は越えた?

花粉飛翔カレンダーを見て一喜一憂するのはどうかと自分でも思う。しかしやはり見ないではいられない。

で、今日も夕方になってそのサイトを覗いて見たのだが、昨日の予想では明日から続く日々がずっと「強」だったのが、「中」になっている。

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ということは一昨日が峠で、昨日は雨が降り、これからは下り坂なのだろうか。だとしたら嬉しいなぁ。(^_^)

犬の散歩の予行練習をしてきた

2018年4月10日(火)

日記にも書いたけれど、今日の午後は犬の散歩に付き合ってきた。

頼んできたのはずいぶん前に引っ越したけれど、わが家の隣人だった夫婦である。彼達とは現在でも親密な付き合いを続けている。

奥さんが病気療養中で、ご主人の方も今週の金曜日に身体のどこかを手術するらしい。そこで困ったのが飼い犬の散歩である。だが、本当にわれわれの助けを必要としているのは「金曜日」である

ご夫婦はしかし金曜日当日に見知らぬ人が急に来て散歩に連れ出したりしたら、飼い犬が怖がってついていかないのではないかと心配したらしい。そこで予行演習ということで今日の午後にと、ブリギッテが約束していた。

しかしブリギッテも急な話で Regensburg に行くことになったので、わたしが駆り出された。まあ、わたしも犬との付き合い方は “PABLO” で慣れているからそれはたいした問題ではないし、自信を持っている。

今日は心配そうなご主人も一緒についてきて、犬一匹とジジイふたりがいつもの散歩コースを一緒にひと回りしてきた。これでわたしの顔もおぼえただろう。(笑)

犬好きの人たちのこういう細かい愛情を見ると、本心から感心してしまう。また、そうでなくては動物を飼ってはいけないのかもしれない。

彼が言うには「本来は Biene というのだけれど、わが家では Fipsi と呼んでいる」と嬉しそう。^^;

フィエゾレ (Fiesole) という地名

ここはわたしも初めて足を踏み入れた土地。しかしフィエゾレという地名だけはずいぶん昔から知っていた。

わたしが Nationaltheater の研究生 (Opernstudio) の一員だった頃に、何本かのオペラの端役で舞台経験をさせて貰ったのだが、その中に Hans Pfitzner 作曲のオペラ「パレストリーナ」(Palestrina) というのがあった。その時タイトルロールを歌ったのは Peter Schreier。

そこでわたしが演じたのがフィエゾレのビショップの役だった。(下の写真) 歌うのはたった一言 “Ich, von Fiesole”(わたし、フィエゾレからの者です)だけ。

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しかし、周りは名だたる名歌手揃いだったからとても緊張した。

お心遣い、ありがとうございました

義弟の突然の死から9日、義母の永眠から3日が過ぎて、ようやくブリギッテの心も少しずつ平常に戻りつつあるようです。

義母の逝去はいつかは来るものと心の準備もしていたのですが、小さいときから可愛がっていた弟の場合は寝耳に水のことでした。ショックも大きかったのです。

現在は来週、再来週に予定されている葬儀の事務的な準備に追われているので、悲しみに浸らずに済んでいるようです。

このブログを読んでくれていて、お悔やみ、励ましのコメントを付けていただいた方々、本当にありがとうございました。ひとりひとりにお礼の返事を書かずに、まとめて感謝の気持ちを書くことを心苦しく感じています。

購入した機器の会社が倒産

2年前の2015年11月に浴室の改造をした。その時に老後のバリアフリーを考慮して浴槽を取っ払ってシャワーだけにしたのだが、それだけでは物足りなさを感じてスチームサウナも取り付けたのだった。

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以前から何度も書いているように、ミュンヘンの水道水は硬水で恐ろしくカルキ含有量が高い。さすがに一般家庭で必ず使う洗濯機などはその対策も講じられているようでカルキによる故障という話は聞かない。

しかし、例えばわが家のウォッシュレットなどはまだドイツではあまり知られていないのでその対策がなされていない。わが家のウォッシュレット(TOTO) はきっかり2年後の昨年12月にカルキで管が詰まり総入れ替えとなった。

ちなみに以前使っていたTOTO のウォッシュレットを分解してみたことがあるのだが、水が通るウレタン製の管の細いのに驚く。これじゃ2年も使っていたら詰まるだろうな、と妙に納得。

その時、個人的に TOTO にはメールで報告したのだがその後も一向に改善される気配はない。TOTO がヨーロッパ市場を考慮するのならこの点に改造のメスを入れなくてはならない。

スチームサウナに話を戻す。この機種はイタリア製で TEUCO という会社の製品。現在のところスチームサウナはまだ機能しているのだが、そろそろカルキ除去をしてもいいだろうと思い、取り扱い説明書に書いてある通りにやってみた。しかし、動作しない。

購入した店に連絡して修理依頼をしたところ、このメーカーが倒産していることを知らされた。その後も何度か電話で対策を相談している最中なのだが、展望は暗い。

若き日の義母を映画の中に発見!

昨日、義母との会話の中で、彼女がまだ23歳頃の時に映画のエキストラに出たことがあることを思いだしたそうだ。映画の題名も憶えていてRudolf Prack Lockende Sterne 1952 という映画だという。

ブリギッテがいったん帰宅してYouTubeで検索してみたらその映画が見つかった。

Rudolf Prack Lockende Sterne 1952 – YouTube

早速見てみると11分過ぎに主人公たちの背景のダンスをしている中に若き日の義母の映像がチラッと見つかった。若いときの義母はなかなかの美人である。そのまま見ていくとあと3箇所で義母を発見。ブリギッテは舞い上がってしまった。

それを今日は義母に見せようと、画面の大きいわたしのiPad Pro 12.9インチを持っていった。それを見た義母は確かに自分であると確認したそうだ。どうして今までそのことを思い出さなかったのだろう。

幸運の連続で気持ちよくオペラを観ることが出来た話

クリスマスイブの前日(12月23日)の公演 Nationaltheater :プッチーニの「三部作」(IL TRITTICO) に行けなくなったからと切符が廻ってきた。わたしも観たいと思っていた演目だったから嬉しかった。そしてその当日である。

ブリギッテと二人、ゆったりと家を出て劇場には25分前に到着。休憩時にゆっくり楽しもうと飲み物と席を予約してから観客席へ。われわれの席は Palket 5列目のいちばん右端の2つ。だんだん席が埋まってきて第一ベルが鳴った頃、年配のご夫婦がわれわれの席に座ろうとしている。

ブリギッテが「確かにこの席ですか?」と訊ねると彼達の切符を見せてくれた。間違いない。一瞬ダブルブッキングかと思いブリギッテは急いで係員に連絡するため客席を後にする。そのうちに第2ベルが鳴り始めた。もう客席に全員が座った頃にブリギッテが係員と一緒に戻ってきてわれわれの重大な間違いを知った。

友人から廻ってきた定期会員券をあらためて見てみると、なんとわたしたちの切符に割り当てられた「三部作」(IL TRITTICO) の日付は12月20日になっていた。完全にわれわれのミスであって、正規の切符を買って座っていたお二人には申し訳のないことをした。

ブリギッテが戻ってくるまでに奥様の方(アジア人)と話していたのだが、このお二人はわざわざハンブルクからオペラを観に来た人たちで、われわれを咎めてもいい立場なのにとても気持ちの良い親切な応対を見せる紳士淑女だった。

そうしているうちに最後のベルが鳴り始めた。見ると同じ列の1つ置いた席が二つ空いている。一緒についてきてくれた係員の人が「もう、どなたもいらっしゃらないでしょうから、そこに座ってお聴きなってもけっこうです」という親切な申し出。

わたしはその席に座り「休憩のあとにこの席の切符を買った客が来ても仕方がない。「外套」と「修道女アンジェリカ」を見られただけでも幸運だった」と思い舞台に集中する。そして休憩に入った。

開演前に予約してあった席には白ワインとソフトドリンクが準備されていたのでそれを楽しみながら「これで帰宅することになったとしても今日はじゅうぶん楽しめたね」とブリギッテと話す。

休憩が終わり念のために観客席に戻ってみると、われわれの座っていた席は依然として空席である。客席の扉が閉まるまで待ってからまたそこに座って「ジャンニ・スキッキ」を楽しむことが出来た。なんたる幸運!

最後にもう一つ良いことが。クロークでコートを受け取って正面玄関から外に出るとちょうど路面電車19番がやって来るのが見えた。小走りに急いでトラムに乗車、そして最後の幸運は乗換駅でトラム25番がすぐ後ろからやってきて待ち時間ゼロだったこと。22:30に劇場を出てからなんと30分でわが家に帰宅できたことになる。

わが家に落ち着いてから、今回は事前に切符を確認しなかったわれわれのミスだけれど、ブリギッテは確かに23日のオペラに行けなくなったから代わりに行って欲しいという持ち主からの留守電を聞いたと言う。

そこで保存してあった留守電をもう一度再生してみたら「・・・22日、いや、23日のオペラに行けなくなったから・・・」という伝言が入っていた。ということは100%われわれのミステークではなかったわけでちょっと気が楽になった。ひょっとするとこの切符を持つ当人たちはこの夜、自分たちが行けたのかもしれない。

カローラからの嬉しいお土産

カローラが3ヶ月あまりの日本滞在を終わり、12月13日に戻ってしばらく経つ。わたしへのお土産にと彼女は日本酒「八海山」(300ml)を2本持って来てくれた。

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一瞬「なぜこれを?」と思った。そこで彼女が説明してくれた。日本に着いて間もないときに明治神宮などの神社を案内したのだが、その時に参道の横にズラリと積み上げられたコモ被りの日本酒が彼女の目に止まった。

彼女に聞かれて酒と神社の関係を説明しながら、その中にあった「八海山」の樽を見つけたわたしが「これは飲んだことがあるけれどおいしいんだ」と言ったのだそうだ。

それが彼女の3ヶ月間の日本滞在中、記憶に残っていて帰国の際に購入したらしい。30kgのスーツケース一個だけしか持ち込めないのに2本も買って来てくれたのには感謝である。

なによりも帰国の際、3ヶ月前にわたしが何気なく言った言葉をおぼえていてくれたのが嬉しい。これは明後日の元旦に味わって飲むことに決めている。(^_^)

今年の Adventskalender は楽しめた

今年のわが家の Adventskalender はブリギッテが撮り溜めた写真の選択によるもの。

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これを毎日ひとつずつ窓を開いていったわけだが、今日がゴールである。中にはわたしがまだ見たことのない写真もけっこうあったから毎朝開けるのが楽しかった。ありがとう。

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新しい生命の誕生というのは人を幸せにしてくれる。

スパイクを着けてウォーキング

ここ数日わたしのウォーキングコースがアイスバーン状態のために歩けないでいた。歩けないとなると何だか一日のリズムがダラダラしたものになってくるので何とかしなければと思っていた。ふと思いだしたのが昨年買って使っていなかった「靴に取り付けるスパイク」のこと。早速冬靴に装着してみた。

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ゴムの部分がかなり手強くてきちんと装着するには力が要った。いざ歩いてみるとこれはなかなか良い。今日歩いたところは下の写真の通りで、アイスバーンの上に新しい雪がかぶっていた。

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念のためにストックも使ったけれど、アイスバーンにしっかりと靴が食いつく感じがあって安心できた。

MarsEdit 4 にアップグレードした

Marsedit 4 icon

偶然に App Store で MarsEdit のアップグレード版 MarsEdit 4 が出ているのを見つけて早速インストールしてみた。ここ数年使っている Blog 用のエディタである。 MacOS High Sierra を使っているのでこれに最適化してきたのだろうと思う。7年ぶりのアップグレードらしい。

わたしはまだまだ使いこなせていない。HTMLの基本は囓っているのだがある地点から先が朦朧としている。^^;

ただ、このエディタ MarsEdit はブログをアップするときに使い易いのでこれからも使っていきたいと思いアップグレード料金 24.99$ を支払った。

2017年のクリスマスカレンダー(Adventskalender)

今年もクリスマスを迎える準備に入った。10月、11月の過ぎ去るのがなんと速かったこと。

この時期になると今年のクリスマスカレンダーをどんなものにしようか選ぶのだが、今回はブリギッテが写したヨハナの写真を使った。

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ブリギッテは自分で計画して業者に注文したから内容を知っているのだが、ヨハナが産まれてからこれまでの写真を選んであるらしい。わたしは朝起きるとその日の数字が記されている窓を開けるのが楽しみになっている。

サントリー・ウィスキーって高価なんだ

今日は久しぶりにブリギッテの買い物に付き合った。彼女が買い物をしているのとは別にわたしは店内を見て回る。やはり酒類のコーナーに足が向く。^^;

わたしは日頃ビールかワインしか飲まない。たまに日本酒を飲むくらいなので、ウィスキーの知識がない。そこで今日はウィスキーの並んだ棚を見てみたのだが、その中にサントリー・ウィスキーの3銘柄が並んでいた。結構高いのにちょっと驚いた。

THE YAMAZAKI(山崎)12年もの:119.99€(=¥16,000)
THE HAKUSHU(白州)12年もの:89.99€(=¥12,000)
HIBIKI(響)17年もの:189.00€(=¥25,200)

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特に「響」というのはなんと189€の値付け。棚に並んでいたスコッチ・ウィスキーなどと較べてみたがこれが一番高かった。

わたしは「白州」と「響」はまだ未経験。きっとおいしいのだろうなぁ。

妻の習性

数日前からわが家のトースターが片面しか焼けないという故障が続いている。たいして高いものではないからこの際新しいトースターを買おうと話をしていた。

ブリギッテはわたしが以前 BALMUDA The Toaster のアイデアが素晴らしいのでそれが欲しいけれどドイツではまだ売っていないと彼女に話したのを憶えていたようだ。(下の写真)(http://tinyurl.com/ybrp85ap)
BALMUDA

ところが土曜日にハイキングのあとで介護婦さんのPCの件で SATURN に出掛けた彼女が持ち帰ったものは BALMUDA The Toaster とは似て非なるもの。普通のトーストとグリルがおかしな具合にコンビネーションされた中途半端なものだった。(下の写真)Toaster
わたしを驚かせて喜ばせようと思っての行動なのはわかるのだが、思わず不機嫌になってしまった。今思うと大人げない!^^;

毎日使う道具は自分の気に入ったものを、というわたしのこだわりをなかなか理解してもらえない。まあ、わたしの気に入るものは高価な製品になってしまうのだが・・・。

しかし今回はわたしにとって幸運なことに、試運転してみるとトースター機能がまったく作動しなかった。横のレバーを下げてもスイッチが入らないのだ。初期不良ということで即・返品となった。(^_^)

じつは今までに同じようなケースが2件ほどある。ひとつは掃除機ロボット。わたしは日本滞在中も家電量販店で見て回り、買うならロボット掃除機 ルンバ と決めていた。

ところが数年前(2013年)のクリスマスに嬉しそうにプレゼントしてくれたのはサムソンのロボット掃除機。 FRITZ という名前を付けてなんとか愛情を持って使おうとしているが、今でも心のどこかに引っかかりを持ちながら使用中だ。

次はつい最近の話。日本から9月13日に帰宅してみたら台所にデーンとなにやら大きな不細工な台所器具が置いてある。油を使わないで揚げ物が出来る調理器具である。これもずいぶん前にブリギッテには話したことがあった。しかしわたしの頭の中にあったのはフィリップス製のノンフライヤープラスという製品。(下の写真) 動画が You Tube に上がっている。(https://youtu.be/tgt3uESXLpc)
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しかしブリギッテが買ってきたのは Aicok Heißluftfritteuse というものだった。(下の写真) フィリップスの製品と同じようにデカイ!

AICOK

フィリップスの製品は家電店で直に見たらその大きさが想像以上だった。わが家の台所は食卓から丸見えなので最小限の器具しか置きたくない。そこでわたしは心の中で却下して一件落着。すっかり忘れていたものだった。それが突然、台所に鎮座しているなんて横から辻斬りに襲われたようなものだ。(大げさ)

これにはクレームを付けて現在はシンクの下に収まっている。必要なときだけ出して使うということで歩み寄り、双方納得。

考えてみるとドイツは日本よりもプレゼントをしたりされたりという頻度が多いように思える。誕生日やクリスマスが間近に迫ってくるといつものことながら「何をプレゼントしようか」のアイデアが湧かない窮地に陥る。いざというときに困らないためには、普段から心のどこかでいつも相手の喜びそうなものは何か、にアンテナを張っていなくてはならない。

いつもは気をつけているのだけれど、わたしはなにかの拍子に 「あの製品はユニークでいいね」とか言ってしまっているのだろう。それを彼女は聞き流している風を装いながら内心「しめた!」と思っているに違いない。やはり「おしゃべり」は良くない。

それにしても彼女が買ってくるものが、わたしの想定しているものよりいつもかなり安いのはいただけない。「安物買いの銭失い」ということわざは真理である。

置き去りの自転車

ミュンヘンでも置き去りになった自転車の処置に苦慮していたが、先日、下のような警告版を見た。

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それはわが家の向かいにある Tram 停留所の駐輪場で見つけた。内容は「置きっぱなしになっていると思われる外観の自転車に帯を着ける。4週間経ってもその帯がそのままになっていたら持ち主不明ということで撤去、処理します」というものだ。

帯を着けられた自転車もあったが、それは下のようなもの。すでに苔が生えている代物で間違いなく誰かが置きっぱなしにしたものと思える。ご丁寧に盗難予防のザイルまで付いている。

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これでミュンヘン市内の駐輪場も少しはスッキリするのだろうか。

「蜜蜂と遠雷」のCD

2017年上半期の直木賞受賞作『蜜蜂と遠雷』を先日(7月15日)読了した。この本の内容などはウェブで検索すればすぐに出てくるのでここには書かない。浜松を舞台にしたと思われるピアノ国際コンクールの一部始終である。

とても面白く読んだ。この本の中にはコンクールの一次、二次、三次試験に弾かれる課題曲・自由曲として沢山のピアノ曲が出てくる。知っている曲も多かったけれど中には始めて目にする曲も多かった。

読み終わったあとごく自然な感情として、わたしにとって未知な曲を聴いてみたいと思った。

この本を読んだ人の多くもそう思うらしく市場にはすでに小説に出てきたピアノ曲の全てを収めた CD が出ていると知った。渋谷のタワーレコードにもそのコーナーがあるそうである。

試しにと Apple Musicで検索してみたらなんとそれが聴けるようになっていた。そこで雨に閉じ込められた今日の午後はそれを流しながらゆったりとした時間を過ごす。

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もう一度本を読み返して、これらの曲名が出てきたところでそれらを聴いたら楽しいかなと思ったが何しろこの本はかなり大部である。読了して日が浅い今、もう一度読み返そうとは思わなかった。いつか読み返す日が来たら、その時には音楽をお供に楽しもう。

眼の老化

昨夜は就寝時に読もうと思って文庫本をベッド脇に持っていった。金曜日夜の食事会に友人がプレゼントに持ってきてくれたもの。

ベッドに入ってそれを読もうと開いてみて愕然とする。文字が小さすぎて全く読めないのだ。もちろん老眼鏡を掛けての話である。巻末の発刊日を見ると昭和60年(1985年)となっていた。一昔前の文庫本の文字ってこんなに小さかったんだ。

数ヶ月前からそろそろ老眼鏡を新しくしなくてはというのは考えているのだが、最近は本を読むよりもMacBook Proの画面を見ている時間の方が圧倒的に長い。それにはちょっと弱めの老眼鏡の方が快適なのでそのままにしている。今計測して見たらモニターと私の目の間の距離は約60cmである。この距離でちょうど良い老眼鏡だと紙の本の小さい文字を読むのはちょっと辛い。

もう少し度の強い老眼鏡に買い換えろよと言われればその通りである。しかし振り返ってみるとこれまで作ってきた老眼鏡の中でピッタリと合って快適だったものは一つもなかった。いつも自分の方からメガネに歩み寄って我慢しながら使ってきたような気がする。検眼してもらったら私の老眼は少し乱視が入っているようなので残念ながら市販の安価なものは合わない。

それでもやはり新調しなくてはならないだろう。ドイツのメガネ屋さんで作ろうとすると出来上がるまで1週間はかかるだろうからちょっと面倒。9月にはまた日本に行くので、その時に日本のメガネ屋さん(JINSとかZOFFとか)で作ろうかとも考えている。旅行者にとっては出来上がりまでの時間が速いのは魅力なのだ。

今年の5月に帰国した際に秋葉原・ヨドバシカメラの上にある JINS で検眼してもらったがその時には作るまでの時間がなかった。その時渡してくれた計測結果は次のものである。9月の帰国時には無理をしても時間を作って新調してみようか。

老眼鏡検査結果

ドリキンさんと「野菜ジュース」

わたしが購読している Youtuber にドリキンさんという人がいる。URLは https://goo.gl/yU14WN。サンフランシスコにお住いでコンピューターのソフトウェアエンジニアである。

彼の配信する動画の画質が素晴らしく、毎日見ている Blog ならぬ Vlog がとても面白い。彼の You Tube は主にコンピューター、ガジェット、カメラ、などがテーマである。

ドリキンさんの年齢は40代前半で話し声が快く、とても憎めないお人柄。まだ少年のような感受性をお持ちの方である。ほしいと思ったものは高価なものでもすぐに買ってしまうので購読者たちからは「散財王」と愛情を持って呼ばれている。

ドリキンさんは backspace.fmという ポッドキャストを2014年頃から続けられていてこちらもわたしは継続して聴かせてもらっている。こちらはドリキンさんに加えて若い女性Youtuber の Yukaさん(URL:https://goo.gl/UNn4LP) とIT総合情報ポータル「ITmedia」にお勤めの松尾さん(URL:https://goo.gl/goNZqL) の3人で切り回している。

このポッドキャストがまた興味深くてためになる話題が多く、時折は多彩なゲストの登場があるので一回の配信が2時間を超える毎週の更新が待ち遠しい。

松尾さんはわたしがマックをいじり始めた頃にときおり読んでいた雑誌 MacUser日本版 – Wikipedia の編集長をつとめていた方。ポッドキャストを聴いていて感じられる豊富な知識と包容力のあるお人柄でわたしは大ファンである。最近は マストドンつまみ食い日記 GarageBandではじめる楽器演奏・曲作り超入門 iPhone/iPad対応 | 松尾公也 |本
 という二冊の本をたて続けに出されるという精力的なお仕事ぶり。

YUKAさんはドリキンさんと同じくサンフランシスコにお住まいでIT系の会社にお勤め。彼女の発信している You Tube も素晴らしい画質で毎回の配信が楽しみ。ドリキンさんの影響か最近は高品質カメラにハマっているのがほほえましい。

ちなみに今年帰国した際の5月25日に、高名な Youtuber JETDAISUKE さん(https://goo.gl/1JoEl6) の写真展が銀座で行われていた。そこを訪れてちょうど日本に出張中のドリキンさんと松尾さんに直にお会いすることができ、挨拶させていただいた。

で、表題の「野菜ジュース」だが、毎日わたしが見ている Vlog
をブリギッテが覗いて「またこのOnkel(オッサン=意訳^^;)の YouTube ?」と笑う。この Vlogで冒頭に出てくるのが「自作野菜ジュース」。野菜ジュースというよりは「スムージー」(Smoothies) と言ったほうが良いかもしれない。

彼がジュースに使う素材を並べて示し、それをミキサーに掛けて飲むまでの一連の動きのなかでブリギッテが気に入っているのが彼の発する「うまい!」という一言。百聞は一見にしかずなので最新のVlogを見てください。(^_^)

数日前から我が家も冷蔵庫の中に残っている野菜類を集めて野菜ジュース(スムージー)を作っている。そして「うまい!」と言いながら飲み干す。なんだかその一言を言いたいがために作っているのではないかと思ってしまう。

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そんなブリギッテが昨日、レシピ本を買ってきた。さて、この朝の習慣、いつまで続くか。

ドイツも女性が元気

なにかで広告を見たブリギッテが14時からのコンサート(?)に出かけていった。場所はガスタイクのロビー。聴いたのはシニア・グループによる縦笛 (Blockflöte)とその他のグループ。

ドイツの小学校では必ずと言っていいほど、この縦笛の授業がある。ブリギッテも昔とった杵柄で、いちおうこの楽器を吹くし愛着を持っている。そこで聴いてみる気になったらしい。わたしはもちろんパス。(笑)

それが終わってからブリギッテが WhatsApp! (ラインのようなSNS)に書き込んでくれた画像が下のもの。「シワだらけの幽霊たち」というコメント付き。この写真を見る限り、男性は少ない。帰宅したブリギッテに聞くと総勢13人のうち男は3人だけだったそうだ。

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この写真を見た娘たちからはすかさず反応があった。

「ママにピッタリ!」

わたしは沈黙を守っている。

駄洒落(ドイツ版)

ブリギッテが買い物をしていて見つけたチラシ。

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発音すると下のようになる。

オーネ テノーア→カイン コア
オーネ バス→カイン シュパース

意味は次のようになる。

テノールなし→コーラスじゃない
バスなし→楽しくない

その下には「私たちは男声を探しています」とある。ドイツにもアマチュア合唱団はけっこうあるのだが、どこもやはり男声不足らしい。その募集のチラシでした。

ドイツに住んで40年が過ぎた

昨夜はカローラ夫妻を除く家族6人でBBQの卓を囲んだ。乾杯の時にブリギッテが40周年を祝って!、と音頭をとってくれた。その前の日に彼女には 「明日はドイツに渡ってきて40年の記念日だよ」と話していたのだが、昨日は忙しさに紛れてすっかり忘れていた。

40年前のあの日(1977年6月24日)がなかったらここにいる家族は存在しなかったわけで、それを思うとなんとも感慨深い。人間の運命なんて本当に一寸先は闇だと思う。

このスタンプをあらためて眺めて見ると出国は羽田となっている。この1年か2年後には羽田はもう国際空港ではなくなってつい数年前までは成田空港がその位置を継いでいた。

ロータリークラブの奨学金をいただいて、1年間ドイツで自分の歌を見直すだけのつもりだったのに。そして、本当はイタリアに行きたかったのに。

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40年前の日本とヨーロッパ間の距離はとても大きく、ヨーロッパは心も身体もスパッと断ち切ることの出来た文字通りの別世界だった。自分を客観的に見直すことは物理的に簡単だったが、辛く寂しいことも多かった。

現在はインターネットがあって、地球上の何処へ行ってもそれまでの人間関係がついて回るから、日本にいた頃の自分を捨てること、精神の再起動は難しくなっている。

こうしてみると40年という歳月はやはり膨大な時間である。

Japan Travel SIM powered by IIJmio を使ってみて。

今回の日本旅行では Japan Travel SIM powered by IIJmio という使い捨てSIMを使ってみた。

使い方は簡単で購入したSIMを自分の iPhone 7 Plus で使っていたものと差し替えるだけ。

わたしが購入したのは1GBの容量を一月で使いきるというもの。最初のうちは用心して必要なときだけしか使わなかったけれどメールチェックやSNS使用だけだとまったく問題が無いことがわかった。わたしの一日の使用量は15〜30MBだった。

地図アプリで初めてのところへ行くときには3〜5回ぐらい使ったけれどその時でも一日の使用量はせいぜい100MB。使い始めたのが5月12日でミュンヘンに戻ってきたのが6月1日。まだ、258MB も残っていた。

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ただしこのSIMは電話は使えない。データ通信だけなのだが、日本滞在中に電話連絡を必要とすることはほとんど無く、連絡は SNS かメールで事足りた。

ことわざ

【所変われば品変わる】

今夜はいつものようにサラミソーセージを肴に Weißbier を飲んでいて、それほどお腹が空いていなかったからお茶漬け(昆布茶漬け)で締めた

同じような場面でドイツ人は Käse schließt den Magen (チーズは胃袋を閉じる) と言いながらチーズを食べる。

もう一つ締めの話。お肉などで満腹になったあとドイツ人は最後にアルコール分が45%くらいの蒸留酒(Schnaps) をクイッと引っ掛ける。そのときの台詞が Schnaps für die Verdauung (消化のためのシュナップス)

夕暮れに思う

3月も20日を過ぎてようやく春めいてきたミュンヘン。今日は夕方5時過ぎに家をでウォーキング。帰宅したのは6時を過ぎていた。

家に入る前にピンク色が目の端に飛び込んできた。多分「ボケの花」かなと思うのだけれど名前は確かではない。

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夕方6時過ぎという時間に花の色が識別できるだけの明るさになったのだということに嬉しさを覚えた。

最近は年ごとに、時間の過ぎる速さに驚くと同時に、春の訪れの遅さに苛立っていることに気がつく。数日の違いはあっても毎年同じような日に花が咲き、鳥が歌っているのに。

「春を待つ苛立ち」ーこれが歳をとったということの一つの表れなんだろう。

先のことは誰にもわからない

ブリギッテが長年の会社勤めを終わり来週の木曜日で定年を迎えようとしている。

【今朝の食卓での風景】
彼女がシャワーを浴び身支度を調えている間にわたしはいつものように朝食の準備を調えた。紅茶を煎れてソーセージ、チーズ類、マーマレード類を並べ、ボイルド・エッグを作るという変わり映えのないルーチン作業である。

彼女はきのう同僚達が会話していた「雪崩」のニュースを知りたくて、食卓についても彼女の iPad mini を操作している。「食事中はそれを止めたら?」と言うと「わたしは忙しくしていて(あなたとちがって)時間がないんです」と返事が返ってきた。

これって昭和の時代、勤めを持った夫が食卓で新聞を拡げ、妻がそれに不満を持つという風景と同じである。新聞が iPad mini に置き換わり、夫と妻の立場が逆転しているだけ。(笑)

わたしがこのとき最初に思ったのは「なるほど自分がその場に立ってみないと相手の心はわからないものだなぁ」ということ。昭和の妻達に共感をおぼえた。(^_^;) わたしは今これらの情景を俯瞰して見るような年齢と立場にあるから、彼女の言い分もよくわかる。

たまたま今朝の小さな出来事から,ブリギッテとの会話は彼女の定年後のわれわれの生活に及んでいった。彼女自身、定年退職後のわれわれの日常生活がどう変化していくのか、それにどう対処していくのかちょっと不安なようである。

年金生活者になると彼女の収入はかなり少なくなるという経済的展望への不安、来週から義母の24時間態勢の介護士さんが来てくれることへの対応、自分の健康への不安など考え出したらきりがない。

そんなことを話しているうちに話題はアメリカ大統領のことに移っていった。昨日(2017年1月20日)アメリカの大統領にドナルド・トランプが就任し世界は大きく変わろうとしている。今のところはマスメディアなどでネガティブな方向に変わるという論調が多いがこれからのことは誰にもわからない。

ありふれた結論になるが、今後現れる問題点はそれをひとつひとつ辛抱強くつぶしていくしかない。わたしが今考えているのは一度に多くの問題点を抱えて処理しようと思わないでおこうということだけ。1つ、1つ,出来るところから。しかし、大丈夫かなぁ。(笑)

スピーチ

2017年1月14日にユリア(次女)が結婚した。付き合って7年越しのゴールイン。その日は市役所(Rathaus)での結婚式で日本流に言えば「入籍」という事になる。ドイツ語では Standesamtliche Traung という。そのあとパーティはしたりしなかったりだけれど、一般的にはこじんまりとした友人だけの集まりで済ませることが多い。そのあとに教会での結婚式が控えていて、この時にはかなり大がかりなものとなることが多い。

今回はユリアが妊娠しているということで子供の誕生前に籍を入れておこうということだった。教会での結婚式は1年半後に計画しているそうだ。それまではかなり時間があるので今回は双方の家族と限られた友人数人でのパーティとなった。総勢28人である。

ドイツの習慣として結婚式のスピーチは花嫁の父親がする。わたしは結婚式が終わったあと唇にヘルペスが出来てしまった。これは心身のストレスが溜まると発症することが多いらしい。今回は介護が必要な義母をどう出席させるかという別の問題もあったけれど、このスピーチをどうこなすかということがストレスの原因だった。(^_^;)

ブリギッテに「わたしは外国人なのだから君が替わってスピーチしたら?」という提案をぶつけてみたが却下!「伝統は重んじなくてはなりません、そしてわたしは人前でスピーチをする度胸も素質もありません」というのがそのいいわけ。

では、百歩譲ってスピーチの原稿だけは書いてくれと云うとこれはスンナリと受け入れてくれた。彼女、こういうものを書くのはけっこう好きで、毎年彼女が書く Weihnachtsbrief はところどころにユーモアが散りばめられていて読んでいて面白い。

今回は双方の家族が中心のごく小さな会食だったから、双方の家族の紹介も入れましょうということで出来上がってみると約9分のスピーチ原稿になった。

ほぼ二週間前からわたしはその原稿を読み上げる練習を始めた。彼女が1日の勤めから戻って食事が終わってからわたしがその日に練習した原稿を彼女の前で読み上げるのだが、そのつど小さな直しが入った。すると翌日はその変更点をまた練習である。

こういうものは時間を掛ければいいというものでもなく要点を絞って「ここだけは間違えないように」とか「ここは軽く流して」とかを考えて短時間でも集中して何度かやったほうがいい。それを家事の間にちょこちょことやるのだ。なんだか現役時代の暗譜作業を思い出してしまった。

さて、もちろん全て丸暗記は危険だから紙にプリントアウトして本番ではそれを読み上げることになる。この点ではわたしは Nationaltheater のインテンダント・Bachler 氏を見習っている。

以前、ミュンヘンのフラウエン・キルヒェでのミサがあったときに彼が壇上で聴衆に挨拶したことがあった。そのとき合唱団員のわたしは彼のすぐ後ろで彼の一挙手一投足を見ることが出来た。印象に残っているのはそのとき彼が内ポケットから取りだした原稿のフォントがとっても大きかったこと。なるほど、これなら少々照明が暗くても読み間違えるという事は無い。そしてかなりゆっくりとした口調で全体を締めくくった。彼はもともと舞台俳優だからその辺はプロの仕事ぶりである。これが今回は大いに参考になった。

市役所での式が終わって予約してあったレストランに入ってみると、そこはかなり大きな部屋でわれわれ以外のお客も座って食べている。われわれは30人に満たない人数だったから市役所から徒歩で移動出来る距離のレストランで一部屋貸しきると云うことは無理だった。

われわれの席がレストランの真ん中に小島のように設定してあって、その周りを他の客のテーブルが囲むという配置だった。好むと好まざるにかかわらず,わたしがスピーチしたらそれを他の客も聞いてしまうということになる。これはわたしの想定外だったから焦った。しかし席に着く前に隣の部屋のカウンターで歓迎のゼクトやワインが出たので,そのアルコールで少し気分が楽になる。

わたしが立ちあがってまず話したのは、原稿にはまったく書いてなかった他のお客さん達への挨拶だった。要約すれば「つい先ほど若い人たちが結婚式をあげ、この部屋で会食をすることになった。ドイツの慣習としてわたしがスピーチをするけれど約9分間の短い時間、皆さんのお食事を邪魔するかもしれない。若い2人の門出だとどうぞご容赦いただきたい。」というものだった。

次にこれも原稿にはなかったこと。もし原稿の読み間違えなどがあったときの言い逃れである。(笑) これにはヨハン・シュトラウスのオペレッタ「コウモリ」を使った。この楽しいオペレッタの最後でアイゼンシュタインが妻のロザリンデに謝る台詞をもじって「もしわたしが言い間違えたり、台詞を噛んだりしたらそれは先ほど飲んだゼクトのせいです」ということで、これで場の空気がずいぶん柔らかくなった。この2つの想定外の挨拶はあとでブリギッテに誉められた。そして他の席のお客からもおめでとうの挨拶をいただいた。(^_^)

終わってみて本番が一番良い出来だったと自画自賛している。

寒い!

昨夜陽が落ちてから急に気温が下がり始めた。テラスの外気温を見るとマイナス15度でそりゃ寒いはずだ。

そのあともどんどん気温が下がっていくので、蒸し風呂で身体を温めてからベッドに入った。

で、今朝起きて見るとマイナス18度。夜中にはきっとこれよりも低かったはずだがマイナス20度まで行ったろうか。

1時間後の7時半になると外気温は上昇中それでもマイナス16度だ。新年になってまだ7日しか経っていないが、今年一番の寒さである。

今日のアドヴェンツカレンダー

12月24日ということで今日のビール瓶にはサンタさんの帽子が被せてあった。クリスマス・スペシャルバージョンということらしい(^_^) 中身は黒ビールである。アルコール度は6.4%。やはりわたしにはアルコール分が6%を超えると違和感が残る。ザルツブルクの北に位置する Gundertshausen9 5142 Eggelsberg Austria の醸造所製。
www.kalea.at

10年ぶりに外人局を訪れた

ミュンヘン市の 外人局(Ausländerbehörde)に行ってきた。日本の10年間有効のパスポートの期限が切れるのでまた10年の延長をした。すると自動的にドイツの滞在許可証も更新しなくてはならない。この2つは紐ついている。

今の時期は多くの難民が登録に来ているので外人局はてんてこ舞いで大変なことになっているだろうということは予想していた。ホームページを見たら滞在許可証の延長は予約を取ってから来て欲しいということが記されていたので,しばらく前(12月12日)に申し込んで今日(12月23日、午前7時半)に予約が取れた。今朝は久しぶりの5時起きである。

公共交通機関は何が起こるかわからないので余裕を見て7時に外人局に到着するように家を出た。まったく問題なく7時に到着。扉の前には既に20人ほどの人たちが待っていた。開館は7時半である。ただ並んで待っているのも退屈なのでその周辺を20分ほど歩き回ってから7時半に入館。開館直前は想像していたほどの人数ではなく50人ほど。

まず受付でわたしの行くべき部屋はどこにあるのかを確かめる。この時に「オヤッ?」と感じたのは受付の係員が微笑を浮かべながら応対してくれたこと。10年前とはずいぶん違うなと一瞬思った。わたしはまったく正反対の,応対に疲れてぶっきらぼうで不機嫌な受付を想像していたのだ。少なくとも10年前の記憶ではそうだった。

外人局の内部というのは結構広くて迷路のように入り組んでいる。名前のアルファベット別に入る部屋が決まっている。

ここでも昔の記憶が蘇ってきた。例えば安倍という姓なら「A〜C 」というシールの貼ってある部屋に入るわけだ。そしてこのアルファベットによってどんな係員に当たるかが、運不運の分かれ目だった。

ひどい係員に当たるとまったく話が進まずに難癖を付けられることがあったりしたのである。わたしの場合は奨学生として入国しその1年後から劇場の仕事に就くことになったので就労ビザを取る手続きが複雑だった。その時の記憶は嫌な思い出として残っている。

今回は予約を取っていたので待つこともなく受付のあと指定された部屋にスンナリと入ったわけだが、なんだか空気が違う。対応してくれた女性も常に笑みを浮かべていて指摘することも簡潔・明瞭。これなら街の商店の売り子さんよりも感じが良い。ミュンヘン駐在の日本人をお世話している女性にすぐに SMS でこの点を報告してみた。

「今、Ausländerbehörde に来ています。係員の態度が10年前に比べたらずいぶん親切になったような印象です。ドイツも「おもてなし」とか考えているんでしょうかね。」

すぐに返事が返ってきた。

「確かにそうですね。ある時期問題やクレームが多かったので、部屋も中でつながっていたり、複数で座っていて汚職や外国人への暴言が無いようになってます。改善したのはいいことです。」

やはり、10年の間にはいろいろとあったのだ。日本の外人局も訪れる外国人には親切に応対して欲しいなぁ。

わたしの旅券歴

一昨日、日本総領事館で新しい旅券を発行して貰った。わたしにとっては7冊目の旅券である。今回旅券を受け取ったときに最初に考えたのは「次はあるかな?」ということだった。つい先日も高専時代の級友が死去したという知らせを受けたばかり。70歳を過ぎたら何があってもおかしくはないのである。そんな気持ちもあり振り返ってこれまでの旅券用に写した写真を並べてみた。これが自分にはとても面白かった。

1.まずは、1977年4月(30歳)の時に取得した最初の旅券である。ドイツに留学出来るということが決まって取ったわたしの初めての旅券だった。旅券の色は深い青色

2.次は1982年3月(35歳)の時に更新した旅券の写真。この当時、すでに10年の数次旅券が有ったのかどうかは記憶に無いが、わたしが取ったのはは5年の数次旅券だった。ソリストとして歌っていた頃の写真である。旅券の大きさは変わらず表紙は赤に変わっている。

29.03.1982-29.03.1987 35歳

3.3つ目はそれから5年後の1987年3月(40歳)の時の写真。この時には既に合唱団員としてミュンヘンに戻ってきていた。生活の安定に伴って娘も2人に増えている。この当時はこういった子供と一緒の旅券も発行してくれたのだが、今はどうなのだろう。三脚を立てて自分で写した写真だったが、背景は白でなくてはならないとかあまりうるさくなかったようだ。この時アンナは5歳、ユリアは2歳だった。

4.4つ目はその5年後、1992年3月(44歳)の時。娘が3人に増えている。アンナが9歳、ユリアが6歳、そして末娘のカローラが3歳だった。こうして娘たちと一緒の写真を旅券に貼っていた当時の利点はどこの空港のパスコントロール係員も一様にわたしに親切でいつも笑顔を返してくれたこと。(笑)

5.5つ目は1997年3月(49歳)のもの。白髪が目だってきているがまだ頭髪は充分に黒い。しかし、この写真にはどこか疲れた表情が見える。子育て真っ最中の頃だから仕方がないのかもしれない。この時から10年の数次旅券を取得。赤い色は変わらないが旅券自体の大きさも一回り小さくなった。

6.6つ目は2007年2月(59歳)のもので、これも10年の数次旅券。旅券の形態も中にチップが埋め込まれた型紙のページが増えていて電子技術の進歩とアメリカの空港でのチェックが厳しくなっているのが伺える。頭は既に白髪となってしまっている。

13.02.2007-13.02.2017 60歳

7.そして今回の2016年12月(69歳)のもの。前の旅券は来年の2017年2月まで有効なのだが、時間の取れるときに更新しておこうと思った。10年前の写真と比べるとどこか薄ボンヤリした表情で緊張感に欠ける。これが責任のある仕事から離れた年金生活者の素顔なのだろう。(汗)

CUVILLIÉSTHEATER (クヴィリエ劇場)での演劇鑑賞

一昨夜12月3日(土)は義母のピンチヒッターとして演劇を観てきた。わたしはいつもの Residenztheater だとばかり思っていたのだが、その夜はミュンヘンの誇るロココ風劇場の CUVILLIÉSTHEATER での上演だった。

いつもの Residenztheater なら車をほとんど劇場の入り口に横付けにすることができて義母はそんなに歩かなくてもすむ。しかし昨夜は道の途中から車は進入禁止になっているし、アドヴェントの時期で劇場の入り口近くの Odeonsplatz は人で一杯だった。本当に義母を連れてこなくてよかったと思った。無理に連れてきていたら彼女、あの寒気で肺炎にかかっていたかも。

で、われわれが観た演劇だがなんと表現していいのやら、わたしにはかなり退屈で最後の10分ほどは座っているのが苦痛に感じられた一時間半だった。テーマはトロイ戦争でオデュッソイス、に絡む二人の男たち。登場人物はたったの3人で、この3人が交代で、延々と語るのだ。音楽はもちろん無し、舞台装置も簡単な部屋とギラつく天井からの照明以外ほとんど無し。下の写真の舞台通りである。

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俳優たちのセリフを追いかけるという点ではそれでいいのかもしれないしトロイ戦争とギリシャの歴史を熟知している人ならば楽しめたのかもしれない。終演後、 Brigitte の感想を聞いたら、かなり忍耐を要するお芝居だったという。

演劇の内容とかを書いてもすぐに行が尽きてしまうので違うことを書く。それは昨夜演じられたロココ風劇場:CUVILLIÉSTHEATER (クヴィリエ劇場) のこと。

この劇場の歴史などはWikipediaを読んでもらえばわかるので省略する。昨夜わたしは自分の iPhone 7 Plus を持って行かなかったので Brigitte の携帯を借りて劇場内を写した。わたしの iPhone 7 Plus だったらもっと美しく撮れたのではないかと思う。

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手入れも行き届いているのだろうが、いつもながらの美しさ。絨毯のように見える装飾はすべて木彫りのものである。先の大戦の時にはこの劇場のすべてを分解して疎開させてあったので無事だったとか。

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わたしはここで「魔笛」「チェネレントラ」などで舞台に立ったことがある。小さい劇場なので歌いやすくもあり、Königsloge もすぐ目の前にあるような近さで独特の世界だった。

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大人の Adventskalender

子供向きのチョコレートの入ったものだけではなく、こういうAdventskalenderもきっとあるんだろうなぁと思っていたら昨夜の食事会に招いた人がプレゼントしてくれた。

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12月24日まで1日に一本ずつ楽しむらしい。同梱されていたグラスはビールの利き酒をするものらしいです。今夜はその中の一本を。(^ ^)

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義母から貰ったアドヴェントカレンダー

例年だと Brigitte がAdvent Kalenderをプレゼントしてくれる。とはいっても娘たちへのプレゼントのついでに、という感じであくまでも娘たちが主役だ。(笑)

先日わたしが義母の夕飯の支度をした時に、彼女がわたしにとくれたのが下の写真にあるAdventskalenderである。医者へ連れて行ったり車椅子で散歩をしたりしているので気が引けているのだろう。

これはスーパーマーケットなどで売っているものとは違ってちょっと豪華版。なんと行ってもミュンヘンで一二を争う美味しさの老舗、エリー・ザイデル製である。これはちょっと嬉しい。

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甘いものは身体が疲れた時以外には食べないけれど、これなら1日一個を楽しんでもいいな、と思う。

と書いてきて、足の悪い義母が自分で買いに行けるわけはないから、これは Brigitte が選んで買ってきたものだということに気がついた。本当は Brigitte 本人が欲しかったんだろう。今日からは1日交代でいただこう。(笑)

町の本屋は消え去るのみか

知人にプレゼントしたいと思った本があって、午前中に街へ出たついでに本屋で探してみた。その本はイタリア人が書いた “In Her Kitchen” という。日本語にも翻訳されていて「世界のおばあちゃん料理」という題名になっている。残念ながらドイツ語にはまだ訳されていないようだ。

前もって amazon.de で調べて行った。amazon.de では値段は29.9€で配達は明日。ミュンヘン市内で一番大きい本屋 Hugendubel で聞いてみたら在庫は無しで注文になるという。来るのは12月14日、そして値段は38€ということだった。

わたしの心情としては条件に若干のマイナスがあっても町の本屋で買おうと思っているのだが、これだけの差があると如何ともしがたい。

夕食時に Brigitte とこの件について話し合った。彼女は「年配からお年寄りの人はインターネットでは買わずに本屋で買うと思う」と言う。しかしその年代層が買う本の量は限られている。やはり本を読む層は若者たちが一番多いと思うのだ。そして本をたくさん買う人ほど一冊の値段の差はボディブローのように効いてくるはず。

・在庫
・注文してから手に入るまでの期間
・値段

上記の条件にこれだけ違いがあるとすると町の本屋さんが早番消え去るのは仕方のないことなのかもしれない。

今年はトマトが豊作

今朝、出勤前にブリギッテが庭の植木鉢で赤くなっているトマトを収穫してきた。

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どうやら今年はトマトの豊作年らしい。わたしはトマトは嫌いではないのだが、二人ではとても食べきれない。今夕はカローラ夫妻に会うので彼女へのお土産にする。

野菜も植えてはいるのだが、こちらは育てるのが難しそうだ。長ネギは固くなるし、人参もご覧の通り見映えが良くない。

左の「ほおづき」のようなのは今年初めて試してみたのだが、次から次へと実が成り続けている。形状は日本のお盆の頃に見るほおづきと全く変わらない。日本のものが苦くて食べられないのとは違って、これは食べられる。甘くておいしいのだ。種類が違うのだろう。

映画「ダラス・バイヤーズクラブ」を観た

ダラス・バイヤーズクラブ

今朝マックでメールを読んでいるとアラートが出た。
「レンタル中の映画「 ダラス・バイヤーズクラブ 」があと2時間で期限が切れます」というものだった。ひと月ほど前に¥100でレンタルしたものだが観ないで捨ててしまうのも惜しい。あまり気が進まなかったけれど観始めた。

想像していた通りに、最初はわたし好みではない場面の連続だったけれど、この映画がAIDS の新薬に関するものだったことが分かってきて興味が湧いてきた。

現在わたしが住んでいるアパートの3階にもホモセクシャルの男性がいて、ある時期から彼はエイズに罹っていた。しかし彼は現在でもまだ生存している。彼がエイズに感染したのはちょうど新薬が見つかった頃だったから、その意味では幸運だったのだろう 。

ただ、薬の副作用なのだろうが死は免れてもその容貌は一変してしまう。何人ものエイズ患者を見てきたので、今ではわたしでも「あ、この人はエイズに罹ったけれど新薬で助かっているな」という見分けが出来る。それだけエイズに罹った人の顔にはある種の特徴がある。

わたしの職場だったオペラ劇場でも1980年代の後期はエイズに感染した人が数人いて、その人達はわたしが「あれ?急激に痩せて、ちょっと容貌が変わったな」と思うと間もなく死んでいった。

たとえば合唱団の同じテノール仲間だったあるアメリカ人もあっと言う間に死んでしまった。劇場入り口に座っていた受付の男性も「この頃顔を見ないな」と思ったらやはり亡くなっていた。あの頃は本当に「エイズは死の病」だった。

わたしの受けた感じではエイズへの新薬が普及した時間はかなり迅速だったと感じる。わたしも知らなかったのだが、抗エイズの薬を作ったのは日本人らしい。

アメリカではさまざまな事情でこの新薬を解禁する時期がずいぶん遅れたらしい。この映画はそれと戦ったダラスのカウボーイの物語。

展覧会で買ったもの

4月から約4週間の日本旅行中に8回の展覧会を観て回った。全てを観て回ったあとには必ずショップに立ち寄りなにか記念になるものを探す。今回は絵はがきを買うことはほとんど無かった。

今までの経験で買って来た絵はがきを使う機会がほとんど無く、机の引き出しに眠ったままになっている。そこで今回はマグネットが裏に貼られたちいさな(5cmX8cm)グッズを買ってきた。これなら冷蔵庫の壁などを使ってピン代わりになる。

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毎日冷蔵庫を使う度に眼に入ってきて、これはなかなか良いものである。

日本で観た展覧会

今回の日本滞在中には8つの展覧会を観ることができた。

1.安田靫彦展(4月17日)
2.黒田清輝展(4月19日)
3.北大路魯山人展(4月20日)
4.奥村土牛展(4月23日)
5.土門拳展(4月29日)
6.吉田晴弥展(5月2日)
7.根付けと提げ物展(5月5日)
8.広重ビビッド展(5月6日)

どれもが素晴らしい展覧会で大いに楽しめた。同時期に開かれていた「カラヴァッジョ展」や「伊藤若冲展」のような長蛇の列に並ばなくてはならない展覧会は意識して避けた。

それでも入場してみるとイラッとしたことが二、三の展覧会場であった。原因は2人連れ、時には3人連れのおばちゃん達。このおばちゃん達はひとつひとつの絵の前に固まったままなかなか動かない。さすがに大声で会話することはないのだが、聞こえてくるのはお決まりの「素晴らしいわね〜」に始まって各人がどこかで仕入れてきたうんちくの数々。

おばちゃん連れはひと組では無いから列がなかなか進まない。わたしはそのおばちゃん達を通り越して一通り観て回り、また最初に戻りおばちゃん達のせいで観られなかった作品を観て回るということをした。大体3回ほどこれを繰り返すと全ての作品を見ることが出来る。

展覧会ってひとりひとりが楽しむものだと思う。会場入り口までは友だちと一緒に来ても会場の中では単独行動をとって、作品への感想などは会場を出たあと仲間同士で楽しんで貰えないものかと思う。無理かな。