音と臭い

ふとした臭いに出会ったとき、それを基点として一瞬にして何十年も前の風景が蘇ることは良く聞く話。しかし、それが音にもあるということを数日前に経験した。

You Tube で、ある日本映画を観ていたときに登場人物がアルミサッシの窓を開ける場面があった。アルミサッシの窓についているベアリング特有の「カラカラ」という音を聞いたとき、わたしの脳裏に鮮やかに浮かび上がった景色があった。

それはまだ芸大に入学する前の浪人中だったか、すでに芸大で学んでいた頃だったかは定かで無いが、その頃に住んでいた西武新宿線・小平駅から10分ほど歩いたところにある8畳一間のアパートから眺めた光景だった。

夏のまだ充分に暑い夕方にそのアパートに帰ってきてアルミサッシの窓を開け、留守中に溜まっていた部屋の熱気を逃がしたときの光景である。

その当時その辺はまだ畑が点々と存在していた地域で、どこかもの悲しい、そして乾いた風景だった。自分の将来が霧に閉ざされたように不透明で確たる希望も持てない、そんな時代だったことを思い出した。

アルミサッシの「カラカラ」という音はわたしにとって青春が持つ不安と、もの悲しさを感じさせる音なのである。

チェシュメ (トルコ) にもウォッシュレットが

時間の経つのは本当に速い。先月の今日はすでにチェシュメでの夏休みを過ごしていたのだった。チェシュメでちょっと驚いたのはトイレがウォッシュレットだったこと。

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上の写真のように、電動式ではないが形状は日本のウォッシュレットと基本的に同じである。ただ、温水が出たり便座が暖房されていたりということはない。ノズルも出たり引っ込んだりはしない。写真の左上段の水栓を回すとウォッシュレットから水が出てくるという単純な仕組みだ。使い心地は・・・・、不明である。わたしにはどうもうまく使いこなせなかった。(-_-;)

帰国時にイズミアの空港で公衆トイレを確認してみたらそこにもちゃんと付いていたからトルコではこれがスタンダードなのだろう。

ワサビとチョコレート

ブリギッテが「こんなのが売ってたよ」と買って来てくれた。わたしはミルクチョコレートよりもちょっと苦みのある方が好き。そんな色のチョコレートだったので試してみた。

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結果はわたしにはちょっと残念な味。ワサビというとどうしても刺身や寿司に付いてくるあのワサビ(ワサビ醤油)を連想してしまう。甘味+ワサビ味、というのがどうもわたしの脳内では消化しきれないらしい。老化(硬化)現象かな。

わたしはまた買うことはないけれど、これがドイツの顧客にどのように受け入れられるのかにはちょっと興味が有る。

朝顔

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今年も朝顔が咲いてくれた。起き抜けのまだシットリとした朝の空気の中で見る朝顔は心を優しくしてくれる。

昨年咲いた朝顔の種を保存していてそれを娘たちにも分けてあげた。わが家の庭の朝顔は今年は機嫌が悪くてまだチラホラとしか花をつけていないが、 Prien に住む次女の鉢植えはとても発育が良かった。しかしベランダが狭いのでと数週間前にわが家に持ち込んできたのが今、花をつけ始めている。

6月18日から行っていたトルコのチェシュメにも朝顔が咲いていてそこはすでに満開だった。下の写真は6月27日の朝に写したチェシュメの朝顔。地球上のどこにいても朝顔を見ると日本の夏を思い出す。

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仕事への姿勢・東西

数年前からTBSラジオのポッドキャスト「荒川強啓 ディ・キャッチ」を聴いている。今週7月15日はその中の「メキキの聞き耳」というコーナーでスポーツジャーナリスト生島淳さんが「メジャーリーグのオールスター・その裏側!」というテーマで興味深い数々をレポートしていた。

彼はメジャーの選手たちは自分の出番が終わってしまうとさっさと着替えて帰ってしまい、試合終了まで残ってはいない。ということを話していた。対する日本のプロ野球チームではチームプレーが大事ということでそういう事は無いらしい。そこで思い出したことがあった。

日本への引っ越し公演があると” Die Meistersinger von Nürnberg “とか” Lohengrin “とかの演目では日本人合唱に手伝って貰う。本拠地だとエキストラコーラスがその役を務めるのだがいろいろな事情でその人達までは日本へ連れていけない。

で、彼たちが驚いた顔でわたしに聞いてきたのは「皆さん、自分の出番が終わるともの凄いスピードで化粧を落とし、着替えて、われ先に帰ってしまうのですね。こんな素晴らしい公演の余韻に浸って仲間と話し合うということはしないのですか」ということだった。

野球のメジャーリーグと合唱団の共通点は1シーズンに120試合あるいはそれ以上、ミュンヘンオペラの合唱団もほぼそれぐらいの出番があることだ。正直に言って毎回余韻を楽しむということは無い。自分の出番が終わると皆一目散に家路を急ぐ。外から見ればそれが「家庭を大事にしている」と写るのかもしれない。

わたしも合唱団に入って最初の頃にある仲間に「家庭ってそんなに急いで帰るほど楽しいものなのか?」と問うたら「おい、君の家庭は大丈夫か?奥さんとの仲がうまくいってないのか?」と逆に心配されたことがあった。(笑)

ドイツの場合、仕事仲間が退社後に誘い合って飲食するという事はまず無い。わたしは最初それを物足りないと思ったが、慣れるとこれは快適であり、薄給の身には散財しなくて済むので嬉しいことでもあった。(笑)

これは欧米の徹底した個人主義と日本のそれとの違い、そして、仕事に向き合う姿勢の相違から来ているのだろう。

気になったこと

先日(2013年6月7日)、末娘の統計学・マスター号授与式に参列した。そこで壇上に呼び出されたアジア系の学生は中国人と韓国人だけで日本人学生は1人もいなかった。その時わたしはひたひたと水が足もとに押し寄せてくるような危機感を感じた。

日本の大学がドイツの大学より優れているのかどうかはこの際問題ではない。ドイツ人だけではなく近隣の国から若い人たちが集まって学んでいるという環境に日本人がいないということに、数年後の日本の方向性を心配してしまうのだ。

外国から母国日本を見るという体験、そして多くのヨーロッパ人学生の中に混じってヨーロッパの空気感を感じ取るということが若い人たちにはかなり重要なことだと思うのだ。これだけは頭の中で考えても身につかない。

ドイツに住んでいてもインターネットのおかげで日本のニュースは昔とは比べものにならないくらいに入ってくるようになった。わたしがそれを見たり聞いたりしていて気になるのは、日本在住の人の殆どの視線が USA に向いているように感じることである。

ヨーロッパに来て生活してみればすぐにわかるが、ヨーロッパ人にとって USA は数ある外国のひとつでしかない。日本の若者たちがヨーロッパでさまざまな国の学生達の中で数年間生活し学業を修めて帰国したとする。数年後にその中の何人かが日本で指導的立場に立ったとき、さまざまな国の指導者と同じプラットホームに立ち、多角的な視点でものを考え、判断することが出来るのではないかと思うのだ。

母国・日本がが将来、中国、韓国などの近隣諸国と対等に、柔軟に、そしてしたたかにつきあえますようにと願っている。

昨日のミサ

昨日は午後から夕方までお葬式にかかわっていたのだが、冷たい雨の降る寒い墓地でかなりの時間立ち尽くしていたり、そのあと場所を移しての長時間にわたるミサに参列したので、身体も心も疲れ果ててしまった。

雨の中の埋葬はよくあることだから仕方がないのだが、一番疲れたのはミサ。昨日のミサはプロテスタントのそれだったのだが、祈りの間に音楽が入るのはカトリックと変わらない。音楽家たちもちょっとひどかったのだが、加えて、神父の祈祷文を節をつけて歌う部分には参ってしまった。

神父たるもの、それが専門職であるのなら祈祷文をもう少しうまく歌う努力をしてくれないかと思ってしまう。あの調子で延々とミサをやられたらそれに参加している信者たちはきっと苦痛を感じるのでは無いか。無宗教のわたしにはそれを聞かされるのがとっても辛かったし、偉そうな顔をしてそれを続ける神父の人柄までが傲慢に思えて仕方なかった。

でも考えてみるとこれまで36年の間、ドイツで数え切れないほどのミサに参加しているけれど、努力しているなと思える声と抑揚を持った神父には5本の指で数えるほどしか出会っていない。聞き惚れるような声でミサを進行していったら参加している信者たちの信仰心も高揚されると思うのだが。

これまでで一番素晴らしかったのはローマのバチカンでラテン語で行われたミサ。この時は「この神父さん、オペラ歌手になってもいいんじゃないか」と思ったほど惚れ惚れと聴き入ってしまった。(笑)

でも、こんなわたしの不満はわたしが信者ではないということから来ているのかもしれない。幼少の頃からそんなものだと慣らされてきたら耳が麻痺してしまうのかも。信仰にはもっと大事なものがあると言われれば、無宗教のわたしは黙って引っ込むしかないのだが。

ひな鳥が迷い込んだ

昨日のことだが、半地下の部屋で iMac をいじっていたらその横の窓に小鳥の雛がパタパタ羽根を動かしているのに気がついた。口を大きく開けて明らかに餌を要求している様子。わたしを親鳥と間違えているのだろうか。

あまりにも可愛いからiPhone 4Sのカメラで撮影していたが、どうやら自力で飛ぶ力はまだないようだった。きっと何かの拍子に巣から転げ落ちたに違いない。それに気がついて園芸用の手袋を嵌めてから注意深くそのひな鳥を手の中に囲んで運び、わが家の垣根の中に戻してあげた。

しかしこのひな鳥が自分で巣を見つけてそこに戻るというのはちょっと無理なような気がする。かなりの確率で死んでしまうような気がするけれど、わたしとしてもそれ以上はしてあげられない。最後まで助けられないのは残念でちょっと後ろめたい気もするのだが、それが自然界というものなのだと自分に言い聞かせた。

今年は勝ったよ!

今日は恒例のエイプリルフール。ここ数年妻にやられっぱなしだったので今日こそはリベンジを、と朝起きたときから考えていた。結果は大成功!

作戦としては次の2点だった。

1.何気なく話を切り出すこと。
2.彼女が何かに集中していて働いている時を狙う。

今日は復活祭の月曜日で祝日である。今日計画していたブランチは3人の娘とパートナー、それに義母が加わるから総勢8人で食卓を囲む予定になっていた。ブリギッテは朝から台所に立ってその準備に余念がない。その隙を突いてわたしが

わたし:「しまった!昨夜、財布を “Parsifal” の衣装の中に入れたまま帰宅してしまったよ」
ブリギッテ:「あらっ、大変。それじゃあなた昨夜は無賃乗車だったわけ?」
わたし:「無賃乗車は検札に会わなかったから良かったけど、財布の中にはクレジットカード類も入ってるんだ。まずいなぁ」
ブリギッテ:「あなた、すぐに劇場の衣装係に電話しなさいよ。衣装が洗われてしまったりしたら大変よ」

ここで獲物が針に引っかかった手応えを感じてわたしには余裕が出てきた。

わたし:「でも、今日は4月1日なんだよね。」
ブリギッテ:「電話するのに4月1日でも、4月2日でも関係ないでしょう!」

とここまで来ても彼女は気がつかず真剣な表情。

わたし:「いやぁ、だから4月1日なんだよ、今日は」

と私が笑いながら言ったところでさすがに気がついた。彼女が持っていた布巾で頭を叩かれたが、まあ、それは許す。(^_^)

女性はパワフル!

日記に書いたように、昨日は夫婦で 雨の降る中を Prien に住まいを構えた次女を訪ねた。次女は9月にバイロイト大学を修了して Herren Chiemsee 湖畔の街 Prien にアパートを借り、あるクリニックに先週から勤め始めた。わたしは何もしないでブリギッテについていっただけだったが、彼女は朝からエネルギッシュ。その模様を記しておく。
その1
わが家の倉庫には親類から貰った自転車が数年間使わないまま入っていた。次女は自分の自転車を持っているのだが、恋人が来たときなど湖畔を一緒にサイクリングするのには2台必要だからとそれを持っていくことにした。わが家の車は2週間ほど前から次女が Prien に持っていって使っているのでわれわれは列車で行くしか方法がない。そして昨日はあいにくの雨降りだった。

ドイツの列車は5ユーロ払うと自転車を乗せても良いことになっていてそのためのスペースも取ってあるから問題はない。地下鉄も自転車持ち込みが可能なのでこれも OK。しかしわが家から地下鉄までの区間は自転車持ち込み禁止だからそこまでは自力で走らなくてはならない。

さて、昨日の朝、倉庫から出してきた自転車は埃にまみれていて、おまけにタイヤの空気が抜けていてペチャンコ状態。地下鉄の駅までは自転車でも10分は掛かるから着いたときにはずぶ濡れになるはず。わたしは
「今日は自転車を持っていくのを止めて次の機会にしようよ」と持ちかけた。返ってきた答えは
「わたしが雨合羽を着て片手に傘をさして地下鉄の駅まで乗っていきますから、あなたはあとでバスで来て下さい」
「しかしタイヤの空気が抜けてて、空気を入れてもどこまで持つかわからないよ」と私。
「空気が抜けたら止まってまた入れればいいわよ」
「でも雨が降ってるんだよ」
「平気、平気」
というやりとりがあり、私はバスであとから追いかけた。彼女がどこかで立ち往生しているのではないかと走るバスの窓から雨の降り続ける外を見続けていたが地下鉄の駅に着いてみると彼女がニコニコして手を振っている。話を聞いてみると一度だけ止まって雨が降る中でタイヤに空気を入れたそうだ。よくやるなぁ!

その2
ミュンヘンの中央駅から出るザルツブルグ行きの列車の自転車運搬用の箱に乗りこみ、ホッと一息。あとは Prien に着くまで本でも読んで座っていればよい。
発車間際にドカドカと50歳近辺のおばちゃんグループが乗ってきた。どうやら仲の良い友だち同士でザルツブルグへの旅行らしい。このおばちゃんたち、座るとすぐにおしゃべりを始めだした。これがうるさいのなんの!中に二人ほどけたたましい声で笑うおばちゃんがいて、誰かが何かの話を始めるとまずその二人が、そしてそのあと全員が笑い出す。初めのうちはそれを無視して本を読もうとしたのだが、これは無理だった。

本を閉じて彼女たちの話を聞いていると、他愛のないことが話題になっていて、あれでなんで笑えるのだろうと不思議。そこで思いついたのだが、あれだけ笑えるというのが女性の長寿の要因のひとつではないかということ。男同士のグループではこうはいかない。やはり「心の底から笑う」というのは長寿の秘訣なんだろう。8人のドイツのおばちゃんたちは骨格がたくましく、全員が確実に私より体重が多そうだったことを付け加えておく。

その3
次女の住まいを引き上げてきたのは午後3時45分。帰路は私がわが家の車を運転した。途中数度渋滞があったけれど、それほど時間も掛からずに夕方7時頃に帰宅。さすがのブリギッテも車の中では爆睡状態だった。(笑) わたしは久しぶりの運転だったから疲れて帰宅したあとは、 iMac で土曜日に録画しておいた Sportschau を Weißbier を飲みながら見始める。

私がグータラとしている一方で、彼女は台所で料理を始めた。明日(10月8日)は彼女のお母さんの82歳の誕生日で夕食をわが家で食べるのだそうだ。参加者はブリギッテの弟夫婦を入れて5人。今日(月曜日)はブリギッテも仕事があるので、勤めから帰宅してすぐに食べられるようにと、前菜のスープ、肉料理に付け合わせるシュペツレ、芽キャベツを料理し、デザートのムースショコラ、などを作った。そしてメインの肉料理の準備をして、私に「明日の16時半に忘れないでオーブンのスイッチを入れてね」と言い残して就寝。

彼女は今朝は6時前に起床。お母さんと街なかのカフェで誕生日の朝食をとるのだと8時前に出掛けて行った。
「今夜は夕食に招いているのだから、なにも出勤前の慌ただしい中をお母さんを連れて朝食に行かなくてももいいのでは?」と言うと
「誕生日は特別の日なんです!」と睨まれた。
とてもじゃないが私にはついていけない。(-_-;) 今日の16時半にはリマインダーをかけてオーブンのスイッチを入れるのを忘れないようにしなくては。

ビックリ!

日本からミュンヘンのわが家に戻ってきたのは一昨日(23日の夕方)だった。やはり疲れていたのか頭の芯がボヤ〜ッとしていたが、ステレオ装置の前に白い布をかぶせられたものが鎮座しているのにはすぐに気がついた。白い布を取って見るとそこにはなんと、Nationaltheater 観客席の椅子が

Nationaltheater の椅子は1963年に劇場が再建されて以来使われていたもので、今シーズンから新しい椅子にリニューアルされた。昨シーズンが終わってからその古い椅子を希望者に販売していたことはわたしも知っていた。

しかしその値段がわたしには高いと思ったのと、座り心地が余り良くない印象が残っていたので欲しいとは思わなかった。しかしブリギッテの考えは違っていたのである。

彼女曰く「あなたが長年の勤めを終えるのと時を同じくしてこの椅子も引退するというのは何かの因縁のような気がするの。これに座ってステレオを聴くのも良いものでしょ?」

というわけでわたしが日本に行っている間に手配したらしい。試しにと今日の午後、この椅子に座ってステレオ装置から流れてくる音楽を聴いたのだが、1時間ほどなら座り心地の悪さも気にならなかった。

彼女の言うのにも一理あるわけで、これからはせいぜい活用させて戴くことにする。

娘達からのプレゼント


昨夜の「お別れパーティ」も終わって、これでまた定年退職への心の準備が深まった。昨日、末娘に会ったときに「わたしたち3人の娘からです」と言ってカードとプレゼントを渡された。
写真を見て貰えば一目瞭然なのだがカードの表はアップル製品大好きのわたしにピッタリのデザイン。現役生活を終わってスリープ状態に入ったね、ということなのだろう。

カードを開けると左半分にわたしの眠っている顔と右半分に彼女たちの言葉。カードの上のベロを引っ張るとわたしの起きているときの顔になる。こういうものをわたしも幼い頃に作った記憶がある。

顔はわたしの写真から描いたのかと訊いたら、先日わたしが劇場から貰ってきたわたしのギプス頭部を参考にし、それに白髪頭を描き込んだものだと説明してくれた。これらは全部手作りのものなのでそれが嬉しい。

一緒に貰った小さな包みの中には “SEXY RENTNER” と書かれた車のナンバープレート状のものが入っていた。これは年金生活者になる寸前のわたしがセクシーだということか、それともセクシーな年金生活者になって欲しいという彼女たちの願望なのかちょっと分からない。どちらにしてもその方向に向かってこれから頑張るよ!(^_^)

ヘッドフォンの置き台


定年退職の日まで秒読みの段階に入ってきた。あと12日である。公演のほうは病欠者が出なければあと6回出ればよい。楽屋の自分が座っている机の上などもそろそろ片付け始めている。

劇場のメーク係の棚には合唱団全員の頭部を石膏でとったものが並んでいる。新しくカツラを作るときに使われるのだ。これを作るときには頭から石膏の溶けた液をピタピタと貼られていく間じっとしていなくてはならない。もちろん目はつぶったままだし空気は鼻の穴からしか入ってこない。もう何年も前の出来事だが、なんとも不快で不安な時間だった記憶が残っている。

退職するということで先日わたしの頭部を記念に貰ってきた。これをヘッドフォンの置き台に使おうというわけ。ヘッドフォンは使っていないときの置き場所になかなか困るものである。ただ置いただけでは人間が横座りしたときのようになんともだらしない感じとなってしまうのだ。

オーディオ専門店などに行くと人間の頭を形取った置き台を売っていてあれを買おうかなと思ったときもあったが、なんだか無機質で取り澄ました感じが気に入らなかった。しかしそれが自分の頭の形となればこれは愛着が湧いて面白いのではないか。(笑) しばらくこの形で使ってみようと思っている。

ドイツの老人たち

もう数年前になるが、妻と一緒に日本に帰国したときに彼女が面白いことを言っていたのを思いだした。

その時われわれは日本滞在のほとんどの部分を東京、京都といった都会で過ごしたのだったが、彼女の印象では 「日本では外を歩いている老人が少ないわね」ということだった。そういわれて思い返してみると確かに東京などでは杖をついて歩いているお年寄りはあまり見なかったような気がする。

しかしドイツは全くそんなことはなく朝夕の通勤時間を除けばかなりの老人が街中を歩いている。中には写真のように杖をついている人たちもいるがそれでも時にはうるさいくらいに元気である。(^_^;)

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新しい iPad を手にしてからブリギッテはどこへ行くにもそれを持っていくのだが、今日は Tram の停車場で彼女が撮したスナップ写真を見せてくれた。。2人の老女の声高な開けっぴろげな会話が聞こえてくるようななんともいい写真である。2人とも足が弱っているのだろうか杖を持ってはいるがなかなかどうして迫力満点である。

白髪の女性が持っている黒いビニール袋にはなんと “Madonna” という文字が!これに気がついたとき、わたしはたまらず吹き出してしまった。

それでも女性に較べたら街を歩いている男性の老人は少ない。女性の方が元気だというのは万国共通なのだろう。わたしは80歳、90歳になっても元気で街を歩けるような年寄りになりたい。(^_^)

SONY の崩壊による日本人の喪失感・・・小田島隆氏(2012年4月11日)

TBS ラジオのポッドキャスト「たまむすび」を聴いていた時にこんな話題があった。コラムニストの小田島隆氏が話していた内容は次のようなもの。

________________________________________________________________________彼がテクニカルライターを職業としていた当時から他社と異なって SONYの技術者は記者会見の時などには目線の高さがあった。圧倒的に高飛車だったけれど毅然としていてそれはそれで嫌な感じではなかった。しかしそれは高い技術力に裏付けられた製品の品質の高さで納得のいくものだった。

2000年代に入ってからはヒット商品がない。コンテンツ産業に手を出した結果、ものを作る社員よりもマネージメントを司る社員の方の力が強くなってしまったこともその要因である。
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ここからはわたしの感想である。
もう10年以上も前にSONYに陰りが見え始めたときにも「なぜ?」という話題が出たことがあった。そのときの記憶ではアメリカでの話であるがSONY販売店のサービスの低下と販売員の質の低下がとり上げられていた。例えば注文した製品がなかなか届かなかったり、故障のクレームを受けても高飛車な態度でユーザの使い方が悪いといわんばかりの対応もかなりあったらしい。この頃からSONYの陰りが始まったのだ。

これらはお客に接する末端の人たちが明らかにSONYというブランド力の間違った使い方をした典型である。すぐれた製品を作り上げた技術者だけに許される誇りをお客と接する販売店、販売員が自分の手柄だと勘違いしたからに他ならない。

この姿は振り返ってみると古代ローマ帝国以来のさまざまな国の栄枯盛衰と実によく似ている。SONYは滅びるべくして滅びるのだろう。わたしも学生時代から SONYの製品は大好きでそのユーザであることは誇りでもあった。そしてわたしが今大好きなのはアップルの製品群。だがアップルもいつかは SONYと同じ道を辿るような気がしてならない。