今年も暮れる

12月31日(土)・晴れ/最高気温6度

8時起床。
朝の気温はマイナス7〜8度。日中は太陽が出て良い天気だったが陽が沈むと強烈な冷気。ブリギッテはわたしが起きてきたときには既に買い物に出掛けていた。下の写真は背景が青空なので桜に見えないこともないが樹氷である。

朝食を済ませたあとまずはベッドカバーとシーツの総取り替え。今年の大晦日はちょうど土曜日なのでちょうどキリが良い。新年にはやはり洗い上がったベッドカバーとシーツで眠りたい。

そのあとで餅を切る。のし餅を3枚搗いたのだが、そのうちの2枚は28日に、もう1枚は29日に作った。28日に作った餅は既にかなり固くなっていて切り分けるのに力を要した。29日に作った餅はごく普通の硬さ。

ブリギッテはお昼過ぎに帰宅。時間を見計らって「きなこ」「納豆」「大根おろし」を作っておき、彼女が帰宅してから餅を焼いた。今日食べた餅は切り分けた中の端の部分。形の良い餅は明日のお雑煮と「磯辺巻き」に使う。久しぶりにきなこ餅を食べた。わたしはやはり納豆餅が一番好き。

お腹が一杯になったあとブリギッテは疲れたのかベッドに入って昼寝。わたしも彼女が起きてきたら交代で昼寝をしようと思っていたら,彼女が起きてきて新鮮な空気が吸いたいから散歩に付き合って欲しいという。今日はまだ歩いていないのでまあいいかと付き合う。30分ほど歩いて帰宅。そのあとわたしはようやく1時間の昼寝。

夕方7時過ぎに義母宅へ。今年は義母、ブリギッテ、わたしの3人で年越しである。わたしにとっては気を使う、招いたり招かれたりがなくて嬉しいのだが、ブリギッテは物足りなさそう。

今年もいろいろとあったけれど、健康で年を越せるのはありがたい。

義母にまた一難

12月30日(金)・晴れ/最高気温4度

6時半起床。
ウッカリしていたが今日はブリギッテが出社する日だった。今日1日働いて次は1月4日から新しい年が始まるらしい。

彼女が義母宅へ立ち寄るので7時過ぎに出ていったあとしばしゆったりする。そのあと洗濯物のアイロン掛け。クリスマスを挟んでしばらく洗濯物が洗い上がってこなかったが、今日はドサリとカゴの中に入っていた。シャツ類だけで8枚ほど。あとはテーブルクロス、テーブルナプキン、台所の布巾など多数。

アイロン掛けが終わって街へお雑煮用の材料を買いに行こうと身支度していたらブリギッテから電話。義母の右足に傷が出来て体液が出ているとの連絡。間の悪いことに新年を明後日に控えてほとんどの医者は休業中。

買い物に行く前に義母のところに立ち寄り患部を見てみる。彼女の右足は血行が悪くなっていて赤黒く膨れあがっている。その足の土踏まずの部分が傷ついてしまったらしい。わたしではどうしようもないので土踏まずの部分に布をあてて様子を見ることにした。

とにかく街へ出て蒲鉾、なるとなどを購入して午後2時に再び義母宅へ立ち寄る。ブリギッテが用意しておいた昼食を電子レンジで温めて義母に食べさせる。食欲はまだしっかりある。ただ、広い家なので自分で立って歩いて台所に行き電子レンジに入っている料理を温めて食べるのはかなり厳しい。面倒だと思えばそのまま夜まで食べずに済ませてしまうのだろう。これまでにはそんなことも何度かあった。もう1人で暮らすのは限界に来ている。

わたしは帰宅してコーヒーを飲んだら急に疲れてマッサージチェアの上で一時間ほど寝入ってしまった。

今日のアドヴェンツカレンダー。チェコの国境近くに位置する 94481Grafenau の醸造所 Bucher Bräu 製 BÄREN GOLD という銘柄。アルコール分は5.2%とちょっと多めでコクのあるビール。 www.bucher-braeu.de

晴れた穏やかな日

12月29日(木)・晴れ/最高気温6度

7時半起床。
明け方5時に一度起きてそのあと二度寝したら次に目が覚めたのは7時半。でも二度寝は気持ちよかった。

今日もブリギッテは朝から義母宅へ。1月半ばから24時間態勢のヘルパーさんに来て貰うので彼女のための部屋を用意しなくてはならない。その部屋の中にこれまで義母が溜めに溜めた雑誌、衣類などを整理する仕事だ。ブリギッテ1人では手に余るので、弟の奥さんも手伝いに来た。

わたしは午前中に三回目の餅つき。これで購入した餅米が全て餅になった。

今日は素晴らしいお天気になったので午後3時過ぎに義母を車椅子で1時間ほどの散歩に連れ出す。彼女が家の中に座っているとブリギッテ達の片づけになにかと口を挟んで仕事が捗らない。ブリギッテ達はわたしが散歩に連れ出したのを感謝していた。(笑)

散歩から戻って、ブリギッテ達が大きなゴミ袋にまとめたもの数個を車に積んで粗大ゴミ捨て場に持っていく。それを済ませてからわたしは帰宅。ブリギッテ達はそのあとも作業を続けたようだった。

夕食は近くのイタリア料理店にピザを注文し、それをわたしが受け取りに行き義母宅で食べる。弟も来ていてアンナをまじえて6人での食事。8時頃、弟夫妻は車で帰っていった。

今日のアドヴェンツカレンダー。Doppel-Hirsch という名の黒ビール。その下に Allgäuer Doppelbock と書いてあってアルコール分がなんと7.2%!今回飲んだ物の中で一番アルコール分が高い。しかし予想に反してこれがうまい! アルコール分の多さがまったく感じられない。これが本物の Doppelbock ではないだろうか。調子に乗って飲み続けるとかなり危険な感じ。(^_^;)

会社名は HÖSBRAU-UND VERTRIEBS GMBH & CO.KG
住所は GEWERBEPARK 35 87477 SULZBERG SEE
アルゴイ地方の Kempten の南に位置している。

朝からちょっと落ち込んだ

12月28日(水)・晴れときどき曇り/最高気温5度

7時半起床。
今日もブリギッテは朝食を義母と一緒に取るためにシャワーを浴びたあと家を出ていった。

わたしは起き抜けにいつもの通りに紅茶をいれようとポットの蓋を開けたときに手が滑ってそれを落としポット本体の縁が欠けてしまった。この紅茶ポットはブリギッテのおばあさんからの形見分けで2人とも気に入って使っていたのでガックリ。このせいで今日の日中は落ち込んだ。(-_-;)

そんなところにアンナが洗濯物を取りに来訪。彼女が注文、購入した電気洗濯機が明日届くので嬉しいと喜んでいる。ふと心配になったので「洗濯機をどこに置くの?」と聞くと台所だという。「洗濯機用の排水口は?」と聞くとシンクをちょっと外せば大丈夫という返事。そんなに簡単ではないだろうと思って彼女のアパートまで見に行った。

わたしの危惧した通り、彼女の思惑通りの場所に洗濯機を置こうとするとかなり配管をいじらなくてはならない様子。彼女の手に負えるものではないし、わたしにもその作業は無理。配管工事を頼むにしても大抵の業者は1月6日までは休業中。

そんなこともあって気分の晴れない日中を過ごす。

そこで気晴らしにというわけではないが「新年用の餅」を作ることにした。一回目の餅つきを終わってから車でホームセンターまで走り,瀬戸物修理用の接着剤を買って帰る。これを使ってみるがなんとか修復が出来そう。わたしはあまりこういう作業が得意ではないので自信が無いのだがなんとかくっついたみたい。明日までそっとしておいて様子を見るつもり。そのあと二回目の餅作り。

今夕はブリギッテが義母とアンナと3人で演劇を観に行く予定にして、ずいぶん前に切符を買っておいた。しかしクリスマス中の義母の健康状態を考えると外出しての観劇は無理だと思うのだが、当人がどうしても行きたいと言う。結局、ブリギッテとアンナが付き添い、わたしが往き帰り運転して彼女の希望通りになった。

今日のビールは Einbecker Brauhaus AG という会社の “Kellerbier”。ハノーファーの南に位置している。住所は Papenstraße 4–7 37574 Einbeck ホームページはwww.einbecker.de。アルコール分は4.8%と軽い。瓶には「飲む前にちょっとだけ振ってから栓を開けるように」と書いてある。

義弟一家と義母宅で夕食

12月27日(火)・晴れのち曇り/最高気温4度

6時半起床。
ここ数日は良く眠れているのが嬉しい。寝るときにカナル型のイヤフォンを耳に付けたまま寝入ってしまわないのが良いのだろう。何らかの音を聴きながら寝入りたいという願望はいつもあるのだが,ここ数日は本を読んで眠くなる時を待っている。

ブリギッテは今日も朝から義母宅へ詰めていた。ようやく義母の様態が深刻化していてしっかりとしたヘルパー探しを昨夜から真剣に始めている。

彼女を送り出したあと、わたしは何をするということも無いのだが心のどこかが落ち着かない。

12時過ぎにウォーキングに出掛けて90分ほど歩いて帰宅した。それ以外の時間は専ら読書に費やす。午後3時過ぎに短い時間を昼寝。

クリスマスのご馳走が続いて肉料理に食傷し始めていたので,まずご飯を炊いた。電気炊飯器のスイッチを入れてしばらくしたらブリギッテから電話。弟一家が義母を訪問するのでわたしにも同伴して欲しいという。彼達はまたまたクリスマス用の鴨料理を作って訪れた。4日続けての同じような料理にウンザリ。

幸い早く切り上げたのであとかたづけをして帰宅したのは21時半だった。

アドヴェンツカレンダーというのは12月24日が最後なんだけれど,飲み始めたのが遅かったのでまだ数本残っている。自分でも面白いので最後まで飲んで記録してみる。(^_^)

今日のビールは地図上では Würzburg の南になる Uffenheimer Straße 17 / 97199 Ochsenfurt にある Kauzen-Bräu GmbH & Co. KG という 醸造所のもの。
www.kauzen.de

Urhell というのは元祖 Hell と言いたいのだろう。一口飲んでアルコール分が多いなと感じたが表記は5.4%となっている。クリスマスのストレスでわたしの舌がおかしくなっているのかも。

今夜はカローラの招待

12月26日(月)・晴れのち曇り/最高気温14度

7時15分起床。
昨夜はよく眠れたので気分爽快の目覚め。昨日と同じくサッと起きてシャワーを浴びたあと台所の汚れ物を片づける。手順は昨日とまったく同じ。ゼクトグラスとワイングラスの数も昨日より少なかったから楽だった。

そんなところへブリギッテが起きてきた。彼女もよく眠れたらしい。すると電話が鳴り義母の世話をしているヘルパーさんから。義母の様子がどうもおかしいので誰か来て欲しいという。義母の話すことが混乱していているらしい。

ブリギッテはすぐにシャワーを浴びて着替え、朝食もとらないで家を出た。わたしもなにか手伝うことがあったときにはすぐに出掛けられるように心の準備をしながら家の中を片づける。幸いそのあとブリギッテから「しばらく義母宅にいて様子を見るから1人で朝食をとって」との連絡があった。大事はなかったらしい。おかげで家の中もきれいに片付いた。(^_^)

12時過ぎからウォーキングに出掛ける。昨日もけっこう暖かかった(最高気温10度)のだが今日は太陽も出て14度まで上昇。久しぶりに長い距離を歩けた。帰宅してシャワーを浴びてから軽く昼食を取る。

夕食はカローラの自宅に義母と一緒に招かれていたのだが、義母の状態が心配ということで彼女たち夫婦が材料を義母宅に持ち込んでそこで料理をするということにしたようだった。これが最善の策だと思う。車の往復で義母の体力を奪うこともないし、わが家よりも義母宅の方が広く、食事のあとは義母もすぐにベッドに入れる。

義母のためにはいちおう最善の策だったが、それでもやってみるとやはり大変だった。やはりもう誰かがついていないと限界かな。

下の写真はカローラが作った夕食。おいしかったけれど、こういうご馳走にはちょっと飽きが来ている。

クリスマス疲れ

12月25日(日)・曇り/最高気温10度

5時半起床。
早く目が覚めてしまった。二度寝は出来そうもないのでそのまま起きてダイニングキッチンに来てみると台所は昨夜使った食器とグラスの山。皆が起きてくるまではずいぶん時間がありそうだったから、まずはシャワーを浴びて洗髪。スッキリしたところで片付けを始めた。

まずは食洗機の中の洗い上がっている食器類を食器棚に片づける。そしてあらためて汚れた食器類を食洗機に並べスイッチを入れた。次は昨夜使ったゼクトグラス、ワイングラスを手洗いする。ようやく片付いた頃にユリアが起きてきた。全てが片付いたのは9時頃。

わたしはそのあと急に眠気が差してきてマッサージチェアの上で寝入ってしまった。ブリギッテが義母とアンナを車で迎えに行き、ブランチが始まった。相変わらず総勢8人である。

午後2時過ぎにユリアと彼は彼の実家へ向けて出発。彼達も双方の実家に顔を出さなくてはならないから大変だ。カローラ夫妻もゲオルクの実家へ向かった。

午後3時過ぎに新鮮な空気を吸いたくてブリギッテと森への散歩に出る。今年のクリスマス期間はなんだかいつもより暖かい。

帰宅してからブリギッテは今夜のご馳走、鴨の丸焼きの準備を始めた。オーブンに入れてゆっくり3時間ほどかけて焼き上げるのだ。

6時半過ぎに義母とアンナを迎えにいって、食事は7時頃から始まった。昨日からの連チャンでブリギッテも娘たち、そして義母も疲れ気味。

遙かな昔は日常とハレの日との差が大きかったからご馳走も楽しくいただけたのだろうけれど、21世紀の今はいつでも食べようと思えばおいしいものが食べられる時代。鴨の丸焼きは確かにご馳走には違いないけれどレストランに行けば食べられる料理だ。

結局、皆が疲れ果ててしまって誰も幸せにはなれなかったというのがわたしの正直な感想である。来年からは少し考えて,皆が集まって良かったと思えるような出逢いを計画しようと思う。

今日のアドヴェンツカレンダー

12月24日ということで今日のビール瓶にはサンタさんの帽子が被せてあった。クリスマス・スペシャルバージョンということらしい(^_^) 中身は黒ビールである。アルコール度は6.4%。やはりわたしにはアルコール分が6%を超えると違和感が残る。ザルツブルクの北に位置する Gundertshausen9 5142 Eggelsberg Austria の醸造所製。
www.kalea.at

ストレスの日々が始まる

12月24日(土)・曇り/最高気温8度

6時起床。
今年はクリスマスが土曜日の夜から始まるという,いいんだか悪いんだかわからない暦。ドイツは振替休日という制度がないので、会社勤めの人にとっては損したような気がするだろう。反対に雇用主にとっては嬉しいことかもしれない。

ブリギッテは昨日まで普通の仕事があったからクリスマスのための買い物も出来ずにいた。そこで今朝は早起きしてフル回転の買い物。わたしはその間に家の中の整理と娘たちの泊まる部屋のベッドメーキングをしたりする。

先日購入してテラスに置いていたクリスマスツリー用のモミの木を家の中に運び込む。わたしはモミの木を立てて、地下室からオーナメント類を運んできただけ。飾り付けは午後にやってきたカローラに頼んだ。

買い物から帰宅したブリギッテの話によると、大きなスーパーマーケットは予想外に買い物客が少なくて、それほどストレスは感じなかったようだ。

今年の食卓を囲んだのは義母、アンナ、ユリアと彼、カローラ夫妻、わたしら夫婦を入れて8人。今夜はフォンデューということで夕方からその準備が始まる。

ブリギッテと3人の娘たちが台所に立つと,かなり窮屈そう。(^_^;)

フォンデューを食べ終えて一段落ついたところでプレゼントの交換。これがかなりの時間が掛かる。わたしはこの頃に疲れ果てて眠気と戦っていた。

プレゼント交換が終わってからデザートのババロアクリームを食べる。娘たちが3人共同でプレゼントしてくれたネスプレッソのコーヒーメーカーで久しぶりにおいしいエスプレッソを飲む。わが家のは⒉ヶ月ほど前から壊れていた。

12時を過ぎた頃にわたしが義母を送っていき、彼女の靴下を脱がしてから帰宅。彼女の靴下は医療用のものでピッチリとしているので彼女は自分で脱ぐことが出来ない。毎日、これだけのために朝夕、ヘルパーさんが来る。

その前に歯を磨いておいたので、帰宅してわたしはすぐにベッドに潜り込んだ。毎年のことだけれど、今日から新年まではストレス多い日々が続く。(笑)

早起き、そして遅い就寝

12月23日(金)・曇り/最高気温5度

5時起床。
今朝は7時半に外人局に予約を入れていたので早起き。いつもと同じようにシャワーを浴び、朝食を済ませて6時半に家を出たので7時には目的地に着いてしまった。その模様は別エントリにした。

8時には用件が済んで家に戻ってきたのだが、その頃は小雨が降っていてそれが凍り、家の前の歩道は鏡面のようにツルツル。これは怖い!

朝一番の用件を済ませてホッとしたのか急に疲れが出てきた。昼食は今日も煮込みうどんを作っておいしく食べる。

午後2時に義母宅を訪れてブリギッテが用意していった昼食を義母に食べさせる。今日はウィンナーソーセージ(日本のウィンナーと呼ばれるものとは違う)を温水で温め、ジャガイモサラダを添えたもの。

義母はおいしそうに食べていて食欲もあるみたい。食後のエスプレッソ・コーヒーを飲ませたあと帰宅。家に着いたら3時だった。あとでブリギッテに「お母さんはあまりウィンナーソーセージが好きじゃない」と聞いて少し驚いた。わたしに遠慮しておいしそうに食べていたのかな。

夕方5時過ぎに Regensburg からユリアと彼が来訪。ブリギッテも今日はいつもより1時間早く帰宅した。

わたしは6時過ぎに家を出て Nationaltheater へ。ブリギッテの勤め先の店主から回ってきた切符なのだが,数日前からまたブリギッテの背中が痛み出していて、明日からクリスマスなのでその準備もあるからわたし1人で行くことにした。高い切符なので勿体ないけれど仕方がない。

22時に終了して帰宅は22時40分ぐらい。今夜は地下鉄と Tram の連絡がよくて思いのほか早く帰宅出来た。

今日のアドヴェンツカレンダーは昨日に続いて Helles 。アッサリとした喉ごし。ランツフート(Landshut) の北に位置する Hohenthanner という所にあるビール会社。
住所は Schlossbrauerei 84098 Hohentahnn。可も無く不可も無しという味だった。
www.hohenthanner.de

バレエ:SPARTACUS を観てきた。

今夜は Nationaltheater でバレエを観てきた。ブリギッテも行く予定だったのだが、彼女の体調が悪いのと明日からのクリスマスの準備があるのでわたしひとりで観てきた。演出、舞台装置などは奇をてらったものでなくまっとうなもの。これを退屈な演出と見る人もいるかもしれない。振り付けも,こうなるだろうなぁ、と思わせる伝統的なものだった。

4人のソロダンサー達が素晴らしかった。かなりの長丁場だったけれど、メリハリの利いた美しく激しいダンスを披露してくれた。ソロバレリーナの足がとても長く美しく見えた。(席はパルケットの5列目)

10年ぶりに外人局を訪れた

ミュンヘン市の 外人局(Ausländerbehörde)に行ってきた。日本の10年間有効のパスポートの期限が切れるのでまた10年の延長をした。すると自動的にドイツの滞在許可証も更新しなくてはならない。この2つは紐ついている。

今の時期は多くの難民が登録に来ているので外人局はてんてこ舞いで大変なことになっているだろうということは予想していた。ホームページを見たら滞在許可証の延長は予約を取ってから来て欲しいということが記されていたので,しばらく前(12月12日)に申し込んで今日(12月23日、午前7時半)に予約が取れた。今朝は久しぶりの5時起きである。

公共交通機関は何が起こるかわからないので余裕を見て7時に外人局に到着するように家を出た。まったく問題なく7時に到着。扉の前には既に20人ほどの人たちが待っていた。開館は7時半である。ただ並んで待っているのも退屈なのでその周辺を20分ほど歩き回ってから7時半に入館。開館直前は想像していたほどの人数ではなく50人ほど。

まず受付でわたしの行くべき部屋はどこにあるのかを確かめる。この時に「オヤッ?」と感じたのは受付の係員が微笑を浮かべながら応対してくれたこと。10年前とはずいぶん違うなと一瞬思った。わたしはまったく正反対の,応対に疲れてぶっきらぼうで不機嫌な受付を想像していたのだ。少なくとも10年前の記憶ではそうだった。

外人局の内部というのは結構広くて迷路のように入り組んでいる。名前のアルファベット別に入る部屋が決まっている。

ここでも昔の記憶が蘇ってきた。例えば安倍という姓なら「A〜C 」というシールの貼ってある部屋に入るわけだ。そしてこのアルファベットによってどんな係員に当たるかが、運不運の分かれ目だった。

ひどい係員に当たるとまったく話が進まずに難癖を付けられることがあったりしたのである。わたしの場合は奨学生として入国しその1年後から劇場の仕事に就くことになったので就労ビザを取る手続きが複雑だった。その時の記憶は嫌な思い出として残っている。

今回は予約を取っていたので待つこともなく受付のあと指定された部屋にスンナリと入ったわけだが、なんだか空気が違う。対応してくれた女性も常に笑みを浮かべていて指摘することも簡潔・明瞭。これなら街の商店の売り子さんよりも感じが良い。ミュンヘン駐在の日本人をお世話している女性にすぐに SMS でこの点を報告してみた。

「今、Ausländerbehörde に来ています。係員の態度が10年前に比べたらずいぶん親切になったような印象です。ドイツも「おもてなし」とか考えているんでしょうかね。」

すぐに返事が返ってきた。

「確かにそうですね。ある時期問題やクレームが多かったので、部屋も中でつながっていたり、複数で座っていて汚職や外国人への暴言が無いようになってます。改善したのはいいことです。」

やはり、10年の間にはいろいろとあったのだ。日本の外人局も訪れる外国人には親切に応対して欲しいなぁ。

義母がかわいそうだった

12月22日(木)・晴れ/最高気温6度

6時半起床。
しばらく振りに晴れた。しかし今日も荷物の配達を待つので家を空けることが出来ないまま終わった。明日からはまた曇り空が続くようなので残念。

二晩わが家に泊まった若い2人は午前中にそれぞれの自宅に帰っていった。女性の方は中央駅近くから朝7時半頃に出るバスに乗るとかで、わたしは顔を合わせずじまい。甥の方は朝食をとったあと8時半頃に送り出した。

この頃から外は明るい光が差してきてウォーキングには最適なのだが、また留守中に荷物が配達になったりすると困る。おとなしく電子書籍を読みながら待った。

結局、配達になったのは午後2時過ぎだった。これでクリスマス前の配達待ちは終了。配達時間を指定出来ないのはなんとも辛い。わたしにとってアマゾン・プライムはあまり利点がないのでキャンセルすることにした。

配達後に車で飲料店まで行きビールを2ケース、ミネラルウォーターを1ケース購入する。

帰宅したら義母の整体師さんから電話。今日は訪問日なのだが呼び鈴を何度押しても返事がないという。すぐにわたしが駆けつけて住まいの戸を開けてみると義母は椅子に座ったまま動けないでいた。彼女は人工肛門(ストーマ)を付けているのだが、その袋が外れてしまったらしい。事が事だけに男のわたしに電話するのを遠慮してしまったらしい。

電話連絡して介護士さんに来て貰い、処置をして貰って義母もようやく落ち着いた様子。今日のようなことがあると、もう彼女1人で生活するのは無理かなと思ったりする。少なくとも朝、昼、晩と見てくれる人を頼まないと。

ブリギッテは同僚と約束していた演奏会を退社後に聴きに行ったので,わたしはもう一度6時過ぎに義母宅へ。大丈夫そうだったので30分ぐらい居て帰宅した。

今日のアドヴェンツカレンダーはアルゴイ地方の Kaufbäuren で作られているHelles。しばらく色の濃い,アルコール分の高いビールが続いていたので今日はとても爽やかに感じる。http://www.aktienbrauerei.de




氷点下の1日

12月21日(水)・曇り/最高気温ー1度

6時半起床。
朝のうちは濃い霧が立ちこめていた。午後から晴れるかなと思っていたがそのままで1日が終わって最高気温も今年初めての氷点下。

昨日から泊まっている若い2人は9時過ぎに起きてきて、用意しておいた朝食を食べたあと11時頃に出掛けて行った。ミュンヘンの町で行きたいところがあるらしい。そしてそのまま夜はサッカーの試合を見に行くという。この寒空の下、若さだなぁと感心する。

今日は外へ出ずに荷物の配達を待っていたが、その甲斐があって無事に届いた。まだ届いていないものもあるのだが、それらはクリスマスのあとでもかまわないので気が楽。

夕方6時にブリギッテを車で迎えに行く。彼女は家具屋に行ってダイニングキッチンに置く電気スタンドを見に行くつもりだったらしいが、そんなものは年が明けてからにしたらと進言してスンナリ受け入れてくれた。彼女も少しは身体を休めることを考えないと。

家を出る前に「フランス風ポテトスープ」を作っておいたので,帰宅してからすぐに温かいものを食べることができた。ブリギッテの会社で隣に座っている女性が風邪を引いていて,彼女はそれがうつるんではないかと気にしている。一番の予防はしっかり食べて良く眠ることだ。

今日のアドヴェンツカレンダーは Bad Laasphe という所の黒ビール。わたしは黒ビールがあまり好きではない。有名なギネスの黒ビールもおいしいとは思わない。しかしこれは黒ビール特有の癖が少なくて許容範囲内だ。アルコール分は5.3%とちょっと高い。www.brauerei-bosch.de

サッカーを観に行った若い2人の帰宅は10時半を過ぎるだろうから,わたしはそれを待たずに早寝する。

最高気温0度

12月20日(火)・曇り/最高気温0度

6時40分起床。
起床したときにはかろうじてブリギッテが出ていくのに間に合った。しかし、こんなに朝早く出て夜9時前に帰宅する彼女の身体が心配。来年1月末まではなんとか頑張るつもりだろうが、そのあとが怖いかも。

今日はまたAmazonに注文した品が届くのだが、これまで午前中に届いたことはないので朝のうちにウォーキングを済ませておくことにした。8時半頃に家を出て帰宅したのは10時10分。しか〜し、郵便ポストの中には不在届けが入っていた。なんという間の悪さだろう。(-_-;) クリスマスを数日後に控えて配送業者も大幅にシフトが変わっているらしい。明日また届けてくれるようにと DHL に電話する。

昼食は冷蔵庫の中にある「辛子明太子」を消化しなくてはならないのでスパゲッティを茹でてそれに絡めた。おいしい!

15時過ぎからカレーを作り始める。今夕から義妹の大学生の息子が彼女を連れて二泊する。明日の夜のブンデスリーガ FC Bayern München – RB Leipzig の試合を見に来たのだ。先回彼がわが家に泊まったときに食べたカレーがおいしかったというので今日もまた作ることにした。

先週は義妹が来ていて、息子の彼女を観察してね、とブリギッテに頼んでいた。母親にしてみれば息子の彼女というのはやはり気になるのだろう。(笑)

今日のアドヴェンツカレンダーは Schlappeseppel の Helles 。グラスに注ぐとヘレスのわりには泡の出が激しい。ちょっと Weißbier みたい。アッサリとして喉ごしも良好。

所在地は Aschaffenburger Straße 3-5, 63762, Großostheim フランクフルトの南西に位置する醸造所。http://www.schlappeseppel.de

歩けて満足

12月19日(月)・曇り/最高気温1度

6時半起床。
一日中どんよりとした曇り空で気温も上がらなかった。カローラが REWE のフライパンを欲しくて集めたクーポンが溜まったので、8時過ぎにそれを受け取ってきた。普通の日(週日)に時間のあるのはわたしだけで、わたし以外はみな働いているからこういうことはわたしの役目になる。(^_^;)

そのついでにクリスマス・カードを投函。 今日もAmazonに注文した品が届くので10時前にはそれらの用事を済ませて在宅していたかった。

午前中は4枚のブラウスのアイロン掛け。これはすぐに終わった。7枚も8枚も溜まると億劫になるのでこうして乾いた順に出してくれると苦にならない。昼食は煮込みうどん。モヤシ、ネギ、卵のトッピング。

午後2時を過ぎた頃に玄関のチャイムが鳴って DHL が小包を届けてくれた。早く済んでよかったと思ったが、もう一個の注文品が届いていない。しかしそれも2時50分ぐらいに届いたので、ようやく着替えてウォーキングに出掛ける。

森の入り口まで来てちょっと驚いた。どうやら昨夜は少し雪が降ったようだ。普通の靴なので危ないから家に戻ろうかと思ったけれど、ストックを持っているから大丈夫だろうとゆっくりと歩き始めた。

いつものコースよりも短い道を選んで帰宅したときには太ももの内側が張っていた。滑るのを用心して普段使わない筋肉を使ったらしい。

晩酌の時間には早いが喉も渇いていたので今日のアドヴェンツカレンダーを開ける。
今日のビールは Regensburg の南、 Landshut の北に位置するビール会社のもの。ラベルには4種類の芳潤なホップで作られていると書いてある。飲んでみると確かに苦みの勝ったスッキリとした味。アルコール分も4.8%と普通。これは好みかも。そのビール会社のホームページは http://www.schlossbrauerei-herrngiersdorf.de

身体が冷えてきたので熱いシャワーを浴びる。そして夕食の準備。今日は鮭の切り身をフライパンで焼き、塩茹でのジャガイモを添える。先日義母用にと開けた缶詰のザウワークラウトが余っていたのでそれも温めて加えた。鮭には合わないかもしれないが食べないと悪くなってしまう。キュウリの酢の物におろし生姜を乗せたものも作った。

寝不足の1日

12月18日(日)・曇り/最高気温4度

7時半起床。
昨夜はベッドに入ったのが午前1時40分だった。8時までは眠れるかなと思ったが7時に目が覚めてしまった。眠り続けるにも体力がいる。それが落ちているということかな。

今朝は義妹を加えて4人でのブランチとなった。義母が義妹と二人だけの朝食をしてくれるかと期待したのだがそうはならなかった。(-_-;) 義妹が11時過ぎの列車でDarmstadtへ帰るというのでいつもよりも30分ほど早い時間のブランチ開始。

わたしは義母と義妹を迎えに行く前にパン屋に立ち寄りクロワッサンと義妹の分のパンを購入。ブランチの終了もいつもより早い時間に終わったのでその点では良かった。

帰宅してからブリギッテと園芸店へ車で走りクリスマス・ツリー用のモミの木を購入する。今日は日曜日にかかわらず特別に13時まで店を開いていた。すぐに形の良さそうなモミの木を見つけて購入し帰宅。値段は20€ほど。

わたしもブリギッテも寝不足でさすがに疲れていたので、帰宅してからすぐに昼寝。1時間はタップリと眠ったのでようやく体調が戻る。

夕方、ブリギッテは再び義母宅へ出掛けて彼女の世話。

18時過ぎに彼女が帰宅してから二人で夕食。今夜は簡単に「タラコ・スパゲッティ」を作った。これは仕事を持っている女性が帰宅してササッと作る簡単料理だよと教えた。(笑)
たらこ納豆マヨパスタ

今日のアドヴェンツカレンダーはこれ。

Märzen Bier といって寒さの厳しい3月にはアルコール分の強いビールが製造、飲まれる。このビールがそれでアルコール分は5.6%。飲んでみるとそれほど強いとは感じないけれどやはり普通のビールとは味が異なる。これもビール純粋令500周年の記念ビールということらしい。ホームページは http://www.rieder-bier.at

クリスマス・パーティ

12月17日(土)・晴れ/最高気温5度

7時起床。
今朝はわたしの方が早く起きてシャワーを済ませる。それまでの時間ブリギッテは一週間ぶりにゆっくり寝ていられるので嬉しそう。朝食を済ませてブリギッテは週末の買い物に出掛けて行った。今日は昨日から義母宅に止まっている義妹と3人での買い物。

わたしはまだ最後まで観ていなかったレンタル中の映画を見終わったあと(実にくだらなかった)各部屋の掃除に取りかかる。今日もかなりしっかりと掃除機を掛けたので汗をかいた。

12時過ぎにうどんを作って食べていたらいつもより早くブリギッテが帰宅。お昼ご飯は要らないと言っていたのに、おいしそう、と一口、二口、三口とつまみ食いされた。

午後、1時間の昼寝。

今夜は7時半からブリギッテの勤め先のクリスマス・パーティが Schwabing であるので体力を温存しておかなくてはならない。レストランだから朝までということはないが午前1時頃になるのは予想出来る。今夜はベトナム料理店の Cochinchina というお店。

およそ80人くらいの人数が集まってのクリスマス・パーティだった。ベトナム料理自体は悪くはなかったけれど、それをヨーローッパ風のスタイルに合わせようという点にちょっと合わない面もあった。途中で日本の獅子舞と同じようなアトラクションがあったりして楽しかったが、われわれはけっこう早く退散した。それでも午前1時は過ぎていたけれど。(^_^;)

日本映画「落葉樹」を観た

12月16日(金)・曇り/最高気温2度

6時半起床。
今日も曇り空で体感温度はかなり寒かった。
朝食のあと9時過ぎに家を出て Media Markt へ。クリスマスプレゼントの物色である。しかしここにはお目当てのものが置いて無くて、その足で karlsplatz にある Saturn へ。

ここにはその品物があったのだが、前もって調べておいたAmazon価格に比べるとずいぶん高い値付け。先日も書いたのだが、これではAmazonに太刀打ち出来ない。結局買わずにそこを出て次は化粧品店へ。ブリギッテが気に入って使っている資生堂のボディローションを探したのだが、これがもう製造中止らしい。困った。ここでも目的を果たせずに店を出る。

最後に日本食料品店に立ち寄り餅米とうどんを購入して帰宅した。街中の人混みの中を早足で歩いたせいか疲れてしまい午後は1時間ほど昼寝。

夕方は19時から独日協会主催の日本映画 落葉樹 (映画) – Wikipedia を観に行く。

思い立ってその前に数軒のデパートに立ち寄ってみたがやはり資生堂のボディローションは売っていなかった。ボディローション以外のものを考えなくては。

19時から GASTEIG で始まった映画は新藤兼人監督、乙羽信子主演のモノクロ映画。わたしの生まれる以前の広島近郊の映像なのだが懐かしさが濃厚に感じられた。新藤兼人氏自身の母へのオマージュなのだろう。あらゆる男性にとって母というのはこういうものかもしれない。

帰宅して今日のアドヴェンツカレンダー。ミュンヘン近郊の Ayinger の黒ビール。これも Doppelbock ということでアルコール分が6.7%。飲んだ感じではそれほど強いとは感じなかった。昨日のアルコール分8.0%とはずいぶん違う。ビンの裏側のラベルにはきちんと Bayerishen Reinheitsgebot に則っていることが記されている。

義母を眼科医へ連れて行った

12月15日(木)・曇り/最高気温2度

6時30分起床。
今日は10時に義母をピックアップして眼医者に連れていることになっていた。昨夜は午前3時頃に一度目覚めてそのあとしばらく眠れなかった。そのせいか朝食のあとで急に眠くなりタイマーを掛けて30分ほど眠る。

10時に義母宅へ。これまで一番の難問だった街の中心での駐車は、義母が身体障害者用の駐車証明書を貰ったのでほとんどどこでも停めておけることが出来る。今日はNationaltheater の斜め前の歩道に駐車してもなんの問題もなかった。

眼科医も検査だけだったから思いのほか待ち時間が少なくて30分で終了。また半年後に検査に来て欲しいということだった。わたしは義母を送り届けて11時40分頃の帰宅。それからすぐに着替えてウォーキングに出掛けた。

今日は曇り空の湿った空気の中を歩いて13時過ぎの帰宅。一万歩にはもう少しで届かなかった。汗も掻かなかったのですぐに着替えて再び義母宅へ。

彼女は昨日、昼食を食べるのを忘れてしまったらしく、やはり誰かがいて注意しないと食べないですませてしまう。ブリギッテが調理して電子レンジの中に入れて行った皿をわたしが温めて食べさせた。そのあとコーヒーを煎れてあげたあと帰宅。

夕方 Silberhornstr. まで Tram で出掛けて今日届くことになっていたアマゾンからの荷物を受け取る。今日は留守することがわかっていたので配達先を変更して貰っていた。次からはいつもそうした方が良いのかもしれない。

今日のアドヴェンツカレンダーは Augsburg のビール会社で作られた Weizen Doppelbock 。アルコール分が8.0%とかなりのもの。わたしの舌にはちょっと合わない。 Weißbier はサラッとした飲み心地のものが好き。わたしはどうやらアルコール分の多いビールは好みではないようだ。

夜はアンナが来てブリギッテと DVD を観ている。彼女は今、一週間の有給休暇を取っている。ブリギッテは疲れているだろうにアンナにお付き合い。

今日は全てがうまく回転

12月14日(水)・晴れ/最高気温11度

6時40分起床。
今日も天気予報は外れて良い天気になった。気温も二桁台の11度。

手早くシャワーを浴びたあと8時半頃に家を出てスーパーマーケットへ。野菜などを買い求めたあと家庭医のところへ立ち寄り、ブリギッテの常備薬(血液をサラサラにする薬と、甲状腺ホルモン調整の薬)の処方箋を受け取ってくる。

これまでの経験でわが家に届く小包、手紙などは午後になることはわかっているのだが、年末でもあるからそのリズムが崩れる恐れもある。昨日届かなかったアマゾンからの荷物が午前中の不在時に届いたりすると厄介なので10時前には帰宅した。

午後の1時半過ぎにようやくそれが届く。配送人に「通知があったから昨日は1日中待っていたのに届かなかったけれど、どうして?」と詰問しても「年末だからかな〜」とまったく悪いとは思っていない様子。まあ、彼のせいではないのかもしれないけれど。

中身を確認してからすぐに着替えて14時過ぎにウォーキングに家を飛び出す。幸い、まだ明るい太陽が出ていて気温も11度と最高のコンディション。気持ちよく一万歩を歩いて帰宅してシャワーを浴びた。

夕方5時過ぎになり、さてサラミソーセージを肴にビールを飲もうかと思っていたらブリギッテから電話が掛かる。退社後に急用が出来て義母のところに行けないから、代わりにわたしに行って欲しいという。

夕食に久しぶりに「焼きソーセージ」と「ザウワークラウト」にしようと思っていたので材料を持って義母宅へ。義母はヘルパーさんが来て既にパジャマとバスロープに着替えていた。手早くソーセージ2本をフライパンで焼き、その時出た油でザウワークラウトの缶詰の約三分の一を炒める。けっこうおいしかったらしくすべて平らげてくれた。

19時に自宅に戻りまずはビール。今日のアドヴェンツカレンダーはケルンの Kölsch だった。これは飲みやすくて日本のビールに近い味。

1人での夕食にソーセージを焼くのも面倒なのでモヤシ入り焼きそばを作って食べた。

待ちぼうけ

12月13日(火)・晴れ/最高気温9度

6時45分起床。
今朝はわたしが起床したときにはブリギッテはもう家を出ていた。早すぎる。
天気予報では曇り空の良い天気ではなかったのだが、朝から明るい太陽が出ていて良い意味で裏切られた感じ。

こんな天気にはウォーキングに出掛けたいのだが、今日もAmazonに注文した品が届くことになっているので家を空けられない。インターネットで DHL にアクセスしてみると午後12時半以降に届くことがわかった。だったら、届いたらすぐに出掛けようと待っていたのだが玄関のチャイムが鳴らない。

ジリジリして待っていたがとうとう届かなかった。これはかなり腹が立つ。現在は Amazon Prime のテスト期間なのだが、これではプライム会員の意味は無いなと思ってしまう。

今日のアドヴェンツカレンダーは北ドイツのハノーファーの西/ビーレフェルトの北にあるビール会社のピルツ。ピルツ特有の苦みはそれほどなくあっさりした味。

ブリギッテは終業後に同僚達とクリスマス・マーケットでグリューワインを飲んで、そのあと義母宅に立ち寄ったから今日も20時頃の帰宅。

夕食には「ジャガイモと挽肉そぼろ煮」を作っておいた。

満足の1日

12月12日(月)・曇り/最高気温9度

7時起床。
わたしが起床したのとブリギッテが出掛けるのとすれ違い。数分間だが顔を合わせたのでまあいいかと思う。

彼女が出掛けたあとすぐにシャワーを浴びる。そのあと3日ぶりで1人での朝食。朝食のあと新しいパスポートに永住許可証を貼り付けて貰うためミュンヘン市の外人局 (Ausländerbehörde) に行こうと思っていた。その前にミュンヘンに長年住んでいる友人に最近の手続き状況について聞いてみた。わたしは外人局には10年前に行ったきりなのですっかり忘れている。

聞いてみると最近の事情は大変なことになっているらしい。難民が押し寄せているからだと思うのだが、とにかく手続きはとても時間が掛かるそうだ。友人はミュンヘンにある日本の会社に勤めていて日本からの長期出張者などのお世話などもしている。最近は7時半開場の30分前から外に並び、扉が開いたら一目散に窓口まで走るのだそうだ。それでも若い人たちには追い抜かれるので、また窓口の前で30分ほど並ぶのはザラだという。

昨夜インターネットで外人局のホームページを見てみたらオンラインで予約出来るらしいことが書いてあった。友人の話を聞いて直接窓口へ行くのは諦め、オンラインで申し込んだ。

午後に外人局からメールがあり12月23日の朝7時半に来てくれ、ということだった。早朝7時半というのはいかにも早い時間だ。その結果を友人に知らせると、わたしはどうやら幸運な方らしい。普通は2〜3ヶ月後の予約しか取れないらしいのだ。きっと誰かがキャンセルしたのだろうという友人の話だった。

10時頃からウォーキングに出掛けた。少し前に小雨が降ったらしく道は少し湿っていたがそれほど寒さは感じずに一万歩を完了。帰宅して再びシャワーを浴びる。それほど汗は掻いていなかったがやはり身体が冷えていた。

昼食は Rosenheimerplatz に出てケバブ屋さんへ。その前にアジアショップで野菜、豆腐などを買う。今日の Kebab は赤唐辛子を入れてくれて、それがなんだかすごくおいしく感じた。

帰宅すると同時に庭師が来て傷んでいる箇所の点検。そのあとしばらくすると今度は屋根の樋に溜まった落ち葉を掻き出す作業員が来た。そんなことで昼寝をする時間を逸してしまった。(^_^;)

今日のアドヴェンツカレンダーは Weißbier 。ヘッセン州の小さなビール会社製だ。特徴に欠けるがごくごく普通の味。

夕食は「鯵のひらき」を焼き、大根おろしを添える。ブリギッテだけに「キュウリの酢の物+おろし生姜」も。今日は簡単なすまし汁も作ってみた。なかなかいける。

無為

12月11日(日)・曇りときどき小雨/最高気温9度

7時起床。
今日は休養日。10時近くに義母を迎えにいってブランチ。ブリギッテがブランチの後は義母を送っていったのでわたしは一日中家の中にいた。

したことといえば4枚ほどあったシャツのアイロン掛けをしたくらい。午後、散髪して貰う

夕方、アンナが洗濯物を持って来訪。彼女は今、自分用の洗濯機を物色している。夕食はブリギッテが料理してアンナも一緒に食べてから帰っていった。今日はあまり遅くならないうちに就寝しよう。

わたしの旅券歴

一昨日、日本総領事館で新しい旅券を発行して貰った。わたしにとっては7冊目の旅券である。今回旅券を受け取ったときに最初に考えたのは「次はあるかな?」ということだった。つい先日も高専時代の級友が死去したという知らせを受けたばかり。70歳を過ぎたら何があってもおかしくはないのである。そんな気持ちもあり振り返ってこれまでの旅券用に写した写真を並べてみた。これが自分にはとても面白かった。

1.まずは、1977年4月(30歳)の時に取得した最初の旅券である。ドイツに留学出来るということが決まって取ったわたしの初めての旅券だった。旅券の色は深い青色

2.次は1982年3月(35歳)の時に更新した旅券の写真。この当時、すでに10年の数次旅券が有ったのかどうかは記憶に無いが、わたしが取ったのはは5年の数次旅券だった。ソリストとして歌っていた頃の写真である。旅券の大きさは変わらず表紙は赤に変わっている。

29.03.1982-29.03.1987 35歳

3.3つ目はそれから5年後の1987年3月(40歳)の時の写真。この時には既に合唱団員としてミュンヘンに戻ってきていた。生活の安定に伴って娘も2人に増えている。この当時はこういった子供と一緒の旅券も発行してくれたのだが、今はどうなのだろう。三脚を立てて自分で写した写真だったが、背景は白でなくてはならないとかあまりうるさくなかったようだ。この時アンナは5歳、ユリアは2歳だった。

4.4つ目はその5年後、1992年3月(44歳)の時。娘が3人に増えている。アンナが9歳、ユリアが6歳、そして末娘のカローラが3歳だった。こうして娘たちと一緒の写真を旅券に貼っていた当時の利点はどこの空港のパスコントロール係員も一様にわたしに親切でいつも笑顔を返してくれたこと。(笑)

5.5つ目は1997年3月(49歳)のもの。白髪が目だってきているがまだ頭髪は充分に黒い。しかし、この写真にはどこか疲れた表情が見える。子育て真っ最中の頃だから仕方がないのかもしれない。この時から10年の数次旅券を取得。赤い色は変わらないが旅券自体の大きさも一回り小さくなった。

6.6つ目は2007年2月(59歳)のもので、これも10年の数次旅券。旅券の形態も中にチップが埋め込まれた型紙のページが増えていて電子技術の進歩とアメリカの空港でのチェックが厳しくなっているのが伺える。頭は既に白髪となってしまっている。

13.02.2007-13.02.2017 60歳

7.そして今回の2016年12月(69歳)のもの。前の旅券は来年の2017年2月まで有効なのだが、時間の取れるときに更新しておこうと思った。10年前の写真と比べるとどこか薄ボンヤリした表情で緊張感に欠ける。これが責任のある仕事から離れた年金生活者の素顔なのだろう。(汗)

テレビでDVDを観る

12月10日(土)・晴れ/最高気温11度

8時起床。
土曜日ということでゆっくりと朝寝しているブリギッテに付き合って8時に起きた。毎朝5時起きしている彼女だからこんな日は嬉しいだろうなと思う。

朝食のあと彼女はいつもの週末のように義母を連れて買い物へ。もうほとんど自力では50mも歩けない義母だけれど週に一度の買い物は楽しみらしい。

わたしはベッドカバーを取り替え、掃除機を掛けたあと11時頃からウォーキングに出掛けた。先週はほとんど歩けなかったので昨日、一昨日と1万歩のウォーキングでちょっと疲れ気味。しかし天気予報によると明日から崩れるようでまた曇り空の一桁台の日が続くようだ。それを知ると今日のように太陽の出ている10度以上の日は歩かなくてはと思ってしまう。

今日もノルデックウォーキングの杖を使ったのでかなり楽だったが、最後はちょっとバテた。森の中の道は急にスッと寒くなる地点が数カ所あって、なんだか超常現象のような気がして不気味だった。

大した汗も掻かずに帰宅したが熱いシャワーを浴びてから煮込みうどんを作っておいしく食べた。今日はミュンヘンに住む友人からいただいた京都の出汁を使ってみた。下の写真の左側がそれ。右側はわが家で普段使っている出汁。「シマヤのだしの素」も悪くはない。

しかし、京都の出汁はいつもとは違って劇的においしかった。表現しにくいが奥の深い味。ずいぶん違うものだと感心する。実は今年の4月に帰国したときにいただいた「茅乃舎のだし」もあるのだが、これが一番おいしい出汁だと聞いているので勿体なくてまだ使っていない。(汗)

うどんを食べたあと寝椅子に座っていたら1時間ほど眠ってしまった。ちょうど目が醒めたときにブリギッテが帰宅。もう3時40分頃になっていた。

ひと休みしたあと夕方5時頃に彼女は今度はアンナの買い物に付き合って再び出掛けた。わたしが食べたいと頼んだ Pizza を買ってきてくれたのでそれを夕食にする。

夜は先日招いた友人夫婦にいただいたDVD「あん」をブリギッテと一緒に見た。ドイツ語版で観たせいかなんだか肩すかしを食った気分。エンドロールが流れ始めたときにはブリギッテと「えっ?」という表情で顔を見合わせてしまった。オリジナル音声で聞けば違った感想が得られるのかもしれない。

旅券(10年有効)を受け取ってきた

12月9日(金)・晴れ/最高気温11度

6時半起床。
先週の金曜日に申し込んでおいた旅券を受け取りに9時過ぎに家を出て総領事館まで行く。今日も1日良い天気でそれだけに朝の寒気が厳しい。 Max-Weber-Platz まで Tram に乗りそこから総領事館までを歩いた。途中銀行に立ち寄り現金を引き出す。

ちなみに旅券発行料金は 117€ だった。比較するとドイツの身分証明書は28.80€、旅券は59€、いずれも10年有効で、特に発行を急ぐときには32€上乗せとなる。日本のパスポートは身分証明書と旅券と一緒だと考えるとほとんど同額かちょっと高い。

総領事館までの道はNationaltheaterまでの道と同じなので現役時代には毎朝歩いた道。久しぶりに見る Maximilianeum(マキシミリアン議事堂)を正面から写してみた。道路はまだ霜を被っている。

旅券の受け取りはすぐに済んで帰り道もまた Max-Weber-Platz まで歩いた。帰宅して昨日のレンタル映画の続きを見る。

昼食の後ウォーキングに出掛けようと思ったときに、来週の独日協会主催・日本映画の切符を受け取ってくるのを忘れたことに気がついた。すぐに Tram に乗って GASTEIG まで行き2枚の予約券を受け取る。帰りは Südtirolerstr. まで歩いたのでウォーキングの目的も果たせた。今日も午前中の歩きと合わせて一万歩越えである。

夕食は先月のバザーで買ってあった「鯖の味噌漬け」と「納豆」にした。ほとんど手が掛からずに作れておいしかった。

今夕は義母のところに介護センターから医者が視察に来ていて、義母の介護クラスが来月から3に上がることになった。ということはそれだけ介護料金の支給額が増えるということでわれわれにとってはありがたい。

無駄足

12月8日(木)・快晴/最高気温10度

6時半起床。
今日は11時に義母の眼科医の予約が入っていたので、起床後は手順良く全てを片づける。10時に義母を連れてNationaltheater の近くにある眼科医へ。このあたりは駐車が非常に困難だけれども先々週、ようやく役所から身障者用の特別駐車許可証が発行されたので少し気が楽。この許可証を助手席の前のフロントガラスから見えるところにおいておくと身障者用の駐車スペースに止められるし、その他にもいろいろな利便性がある。

30分前に眼科医について受付に到着を告げた。しかし、義母の予約は今週ではなくて来週の木曜日・15日ということだ。一瞬ガックリ来たが、まあ、義母を外出させて外の空気を吸わせたと思えば良いと思い直す。

義母を彼女の家に送り届け、気分転換にわたしは帰宅してすぐに着替えてウォーキングに出掛けた。ここしばらくウォーキングすることがなかったので今日のような素晴らしいお天気の日に歩けるのは気持ちが良い。久しぶりに一万歩を超えるウォーキングができて嬉しかった。

昼食は冷蔵庫の中にあったラム料理の残りと、昨夜作ったジャガイモとネギの味噌汁に玉子を落として平らげる。さすがにそのあとは眠くなり1時間の昼寝。

MacBook Pro 15 を開けたらレンタルしたあるビデオの期限があと40時間だというアラートが出たのでそれを観始めた。「アバウト・タイム〜愛おしい時間について」というラブコメディで気楽に楽しめる。

夜は定期会員になっている Grünwald での音楽会へ。帰宅後義母宅で夕食の世話をしたブリギッテをピックアップ。

3人の兄弟(ピアノ、チェロ、打楽器)によるエンターティンメントを加えた演奏でなかなか楽しめた。このアンサンブル、メンバーで広く世に出るのはしかし厳しいだろうと思う。下の写真は開演前の舞台。

家具配達人に振り回された一日

12月7日(水)・晴れ/最高気温4度

7時起床。
今朝はブリギッテに起こされるまで眠っていた。8時には義母宅へ詰めていなくてはならないので起きた後はちょっと慌ただしかった。

今日は8時から13時の間に注文しておいた義母の安楽椅子が届くことになっていた。足の悪い彼女は呼び鈴が鳴っても急に出ることが出来ない。加えて老女ひとりのところに屈強な男が2人で来るのはちょっと不安がある。それでわたしの出番。

今朝の外気温はなんとマイナス7度。樹氷が見られる寒さだ。下の写真はちょっと見た感じでは桜かなと思えるほど。青空とのバランスがなんとも美しい。

10時までは届かないだろうと予想はしていたがその時間を過ぎても呼び鈴が鳴らない。13時を過ぎても埒が開かないので家具店(Segmüller)に電話してみた。返事は「呼び鈴を押しても応答がなく30分ほど待ってみたが反応なしなので戻った」ということだった。なんのことはない、配達の2人は違う名前の呼び鈴を押していたのだった。

「お宅のミスなのだから絶対に今日中に届けるように」と強く電話して、ようやく3時40分に到着。まったく、考えられないミスである。おかげで今日は7時間も義母と2人だけの時間を過ごしてしまった。(-_-;)

まあ、朝食と昼食の世話をしたから決して無駄ではなかったし、それ以外の時間、彼女は椅子の上で眠っていた。わたしは iPhone 7 Plus を持っていったのでその間ポッドキャストを聴いたり、電子書籍を読んだりすることが出来た。

午後5時近くに帰宅してホッと一息。やはり自分の家は落ち着く。今日のアドヴェンツカレンダーはバイエルンの地ビール。ちょっとアッサリし過ぎで物足りない。日本のビールに似ているかもしれない。

夕食は「豆腐とひき肉の生姜餡かけ」とジャガイモの味噌汁。

12月6日(火)・晴れ/最高気温9度

6時半起床。
ブリギッテは5時起きと相変わらずの早い起床で、彼女の健康状態が心配になるが当人は「よく眠れた」と元気そう。

わたしは昨夜カレンダーを見て今日の午前11時半に歯科医の予約を入れていたことを知った。ちょっとビックリ。

10時半頃に家を出る時間にはきれいな青空が拡がって気持ちの良い冬日。気温もそれほど低くはなかったから日本のふるさと、いわきの空を思い出した。下の写真は歯医者へ行く途中の運河。表面が凍り始めている。

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歯石取りはまったく問題なし。ここ数ヶ月、歯の方はどこも痛むところが無かったので大丈夫だろうと思っていた。心なしか歯石取りの痛みもいつもほどではなかったような気がする。

帰宅して簡単な昼食をとってから1時間の昼寝。午後はなんだかダラダラと過ごしてしているうちに夕方になってしまった。最近は4時半になるともう暗くなってしまう。

夕食は「煮込みうどん」を作ることにした。土鍋に入れるものは「鶏のモモ肉」「肉厚の椎茸:ドンコ」「白菜」そして「うどん」だけ。

ビールのアドヴェンツカレンダー、今日の一本はドイツの北、バルト海に面した Stralsund の醸造所で作られたものらしい。

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店主夫人のお見舞い

12月5日(月)・晴れ/最高気温4度

6時起床。
ブリギッテは今日は有給休暇を取って Regensburg へ。その前に義母の世話と細々とした用事を済ませて10時過ぎの列車に乗った。

わたしはその時間に急に眠くなりベッドに入って二度寝。目が醒めて食事をしてから1時過ぎに Teegernsee 近くのリハビリセンターへ向かった。

先週、ブリギッテの店主夫人が右足の手術をしてそのリハビリに入っている。車で行けば45分くらいの距離。高速を降りてからの道がすごい霧で驚いた。

2時にリハビリ施設に到着して待っていてくれた夫人と施設の周りの散歩に出る。両手に杖をつきながらだけれどけっこうしっかりと歩いていた。そのあと施設に戻ってお茶を飲み午後の診察があるという婦人を残して4時少し前にそこを出る。帰宅は6時前。

家に着いたらなんだかすごく疲れていた。彼女と会うときには普段はブリギッテが一緒なので脇で話を聞いていればいいだけなのだが、今日はわたしひとりだったから神経を使ったのかもしれない。(笑)

ブリギッテは帰宅途中に義母宅に立ち寄り様子を見てからだったので、わが家には9時過ぎの帰宅。彼女も疲れた様子。今日は寒かったから余計にかな。

CUVILLIÉSTHEATER (クヴィリエ劇場)での演劇鑑賞

一昨夜12月3日(土)は義母のピンチヒッターとして演劇を観てきた。わたしはいつもの Residenztheater だとばかり思っていたのだが、その夜はミュンヘンの誇るロココ風劇場の CUVILLIÉSTHEATER での上演だった。

いつもの Residenztheater なら車をほとんど劇場の入り口に横付けにすることができて義母はそんなに歩かなくてもすむ。しかし昨夜は道の途中から車は進入禁止になっているし、アドヴェントの時期で劇場の入り口近くの Odeonsplatz は人で一杯だった。本当に義母を連れてこなくてよかったと思った。無理に連れてきていたら彼女、あの寒気で肺炎にかかっていたかも。

で、われわれが観た演劇だがなんと表現していいのやら、わたしにはかなり退屈で最後の10分ほどは座っているのが苦痛に感じられた一時間半だった。テーマはトロイ戦争でオデュッソイス、に絡む二人の男たち。登場人物はたったの3人で、この3人が交代で、延々と語るのだ。音楽はもちろん無し、舞台装置も簡単な部屋とギラつく天井からの照明以外ほとんど無し。下の写真の舞台通りである。

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俳優たちのセリフを追いかけるという点ではそれでいいのかもしれないしトロイ戦争とギリシャの歴史を熟知している人ならば楽しめたのかもしれない。終演後、 Brigitte の感想を聞いたら、かなり忍耐を要するお芝居だったという。

演劇の内容とかを書いてもすぐに行が尽きてしまうので違うことを書く。それは昨夜演じられたロココ風劇場:CUVILLIÉSTHEATER (クヴィリエ劇場) のこと。

この劇場の歴史などはWikipediaを読んでもらえばわかるので省略する。昨夜わたしは自分の iPhone 7 Plus を持って行かなかったので Brigitte の携帯を借りて劇場内を写した。わたしの iPhone 7 Plus だったらもっと美しく撮れたのではないかと思う。

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手入れも行き届いているのだろうが、いつもながらの美しさ。絨毯のように見える装飾はすべて木彫りのものである。先の大戦の時にはこの劇場のすべてを分解して疎開させてあったので無事だったとか。

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わたしはここで「魔笛」「チェネレントラ」などで舞台に立ったことがある。小さい劇場なので歌いやすくもあり、Königsloge もすぐ目の前にあるような近さで独特の世界だった。

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大人の Adventskalender

子供向きのチョコレートの入ったものだけではなく、こういうAdventskalenderもきっとあるんだろうなぁと思っていたら昨夜の食事会に招いた人がプレゼントしてくれた。

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12月24日まで1日に一本ずつ楽しむらしい。同梱されていたグラスはビールの利き酒をするものらしいです。今夜はその中の一本を。(^ ^)

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クリスマス前、最後の食事会(多分)

12月4日(日)・曇り/最高気温マイナス1度

8時半起床。
日曜日で Brigitte がゆっくりの起床なのでわたしも早起きする必要はなく二度寝をしてしまった。

10時近くに義母を迎えに行って、日曜日恒例のブランチ。彼女は午前中は割としっかりしている。

ブランチを終わり、義母を送って行った後、カローラのところへ届け物があったので車で往復する。この時間が一番眠かった。帰宅してたまらずベッドに入り一時間半の昼寝。今夜は3組の夫婦を招いて食事会を予定しているので体力を温存しておかなくては。

料理のメニューは先週土曜日にふた組の夫婦を招いた時と全く同じ。なのでそれほど緊張することもなく準備することができた。

19時から始まった食事会は、いつもお馴染みのメンバーだから気を使うことも少なく楽しかった。 23時過ぎの御開きとなったが Brigitte は明日も有給休暇を取っているので気が楽そう。

お皿などの食器はすぐに食洗機に入れてスイッチを入れ、ナイフやフォークなどはさっと手洗いをして収納場所におさめた。こうしておけば明日が楽。

義母から貰ったアドヴェントカレンダー

例年だと Brigitte がAdvent Kalenderをプレゼントしてくれる。とはいっても娘たちへのプレゼントのついでに、という感じであくまでも娘たちが主役だ。(笑)

先日わたしが義母の夕飯の支度をした時に、彼女がわたしにとくれたのが下の写真にあるAdventskalenderである。医者へ連れて行ったり車椅子で散歩をしたりしているので気が引けているのだろう。

これはスーパーマーケットなどで売っているものとは違ってちょっと豪華版。なんと行ってもミュンヘンで一二を争う美味しさの老舗、エリー・ザイデル製である。これはちょっと嬉しい。

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甘いものは身体が疲れた時以外には食べないけれど、これなら1日一個を楽しんでもいいな、と思う。

と書いてきて、足の悪い義母が自分で買いに行けるわけはないから、これは Brigitte が選んで買ってきたものだということに気がついた。本当は Brigitte 本人が欲しかったんだろう。今日からは1日交代でいただこう。(笑)

夜は演劇鑑賞

12月3日(土)・曇り/最高気温2度

7時起床。
いつもの週末。朝食の後 Brigitte は買い物へ。最初にわたしたちの分の買い物を済ませた後、一度戻ってから今度は義母を連れての買い物へ。買い物のあと義母の昼食を料理して食べさせてから帰宅したのは午後2時過ぎ。

その間、ウォーキングに行けばいいのだがなんだかモチベーションが湧いてこない。今夜は Brigitte に付き合っての劇場行きなので体力温存しなくてはという意識もあった。

今夜は Brigitte と義母が定期会員になっている演劇 (Residenztheater) の公演があるのだが、ここ数日の義母の体調を観察していると無理なのではないかと思える。

アンナとカローラにも打診してみたのだが彼女たちはそれぞれに職場や仲間内のクリスマス・パーティがあるそうで断られた。仕方なくわたしがピンチヒッターに立つ。演劇 (Schauspiel) は正直に言ってそれほど食指が動かない。

午後3時ごろに遅い昼食のカレーライスを食べたら眠くなってきて一時間ほど眠った。

公演はギリシャ悲劇をテーマにしたもの。Odysseus という名前が出てきて我が家で飼っていた亀を思い出した。彼ももう冬眠していることだろう。

Philoktet | Residenztheater

パスポートの申請完了

12月2日(金)・曇り/最高気温6度

6時半起床。
ブリギッテを見送ってからすぐにシャワーを浴びる。10時頃までグズグズしていたが日本国総領事館にパスポートの申請に出向くことにする。

曇り空だがそんなに寒くはない。 Isartor から徒歩で総領事館まで行く。今日も窓口の係員の(ドイツ人女性)のダラダラとした仕事ぶりにちょっとムカッときたけれど、別に問題もなく申請書を提出。

帰路は久しぶりに Maximilianeum の横を通り Max-Weber-Platz まで歩いた。

帰宅後に冷蔵庫の中の麻婆豆腐を昼食に食べる。おいしかったけれどちょっと量が多かった。そのせいか食後30分くらいに強烈な睡魔に襲われる。

夕方ブリギッテから電話があり、義母はブリギッテが用意していった昼食を忘れて食べなかったそうだ。忘れたというよりも面倒くさかったのだろうとわたしは睨んでいるのだが。それで、夕食には義母と同席することにした。

わたしが義母宅に着いた6時半にはちょうど義母を寝間着に着替えさせる人が来ていたのでそれを待って夕食を調える。

夕食といってもドイツのそれはパンとチーズ、ソーセージぐらいなのだが、今日はわたしが作って持っていった「ニンジンしりしり」も添えた。

ブリギッテの話を聞くと最近はかなりダイレクトにブリギッテの作った食事に注文を付けるそうなのだが、さすがにわたしには遠慮があるのか、今夕も「ニンジンしりしり」は黙ってすべて平らげていた。

7時過ぎに帰宅してサラミソーセージを魚にビールを一本空ける。お昼に食べ過ぎたせいか夜になっても空腹を感じない。無理して食べることもないかな。

ブリギッテは退社後、仲良し3人組と毎年恒例の Marienplatz のクリスマス市を楽しんで帰宅。

盛り沢山の一日

12月1日(木)・曇り/最高気温8度

7時半起床。
今日は予定が詰まっていたので体力温存のため意識して遅い起床。

まず10時から義母宅に行ってシャッターの工事人が来るのを待ち、作業が終わったのが11時だったからそのあと一時帰宅。

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午後2時に車で義母をピックアップして Marienplatz に面した外科医へ連れて行く。右膝が痛むらしい。今日もブリギッテが医院の近くで待っていてくれて、わたしが駐車場を探している間に義母を医院まで連れて行ってくれた。

この時期の Marienplatz はクリスマス市が立っているので観光客も多くなかなか駐車する場所が見つからない。外科医院からはかなり離れたところにようやく駐車して医院へ戻りそこでブリギッテと交代。今日もあまり待つことなく診察してくれたので4時過ぎには義母を彼女の住まいまで送り届けることが出来た。

わが家に帰宅してからカレーを作り始める。今夜はオペラを観に行くのでオペラが撥ねて帰宅したときにお腹が空いているかもしれないから。

7時少し前にブリギッテの職場に行きそこに駐車する。オペラはショスタコービッチの「ムツェンスク郡のマクベス夫人 」。これはずいぶん前にやったことがあるが詳細はほとんど忘れていた。

休憩時にカナッペを食べ、ワインを飲んだので終演後帰宅してもお腹が空いていなかったし帰宅時間も23時を過ぎていたのでカレーは翌日に回すことにする。

盛り沢山の一日だったがいちおう全てをこなしたのでちょっとした満足感がある。

LADY MACBETH VON MZENSKを観た

LADY MACBETH VON MZENSK/Dmitri D. Schostakowitsch

Musikalische Leitung:Kirill Petrenko
Inszenierung:Harry Kupfer
BühneHans Schavernoch
Kostüme:Yan Tax
Video:Thomas Reimer
Licht:Jürgen Hoffmann
Produktionsdramaturgie:Malte Krasting
Chor:Sören Eckhoff

Boris Timofejewitsch Ismailow:Anatoli Kotscherga
Sinowi Borissowitsch Ismailow:Sergey Skorokhodov
Katerina Lwowna Ismailowa:Anja Kampe
Sergej:Misha Didyk
Axinja:Heike Grötzinger
Schäbiger:Kevin Conners
Verwalter:Christian Rieger
Hausknecht:Sean Michael Plumb
Mühlenarbeiter:Milan Siljanov
Pope:Goran Jurić
Polizeichef:Alexander Tsymbalyuk
Polizist:Kristof Klorek
Lehrer:Dean Power
Sergeant:Peter Lobert
Wächter:Igor Tsarkov
Sonjetka:Anna Lapkovskaja
Alter Zwangsarbeiter:Alexander Tsymbalyuk
Zwangsarbeiterin:Selene Zanetti

Bayerisches Staatsorchester
Chor der Bayerischen Staatsoper

このオペラはずいぶん前に Hildegard Behrens, Donald McIntyre が歌ったプロダクション以来初めて観た。調べて見たら1993年だった。もう20年以上も前の話だ。あの時は強烈な印象が残っているが、今回もそれは同じ。ただ舞台全体から受ける印象は昔の方が生々しくてギザギザした印象だった記憶がある。今回の演出はこの話のテーマにもかかわらずどこか滑らかで上品な空気が漂っていた。年寄りになったわたしの個人的な感じである。

合唱団の出番がかなり多くて、こんな大変なオペラだったかしらと不思議な気がした。これを楽しんでこなしていたのだからわたしも若かったのだ。

二人の重要人物を演じた Anja KampeAnatoli Kotscherga はどちらも適役。このソプラノ役は歌うのも演じるのも大変な役だが、それを立派にこなしていた。Boris 役の Anatoli Kotscherga は相変わらず声も衰えを見せていない。役柄の性格描写はどこか人の良い性格がにじみ出ていた Donald McIntyre よりも優れているかもしれない。今回はいかにも憎憎しげで彼の役作りに共感を感じた。

Kirill Petrenko の指揮するオーケストラはかなりスペクタクル。舞台脇のロージェにも管楽器奏者を配して臨場感を盛り上げていた。ただロージェで演奏した金管奏者の何人かが動いたりすると、わたしはそちらに目が行ってしまってその間は緊張感が途切れることがあった。普段オーケストラピットに入っている奏者たちだから観客から丸見えのロージェで演奏するのは不慣れだったのかもしれない。

勤めを終わった後のオペラ鑑賞なので、退屈なオペラだと隣で舟を漕ぐこともある Brigitte だが今夜はしっかりと舞台に集中していた。終演後、今日のオペラを気に入った様子で「時々カール・オルフの音楽かしらと思うところがあったね」と面白いことを言っていた。

わたしの前の列の数人は休憩後に戻ってこなかった。スターリンを真似たとか。(^_^;)

恩師と同級生の死

昨日は高専時代の恩師が今年の6月27日にお亡くなりになっていたことを知って気分が沈下した。そしてその数時間後にこれも高専の同級生S君が亡くなったことを知った。幸いにも昨日は明るい太陽が出ていたから落ち込む深さは少し和らいだような気がしたけれど、1日のうちに二人の死を受け止めるのは辛かった。

古田孝之先生への思い出は次のブログエントリーで書いていた。
Mein zweiter Blog : 「博士の愛した数式」を読んで思い出したこと
享年81歳だったから現在ではそんなにお年を召したという感じはしない。Wikipediaに書かれている先生の業績には

1987年にレウナー・ハインツの不等式の拡張である古田不等式を確立、作用素論における作用素不等式の発展に大きく貢献した。わずか1ページ、24行の論文は「短編の珠玉編」と称えられた[2]。

とある。「短編の珠玉編」という言葉の響きに胸が熱くなった。

今月(11月7日)に亡くなったという級友S君は、いつも明るい笑顔を浮かべていた運動万能の男だった。走るのも速かったし、走り幅跳びの時のダイナミックなフォームが見事だった。彼が助走路を走って行って踏み切り板を蹴った時の足音は明らかに他の生徒たちと違って「地面を叩いている」という響きだった。チームの先頭に立ち皆を引っ張っていくという性格だった彼の野球部での活躍もよく覚えている。こちらは70歳での死去だからいかにも早い。